No.215 油滴天目の油滴に刻まれた涙痕 (戦国の世を駆け抜けた女) その17
このお話はフィクションです
その17の1
その年、三木と東綱重の、無理難題の押しつけに、耐えきれなくなった、兄頼正と彼の取り巻きだった連中は、神無月も半ば、追い込まれるような形で東綱重に叛旗を翻しました。
しかし、起こした反乱は、それが起こる事を,予め(あらかじめ)予測し、待ち構えていた東綱重軍によって、(彼等に)打撃らしい打撃を与えることもなく、あえなく、頼正側の敗北で、収束してしまいました。
兄達、反乱に加わった武将達は全て、知行取り上げの上、斬首の刑に処せられ、その家族や領民たちも、残らず財産没収の上、領外追放となってしまいました。
こうして、東綱重は、最初からの計画通り、旧斎木領のうち、中の保の出城以北については、斎木家の持ち物だった城も、領地も、財産も、そのすべてを、自分の物としてしまいました。
頼正が敗北の末、打ち首になった事実は、綱重自身の口から直接お父様に、告げられました。
しかしお父様は、
「そうでしたか」と応えただけで、何の感情も表しませんでした。
お父様は、ここ僅かな期間内に遭遇した、あまりに非情な出来事の数々に、怒りだとか、悲しみと言った、感情を表す術(すべ)を、全て、失ってしまった様子でした。
何事が起こっても、その全てを、そのまま淡々と受け入れ、殆ど感情を表さなくなっていました。
私、美貴が、「私が、あいつの世話になる事に決めたことを告げた時も、能面のような顔で、「そうか」といっただけで、他に何も言いませんでした。
おそらく、何も出来ない、囚われの身である、自分の不甲斐なさに、全ての、外界からの情報の受け入れを遮断してしまわれた様子です。
後から考えますに、それが、精神が壊れるのを防ぐための、お父様にとっての唯一の防御手段だったのだと思います。
一方、私は、東綱重の世話を受けるに当たって、
「1、今後何があっても息子康継の命は狙わない。
2、父には、以前領主だった時代と同程度の待遇を保障する。
3、私、美貴の、牢内への出入り、並びに、牢内にいる父の世話をする事を妨げない」の三条件についての約定書をとることにいたしました。
何しろ当時の私は、綱重と言う男を、全く信用していませんでしたから。
その17の2
こうして取り決めをした翌日の夕刻には、綱重のお付き女中の一人が、早速、例の約定書を携えやってまいりました。
女は「殿様から、今宵の、夜伽をさせるから、直ぐに連れてくるようにとの仰せでございます。
そのままのお姿で結構でございますから、直ぐに牢から出て下さい」と申します。
「そんな事、突然言われましても、私ここしばらくの間、湯あみもしておりませんし、身に纏っている物も汚れていて、とても人様の前に出られるような状態ではございません。
用意をする間、少し待って頂きたいのですが」と言いましたが、女は、
「身体の清拭だとか、衣服などは、こちらで準備しておりますから、ご心配には及びません。
なにしろ、殿様が、お楽しみを、一刻も我慢出来ないご様子で、急いておられますから、御機嫌を損じないうちに、急いで参りましょう」といかにも意味ありげに、ニヤニヤと、下卑た笑いを浮かべながら急き立てます。
先日、綱重の前で、一旦は承諾したものの、私はまだ決心が付きかねておりました。
だからか、床に座ったままで、立ち上がろうとしても、身体の方が言う事を聞いてくれません。
「ああ嫌だ嫌だ、夫の仇であり、お父さまの領土を奪い、お父様を幽閉して今も、苦しめている張本人でもある、あんな狒々(ひひ:猿の妖怪)親爺に、身を委ねなければならないなんて。
こんなことなら、いっそ死んだ方がましだというのに、もしもここで、私が自殺でもしようものなら、お父様や息子康継が、どんな仕打ちを受けるかと考えると死ぬこともできないし。
あー、神様、仏様、助けてー。・・・・・・」
「それにしても憎っくき、綱重野郎め。
あんな奴、佛罰が当たって、死んでしまえ。地獄に堕ちろ。
七代生まれ変わっても、呪い続けてやるから、そう思え」
と床に座り込んだまま、ブツブツ呟いておりました。
そんな私に我慢袋の緒が切れたのか女は、
「失礼します。殿様のお許しを頂いておりますから、少し手荒かもしれませんが、お許しを」と言うや否や、
