No.102 美術品で儲けようなんて考えは?
その1
先日、年下の友人の結婚式に出た時の事です。たまたま私のお隣に座られたのが、新婦のお勤め先の上司だった方で、50歳代後半、ロマンスグレーの髪がとても良く似合う、おしゃれな感じの紳士でした。彼、美術品に、とても興味がおありのようで、私の名刺をみて、美術商だと知ると、いろいろ話しかけてこられました。
「お嬢さん、銀座で画廊をしていらっしゃるなんて、素晴らしいですね。でも今は厳しいでしょ。こんな経済状況ですから」
「そうですねー。確かに難しい時代ですわね-。でも、何とかやっています」
「へー、そうですか。でもこんな不安定な時代に高額な絵なんか買える人がいるのですか」
「世の中よく出来たもので、どんな不景気になっても、お金を持っている人はいらっしゃるものですね。そういう人達の中には、こういう時代だからこそと、買おうとしている人もいらっしゃるんですよ」
「そういうものですかねー。それにしてもこんな時期に買おうとされるなんて、すごく余裕がある方ですねー」
「確かにそうかもしれませんね。今度の不景気って、なんだかこれまでと違って、底が見えませんものね。人によっては、今度の不景気が回復するまでに、何年かかるか分からないといっているくらいですから。だから、私達も、今が買い時ですよとはお客様に勧め難い状態です。コレクターの自己責任、コレクターの相場観で買っていただくようにしているのですよ」
「絵も大分下がっているとは聞いていましたが、やはりそんなに下がっているのですか」
「特に投機資金が入ってきて、値上がりが大きかった系統の絵画の値下がりなんてひどいものです。最近やった、香港での現代美術のオークションなんか、買い手がつかず、散々だったという話です」
「エッ、そんなに駄目だったのですか。そうですか、怖いものですね-」と溜め息。何だかがっかりされているご様子です。
「こんなこと言って失礼ですが、お宅も、美術品を何か買っていらっしゃいました?」
「えー、最近はやりの、今どきの作家の作品をすこしばかり」
「そうですか。そりゃ大変ですね」「で何を」「村上隆だとか、奈良美智なども考えたのですが、彼らの本画は高すぎて手が出ませんでしたから、リ・ウーハンの作品などをすこしばかり。この人の絵の価格はどうですか。むろん下がってはいるのでしょうが、どれくらい下がってます?」「作品にもよりますけど、先ほども申しましたように、今では半値以下と思っていただいた方がいいかもしれませんよ。それでも買い手がつかないかもしれないといった状態です」「そうですか、痛いですねー」「でも好きで買われたのでしょ。だったら楽しまれたら、良いのではないですか」「それがそうでもないのです。画商さんから、『これから絶対に、上がる作家の作品だから』と言われて、家の財産として買っただけですから」「本当の事を言うと、私、あのような絵の、どこが良いか分からないのですよ」「それだけに、ひどく下がっていると聞いてがっかりしている所です」
「でもねー。今回の物の価格の急激な値下がりは、別に美術品に限ったことではないのでは?株だって商品先物だって、投機的なお金が入っていた分野は、全て同じような現象が、おきているのではないですか」「そう言われればそうですね。株だって三分の一位になっているのが、一杯ありますものね」「ただ現代美術の作品の方が、投機資金が沢山入ってきていただけに、値下がりも大きいとは言えますけどね」
その2
サブプライムローンに端を発した世界的な大恐慌の影響は、美術品の世界にも容赦なく押し寄せてきております。
特に現代美術の市場には、美術品で儲けようと考える人々による、投機資金が沢山入って来ていましただけに、その惨状は目に余るものがあります。
そして、こういったバブルで最後にババを掴まされたのは、それに乗っかっての一儲けを企み、提灯買いをして、そういった絵画を貯め込んでいた一部の業者達と、それから、それほどその絵の事が良く分からないのに、あるいは好きでもなかったのに、助平心を出して、値上がりを見込んで買いこんだ、先ほどの紳士のようなお客さん達です。
いつも申しているように、絵画は本来、値上がりを目的に買うべきではなかったのです。もし本当に、その絵を理解でき、好きで買われたのであれば、「勿体ない事をしたなー。今なら同じ作家の作品でも、もっと傑作が買えたのにとか、もっと何枚も買う事が出来たのに」という多少の悔いは残るかも知れませんが、好きな絵を所有しているという喜びと満足感は持ち続けることができます。
しかし、値上がりだけを目的に買いこまれたのであれば、その絵を見る度に湧いてくるのは、耐えがたい後悔だけです。
