No.110 ある小さな、小さな宝探し 2

その6

「ああしんどかった。それにしても、こんな馬鹿なことってある?あんなこと言われたって、私らがお金出すのなんか無理に決まっているがね」
「何で兄ちゃんの尻拭いなんか、させられないかんのや。あんたらそう思わん」別室に入るや否や、堪えて(こらえて)きた鬱憤(うっぷん)を、一挙に吐き出すかのように、長女の妙子がぼやきます。
「そうやわ、お母ちゃんにはいろいろやってもらったけど、兄ちゃんになんて、子供の時から、なんにもしてもらった事あらへんがね。実家が破産した事なんか、どうせいつかは、うちの人たちにも知られるに決まっているんやから、こうなったらあんな家、もうとられるんなら、とられたで、それでも良いわ」「お母ちゃんも、なんで、あんな、こうるさい叔父さん達を、呼んだんやろ」「お母ちゃん、あの人達が何かしてくれるとでも、思っとるんやろか」と三女の芙美。
「でもねー、この場合、おかあちゃんとしては、あの人たちを頼るより仕方がなかったんじゃないの。私らなんか、あてにならないに決まっているから」「私はねー、たいした事、出来そうもないから、あの人たちが、この家を取り戻す為に力を貸してくださるというのなら、何を言われても我慢する心算」と次女の由江。さらに続けて、「だって、あの年になってお母ちゃんが、また新しい所へ行って、あんな敏子みたいな女と生活しなければならないという事になったら、それこそ可哀そうじゃない。だから私は、お母ちゃんが、あの家に住みたいというとる以上、住む事が出来るように、出来るだけの事をさせてもらうつもり」と控えめにいいます。
「そんなら、あんたがお母ちゃんに仕送りするというの」と長女の妙子。
「うちにはまだ、舅も姑もいるから、そこまでは無理かもしれんけど・・・」と由江。
それから思いついたように珠三郎の方を見て「珠三郎。いっそあんたがこの家に入って、お母ちゃんの面倒をみることにしたらどうや。お母ちゃん、末っ子のあんたの事を一番可愛がっていたし、今では、あんたの事一番頼りにしているみたいやから」と珠三郎の顔を見ながら言います。
「そうやわ、お父ちゃんが、あれだけ絶対に許さんと言っていた大学へ、あんたが行く事が出来たのは、お母ちゃんのおかげなんやから、あんたが見るべきよ」と妙子。
「私もそう思うなー。あんたが大学へ行きたいと言いだした時、お母ちゃんが、お父さんを説得するのに、どれだけ苦労したか知っている?あの頑固者のお父ちゃんを説得するのは大変だったんだから。だからその恩を忘れたら、あんた、罰が当たるわよ。あんた、お母ちゃんの面倒見ると同時に、お兄ちゃんに替わってあそこに住んで、私らの在所になってよ。(註:当時この地方では、在所と言うのは実家をさしておりました)
だったら私らも、今回の件に関しては、できるだけのことはさせてもらうから」と芙美も続けます。
「分かったよ。でもこういう問題は女房とも相談しないとねー」と珠三郎はちょっと困った顔をしていいます。
彼にとっては、母親の面倒を見るのは構わないのですが、それと一緒に、姉たちの婚家先に対して、今までと同じように、在所としていろいろさせられそうなのが気がかりでした。これまで、姉達は何かにつけて、あれ持ってこい、これ遣って欲しいと、母親に頼みに来ていた事をよく知っていましたから。そんな事を珠三郎が考えているとは思ってもいない芙美は、「大丈夫よ。さかえ(珠三郎の妻)さんは、大人しくて、気が良い人だから。あんたがこうと言えば、黙って付いてきてくれるにきまっているから」と一方的に決めつけます。
「そうそう、それが良いわ。珠三郎、あんた、お兄ちゃんに替わって、在所になってよ。そうしてくれると助かるんだけど」と次女の由江も頼みます。「そうは言われてもねー。お母ちゃんの面倒をみるというのに文句はないけど、在所役と言うのはなー。俺のとこ、安月給だから、姉ちゃん達みたいな派手な所とは、とても対等に付き合っていけそうもないから。それに仕事の関係で、そう簡単にお勤めを休むわけにもいかないしなー。これからはもう、小作も使用人も、皆いなくなるんだから、今までみたいに、姉ちゃん達のとこへ、気軽に手伝いを出すわけにもいかんようになったし」となお渋る珠三郎に対して妙子は、「珠三郎。あんた何いつまでもごちゃごちゃ言っているのや。あんたも男でしょ。男だったらこんな時はしゃんとしなさい。私らがこんなに頼んでいるのに、それをきけないといいうの。こんなこと頼めるの、あんたしかいないの、分かっているでしょ」と子供時代と同じ口調で命令します。

 

