No.201 油滴天目の油滴に刻まれた涙痕  (戦国の世を駆け抜けた女) その3

このお話はフィクションです

その3

「どうして私らだけ、こんな文化の欠片も感じさせないような野蛮な奴らの中で住まなければならないのでございましょうね。
あいつらときたら、先代様が、同じ土岐家の血を引く一族だからというだけの理由で、この金襴の谷に住まわせ、金(きん)を採る事をお許しになっただけの、奴らでございましょ。
あいつらというのはね、金の採れそうな場所と知れば、どこへでもいって、そこのお殿様に、媚を売ってとり入り、金を採らせてもらってきた、流れ者の集団でございましょ。
だからね、条件次第では、どちらに転んでも、全くおかしくない怪しげな奴ばら(やつばら:奴ら)でございます。
あいつら今は、私どもの味方のような顔をしておりますが、ある日突然、敵方に寝返って、私達の敵になるかも知れないような輩ばかりでございますよ。
だからお嬢様も、絶対に信用してはなりませんからね」
「フーン。でもお隣のおばちゃんなんか、いつも、ニコニコしていて、
『大人達ばかりの中じゃ、つまらないでしょう。
可哀そうにね。
うちでは、餓鬼(がき:子供のこと)どもが、うじゃうじゃおるから、よかったら、遊びにおいで、いつでもいいからね』って言ってくれるよ。
悪い人とは思えないんだけどなー」
「それが、あいつらの手でございますよ。
お嬢様を子供だと思って侮って、優しそうな顔で近づいて、こちらの様子を探ろうとしているに違いありません。
それに釣られて親しくなろうものなら、こちらの事を、根掘り葉掘り聞き出そうとするに決まっています。
だから、どんなに上手い事言われても、どんなに優しくされても、絶対に、あいつらに気を許してはなりませんからね」
「でもさー、この辺の人達ってさー、とれたての野菜だとか、お魚、果物などを時々、届けてくれるでしょ。
その時だって、別にこちらの事、何も聞こうとしなかったよ。
『お口に合わないかもしれませんが、こんなものがとれましたから、おひとついかがですか』と言って置いていくだけだったよ。
それ以外は、『お寒うございます』とか、
『急にお暑くなりましたね』といった挨拶をされるだけで、お菊が言うような、こちらの事を探っているようには見えないんだけどなー。
私、あの人達が、こちらに敵意を持っているなんて、感じたことなんかないわよ。
子供達だって、感じの良い子ばかりよ。
どの子も、人懐こく、親切そうで、いつも遊びに誘ってくれるし、悪い子達とは、思えないわ」
「お兄様達なんか、私がお家にいた時、私の顔を見ても、知らん顔だったわ。
意地悪こそすれ、遊びに誘ってくれた事なんか、一遍(いっぺん)もなかったんだから」
「それはね、あいつらが、この土地から出て行きたくないために、私達に諂って(へつらう)いるからだけでございますよ。
何しろあいつらときたら、金が全く採れなくなっている今では、この地から、何時出て行けと追い出されるかと、いつも戦々恐々としているはずでございますからね。
本当は、金も、もう採れなくなっている事ですし、いい加減、あいつらなんか、追い出してしまえばよろしいのに。
いつまであいつらを、ここに置いておかれるおつもりなんでしょうね。
お殿様はお優し過ぎ」
「エッ、始めてお聞きしましたけど、あいつら、お嬢様を、遊びに誘おうとしているのでございますか。
そんなの、とんでもありませんからね。
絶対に駄目でございますよ。
そりゃーお嬢様は、お殿様の子でいらっしゃる上に、お可愛らしくていらっしゃるから、この辺の山猿の子達にとっては、皆、お近づきになりとうございましょう。
でもね、所詮あいつらは、山猿の子。あんな山の中ばかり、渡り歩いてきたような、学も品もないような野蛮な奴らの子と、お親しくおなりになったとしても、お嬢様には、何の得る所もございませんからね」
「ほら、お嬢様と同じくらいの年の、ここの頭領の娘、あの子をごらんなさい。
あの子なんて、普通の家なら、もうとっくに、娘としての嗜みを、身につけていなくてはならない年頃なんですよ。
