No.39 コレクションオブコレクター

(※この文章は実在の特定の人物をモデルにしたものではありません)

私たち美術商楽しみの一つは、いろいろな人との出会いがあることです。中でも、いろいろなコレクターにお会いし、お話を伺っていますと、私たち美術商の発想とは違った、美術品との接し方を見聞することが出来 大変参考になります。ここにお話たします、対照的なお二人のコレクターなども、こういった意味でとても興味深い生き方をされている方たちでした。
最初にお話しする方は、7~8年前、私どもの画廊でフジタ展をやっていた時おいでくださった方です。そのときフジタの版画に興味を持たれ、再三ご検討いただいたようですが、結局懐具合との兼ね合いもあり、買うことを断念されたお客様です。その後もちょくちょく画廊の方にはお出でになるのですが、特に何を買われるというでもなく、ただ絵を眺め、そのときにいた従業員と雑談をしていかれるといった程度のお客様でした。ところがある時そのお客様より電話があり、T.Uの書を十点程処分したいのだが、一度来ていただけないか、というお申し出があったのです。お訪ねしたお宅は、鉄筋三階建ての大変モダンなお住宅で、吹き抜けのある玄関に入りますと正面に黒塗の二枚屏風が置かれ、その前に花が活けてあります。下駄箱の上には飾り皿が、そしてその壁には 絵が飾られています。それをみますと それだけで住んでいる人の奥ゆかしさが偲ばれます。通された応接室と、そこと一部つながっている次の間の造りは、ともにとてもシックでモダン。そこにおかれた家具と調和して、建築雑誌の中に紹介されているお部屋のようです。そしてその部屋々々の飾り棚や壁には、いろいろな作家の絵画や陶器ガラス製品が 調和よく飾られております。その一点々々は、数点を除けばさほど有名作家の作品ではなさそうですが、各々がとても上手に配置され、作品が皆場所を得たといった感じで楽しそうにすわっております。出迎えて下さったのは七十歳くらいの女性でしたが、白いブラウスに黒いパンツをはき、黒っぽいオーガンジーのカーディガンをすっきりと着こなし、とても若々しくてお洒落です。若い時は何をしていらっしゃった方かわかりませんが、いろいろな俳優さんとも面識がおありになった様子で、何気なく広げているアルバムには、それらの俳優さんたちと楽しそうに撮った写真が貼ってあります。コレクションは、まだバリバリお仕事をしていた時に、自分の気に入ったものを買って楽しんでいたものだとの事で、展覧会に行って買ったものから、百貨店の外商が運んできたものまで、さまざまだとの事でした。お客様も「こんなのは今売ったとしても多分どれほどのお金にもならないでしょ。でもどうせ遺してやろうとする 子供がいるわけじゃなし、みて楽しんだ滓(かす)だと思っているからいいの。その上こうして飾っておくと、買った時のいろいろな思い出が蘇ってきて楽しく、心がなごみ、二重に楽しませてもらっているからそれで満足しているの」と割り切っていらっしゃるようでした。美術品に対してきちんとしたひとつの見識をもっていらっしゃるようで、立派だとおもいました。

 

 

