この文章はフィクションです。例え似たような出来事あったり、実在の人物がいたりしたとしても、偶然の一致で、実際の事件人物とは関係ありません
その10
岡路さんの話 その9
こうして、路塚氏から何を言ってきても、全く無視して、放っておきました所、10日間ほどで、それはストップしました。
私は、これで、終わったものと思い、ほっとしました。
所が、弁護士さんは、「ああいう連中はね、粘着性気質の人が多いから、これで終わったとは言い切れませんよ。
こちらの油断を見すまして(=気をつけてよく見ること)、また何かをしかけてくる可能性だって否定できません。
だから、気を付けていてください。
彼からのメールは、これまでのも、これからのも、全て保存しておいてください。
また彼から電話があった場合も、その全てを、録音しておいてください。
万一、身の危険を感じたり、営業の妨害になるようなことをしてきたりされたら、すぐに知らせて下さい。
何時でも、法的な処置がとれるよう、準備を整えておきますから」と言ってくださいました。
その11
岡路さんの話 その10
弁護士さんがおっしゃったとおりでした。
路塚氏からのメールはそれで終りではありませんでした。
2月の終りになりましたら、またまた、路塚氏からの、次のようの、メールが届きました。
「過日は、大変失礼なメールを次々差し上げてしまい、誠に申し訳ありませんでした。
私、心より、反省しておりますので、これまでの無礼の数々、なにとぞご容赦下さいますよう、お願い申し上げます。
つきましては、早速の、厚かましいお願いで、恐縮ではございますが、私、もう一度、御社との取り引きを、再開させていただきたく思っておりますので、ご検討下さいますようお願い申し上げます。
なお、購入資金につきましては、数千万円の資金が、既に口座に、入っておりますから、即日、お払いさせていただくことも可能となっております。
その点も、ご勘案の上、お取引再開の件、なにとぞ、良きご返事賜りますよう、心よりお願い申し上げます。
末筆ながら、貴画廊の、ますますのご発展、心よりお祈りしております。 路塚倫太郎拝」
思わぬメールの内容に、私は、ただ、ただ、驚くばかりでした。
あれほど、無茶苦茶を言って非難してきた路塚氏が、これほど低姿勢になってまで、取引を求められて来られた事に、真意を、計りかねたからです。
どう考えても、私ども程度の画廊なんか、世間には、他にも一杯あります。
自分で言うのも変ですが、価格的にも、絶対に、私どもでなければというほど、お値打ちになっているわけでもありません。
それにもかかわらず、あんなに低姿勢になってまで、私どもの画廊との取引に固執される理由が、私には分かりませんでした。
だから、それだけに、何か下心があるように感じられ、不気味でした。
それに、路塚氏の、これまでのやり方から考えますに、ひとたび行き違いが生じれば、事の正否にかかわらず、又一方的に、ネチネチと責められるのは、目に見えます。
だから、怖くて、例え、数千万円の現金を、目の前に積み上げられたとしても、この人とだけは、二度と、取引をしたくないと思っていました。
その為、失礼は承知の上で、彼からのメールには、一切返事をしませんでした。
その12
岡路さんの話 その11
私、本当は、その時点で、路塚氏からのメールは着信拒否にしておくか、迷惑メールのフォルダに自動的に振り分けるように、システム変更をしておくべきでした。
しかし、まさか、こんなに断っているのに、また注文してこられるとは思ってもいませんでしたから、そういう処置はしておきませんでした。
すると、こちらが、何の返事もしなかったにもかかわらず、
もう一度、取引をお願いしたいと懇願してこられた翌日にはもう、彼からの作品注文のメールが送られてきました。
「いろいろ、ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。
所で、下記の3作品を購入したいと思いますので、自宅宛にお送り下さいますよう、お願い申し上げます。
なお、作品の代金は、代引き(代金引換)でお支払いさせていただきますので、そのようにご手配下さいますようお願い申し上げます。
① 真島萬波先生画 翁桜
② 同上先生画 桜月夜
③ ポァロ・ガリァ画 ポピー
以上」
となっておりました。
私、この注文を、どうすべきか、迷いました。
もうお宅との取引は出来ませんと断ってありますから、このまま放置しておいても、かまわないような気はしました。
