No.107 ある老コレクターの悲劇

私の従弟、皮膚科のお医者さんをしているのですが、彼、同時に画家でもあって、展覧会にもしばしば入選したほどの腕前の持ち主です。
そんな彼ですから、古いもので美しいものは大好きでして、家の中は骨董品といいますか、ガラクタといいますか、古びた陶器だとか、古い瓦のかけら、仏像の胴体だけとかといったものがガラガラと置いてあります。
骨董コレクションが高じた彼、自宅を立てたときには、奈良の古いお寺の柱の切れ端を(多分法隆寺だったと思いますが)買ってきて、それを床柱に使って家を新築したほどです。
そんな従兄弟の若いときのことです。たまたまパリへいっての帰り道の飛行機の中で隣り合ったのが、70歳少し前後の小柄ですが、とても上品な白髪の紳士でした。
機内でお話をしているうちに、彼が大変な骨董マニアであることが解りました。
嬉しくなった従兄弟は、自分のコレクションについて自慢し、ぜひ一度見に来てくださいと、家に招待しました。
所が、その紳士の方も、従兄弟のことがたいへんに気に入ったようで、
「その前に是非私の家の方へ遊びに来てくださいよ」
「家はぼろいですが、コレクションだけは誰にも負けないつもりです」とおっしゃいます。そして彼は自分の集めているコレクションの内容について、いかにも愛しげに説明し始めました。
竜泉窯の瓶(へい:首の長いとっくり型の壺)、永楽の染付けの盤(盤:平たい皿型の鉢)、定窯の鉢等々、明から清にかけてのすばらしいコレクションです。
それは中国投機に趣味のある人間なら皆、聞いているだけで涎(よだれ)がでそうなものばかりです。
従兄弟は、すぐにでも、この紳士のコレクションを拝見しに行きたいとおもいました。
でも、そのついでに、独身の娘さんも見てほしそうな口ぶりであったのが気になりました。
その為、訪問はしたいのですが、なかなか訪ねて行く決心がつかないまま,暫くぐずぐずしておりました。
しかし日が経つにつれ、どうしても我慢ができなくなった彼は
「ひろみちゃん、あなたも一緒に言ってくれない?あの人の骨董、見に行きたいのだけれど、お嬢さんを見せるのが向こうの狙いみたいなところが感じられて、一人で行くのは気が重いのだよ。帰りに、貴女の好きなもの買ってあげるから付いて来てよ」と誘いました。
どうやらお見合いみたいにならないように、おきゃんな私をガードウーマンとして連れて行くつもりらしいのです。
その当時私、高校生で、骨董などに全く興味がありませんでした。
だから「いやだよ。どうして私がついていってあげなきゃいけないのよ。一人で行けば良いでしょ。一回、会ってみたら。案外良い娘さんかもよ」と冷たく断ってやりました。
しかし従兄弟はどうしても諦め切れなかったと見えて、なんだかんだと条件を出して誘います。
そうこうしているうちに、どうしても断りきれなくなってしまった私は、とうとう、ついて行くことになってしまいました。
本当のことを申しますと、私、骨董には全く興味がありませんでしたが、従兄弟に会ってほしいといわれている娘さんの方にちょっと興味があって、付いていく事に承諾したと言うのが本音です。
訪ねていった先は、入り組んだ町の中にある普通の木造住宅でした。
ところが間口の狭い玄関を通り抜け、細長い通路を通って奥まで入ってまいりますと、そこには鉄筋の蔵のような立派な建物が建っております。
案内されるままに、その中に入りますと、その建物は2階建てで、一階二階とも壁面はガラスの棚で埋められ、その中にはいろいろな模様や形の陶器がびっしりならんでおります。それを見た瞬間の従兄弟の驚きぶりからみますと、これは大変なコレクションの様子です。
従兄弟はもう目を輝かして見入っております。彼の説明によりますと、そこに並んでいるものは、なかなか手に入らない名品ばかりだとのことでした。
ご主人のほうも、コレクションの価値を解ってくれる人が来てくれた事が、とても嬉しかったからか、楽しそうにコレクションした時の苦労話をしてくださいました。
私が、一目見ただけで強く惹きつけられたのは、明代永楽の染付の盤でした。これは骨董に何の興味もなかった当時の私でも、目を奪われました。
すんだ青藍色の模様が白色の磁体ににじみ出ているように描かれている大きな皿の(盤というのだそうです)とてもおおらかで澄んだ感じがとても魅力的でした。
他は、朝の空の色のような淡い青色をした宋代の青磁の花瓶、
宋代の吉州窯のものという鼈甲色の小さな筆入れ(花瓶かもしれません)などにも強く惹かれた記憶があります。
他にも、いろいろな時代の中国陶器を見せていただいたのですが、何しろ勉強不足の私にはちんぷんかんぷんで、後は殆ど記憶にありません。
後日、もう一度骨董屋さんと連れ立って訪ねていった従兄弟の話によりますと
(従兄弟の知り合いの骨董屋さんが、その話を聞いて勉強のため是非見せてもらいたいから、ご主人に見せてもらえるよう頼んでほしいといわれて、案内したのだそうですが)
その骨董屋さんもあまりの素晴らしいコレクションに、ただただ驚いていたそうです。彼の言うには「全てが筋のいい本物ばかりで、金銭的にも大変なものだ」との事でした。
彼が訪ねていく事を躊躇させた娘さんの件は、従兄弟の取り越し苦労だったようです。彼がたずねて行った日も、用事があるとかということで、外出されてしまっていて、家にはいらっしゃいませんでした。
ご主人も奥さんもとても気さくで、人のよさそうな人たちばかりで、ご丁寧に、手作りの食事までもご馳走をして下さいました。
