絵に描いた餅を求めてくだびれもうけ

その1

 私が若い頃の話ですが、
Z.K画伯作作品の売り物が有った時のお話です。
売り物として、メールで送られてきた写真によりますと、10号の大きさで、朝日グラフのZ.K画伯作品集にも出ているようなバラの図柄の名品です。
そんな作品はめったに売り物として出てこないほどの名品でしたから、私も張り切ってしまって、
「いくらで買っていただけるのでしょうか」
という相手の問い合わせに対しても、
「正確には作品の状態を拝見しなければ言えませんが、もし本物でしたら、○○万円から××万円位では買わせていただけるとおもいます。」
と精一杯の価格を提示しました。それと同時に
「尚よろしければ直接お伺いしますので、一度見せていただけませんか。」
と申し出てみました。
するとそれから数日がたったある日、
「やはり売ることにしましたので、一度見に来てくださいませんか。」
というお電話。
早速期日と時間を打ち合わせて、お伺いする事にしました。
訪ねて行った先は九州です。
訪ねていく先が少し遠かったのと、額が名品の割に粗末ですし、送られてきたメールの画像も、写真機(カメラ)の性能のせいかもしれませんが、輪郭がシャープさに欠けているようで、悪い予感がしたのとが重なって、お訪ねしたものかどうか迷ってしまったものですから、お訪ねする前日に
「ところでこの絵、何処からお求めになったのでしょうか」
と電話で聞いてみました。
すると
「イヤー、先日父の遺品を整理していた時、偶然書斎で見つけたものですから、どうしてうちに来たか解かりかねます」
とのお返事。
「それで、お父様は何をしていらっしゃったお方でしょうか」
と聞いてみますと
「絵を売りたいだけなのに、そんな事まで言わねばいけないのですか」
と不愉快そうなお返事。
「いいえ、ただこんなご立派な作品をお求めになったようなお父様のこと、さぞかしご立派なお方だったろうなと興味があったものですから、失礼しました。では○日の13時頃お伺いしますからよろしくお願いします。」
ということで電話をきりました。
「こんな名画が、普通の家から売り物として出てくるはずがないからなー。」
「もしフェークだったら」
という思いと、
「でもあの画家は確か、九州の出身だったから、何かのご縁で手に入れられたのかもしれないから」
という希望的観測との間(はざま)で揺れながら、
「まあ結果はどうあれ、何事も勉強だから行ってみるか」
ということで、朝早くの飛行機で福岡まで出かけることにしました。
見知らぬ家を訪れるのに、私一人で行くのは心配でしたので、従業員と二人連れで出かけました。

お訪ねした家は、福岡中心部から少し外れた郊外にありました。不思議な事に、家の電話番号は訊ねても口を濁して教えてくださいませんでした。連絡は携帯電話でとって欲しいとの要望です。
私にとっては、これもこの取引に当たってなんとなく不安に思った材料の一つでしたが、この心配についてはお勤め先を明らかにしてくださいましたし、自宅にお訪ねする事も了承してくださり、しかも東京美術クラブの鑑定書がとれるまでは、お金は支払わなくても良いと言う条件を呑んでいただけましたから、安心出来ました。