それなのに、今だに、男の子みたいに、着物の裾を端折り、脛(すね)を丸出しにして、男の子らの後ろにくっついて、走り回っていますでしょ。
あれじゃまるで山猿の子。
もし、あんな子供とお親しくおなりになりましたら、下賤で、野蛮な風習が、お感染り(おうつり)になって、(お嬢様が)後々お困りになるだけでございますよ。
なにしろお嬢様は、川辺の郷のお殿様のお子様でございますから、
将来は、大きなお国の若様の所だとか、京のお公家様の所に、お嫁ぎになり、お父様を、お助けして頂かなくてはならないお身体でございます。
本来なら、あんな子供たちなんかは、一緒に遊ぶどころか、口を聞くことさえ許されない身分の奴ばらばかりでございますよ」
「そんなの嫌じゃ。だってこの屋敷内には、お前達、大人しかいないではないか。そんなのつまんない。
嫌じゃ、嫌じゃ。
私はね、同い年くらいの子供たちと遊びたいの。
あの子達と同じように、外で自由に飛び回りたいの」
「お嬢様、それだけは絶対に駄目でございますからね。
お嬢様を、一人で、お外にお出しできないのには、他にも訳があるからでございます」
「何時も申しておりますでしょ。
私達は、敵方の真只中で住まっているような状態なんでございますよ。
この屋敷の外には、お嬢様を狙っている者どもが、一杯いて、隙があれば、お嬢様を攫って(さらって)いこうとか、殺そうとしているのでございますよ。
このお屋敷内でしたら、私どもで、お守りできますが、お外に出られますと、どこから、どんな姿の奴が、襲ってくるかも、解らないのですから、お守りの仕様がなくなってしまうからでございます」
「どうかそれだけはお許しください。
今の時代はねー、近所の子供達の中にだって、お隣に住んでいる人達の中にだって、敵方と内通している奴がいない、とは言えないのでございますからね」
「ああ、それにしても嫌だ、嫌だ。何時まで、こんな油断のならない場所で、あんな野蛮な奴らに囲まれながら、暮らして行かなければならないのでございましょう。
私達は皆、心配で、心配で、このままじゃー、気が狂いそうでございます。
お嬢様も、どうか、これ以上、御無理は、おっしゃらないでください。
お願いですから。
せめて、斎木の者達のいる、砦近くにでも、住まわせて頂いていれば、心強く、安心だったのでございますのに。
お殿様は、一体、何をお考えなんでしょうね」
お菊をはじめとする付け人達の愚痴と山岐一族にたいする悪口は、口を開けば、ついて出ました。
その為、美貴もまた、いつのまにか、山岐一族に対する、親近感をなくし、警戒感を持つようになっていきました。
この為、以心伝心、派遣されてきた斎木一家の近所に住む、山岐一族の者たちもまた、次第に。斎木一家との、関わり合いを避けるようになってしまいました。
こうして、この地に派遣されていた斎木一家は、周りに住む、(この地の)住民達とは没交渉な、斎木家に属する者達だけが固まっての、孤立した生活を余儀なくされておりました。
大人だけに囲まれての生活というのは、付け人達が、どんなに気を遣ってくれても、どんなに一生懸命、相手をしてくれようとも、子供にとってはこんな退屈で、詰まらない日々はありません。
付け人達から、どんな悪口を吹き込まれたとしても、美貴はまだ子供です。
家の周りで遊んでいる、山岐一族の子供達の楽しげな声を聞きますと、直ぐに子供たちの所へ、出かけて行きそうになります。
しかし、美貴の付け人達、なかでもその責任者である、お菊にとっては、それを許すわけにはまいりません。
何しろお菊にとってのこの地は、油断のならない、敵地のようなものであって、いつも、精一杯、気遣っていなければならない場所でしたから。
しかしお菊の心を知る由もなかった美貴にとってのそれは、束縛以外の何物でもありませんでした。
だから、一人で、のびのびしておられる、今のこの時間(栗を拾っている時間)は、何物にも替え難い、自由で、気の休まる時間でした。
美貴は、お菊の悲痛な呼び声を耳にしても、
「煩いなー。いつも、いつも。
少しくらい、困ったらいいのよ」と思っただけで、黙って、黙々と栗を拾い続けておりました。

その4へ続く