No.194 ブンブンブン蠅が飛ぶ 蠅かと思えば蜂かもね その1

このお話はフィクションです似たような事柄や、事件、似たような名前や、似たような性格、行動の人物が出てきたとしても、実際にあった事件だとか、実存の人物とは、全く関係ありません。作家の名前も、作品名も、全てこの文章の為に作られた仮の名で、実在する名前ではありません。

その1 序章

一般的に、インターネットでの取引は、価格勝負になります。
従って、インターネットでの売買をしている画廊の多くは、経営の効率化を図るために、経費、その中でも一番大きな部分を占める人件費を、切り詰めるために、注文は、自動受付でするような、システム設計にしてあります。
所が困った事に最近では、その自動受注システムを悪用して、画商相手に、悪戯や?嫌がらせ?或いは動機や目的の判然としない、揺さぶりを掛けてくる人の存在を耳にするようになりました。

註)今の所、其れにからんで、詐欺とか、強請り(ゆすり)、集り(たかり)、窃盗などと言った、実害にまで及んだといった話は聞いておりません。

しかし、それにひっかかって、嫌な思いをさせられた人の話から推定しますに、実際の狙いが、単なる悪戯や、嫌がらせだったとは言い切れない、微妙な所があります。

私の知人で、インターネットでの絵画取引を主としていらっしゃる、多喜田画廊の店主、岡路さんも、最近、そういった類の輩から攻撃を受け、困られたお一人です。
彼は、よほど嫌な思いをされたと見え、ちょっと誘い水を差しただけで、怒りが込み上げてきたのか、顔を真っ赤にして、延々とその話を語り始められました。

 

その2

岡路さんから聞いた話 その1

悪夢は平成23年、11月半ばに届いた、一通のメールから始まりました。
ある朝、いつものように、購入希望のメール・フォルダを覗いていました所
①片岡大樹作  静寂の森
②同じく大樹作 月暈
③仙道浩二作  流氷の海
以上  三作品の購入を希望しますので、よろしくお願いします。
路塚倫太郎」
というメールが入っておりました。
最近、多くの商売人、不景気に喘いでいると言うこのご時世に、3点、合計七十数万円にも上る版画の御注文です。
こんなありがたいお話はありません。
これでやっと、今月もなんとか凌げ(しのぐ)そうと、喜んだ私(岡路さんのこと)は早速、
「御注文ありがとうございました。
つきましては、誠に恐縮ではございますが、当画廊では、作品は、作品代金のお振込みを確認後、お送りさせていただく事になっておりますので、下記振込口座宛に、下記代金を、至急お振り込み下さいますよう、お願い申し上げます。
請求書
路塚倫太郎様

一金 ¥735、000.- 也
内訳
片岡大樹作  月暈    ¥358,000,-
(同上)作   静寂の森  ¥184,000,-
仙道浩二作  流氷の海  ¥193,000,-
計3点   合計   ¥735,000,-
振込先口座番号 東京四菱ANT銀行銀座支店、普通、2237567
平成23年11月15日
株式会社多喜田画廊 代表取締役 岡路智之

なお、作品の代金のご入金が確認され次第、発送の手配をさせていただきますので、お買い上げ作品をお送りする先の、住所、氏名、電話番号などをお知らせくださいますよう、お願い申し上げます
多喜田画廊 岡路智之」
とメールしました。
すると、
「この度は御注文お引き受け下さいまして、誠にありがとうございます。
所で誠に恐縮ではございますが、私どもとしまして(ここでは路塚さんのこと)は、お金を準備する都合上、代金のお支払いは、平成23年12月5日にしていただきたいと思っておりますが(購入希望を出されてから約3週間後)、それでよろしいでしょうか。
なお、私、ただいま、私事ではございますが、東雲美術館(しののめ)という、有望若手作家の作品を中心として展観する、全く新しい発想の美術館を企画し、その設立準備委員の一人として、奔走しておる所でございます。
設立にかかわっている他の委員たちからは、一刻も早く、今回手に入れた、それらの作品を見たいと言って、聞かないものですから、できましたら、今回注文いたしました、これらの作品、先にお送りしていただけると、ありがたいのですが、そう言う訳にはまいらないでしょうか。
なお、作品の送り先は、下記私の自宅宛お願いします。
〒461-0021 名古屋市東区大曽根町中3ー4-34 路塚倫太郎
℡ 052-502-8438
以上、まことに厚かましいお話ばかりで、恐縮ではございますが、よろしくお願い申し上げます」という御丁重なお返事が返ってきました。
このメールから、路塚氏というのは、新たに設立が計画されている、美術館の、設立準備委員のお一人であり、しかも、設立準備委員の皆さんに任されて、その準備をお一人で、取り仕切っておられるお方であるらしい事がわかりました。
画商としては、美術館を設立されると聞けば、心が動きます。
上手くいけば、これを契機にして、その美術館の収蔵品のコレクションに関わるという、大きなビジネスチャンスが待っている可能性があるからです。
だから徒や疎かにする(あだやおろそか:いいかげんにする)わけにはいかないと思いました。
すぐにでも、路塚氏のご要望どおり、お金の支払いは後にしてもらう事にして、先に作品を送ろうとする誘惑にかられました。
しかし、お金も貰わないうちに、作品を送る事に、どうも引っかかるものがあります。
こういう商いをしておりますと、これまでにも、私立の美術館を作ると言うお話に、全く縁がなかったわけではありません。
しかし、全く面識のない私どものような所に持ってこられた、そういった類のお話には、裏がある事が多く、いかがわしさが,付きまとっておる事が少なくありませんでした。
今回の路塚氏の場合も、彼の言われる美術館は、未だ設立準備中の為かもしれませんが、ホームページすら立ち上がっておりません。
従って、路塚氏については、彼が、言ってこられた、住所、電話番号、メールアドレス以外には、せいぜい、彼の言ってこられたその電話番号に、電話を掛ければ、今の所、彼と連絡が取れると言う事以外、何も分かっていません。
路塚氏が本当に、その住所に住んでいらっしゃるのか、とか、その住んでいらっしゃる建物が、一戸建てであるのか、集合住宅なのかとか、賃貸住宅なのか、持家なのかなどなど、肝心の所が全く、分かっていません。
こんな、ネット上でのやりとりだけの関係の人のところへ、支払いもしてもらわないうちに、作品を先に送るなどと言う事は、どうしても出来ませんでした。
そこで私は、
「この度はお買い上げいただき、誠にありがとうございました。
所で代金のお支払いが、3週間ほど先になるとの事でございますが、その点に関しましては構いませんから、どうかよろしくお願い申し上げます。
なお、代金支払い前の、作品送付につきましては、私どもでは、いたしておりませんので、悪しからずご了承ください。            多喜田画廊  岡路智之」と返しておきました。

