No. 5 プロでも失敗した話

 私どもでは絵画の買取もいたしております。従って絵をお売りになりたいとお話されるお客様の所を訪問する機会がしばしばあるのですが、そんな場合、この絵はこれ位 なら引取らせていただきますがとお値段を提示いたしますと、“そんな値段にしかならないのか、買った時はいくら位 もした絵なのに・・・”とお話されるお客様が多々いらしゃいます。

 私の父も絵画の収集家でもありましたので、そうお話されるお客様のお気持ちは痛いほど分かるのですが、資本主義の社会では絵画もまた株やその他の商品のように、その時の相場によって変動する商品なのです。バブルの影響を最も受けたのは、美術品の世界なのです。従っていくら私どもが奮発しましても、なかなかお客様のご満足のいくお値段はご提示できないのが現実なのです。それでも私としましては、その価値に相応しいお値段をご提示するために、精一杯のお値段を付けさせていただいているのですが、そのために時々高買いをするという失敗をしてしまいます。今日はそんな失敗したお話の一つをご紹介しましょう。

 それはつい最近の事でしたが、Nという作家の作品を売りたいとのお話があった時のことです。早速、拝見しましたところ、間違いなくNさんの作品で、ガラスに描かれた“ガラス絵”です。美術的には名品ではないにしても、比較的珍しいものです。しかしこのような絵を収集するコレクターは比較的少なく、私どもの画廊で直接、商品として扱うのは難しい絵です。従って交換会という美術商仲間の市場に出した時の値段から考えてお値段を付けることにしました。
実際、“ガラス絵”ということもあり、また美術商仲間の取引でもあまり出てこないものでしたので、物故作家のマーケットにも詳しい方々に相場をはじいてもらった結果 の金額をご提示いたしましたが、この作品はどこどこの百貨店ではいくらくらいしたのにと大変ご不満のご様子でした。私も父の嘆きを日頃聞いておりましたので、あまり無理をせずに、それではまたお気が変わられましたらご電話くださいと、その場はお持ち帰りいただいたのですが、数日後、やはり私がご提示した値段で良いから引取って欲しいとのお電話がありまして、早速そのお値段で買取らせていただきました。ところがその絵を仲間内に引合いに出しても、なかなかその値段では買い手がつかないのです。皆、高すぎるというのです。それでもと思い業者の市にだしてみたのですが、やはり買値より百万円ほど安くしか値がつかないのです。やむなくお蔵入りさせ、1~2年待っても売れないときは、もう今となっては損をするより仕方がないと覚悟をきめたことがありました。

 さてこのような失敗は美術品の買取には付き物です。どうしてもその作品を愛してしまいますと、まず値踏みが甘くなります。次は収集していた作品を手離されるお客様のお気持ちをあまりに考えすぎてまい、どうしてもこちらの利益率を低く押さえすぎてしまい高値買いになります。また相場が激しく変動している時はついつい先の高値を参考に値段をつけてしまいがちです。直接お買い入れいただけるお客様がありそうな時も、それを当てにして高値買いになりがちです。
無論、このように損ばかりしていましたら、私どもの画廊は潰れてしまいますから、当然きちんとした利益を取らせていただいているものも数多くあります。しかし私どもが絵画を買取する時、それはそれで精一杯のお値段で付けさせていただいている事をご理解いただけたらと思っています。