No.13 街で見掛けた風景

 いつもいつも堅苦しいお話ばかりでは、肩が凝ってしまうでしょうから、今回は商売を離れ、皆様の心を和ませるようなお話をご紹介しようと思います。さて皆様は、街を歩いていてふと微笑ましくなるような光景に出くわした事はありませんか。

 それは近年には珍しく大雪が降った日の朝の事です。雪は絶え間なく降り続き、数メートル先も見えないほどでした。会社に急ぐ人々は皆一様に下をい向いて黙々と歩いています。街は静かで、全ての音が雪の中に吸収されてしまったかのような沈黙に支配されています。
バスの運行も不定期で、バス停で待つ人の姿もまばらです。そんなバス停の一つに、一人の女の子が立っていました。年の頃は6~7歳、白い外套、白い服、白い帽子に白い長靴の女の子です。その白ずくめの姿は雪景色の中にすっかり溶け込み、数メートルまで近づいて初めて気づいたほどです。女の子は所在なげにあちらを見たり、こちらを見たりしていましたが、ふとこちらに振り向いた時、見合わせた顔は真っ黒です。賢そうな黒い顔といかにも悪戯っ子らしいきらきら光る目だけが、雪の中にぽっかり浮かんでいるそれは、まるで妖精のようです。
 遠い異国の地から、はるばる日本にやってきたのであろうその子にとって、この雪はどう感じどんな思いで見ているのでしょう。そう思って眺めているうちに、幼かった日の初めてスキーに行った時の雪山の風景とか、ホーム・スティで行ったボストンの街並みなどの思い出が一瞬のうちに蘇り、鼻がつんとしてきていました。寒い寒い雪の道にもかかわらずとても暖かく、幸せな気分に浸りながら、振り返ったバス停は、すでに降りしきる雪道にぼんやり浮かんでいるだけで、そしてその女の子の姿は雪景色の中に溶け込み、もうすっかり消えてしまっていました。
全く音の消えた街の中のその光景、それはまるで映画の中のワンシーンのようで、今も時々鮮やかに蘇ってまいります。しかしその思い出も、日が経つにつれそれが現実だったのか夢だったのか定かではない記憶へと変わり、今では幻だったのではないかとさえ思えるのです。