 

その3

岡路さんから聞いた話 その2

路塚氏という人は、メールで見る限り、きちんとした人のようで、美術館の設立の話も、彼が、その美術館設立準備委員の一人であると言うお話も、まんざら嘘ではなさそうにみえました。
だから、お約束通り支払って頂けるものと信じて、作品を送るばかりに準備をして、お金が支払われて来るのを待っていました。
所が、お約束の支払い日の5日前、11月の末日になりましたら、
「誠に申し訳ありませんが、予定していた当方への入金が、協力者達の都合で遅れており、12月の5日には、お支払い出来そうもありません。
私としましては、とても気に入っている作品ばかりで、誠に残念ではございますが、そう言う事情でございますから、この度は、3点とも、キャンセルとさせていただきますので、悪しからずご了承ください」という、メールが来ました。
作品をとり揃えて、発送するばかりにしていた、私は、当惑しました。
なにしろ3週間近くも待たされたあげくのキャンセルです。
この間、この作品は販売活動を止めておりましたから、販売できたかもしれないチャンスをみすみす逃していたことになります。
私どもにとっては、それだけでも、良い迷惑です
しかし、困るのはそれだけではありません。
その上、この3点の中には、今回の路塚氏のご注文に応じて、新たに、仕入れを起こした作品も入っておったからです。(下記註参照)
それが売れなかったとなると、その分、画廊の在庫となって、資金が寝てしまうことになります

註:画商が店頭ないしは、インターネット上で並べている作品は、画商の資金力にもよりますが、その全部が、必ずしも、その画商の持ち物であるとは限りません。
自分の画廊の持ち物である作品の他に、他の画廊から、販売目的で、借りてきて展観している作品も混じっている場合がございます。
そういった作品は、お客様への販売が決まった時点で、持ち主である他の画廊からの仕入を起こします。
従って、ここでお客様からキャンセルされてしまいますと、すでに他の画廊からの仕入が終わってしまっておりますから、余分の在庫を抱える事になってしまいます。
仕入れは画商同士の取引ですから、キャンセルは認められないのです。
一旦、お客様が購入を決めた後、キャンセルしなければならない事情が生じ、キャンセルされた場合は、本来ならば、キャンセル料を頂くのが普通ですが、なかなかそうもまいりません。
私は、在庫を抱える事になると困るので、
「折角、お気に入っていただきましたのに、予定されていた、ご入金が遅れている為に、お買い上げいただけないと言うのは、あまりにも残念に存じます。
今回のキャンセル、御予定しておられたご入金が、遅れている為というだけの御事情でございましたら、もう少し、お待ちしてもかまいません。
よろしければ、一度、作品を持って、お伺いして、路塚様始め、美術館設立準備委員会の皆さま方にもお会いして、ご挨拶させていただきたいと思いますが、ご都合いかがでございましょうか。
私どもとしましては、路塚様たちの美術館の設立計画に協力して、お知恵をお貸ししたいと思っておりますので、必要な際は、何なりと遠慮なく、お申し付けください」とメールしました。
しかし、梨の礫(なしのつぶて)で、路塚氏からは、それっきり、何の返事もありませんでした。

続く