連れてきた下男に合図して、私を抱え上げると、そのまま廊下を引きずるようにして歩かせながら、綱重の寝ている奥の間の方へと引っ張っていきました。
その17の3
綱重は上機嫌でした。
「おお、よう来た、よう来た。
そなたと、わしとの間には、今まで、いろいろあったかも知れんが、これも今の世の中、お互い生き抜いて行くためには。止むをえん事だと思って、今日を境に、水に流してくれんか。
本当の事を言うとなー、そなたが十六,七だった頃に、このお屋敷で、そなたを、一目見た時以来、ずっと、そなたに憧れ、そなたの事を恋慕っておったんじゃわ。
今回、長い間の、念願叶って、そなたを手に入れる事が出来、こんな嬉しい事はないわ。
そなたとしては、このわしに、大変な恨みがあるだろうから、今すぐ心を許してくれとは言わんが、長い間、ひたすら、そなたの事を慕い続けてきた、
わしの心も察して、徐々で良いから、心を開いてくれんかのう。
その代り、絶対悪いようにはせんから」
「・・・・・・」「こんな奴に、心を許してなんか、やるもんか」と、腹の中で悪態を突いておりましたが、私は黙って、あいつの顔を睨みつけておりました。
「まあ良いわ。どうせ直ぐに心まで開いてくれるとは、思っとらんのだから。
でもなー、女の身体はなー、心とは別物だというぞ。
今はそんな顔をしているが、そのうち、わしなしでは、身体がうずいて持たんようにしてやるから、楽しみにしてな」
「自惚れないでよ。私を、そんな軽い女と思っているの。
私の恨みや憎しみはね、七回生まれ変わっても、消えないくらいに深いんですからね。
お前の思い通りになんか、なってなんかやるもんか」私、睨みつけながら、口の中で、モゴモゴ呟いておりました。
「そうか、そんなにわしが憎いか。そんなに悔しいか。
そんならそれでもいいわ。
憎みたけりゃ、憎め。
呪いたけりゃ呪え。
わしはなー、初めから喜んで身を任せてくるような女子(おなご)より、そなたみたいに、憎み、呪い、嫌がっているような女を、押さえつけて、有無を言わさず、自分の物にする時くらい、快感を覚える事はない男なんやから。
嫌がって暴れりゃ、暴れてくれるほど、やり(やる:セックスをする)がいがあるってもんよ。
悲しがったり、悔しがったりして涙を、流してくれりゃー
くれるほど、興奮するんやから」
と言うなり、私を布団の上に押し倒して、むしゃぶりついてまいりました。
彼は自分の知っている限りの技巧を使って、私を感じさせようと責めたてました。
その手に乗るものかと、私は、暴れもしなければ、泣きもせず、まるで木偶人形(でくにんぎょう)のように、身体の力を抜いて、ただ言われるまま、求められるまま股を開き、体位を変え、彼を受け入れ続けました。
しかし私の心は、覚めたままでした。
綱重が、懸命に、さすったり、揉んだり、甘噛みしたり、舐めたりしてくるのを、大きく目を見開いたまま、冷めた目をして、眺めておりました。
「馬鹿な奴、どんなに手を尽くしたって、感じるはずがないでしょ。
大体、チビ、デブ、デッパのお前なんか、私の趣味じゃないの。
お前のような男は、例えなんの因縁もない相手だったとしても、見るだけで、ぞっとするというのに、まして敵の(かたき)お前なんかに、感じ、喜ぶことなんか、あるはずがないでしょ。
額に汗して、懸命に、腰を動かしている、お前の姿なんか、見ていて、滑稽なだけだわさ」
「あーあ、早く終わらんかなー。早よ終われ、早よ終れ」
心の中で、ブツブツいいながら、綱重が、果てて、終わるのを、ひたすら待っていました。
しかし、悲しい事に、綱重めは精力絶倫でした。
彼は一度だけのお相手ではすませてくれませんでした。
少し休んでいたかと思うと、また元気を取り戻しては、挑み掛かってきての繰り返しで、終わって、きゃつが寝入った時には、もう東の空が、白み始めておりました。
お父様を守り、子を守るために義務的に行っているそれは、苦行以外のなにものでもありませんでした。
煩わしいと、突き放してやることも、蹴飛ばしてやる事もできず、さればと言って、きゃつめに弱みを見せないために、苦痛を訴える事も、涙をみせることもできませんでした。
私は、ただただ、黙って、奴の“いちもつ”を受け入れ続けました。
その18へ続く