No.165 ババ抜き(盗品を巡る騒動記)その3

このお話はフィクションです、似たような所がありましても、偶然の一致で、実在の人物、お店、法人や実際にあった事件とは関係ありません。

 

その7

「これ、あくまで、私の意見だけどさー。そもそも、今回、貴女のところが、フクフクから盗品を買わされた件、一番悪いやつは、言うまでもなく、盗品かも知れないと警察から言われているにもかかわらず、そうとは貴女に告げることなく、売ってよこしたフクフクの一条氏だけど、
しかし、警察にだって責任がないとは言えないんじゃないの。
この窃盗事件を担当した捜査員が、盗品かもしれないから、売るのは控えて欲しいなどという、不用意に、中途半端な事を言っていったから、このような事になったのであって、もし、そんな事、言っていかなかったら、一条氏だって、言われた翌日、貴女の所に売ってよこすというような、慌てての、売り捌き(さばき)はしなかったと思わない?
と言う事は、捜査員の不用意な言葉と中途半端な売却差し止めの要請が、結果において、貴女の所が、盗品を掴まされる事になった原因の一つだと言えるんじゃないの。
だから、警察にも、その事を言って、『こんな事になったのは、あなたの所のせいでもあるのだから、民事での訴訟になったら、あなたの所も巻き込ませてもらうかもしれませんからね』というか、
『あなたの所の捜査員の不用意な一言と、中途半端な売却差し止め要請で、うちが酷い目に遭っているんだから、証拠品の提出について、私の所へ、ヤイノヤイノと言ってくる前に、警察の販売自粛要請を蹴飛ばして、うちへ売りつけた、フクフクの方をなんとかしたらどう?
例えば、この問題の作品を、フクフクの方に、自主的に回収させて、フクフクのほうから、この作品を警察に提出するようにしてくださいよ』と言ってやったらどうでしょう。
警察は、表向きは『そう言う事は、民事ですから、警察が関与出来ない事になっておりますから』と言うでしょうね。
でも、警察だって、販売を控えて欲しいと言っておいた品物を、その頼みを蹴飛ばしてしまわれたわけですから、内心では、面子をつぶされ、面白くないに決まっているわ。
だから、直接的な口出しはしてくれないにしても、フクフクをビビらせて、解決を速めさせてくれるような、何らかの形の、圧力はかけてくれるんじゃないかしら」
「なにしろ、中古品を扱っているこの業界の人は、一般に、警察権力には弱いはずですからね」

 

その8

フクフク太田川店、店長、一条氏の話
「いやー弱りましたねー。
最初警察の方がやって来られて、ホーヴィンの作品を指して、この品物は、もしかしたら窃盗事件に関係している物かもしれないから、当分の間は、売るのを、控えてほしいと言って行かれた時には。
だってこの絵が、もし盗品だったら、警察にもっていかれてしまって、うちは丸損となってしまう訳ですからね。
私、買い入れる際には、何時も必ず、売りに来られた人の、人品、骨柄を見、売ろうとされている品物との釣り合いや、関係を調べ、さらに身分証明書で身元もきちんと確認しているんですけどねー。
にもかかわらず、買った物が盗品かもしれないといわれてしまったのですから、これはショックでしたねー。
この時、私、まだ開業してからの日も浅く、毎日のお客もそれほどいるわけでなく、フランチャイズの契約の料金やら、お店の敷金、家賃などを本店に支払った為に、手元に残っているお金も寂しく、事業の先行きに対して、心細くなっていた時でしたしねー。
それで、直ぐに本店に相談しました。
ところがそのようないわくつきの作品は、きちんと白黒が付くまで、引き取る事が出来ない、そちらで適当に処理するようにと言われ、本店では買いとってもらえませんでした。
もしこれが盗品だった場合、売った奴から、お金を返してもらうなんて、どう考えても不可能です。
何も悪い事をしていないにもかかわらず、私どもが泣かなければならないというのは、どう考えても理不尽です。
どうにも納得できません。
買い入れた時の注意が足りないからだと言われましても、よほど何かが、例えば、身なりに合わないようなものを売ろうとしたとか、挙動不審があったとか、同じような物を何回ももってきて売ろうとしたとか、そういった事でもない限り、刑事でもない、素人の私どもが、泥棒を見抜く事なんて、不可能です。
そうなると、買った品物が盗品だった場合、買い入れた業者は、天から降ってきた災難だったと諦めるより仕方がないみたいです。
でも、そんなの、あまりに酷い話だとおもいませんか。」