しかしあまりにも手厚いおもてなしは、骨董に、殆ど興味ももってなく、野次馬根性でついていっただけの私には、話に入っていく事も出来ず、とても心苦しい一時でした。
先ほども言いましたように、従兄弟はそれから一二度、骨董屋さんと連れ立ってお邪魔したようです。
しかしその後は、医院を開業し、忙しくなったものですから、時々文通をするくらいで、何時とはなく、次第に疎遠になってしまいました。
その時、一緒に訪ねて行った骨董屋さんの方は、商売になると思ったのでしょう。それからも数年毎位には訪ねていっていたそうです。
彼の話によりますと、年をとられるにつれ、集めてあった物の中から、筋の良い品物ばかりが次第に消えていき、逆に怪しげな筋の物ばかりが増えていきました。
私が目を惹かれた、あの染付けも、青磁も、玳玻天目(たいはてんもく)も(鼈甲色の釉薬のことをこういうそうです)皆、最後の方はもう、なくなってしまっていたそうです。
そして代わりに、古い仏像だとか、経筒(きょうづつ)、経文(きょうもん)の書かれた金板だとかといったものが増えていきました。
中国陶器も、時代の確かな名品は次第に消えていき、もし本物であれば、新発見の珍品となるのですが、その時代に、その形の物や模様の記録はなく、本物かどうか疑わしいといった形をした陶磁器とか、模様をもった陶磁器が増えていました。
骨董屋仲間の話では、その人の家に、以前出入りしていたことのある骨董屋さんが、
「あの人も、年をとられるに連れて、目が腐って行ったんでしょうねー。最後の方は、怪しげな業者ばかりが、寄り付くようになっていましたからねー」
「すーっと、私を信用して下さっていれば、あんな変なものは、絶対に入れさせなかったんですがねー」と嘆いていたと聞いてきました。
人間、年齢が進むにつれ、生理的な衰えにより、頭も眼も悪くなってきます。
しかし誰もが、老いはなかなか自覚できません。
その為、老いによる眼力(鑑識眼)の衰えなど思いもつかず、若い時と同じか、若いとき以上に自分の経験による眼力に頼って、思い込みによる独断で蒐集するようになってしまいがちです。
この道で食べていて、毎日美術品と接している人の場合なら、絶えず新しい刺激が入ってきますから、その衰えはゆっくりで、老人になってからも、さほど目立つほどの衰えは感じさせませんが、業者さんが持って来たものを、たまに目にする程度のコレクターの場合は、一定の年齢を超えますと、鑑識眼は記憶力とともに、急速に衰えてきます。
所が、いけない事には、ちょうどその頃になりますと、それまでに、ある程度以上の、良い物を見たり、集めたりしてきた結果、人によっては、ただ良いものと言うだけでは飽き足らなくなる人がでてまいります。
そういう人は、今まで集めていなかった、新しい分野の物に興味を示すようになったり、掘り出し物を求めたりし始めます。
こういった老コレクターには、そこに大きな落とし穴が待っております。
長い収集の経験からくる独断的自信と、掘り出し物の珍品を買ってやろうという助平心が加わってまいりますと、コレクションは怪しげな品物ばかりへと変わっていってしまいがちです。
この人の場合も、年齢的に記憶力が衰え、ものを見る勘も悪くなってきていたときに、いろいろな骨董屋さんが入りだしたこと、
そしてその年齢になって、コレクションの方向性を180度近くも変え、仏像関係の物を集め始めたことなどが大きな間違いの元だったとおもわれます。
従兄弟の知り合いの、あの骨董屋のお話によりますと(彼はその後も時々たずねて行っていたようです)、
あの玳玻天目の小瓶を始め、永楽(明)の染付けの盤、青磁の花瓶などと言った、すばらしいコレクションの一部を売り払ってまでして買われた、高麗の弥勒菩薩像(みろくぼさつぞう)などは
当時、骨董屋の間に、出回っていた、韓国産(今の時代の)の真っ赤な偽者だったとの事でした。
他に買われていた経文の書かれた金板にしても、経文のはいっていた経筒にしても、やはり韓国産で、明らかに偽者と分かるものだったとの事です。
経文などは、「彫りこまれた経文の文字部分を見れば、まだ彫ったばかりのようにきらきら光っていた」から、注意してみれば、誰が見ても新しいと解ったはずであるといいます。
経験豊かで、目も確かだったはずの中国陶器のコレクションにしても、あまりに掘り出し物で且つ珍品といった類の(類)の品物を求められすぎたために、時代にそぐわない模様だとか、形のものが入ってきてしまっていました。(それは=贋物をいみします)
ご主人の考えで、こういったものがあるのだから、こういう模様のものも、あって不思議はないはずであるとか、そしてこんな形のものがあれば、大変面白いだろうなと拡大解釈して、変わったものを買ってしまわれた結果が、このように怪しげなものばかりのコレクションになってしまったとしか思えません。
ご本人は、好きなものを集め、珍品を買ったと思って楽しまれたのですから良いでしょうが、残されたご遺族はとてもお気の毒です。何しろがらくたばかりに替わっていたのですから。
その後、遺品の骨董が、どのようになったか分かりません。
しかし、万一売りに出されていたとしたら、ご遺族は、とてもがっかりされたでしょうね。
一般的に、年老いてからのコレクションはよくよく注意した方が無難です。
どんなに経験を積んできた人でも、普通、コレクターというのは、毎日、美術品に接しているわけではありませんから、眼力は老齢化によって衰え、間違えることもありえるようになります。従ってそれを自覚し、購入に際しては、常に、信用のおける業者と相談しながら蒐集されるようにした方が無難ではないかと思います。