No. 7 綱渡り、下は千尋奈落の底 (続き)

 今回は前回とは逆のお話をしましょう。以前、梅原龍三郎の絵を売りたいからと、持ってこられた時のお話です。作品としては梅原の代表作のような素晴らしい作品ではないにしても、梅原特有の色使いと筆使い、図柄、そしてサインもまず間違いなさそうです。でも念のためにお客様にお願いし、一日お預かりすることにしました。 ちょうど訪ねていらした画商さんに聞いてみますと、絵は良いが、箱書きの書体が違うのではないかと言われます。九分九厘間違いないと思ってお預かりしたものの、明日どうお話ししてお返ししたものかと悩んでしまいました。
 その時、ふとAさんという額装屋さんのことを思い出しました。Aさんというのは額装屋さんでは老舗中の老舗で、まあバックで例えるなら、グッチ やルイヴィトンのようなお店です。 この額装屋さんは生前の梅原先生の作品の額装を専門に扱い、箱書きなども頼まれて 持っていかれるなど、梅原先生とのお付き合いは長く、梅原先生の絵を見る眼は画商以上といわれている方です。 そこで早速、見ていただいたところ、私は鑑定の本職でないからと言われましたが、親切に画集なども見ながら、“これは間違いないですよ。先生は箱書きを書かれる時はよくウイスキーを飲んでおられ、飲みすぎの時は書体が乱れることがよくあったものです。それはそれで味があっていいじゃないの”と言って下さいました。 内心、冷や冷やものであった私は本当にほっとしたものです。無論後日、正式の鑑定でも本物でした。
 このように作品を扱う上では、真贋は避けて通れない問題です。 作家の数も無数なら、それに応じて贋物の種類も豊富です。古い作品などは美術館に入っているものでも、しばしば贋物であることが発覚してお蔵入りしています。

 こうした世界に生きているのですから、私どもの商売は常に損害との隣り合わせです。画商の仕事は実に奥が深く、毎日が勉強です。それでも真贋の問題を、正確にクリアしていくのは難しいと思っています。 目下の私の姿勢は、例え儲かりそうでも、なんとなく気が乗らない、第一印象や、直感的に気が乗らないもの、怪しいと思ったものは扱わないといったところです。それと贋物が出ているという作品の情報を早く掴む事を心がけています。 欲にかられない、グレイなものは扱わないと言う事です。そして日々勉強です。出来るだけ多くの作品を見て、その作品の特徴を掴む事を心がけています。贋物が出回っているという情報のある作品には、充分過ぎるくらいに慎重に取扱っています。それでも迷う時はその作品の専門の画廊の意見をお聞きしてから、取扱う事にしています。
 尚最近、東郷青児、絹谷幸二の作品の巧妙な贋物が出回っているという噂もありますので、ご注意ください。 素人の皆さんが絵を買われる時は信用のある画廊から、相場相当の値段のものをお買いになる事です。次回は詐欺師にもう少しで絵を取られそうになった話を書きますので、楽しみにお待ち下さい。