次にお話しする方はこの方とは対照的に、とても浮世離れした方です。しかしコレクションに対しての純粋性という意味では、ある種の共通点が認められ、それはそれでとても興味深い方でした。
この方とは 最初ネットでお知り合いになったお客様です。ある時、私どもで取り扱わせていただいているS先生の干支(えと)の絵をみて、羊を描いてもらうように頼んでいただけないかといってこられたのです。そこでS先生にお頼みしたところ、お忙しい中にもかかわらず、ご無理を聞いてくださって描いてくださったものですから、その絵をお届けがてら、お邪魔することにしました。
呼び鈴に応じて出ていらっしゃったご主人を見て、まずびっくりしました。出ていらっしゃったのは、五十歳台後半くらいの女性ですが、普段着と思われる服の上に赤っぽい綿入れを羽織り、化粧気の全く感じられない顔に、長く伸ばし、つや気のない白髪まじりのザンバラ髪、度の強そうな眼鏡をかけていらっしゃるご様子は、私たちが日常お会いしている美術品のコレクターとはちょっと違っていて、浮世離れをした感じの方です。通された部屋も、嘗ては立派な応接室であったであろうと思われる大理石の暖炉のある部屋でしたが、今ではその暖炉の上も周辺も書籍が山と積まれ、そして沢山の動物の餌パックが雑然と置いてあります。床は猫と犬の排泄用の砂箱、そして彼らの給餌用の入れ物、寝床などが並べられ、足の踏み場も無い有様です。かろうじて部屋の中央に場所を確保していると思われる応接セットも、テーブルの上は書籍が雑然と積み上げられており、ソファにはチンチラ(猫)がでんと寝そべり、もうひとつの椅子には柴犬が、そして足元にはプードルが我が物顔に遊んでいます。お話を伺っていますと 彼女はどちらかというと人間嫌い、動物の方が好きだとかで、現在犬をニ匹、猫を三匹、鶏を庭に五羽、そしてウサギやモルモットなどをケージの中で、それぞれ数匹から十数匹ずつ飼っていらっしゃるとのことでした。彼女にとっての部屋とは、彼女と彼女の飼っている動物たちの王国であり、訪れてくる人間たちは彼女の王国へのインベーダーと思っておられるような感じです。何でも今では、親が遺してくれた資産と自分が作った資産を運用しているのが仕事だとのことでした。そして現在は事情があって、ここに住んでいらっしゃるのですが、将来は原野に家を建て、動物ともどもそこに移り住む計画だとの事。すでに土地は確保してあり、設計図も出来上がっているとおっしゃりながら、絵画や彫刻を新しい家に飾る計画の事を語られる姿はとても満足そうです。そのお話を聞いておりますと、人気の全くない原野の一軒家で、冷たく冴え渡る月光の下、野生の動物や自分の飼っている動物たちを従えて立っておられるお姿が、目の前に浮かんでまいります。その姿は世の中の煩わしさから逃れ、動物たちの王国を建国し、そこに君臨されている女王様です(女王様を想像してしまったのは、多分犬が好きな人は潜在意識で絶対君主になりたいという願望を持っていると、読んだ記憶があったからだと思います)。またお話している時、時折感じられる人間を拒絶されているように見受けられる感じからは、原野に建った一軒家を背景に、動物たちに囲まれ、ザンバラの白髪を風になびかせ、原野に一人立っていらっしゃる山姥の姿が浮かんでまいります。(あまりにも深く動物と絵画の世界に没頭して居られるので、傍から見るとちょっと近寄りがたい凄さが感じられるのです)。すでに絵画はかなり収集されていらっしゃるご様子で、絵画のお値段についても かなりお詳しいそうでしたが、その蒐集の仕方は、絵画の市場的な価値や将来性とは関係なく、別の確固たるスケールをお持ちでした。すなわち動物の絵を集めているということ、そしてある絵画の中の動物の図柄がどんなに気に入っても、人物が入っている絵は買わない方針だということ。また集めるにあたっては現在有名だとか、将来に値上がりする可能性だとかといったことはいっさい考慮しない。動物達の絵で、しかも自分の好みに合ったもの以外は蒐集しないと言う姿勢です。彼女は、彼女特有のコレクションに対する価値基準をお持ちのようでして、それに従って蒐集されているように思われました。私たち美術商はどちらかというと美術品の現在の市場価値とか作家の将来性とかを考えがちです。どうしても買っていただいたコレクターが将来換金される時に、ご損があまりでないように、といった俗世間的な事を考えてしまうからです。従いまして、今回お会いしましたお二人のように純粋に美術品を愛し、周りに影響されず、好きな様に人生を生きていらっしゃるような人にお会いしますと、なんだか羨ましくなります。