No.200 油滴天目の油滴に刻まれた涙痕  (戦国の世を駆け抜けた女) その2

このお話はフィクションです

その2

気がつくと、私は、7歳の女の子の姿になっておりました。真っ青な青空の下、寺の裏手にある、大きな山栗の木の下で、一人きりで栗を拾っておりました。
紅葉した山々に囲まれたそこは、山の中腹にある、僅かに開けた平地で、直ぐ前には、自分が、手習いの為に通っている、大きな寺院が聳え立って(そびえたつ)おりました。
お寺の境内の中からは、「お嬢様、お嬢様、美貴お嬢様、どこにいらっしゃるんですか?
隠れていないで、どうかお返事を」と、今にも泣き出しそうに自分を呼ぶ、侍女のお菊の悲痛な叫び声が聞こえてまいります。
しかし、お菊に含む所のあった(心の中でひそかに恨みや怒りを抱いていた)私、川辺の郷の領主の娘、美貴は、黙ったまま、黙々と栗を拾っておりました。
領主と申しましても父は、後に出現してくる、国盗り物語に出てくるような、大きな支配地を持った戦国大名と違って、戦国時代中期以前の新興武家集団の頭領にすぎません。
飛騨川の(数本の)支流と,長良川の支流に挟まれた山間部に散在する、十数部落を束ねて、庇護支配している、国人(こくじん=在地領主)に毛が生えた程度の領主でしかありませんでしたが、私はその領主、斎木頼貞の第二夫人の娘として生れました。
生まれながらに、戦国時代の女の宿命を背負わされた私は、7歳になるかならないかというのに、金蘭渓谷を守る砦の主として、この地へ派遣されてまいったのでございます。
この砦は、四方が、高く険しい山々に囲まれている、通称金蘭の谷と呼ばれていたこの盆地への、たった一つの入り口に当たる所にある山の上にあって、金蘭の谷の住民を守ると同時に、斎木頼貞の領地の、北の守りの要の役割を果たしておりました。
しかし、この砦の働きは、それだけでありません。
今日では、この谷から、金が殆ど取れなくなってしまって、その役割の殆どを失くしてしまっていますが、以前は、この谷から採掘されてくる、金の産出量を、日々確認し、斎木、山岐両家への分配を差配する役所の働きをも、兼ね備えていたのでございます。
金の産出が殆ど無くなってしまった今日では、その役割は、主として、斎木家の出城(でじろ=中心となる城から離して設けた戦術的な城)として、斎木領の、北方の守りの要と変わっております。
従ってこの砦を守っている兵士は、両家から出ていましたが、その主力は斎木家側の侍で占められ、その統帥権も斎木の家が握っておりました。
それは又、山岐一族の者達の、どの国にも属したくない、あくまで独立した自由な存在であり続けたいと言う思惑にもかかわらず、この土地が、既に斎木領であり、山岐家はもう、外形的には斎木家の領民となっている事を、対外的に知らしめるものでございました。
山岐の一族というのは、もともとは鉱山師の一族で、束縛される事を嫌いました。
金を採掘している間は、その土地の領主の庇護下に入りはしますが、どこかの国の領主に、臣下として隷属する事は“良し”としない集団でした。
一方、斎木頼貞としては、山を良く知っている上に、土木技術にも優れ、その上、戦力的にも、山中での奇襲攻撃に強いこの一族を、金が取れなくなったからといって、手放したくありませんでした。
何しろ彼等は、当時の日本では珍しい技術、火薬をつくり、それを扱う秘法、これは朝鮮から伝わってきたものといわれておりますが、それをもっていましたから。
彼等の仕事は、その秘法を用いて、金を採掘することですが、それだけでなく、それを利用しての、優れた土木技術を持っている集団で,城の建築だとか、橋梁工事、水路の構築、開墾事業などなどに、大変有用でした。
彼らの戦力もまた魅力でした。
彼等は、仕事の関係上、盗賊だとか、隣国から、大変狙われやすく、何処にいても、いつも危険と隣り合わせの生活を送ってきました。
その為、彼等は自衛上、それに備えて、強い防衛力と反撃力をもつに至っておりました。
しかしそうはいいましても、彼ら一族だけでは、人数に限りがあります。
従って常に、その地の領主の庇護下に入り、採掘した金の一部を領主に供する代わりに、守ってもらってきたのでございます。
しかし、守ってもらうと言っても、全くの他力本願ではありませんでした。
自分たちもまた、武器を持ち、山についての豊富な知識を利用しての奇襲攻撃で、襲撃者達を撃退してきたのでございます。
爆裂弾を使っての彼等の奇襲攻撃は、特に夜間における攻撃では、襲撃者達の狼狽を誘い、襲ってきた相手に、壊滅的な打撃を与えてまいりました。
その為、山岐一族の強さは、近隣の国々にもよく知られていまして、山岐一族が、この砦の守りについていてくれる限り、斎木領の北の守りは万全と考えられました。
私の父、斎木頼貞は(幼かった私には、その時はわかりませんでしたが)、金蘭の谷から、金が殆ど取れなくなってから後も、山岐の一族には、この土地に留まって欲しいと思っていたのでございます。
そこでこの地に留まってもらうために、この地での、農地の開拓を勧めると同時に、年貢も、随分優遇してきました。
その上さらに、山岐一族とより親密な関係を構築するために、名目は、砦の主でしたが、実際は、親善使節としての働きを期待して、私、美貴をこの地へと派遣したのでした。
従って私は、砦や、砦を守る、斎木一族の武士達の住居地域とは離され、あえて山岐一族の部落の中に、住まわされておりました。
領主・頼貞の意向を、充分知らされておらず、また、山岐一族についての知識も全くもっていない私の付け人たちは、その為、自分たちは、人質として送られてきたのだと、誤解しているふしがありました。
何しろ、美貴に付けられてきた者達は、山岐の一族については、金の採掘の為に、日本全国を渡り歩いてきた、爆裂弾を操る、怪しげな一団であるという事以外は、ほとんど知識をもちあわせていませんでした。
その為、私の付き人達、特に侍女のお菊は, その不安と不平を抑える事が出来ず、何かにつけて、グチグチと私に不平不満をぶつけていたのでございます。

その3へ続く