しかし購入希望のフォルダの中に入ってしまっている以上、「注文は、形の上では、受けたことになっているのに、先に注文したこちらに、何の断りもなく、他に売ってしまうとは何事か」と例の調子で、ネチネチと抗議してこられた時の事を考えると、何の返事もせず、放置しておく事に、躊躇いもありました。
そうかと言って、ここで彼の注文に断りの返事をすれば、それはそれで、この後、ネチネチと言ってこられる事は必定です。
だから、どうするか、本当に困りました。
たまたま、交換会(=業者間だけで行われている、マーケット)に出た時、親しくしている、アート・ファーストの花川さんに会いましたから、このお話をしました所、
「そのようなお話は、貴方のところ以外にも1,2小耳に挟んでいます。
ただ、今時は、皆さん用心していらっしゃいますから、それによって、大きな被害が出たと言った話までは、今の所、聞いていません。
せいぜい碧青画廊の木元さんの所が、『代引きで送った作品が、受け取り拒否に遭って、往復の作品運送料と、代引き手数料とを損させられた』と言ってこぼしておられたのを、聞いているくらいです」と教えて下さいました。
註1)代引きとは・・代金引換便の略。玄関まで商品を持ってきた運送業者に
商品代金+送料+代引き手数料の総額を渡して、購入した商品を受け取るシステムです。
カード決済が可能な場合もあります。
註2)代引きで送った商品を、受け取り拒否されたら・・この場合は、往復の送料並びに代引き手数料が、送り主の負担となります。
その金額は、裁判をすれば、相手の依頼によって送ったものである限り、取り戻せます。しかし、裁判に掛かる費用と、手間を考えると、面倒で、実際には、送った方の、泣き寝入りです。
註3)着払い・・・品物を受け取った人が、その品物の送料だけを運送業者に支払う制度です
その13
岡路さんの話その12
アート・ファーストの花川さんの話を聞いて私は、ますます迷いました。
そういう人もいらっしゃるのだから、信用できない相手に対して、代引きだからと言って、安易に、品物を送る訳にはまいりません。
従って、このまま返事もせず、無視し続けるのが一番であると、一方では思うのですが、
他方では、しかしこのまま何の返事もしなかった場合は、自動受注システムで、注文を受けつけた形となっている以上、それを盾にとって、又ネチネチといつまでも言ってこられるだろうなと思うと、これまた憂鬱でした。
なにしろ相手は、ああ言えばこう言うの、クレーマーまがいの路塚氏です。
どんな奇手を使ってこられるか、予測が付きません。
従って、トラブルに巻き込まれるのを避けたいと思えば、きちんとお断りのメールをした方が無難なようにも思えるからです。
こうして迷いに迷って、何もしないでいるうちに、いつの間にか、かなりの時間が経ってしまいました。
すると数日後のある朝のことでした。
ネットでの取引を任せてある従業員が、「社長、今日、おかしな人から、購入希望が入っていましたが、どうしましょう」といってきました。
「おかしな人って?」と聞き返しますと、
「それがなんだか変なんです。注文してきた人の住所、氏名、電話番号こそ違ってはいますが、注文主のメール・アドレスは、例の路塚氏が以前に使っておられたものと、全く同じです」
「それで、支払いはどう?どういう方法で払うと言われている?」
「それが、偶然の一致か、路塚氏と全く同じで、代引きでお願いしますとなっています」
「確かに、変だねー。“ナリスマシ”かもしれないから、すぐその女性と連絡をとって、
この注文が、確かに、その女性のされたものかどうか、確認してください。
もし、その注文が、間違いなく、その女性がされたものでしたら、メール・アドレスが、路塚氏が以前使っていたものと同じ理由も聞いてください」と命じました。
しばらくすると
「社長、分かりました。この女性、そんな注文は、されてないそうです。
この女性の名前を使って、こういう事をする人の心当たりを聞きました所、『私の知り合いで、そんな事をする人と言ったら、もしかしたら路塚さんかもしれません』とおっしゃっていました。
彼女の使っていらっしゃるメール・アドレスも、今回の注文時に使われたアドレスとは、全く違っていました。
やはり今回の注文は、路塚氏による、ナリスマシ注文に違いありません。社長どうしましょう」
「分かった、その件は、弁護士と相談して、私が処理するから、後は私に任せて」
続く