No. 9 美術品と贋物 その2

 ずいぶんと昔から父の書斎に古めかしい一個の壺があります。自慢の品かというとそうでもなさそうで、人に見せるでもなく話すこともなかったので、私は不思議でなりませんでした。それである日その壺のことをたずねたのでした。

(父の話 その2)

 これは私が中国陶器の収集を始めたばかりの頃、今から30年前くらい前の話しです。いつもの骨董屋さんをのぞいたところ「先生、素晴らしいものがありますよ。実は近江のある旧家の蔵から出たもので明代の五彩 の壺ですがどうですか」と話すのです。
見せてもらったところ、図録で見た事のある、まさしく中国明代の五彩 の壺のような感じです。私としてはその当時、本物などは見たこともなく、頼りは美術書に載っている図録だけです。再三再四、図録と見比べ「間違いないかな」という事で、値段を聞いてみますと約40万円くらいだというのです。その骨董屋さんの話では「東京の市場に出せばこの値段の10倍にはなるが、鑑定だの何のと面 倒臭いし、幸い今回は安く手に入ったものだから、この値段で売る事にした」とのことでした。
 その頃、明の五彩は確か500万以上はしていた記憶がありました。中国陶器についてまだそれほど詳しくなかったにもかかわらず、買うことにしました。ちょうどその頃、滋賀の何とかという家の軒先に放ってあった壺を、5万円ほどで買っていった業者が、京都の骨董屋さんに持っていったところ、それに500万円の値が付いたと言った話や、更にそれを東京のオークションに出品した所、何と一億数千万円の値段で落札されたといった話が新聞に載っていた頃の事でしたので、余計に欲がでたのでしょう。
 さて早速買って帰り、まず知り合いの徳川美術館の学芸員の先生に見てもらいました。すると「うん良いものだと思いますよ。特にこの裏に書いてある大明万歴年製の字は間違いなく良い字ですよ」との話でした。(今から思うと、その先生は徳川美術館の書の研究をしていらっしゃる先生でした。)

 ところで、この壺はどうだったと思いますか。そうです、皆さんのご想像通 り時代違いの物でした。その後、私が多くの本物を見て歩くようになってから気が付いていたのですが、どうもまず赤の色が時代が違うのです。更に白い地膚もなんとなく私のものは青みがやや強く、みかん様の凹凸 があるのです。
ちょうどその頃よく出入りしていた骨董屋さんに聞いてみたところ、「これは中国清の時代の物です」「この作りからすると官窯の倣製品でしょう」とのことでした。だから壺の裏側の字体はきちんとしていたのですね。すなわち贋物ではないのだが、倣製品で、時代が全く違うものだったのです。
「この壺は自分の欲心を自戒するよすがとして、ずっとここに飾っていこうと思っているんだよ」と話してくれたのでした。