 

その9

フクフク太田川店、店長、一条氏の話、続き2
「こうして頭を抱えていた私に、同じような仕事をしている友人が次の様なアドバイスをくれました。
『まだ盗品と決まってないのなら、決まらないうちに、早く売ってしまいなさいよ。
誰かに売ってしまっていて、貴方の所にないという事になれば、警察としては、貴方の所から、その問題の作品を持って行く訳にはまいりませんからね。
何しろお宅には、もうないわけですから。
そうすればおたくは損をしなくて済むでしょ。
貴方の所が、その作品を他へ売ってしまったとしても、警察としては、まだ盗品と決まったわけでは無いがと言っていかれた以上、貴女が売った時は、まだ盗品と決まっていたわけではありませんから、(盗品を扱った)罪人にしようがありません。
一方、貴方の所から買っていった人は、買った後で盗品である事が分かったとしても、そんな事情は、全く知らないで買った訳ですから、善意の第3者です。その人には無償での返還義務は生じません。
元の所有者が、どうしてもその作品を取り戻したいと思った場合でも、その人は、自分が購入した価格は、少なくとも支払ってもらえることになっています。
だからその人に、金銭的な損害を与える事もありません。
ただ、こういった場合、警察は、貴方が売ったと言っても、本当に売ったのかどうか疑ってかかります。売ったと言っても、本当は隠しているのでないかとか、売った形にして、知人に一時的に預けただけではないかと疑います。
従って、もし売ってしまっていて、証拠品の提出が出来ない場合、警察から行き先を聞かれた際、売った先をはっきり言える形にしておいた方が良いでしょう。
そうでないと、警察から疑われて厄介な事になる可能性がありますからね。
できたら、ネットでの販売のような、後から売り先が言える人で、しかも全く面識のない人の所へ売るのが一番ですよ』と。
私が、『でも、私の所はそれで済むかも知れませんが、そんな事をしたら、買ってくれたお客さまの所に捜査員が伺って、迷惑をかける事になるのではないですか』と聞きますと、
『そりゃー、いくでしょう。でも貴方が損をしたくないなら、それくらいの事をするのは、やむを得ないんじゃないですか。
それに先ほども言いましたように、買った人は、この作品の因縁に付いて、何も知らない、全く善意の第3者な訳です。だからその作品の所有権が、どこに帰属させるかをきめるのは、民法によります。
ですから、警察は、本来は、関与しない領域になっています。
ただ、ネットなどでの情報によりますと、警察が、そういった善意の第3者の所有者に対しても、警察が、証拠品として預かっていく場合、『この品物は、元の持ち主に返してもらって構いません』と言う、一筆をとって、持っていく場合が少なからずあるようです。
国家権力を後ろ盾に、情や、正義感をからめて『元の持ち主に返した方がいいですよ』と説得されますと、気の弱い、善良な市民は、大抵その一筆を警察から言われるままに書かされてしまっているようです。
そう言う事まで考えますと、買った人に、全く迷惑をかけないという訳ではありません。
しかしそれは買った人の無知と、気の弱さとによるもので、貴方がそこまで心配してやる必要はないんじゃないの。
もしその人が、警察に一筆を書かされる前に、何か言ってこられたら、その時は、民法192条から194条の存在を教えてあげたら良いんじゃないの』と言ってくれました。」

 

その10

フクフク太田川店、店長、一条氏の話、続き3
「知人の忠告に従って私は、問題の作品を(警察から、盗品かもしれないからと言われたその作品)、早急に売り払う事にしました。
その時、見つかったのが、ネット上で、こういったインテリア絵画を探していらっしゃった、ギャラリー・パンジーでした。
こうして問題の作品は、うまく売り抜ける事が出来た、やれやれと、思ったのですが、
そうは問屋が下ろし(おろす)ませんでした。
私どもが、梅田氏に売ったその直後、警察から、例の絵が、やはり盗品であった事を知らせてまいりました。
その為、大騒動になってしまったのでございます。
私どもから買ったばかりの絵を、窃盗事件の重要証拠品として、警察から提出を求められたギャラリー・パンジーの梅田氏は、
大変な、お怒りで、直ちに私どもとのその絵の売買契約を白紙に戻すよう申し入れてこられました。
この時になって私は、とんでもない間違いをしでかしていた事に気付きました。
その絵を、古物の売買とは全く関係のない、一般の人に売っておけば、善意の第3者として、多少のごたごたがあったにしても、買った人に金銭的な損害を掛ける事はありませんから、多少の不愉快な思いはさせたかもしれませんが、それで済んでしまったはずです。
所が売った先が、ギャラリー・パンジーという、絵画の買いとりもしておられる業者さんでしたから、そうはまいりませんでした。
なぜなら、最初の頃にも申しましたように、古物商には民法に先んじて、古物営業法が適用されますから。」