その7

珠三郎は6人兄弟の末っ子で、子供時代から、この年の違った姉達には弱いのです。子供時代から彼女達に、命令口調で言われると、絶対に「ノー」と言えませんでした。
それを知っていて彼女達は、今度もその調子で、強引に自分達の言う事を押し付けようとします。
しかし、さすがに今度の件では、珠三郎もそう簡単には「イエス」とは言えません。妻の当惑した顔が目に見えます。また在所になった時のこれからの物入りも心配です。
それを見透かしたかのように、次女由江は「珠ちゃん、私達とのお付き合いの事は心配しなくても良いわよ。今までみたいに無理は言わないから。もしどうしても頼まなければならない時は、ちゃんと掛かる費用は、内緒で回す事にするから」「ねえ、お姉ちゃんも、芙美ちゃんもそれでいいでしょ」と言って皆の同意を求めます。
「そんなこと心配しているの。相変わらずちっちゃな(ちいさな)男だねー。そんな事、今更念を押してもらわなくても、今までとは違う事くらい分かっているわよ。無論、頼む時はちゃんとするに決まってるがね」と長女妙子。
「珠ちゃん。大丈夫よ。貴方が困るような事は、絶対にしないから。だからそうしてよ。お願い。そうすればお母ちゃんも喜ぶし、親孝行のあんたにまかせられるのなら、私らも安心だし」と三女芙美も頼みます。
「うーん。でもなー、勝手にここで決めても、お兄ちゃんの意向もあるし。もしここで俺が勝手に決めると、後が怖いからなー。お兄ちゃんあれでも、自分がここの家長だという意識は強いからなー」
「もしお兄ちゃんを追い出して、この家に俺が入ったら、後で怨まれるからなー」となおもぐずる珠三郎。
「何言っているの。もし買い戻してもらったとしても、この家はもうお兄ちゃんとは関係ないのよ。それにこんな事になった原因を作ったお兄ちゃんに、今更、何を言いう権利があるというの。叔父さん達だってその点はきちんとしてくれるに決まっているがね」
その後、しばらく姉妹だけで話し合ってていた後、5人は座敷に戻っていきました。

 

その8

座敷に戻ってきた兄弟姉妹を代表して、長女の妙子が切りだします。
「お母ちゃんの事は、末弟の珠三郎が面倒を見る事に決まりました。出来たら叔父ちゃん達の助けをお借りして、この家を買い戻し、お母ちゃんには、この家で、珠三郎と一緒に住んでもらおうと思います。ただ叔父さん達が先ほど言われたとおり、私達もまだ舅を抱えている身ですから、たいした事は出来ません。だから主として叔父さん達の助けを借りるという事になるのですが、それでは駄目でしょうか。お母ちゃんの為に、助けて頂けるとありがたいのですが。どうかお願いします」
「そうか、お姉ちゃんは、珠三郎の所に世話になるのか。それが一番いいかもしれんなー。さかえさんなら大事にしてくれるだろうし」「それで、あんた達、皆でいくら出せるというのだね」と次郎佐叔父。
「恥ずかしいけど私ら皆のへそくり合わせても二百円が精いっぱいです。二男の繁治は食うにやっとで、とても頼める状態じゃないですから」と長女の妙子。
暫くの間、徹三叔父と小声で話し合っていた次郎佐叔父は、「分かった。で、お姉ちゃんのへそくりは、今、幾らくらい残っているの。今後は、珠三郎がお姉ちゃんの面倒を見てくれる事になったから、全部出しても、もう差し支えないやろ」と布佐乃に聞きます。
「ここ数か月で大分使ってしまったから、残っているのは、百円くらいかしら」と母布佐乃。
「フーンじゃー合わせて三百円か。じゃー残り八百円を、わしらで払ってくれと言う事か。徹三どうする」と次郎佐叔父。
「もうこうなったら払ってやらな、仕方がないやろなー。こんな時、わしらが姉ちゃんの力になってやらなんだら、あの世へ行った時、父ちゃんや母ちゃんに合わせる顔がないもんなー。次郎佐兄ちゃんと半分ずつ払う事にしたらどうやろか」と徹三。
「いいよ。で、名義はどうする。お金出した者皆の、名前を出した金に応じて持ち分として入れておくのが筋なんやろうけど、そうすると、後々話がややこしくなって困る事がおきるかもしれんし。
妙ちゃん達はどう思っているんや」と次郎佐叔父。
「私達は、名義なんか入れてもらおうと思ってません。もし名義を入れてくださるというのでしたら、お母ちゃんの事で今後お世話になる、珠三郎の名義を入れてやってくれませんか。他の兄弟もそれで異論ないとおもいます。どう、由江ちゃんも、芙美ちゃんもそれでいいやろ」と妙子。
「無論それでいいわ」と下の二人は声をそろえて答えます。