その2

 タクシーに乗ると早速、
「おいだ美術の種田でございます。この度はお忙しいところ申し訳ありません。只今タクシーでそちらに向っていますから、後20分ほどで到着するとおもいますのでよろしくお願いします。」
と指定されている携帯番号に電話をかけました。
するとなんだか少し困ったような声で、
「こちらこそお世話になります。申し訳ありませんが、ただ今他の用事をしており、手が離せませんので、後ほどこちらから電話をかけさせて頂きますので、少しお待ちくださいませんか。よろしくお願いします。」
というお返事です。
「変だなー」
と思いましたが、ここまで来た以上もう先様(さきさま)をお訪ねするより仕方がありません。
そこでそのまま、その人の家に向ってタクシーを走らせました。
それから5分もしたでしょうか。私の携帯に電話。
「もしもし、先ほどは失礼しました。今弟達夫婦が来ていて話しているものですから。何しろ父が死んだ後、まだ相続の件がはっきり決まってなくて、今度のお話も、弟達には何も言ってないので、今日はチョットまずいのですよね。しかしわざわざ東京から来ていただいておいて、お帰しするというわけにも参りませんでしょうし、困りましたなー。」
沈黙、そして少し間をおいて
「折角来ていただいたのですから、外でお見せする事にします。家の近くまでお出でになった時、もう一度携帯を鳴らしてくださいませんか。3度携帯を鳴らされて一度切って下さい。それを合図に私、家から出てまいりますから。」
「絵は家から持ち出して、別の場所で見ていただくことにします。申し訳ありませんが、そうさせていただけませんか。」
とおっしゃいます。
なんだか込み入った話で、もしトラブルに巻き込まれたら
「いやだな」
と思いましたが、ここまできたら後に引けません。
「いいですよ。もう直ぐ着くそうですから、そこから携帯を鳴らしますのでよろしく。」
と私。
到着した先はブロックの垣根に囲まれた普通のお家です。二階建てで、建坪60坪くらいの瓦葺(かわらぶき)の古い木造、庭もそれほど広くなく、家の造作にも、庭の樹木にもそれほど手が掛けてあるとは思えません。
頼まれていた方法で携帯を鳴らしましたところ、家の裏口の方から男性が出てきて、近寄ってこられます。50歳くらいの真面目で実直そうな男性です。
私からもそちらに近づいていきました所、
「直ぐ持って行きますから、少し家から離れた所で待っていてくれませんか」
と囁かれます。
そこで運転手さんに頼んで裏口より少し離れ、その道の角を曲がった所に車を止め、お待ちしていました。
しかしその言われる事の奇妙さに、興味が湧きましたから、
「どうされるのかな」
と思って、そこからそっと見ていました。
するとご主人は表玄関と反対側の垣根の方へ廻られ、内側から垣根越しに差し出されてきた風呂敷包みを受け取り、それを抱えてスタスタと私たちの方に歩いてこられます。私たちのタクシーに乗り込まれたご主人は、
「近くに○○ホテルがあり、そこに一室、小部屋を借りてありますから、そこへお願いします」
とおっしゃいます。

その3

 借りてあったのはビジネスホテルの一室でした。ベッドと、小さな机と椅子、そしてテレビが置いてある以外は何もない小さな一室です。さすがの私も、こんなところで男性と二人きりになる勇気はありません。もし一人だったらその場で失礼してきただろうと思います。
「従業員を連れてきて良かった」
と思いました。
お互い名刺を交換しご挨拶を済ませてから、
「ところでなんだか込み入っているようですが、後でトラブルに巻き込まれても困るのですが、その点大丈夫ですか。」
と申しますと。
「心配要りません。この件については母も了承済みですから、後はお宅がお買い上げいただければ、お金になった時点で弟達とお話をつけるつもりですから。」
「何しろ、今この件まで持ち出すと、もう収拾がつかなくなってしまいますから。」
「だから変に思われたかもしれませんが、携帯の電話で連絡していただく事にしたのです。家に電話していただくと、誰が電話を取るかわからないものですから。」
「しかし支払いも、あのような条件で良いと申してありますように、私どもとしましては、決してお宅様を騙そうとか、何かしようとするような気は決してありませんから、その点信用してください。実は最近父が無くなりまして、そこで父の書斎を整理していましたら、この絵が大切に保存してあったのを見つけたのです。チョット調べてみたのですが、そうしましたらこの作家って、ずいぶん有名だということが解かって。もしかしたら大変な作品かもしれないとドキドキしました。インターネットで調べて問い合わせましたところ、皆さんお値段については『○○万円から××万円くらいまで』とお宅の画廊と同じくらいのことを言われましたが、ひとつの画廊さんは『ついでの折でいいから、お店まで(東京)持って来てください。』と言われ、もう一つの画廊さんからは、『こちらで鑑定にだしますから、早速送ってください。』との返事だったのです。」
「こちらまで来て見てみてくださるとまでおっしゃってくださったのは、お宅だけでしたから、お宅に頼むことに決めました。よろしくお願いします。」
といわれながら、おもむろにもってきた風呂敷をとりだされました。