 

その11

一条氏の話続きその4
「私どもから作品を買ったばかりに、損をする事になったギャラリー・パンジーの梅田氏は、直ちに、今回の取引を白紙に戻すよう要求してきました。
しかし私は、その作品、売った時点では、盗品では無かったわけですから、私どもの取引規定を盾に、梅田氏の要求を拒否いたしました。
所が、梅田氏と言う人は、これがまた、大変にしつこいのです。そんな事を一度や二度言ったくらいで、すんなり引き下がってくれるような人ではありませんでした。
私どもの所は言うまでもなく、本店にも、何度も何度も電話を掛けきては、執拗に、この取引は、無効であるから、白紙に戻し、お金を返してくれと言い続けられるのです。
弱りましたねー、本当に。何せ、しつこいものですから。
更に梅田氏は、電話を掛けてこられる度に、必ずと言っていいほど、捜査員が最初にうちのお店に来た日だとか、その時の状況、そしてその時の捜査員の言動、さらには本店と私どもの店との契約関係、この件についての本店側の意向などなどを、くどくどと聞かれるのです。
これは本店に対しても同じようだったようです。
人間、こうして同じような事を何度も何度も繰り返し言葉を変え、順序を変えて聞かれ続けますと、どうしてもぼろが出て、隠していた事が漏れてしまいがちです。
今回の件につきましても、繰り返し聞かれているうちに、本店の受付の男がうっかり、この作品が、盗品の可能性があり、警察から、販売を指し控えて欲しいと言われていたものであった事を漏らしてしまいました。
弱りましたねー。
これでもう勝負はついたようなものです。
それでもなお私は、せめて半分でも、三分の一でも自分の所の損を少なくしたいと思い、粘りました。
だって、何も悪い事をしたわけじゃないのに、うちだけで、ババを掴んで、損害の全てを蒙らなければならないなんて、あまりに悔しいじゃありませんか。
そんな事を考えるのは筋違いである事は頭では分かっているのですが、誰かを道連れにしたいという、悪魔的感情が頭をもたげ、離してくれないのです。」

 

その12

ギャラリー・パンジーの梅田氏の話
「それから数日後のことでした。
警察からの、圧力があったのかどうか分かりませんが、フクフク太田川店の一条氏から突然電話があり、『今回の取引は白紙に戻し、私どもがお売りした作品と引き替えに、売買代金はお返しさせていただきます。
なお、問題の作品は、私どもから、所轄の警察署へ、提出することにいたしました』と言ってきました。
話しぶりからすると、どうも本店の方から、『この取引を、白紙に戻すように』とかなり強く言われたらしいのです。
これで一件落着、私としては、やれやれです。
本当にいろいろ、ありがとうございました。おかげ様で助かりました。弁護士さんにも宜しくお礼をいっておいてください」
「でも、この結末は、一条氏にとっては、よほど腹にはいらないようで、取引が終わった後も、『そんな物、盗られた奴が、不用心にしていたからいけないのに、そちらの方は、皆さんの同情を受け、その上全く損をしなくてよくて、
盗品を買わされてしまった古物商の私だけが、何の間違ったことも、悪い事もしていないのに、ババを掴まされてしまうことになったのは、どう考えても、おかしい、おかしい』と、未練がましく、ぶつぶつ言ってらっしゃいました」
確かに、そういう事を、常習的にしていらっしゃる、悪質な業者は別として、知らずに、盗品を買わされてしまった真っ当な業者の場合は、気の毒な話です。その業者の立場に立てば、こんな悔しくて、腹立たしい話は無いかもしれません。
でも考えてみますに、明日は我が身です。買い取りをしている以上、何時そんな目に遭わなければ分からないのがこの業界です。
購入先には、よほど気をつけないとね。