No. 6 綱渡り、下は千尋奈落の底

“毎日美しいものに囲まれての人生、良いですね!、うらやましいですね!”と、会う人によく言われます。確かに美術館でガラス越しにしか観らないような素晴らしい作品に囲まれての毎日、こんな幸せな事はないのかもしれません。でも世の中いい事ばかりでないもので、一つ間違えるとそれこそ何百万何千万の損害を被る危険性と隣り合わせという実に冷や冷やの綱渡り人生でもあるのです。
 今日はそんなお話の中の一つをしたいと思います。 画商をやっていてもっとも頭を悩ませるのは真贋の問題です。もし贋物を買ってきた時はそれこそ何千万でも何百万でも、只同然になってしまうからです。

 これは私が画商になり立ての時の話です。電話がかかってきて竹久夢二の作品を売りたいから見に来てくれと言うのです。まだそのような引きあいも少ない時の事、喜び勇んででかけました。 訪ねていった家は田舎の普通の家で特にお金持ちそうでもなく、さればとて貧しそうな 家でもありません。出てきたのは若いまじめそうな男の人で祖母の持っている作品だけど、売って商売の元手にしたいとの話でした。
早速見せてもらいましたところ、素晴らしい作品です。東京美術倶楽部の鑑定書もついています。署名も落款も当時の私なら見ると間違いなさそうでした。ただ当時私は竹久夢二の作品は数点しか扱った事がないという浅い経験しかもっていませんでしたが、見た印象がなんとなく引っかかるのです。先方はお金が急に入用なので、買うのなら即刻決めていただきたい。そうでなければ他にも欲しいと電話してきている画商さんもいらっしゃるので、そちらに持って行くと言われます。
さあ困ったと思ったのですが、ここで決めなければよそにとられてしまうと思うと、欲の皮が突っ張ってしまい、お金を払い買ってしまいました。でも念のためどこで何を商売してらっしゃるのか聞いて、そこに私の画廊からそのお店に確認をとって貰いましたが、間違いなくその店でお商売をしてらっしゃるとの事でした。

 こうして帰ってきたもののどうも引っかかります。そこであるベテランの画商さんの所に持って行き、いかがでしょうかとお尋ねしたところ、そのベテランの画商さんもしばらく迷ってみえましたが、”うーんこれはやはり駄 目ではないでしょうか”と言われます。”実は美術倶楽部の鑑定書もついているんですが”と、鑑定書を見てもらいましたところ、”やはり間違いなく贋物です、鑑定書そのものも贋物です”と、言われてしまいました。さあ大変です。頭の中は真っ白、お先真っ暗、途方に暮れてしまったことがありました。

 このお話は幸いにも鑑定書まで偽造してあった事で、すったもんだの結果 、詐欺として訴えられては困る偽造団が、引き取ってくれましたが、それまでの苦労と心労は筆舌に尽くせないものがありましたよ。以下続きは次回お話しましょう。