その4

 取り出された風呂敷包みは薄くて、こじんまりしております。
「あれっ。額はどうされました」
と私。
「お電話した時、絵は額からはずして持って帰るから、ドライバーを持ってきてくださいとのことでしたから、それなら私が前もって外しておいてあげようと思って、外しておきました。」
「それはお手数をおかけしました。それで額はどうされました。」
と私。
「それもその時のお話では、額はあまり良い額ではないからとおっしゃっていましたから、要らないのかと思って、家に置いてきましたが。」
とご主人。
「それならそれでいいです。もし絵を買わせていただくということになりましたら、額の方は、画廊の方へ、着払いで送っていただきます。」
「では早速ですが、絵のほう拝見させていただきます。」
ということで風呂敷を拡げてもらいました。絵は二重の風呂敷に包まれた、出来合いのダンボールの箱の中に入っていました。
しかし取り出された絵を一目見た瞬間、がっかりいたしました。それは紛れも無く複製品、いわゆる巧芸画(こうげいが)でした。
板に立体印刷をしてある巧芸画です。
「駄目ですね。これは複製です。」
と申しますと、
「えっそうですか。それにしては、大切に仕舞ってあったのですが。」
「それに絵の裏側にこのようにKZの署名と落款が押してあるシールが付いているのですが。」
と怪訝(けげん)な顔をしながら絵を裏返してみせられます。
「そういえば送っていただいたメールの画像にはこのシール送ってくださいませんでしたね。」
と私。
「このシール部分、額に入っているときはボール紙で覆われていて解からなかったのです。今度、絵を額からはずして始めてわかったものですから。」
とご主人。
「そうでしたか。ところでこのシール見てください。よくお読みくださればお解かりのように、ほれ、ここの所シールの欄外のところをよくご覧ください。そこのところに大塚巧芸の複製品って書いてあるでしょ。」
「そういわれればそうですね。私そんな細かな所までは見ませんでしたから。このシールの署名と、落款だけで、てっきり本物だと舞い上がってしまって。ごめんなさいね。わざわざ来ていただいたのに。」
「仕方がないですよ。そういったわけですから、大切に仕舞って置かれるのではなく、居間にでも掛けて、アートに親しまれたらどうでしょう。それにしてもがっかりなさったでしょう。」
といいますと、
「そうです。お電話しましたら、画廊さんの反応が良かったものですから、これはてっきり名品だと期待してしまいましてね。女房などは、宝くじにでも当たったように、『あれ買おうね。これも欲しいわ。』ともうはしゃいじゃっていましたから。」
「結果を聞いたらがっかりするでしょうね。まるで何でも鑑定団の惨め版みたいなものですものね」
と肩を落としながら絵を包み始められます。
「複製とわかった今では、もう大切にする気もしません」
とおっしゃりながら、無造作に風呂敷に包んで帰っていかれました。

その5

 私にとっても、彼にとってもとんだ一日でした。彼にとってはいろいろ皮算用していた遺品のお宝が、絵に描いた餅となってしまった一日でしたし、私にとっては、わざわざ九州までやってきたあげく、一目で複製とわかる巧芸品を見せてもらっただけという情けない結末、本当に踏んだり蹴ったり、くたびれもうけの一日でした。まだまだ未熟、もっと勉強しなくてはと痛感できただけもうけものだったかもしれませんけれどね。