骨董の話といいますと、いつもいつも父が騙された話とか、危ない目にあった話とかばかりしてきましたが、ごくまれには、うまい話に出会うこともあったようで、これだからコレクターたるもの、スケベ心が疼き、掘り出し物探しが止められないということになるのでしょうね。以下父の話です。
一時、漢の緑釉の壷や宗の禾目天目茶碗が沢山出回ったことがあります。何でも中国政府がやっと反共勢力を台湾に押し込めることに成功した時代で、その混乱に乗じて古い窯跡や漢代の墓の盗掘が盛んに行われ、その盗掘品が出回ったわけです。
そんな話を聞くとやはりじっとしておれないのが骨董収集家の性でして、早速台湾に買い付けに出かけました。骨董屋さんにいってみると、骨董図鑑に載っているような漢の緑釉の壷(表面が一部銀化してとてもきれいなものです)や、宗の禾目天目茶碗の出土品が奥の方の棚の中にずらりと並べられています。
値段をききますと、
「この手の骨董が、最近沢山出回ってきましたので、値段は以前よりずっとお値打ちになっております」と言います。
「それで、おいくらでしょうか」ときききますと、
「緑釉が75万円、建窯の茶碗が15万円くらい出していただければ」と言います。出土品ですが、物は間違いないさそうですし(漢の緑釉はもともと出土品しかないものなのですが)値段も安いので、良さそうな物を選んで、早速買うことにしました。
無論、台湾でも100年以上古いものは国外持ち出し禁止でして、見つかれば飛行場の税関で没収されてしまいます。ところが業者さんはどういう伝(つて)があるのか、ちゃんと持ち出せると言います。(今から30年も前の話です。今はどうなっているか分かりません。)そこで、空港での受け渡しということで話をつけ、品物が途中変わるといけないので、品物にそっと印をつけて帰ってきました。
さて空港で無事に受け取って、その足で、その頃、中国陶器の鑑定では第一人者と言われた、藤岡先生のところに箱書きを頼みにいきました。ところが先生は大変に立腹され
「大体こういう物を買う人がいるから、盗掘する人が出てくるんですよ。盗掘がどんどんされれば、それだけ文化財が破壊されるんです。品物は間違いないですから、書かないとは申しませんが、盗掘品だと思われるので、その旨書き加えておきます」といわれます。
そういわれますと、父もなんとなく良心に咎めたそうです。従って、持っているのが嫌になり、親しい骨董屋さんに相談して、買い手があれば売ってもらうことにしました。
そうしましたら、それからひと月も経たないうちに、骨董屋さんが
「先生、漢の緑釉の壷が120万円、建窯の茶碗が40万円で売れました」と言って、お金をもってみえたそうです。
「こんなうまい話も、たまにはあるもんだなー」と父はとても嬉しそうでした。
しかし、こういうことがあるから、父に限りませんが、骨董コレクター達の、スケベ心を煽ることになるのでしょうね。この情報社会、本当は掘り出し物などに遭遇する機会は殆どないのでしょうにね。
後から聞いた話によりますと、これらの品(漢の緑釉や建窯の天目茶碗)はジャンクの下に忍ばせて、香港に運んできた物だったそうです。しかしそれが間もなく見つかってしまい、運び屋達は、3歳くらいの幼児まで含めて、全員死刑になったとかきいています。父はその話になると、今でも、ちょっと複雑な心境だと申します。