絵は本来鑑賞するために買うべきもので、値上がりを目的に手に入れるべきものではないのです。作品によっては、長期間保有していれば、買った時の価格より高い価格で手放す事が出来ることもあり得ます。しかしそれは、結果であって、本来の目的であってはならない事です。最近のように、絵が投資どころか、投機の対象にすらなっているのは、非常に忌むべき現象だと思います。
その3
「それで、これら美術品の価格が、再び戻ってくる事があるのでしょうか」「もし戻ってくるとして、戻るまでにどれくらいの期間かかると思いますか」とその紳士。
しかしその時期を明確にあてる事は難しい話です。これから取られるであろう、各国政府の対応、すなわちどのような不況対策が取られるかに依存するところが大ですから、一概には言えません。
従って、競馬の予想屋程度の、無責任な予測だと思って聞いていただきたいのですが、私の予想では、回復までには、大体、3,4年はかかると思っています。
そもそも美術品の価格だとか美術市場の好不況は、景気と連動する傾向が強いようです。中でも株式相場との相関は強く、株が値上がり傾向が続くようになってから、大体半年位後に美術品の市場は活況を呈するようになり、値上がりが始まります。従って次いつ頃美術品の価格が戻ってくるかと言われても、それはこの不景気がいつ終わるかというのと同じで、なかなか予測が難しい訳です。特に今度のサブプライム破綻に端を発した、アメリカ発、世界大恐慌は、根が深く、次の大統領オバマ氏の経済政策いかんによっては、長期にわたる可能性も否定はできません。しかし一般的な今までの傾向では、新しい大統領の一回目の任期が終わる年の、一年くらい前ころから、景気は上向きになっている事が多いようです。従って大体3年くらい後には、景気が戻り始め、それにつれて美術品の市場も良い方に動きだすのではないかと思っています」
「そうですか、それなら私の買った作品も、3、4年じっと我慢して抱え込んでいたら、元に戻ってくるのでしょうか」
「お気の毒ですが、それは一概に言えません。次、何年後かに、この業界に賑いが戻って来たとしましても、今あなたが持っていらっしゃるような、今まで人気作家だった作家の作品の価格が必ずしも戻ってくるというわけではありません。株と同じで、こういった値上がりの激しかった作家の作品ではなくて、全く別の作家の作品がもてはやされるようになっている可能性の方が強いのです。特に現代美術の場合は、まだ新しくて、歴史の評価が定まっていない作家の作品が多く暴騰しておりましただけに、特にそういった傾向が強いように思います。恐らくは、何年後かに、現代美術の作品の中、マーケットでその価値が認められ、きちんとした市場評価にたった売買の対象になり得る作品というのは、それは将来、美術史の中に、その名を留める事になるであろう作品ですが、それはほんの数点にすぎないと思います。
なお、一般的には、欧米の美術史の中に、その名を留める事が出来るようになるような作品の場合は、世界の美術市場の、どのマーケットでも評価されますから、欧米の景気、中でもアメリカを中心とする世界の景気に大きく左右される事になっています。日本だとか、韓国、中国、ロシアなどといったある国に限られた人気作家の場合は、その作家を生みだした国の景気に、左右される所が大きいようです。
従って貴方の持っていらっしゃるリ・ウーハンなどの価格の戻り方は、3年後に韓国経済がどの程度良くなっているかにかかっている所が大でしょうね」
その4
「それでは、もしかしたら、今が美術品の買い時といっても良いという事ですか」
「その場合は、どの作家の作品がお勧めですか」
「確かに、ここ1,2年の間が、好きな作家の作品で、今まで高くて手が出なかった作品を買うチャンスかもしれません。しかしあまりに価格にこだわりすぎますと、同じ作家の作品でも、出来の悪い駄作を買いこむことになりかねませんから、要注意です。何故なら、同じ作家の作品でも、できが良く、最も脂が乗った時期に描かれた作品の場合は、一般に、値下がりは小さく、駄作や、若書きなどといった、名前で、売られているような作品の場合は、値下がりは大きい傾向があるからです。従ってもし、今買いに出られるのであれば、自分の好きな作家の傑作を狙うべきです。むろん好みがはっきりしている方であれば、将来の価格などに囚われる事無く、自分の好きな作家の作品で、自分が持っていたいと思うものを買うのがコレクションの王道です。
特に欲しいと思っている作家は決まっていらっしゃらないが、しかし美術品は大好きで、この機会に一つ持ちたい、しかし将来あまり損をしないような作品を買っておきたいと思っておられる方は、出来れば、
①既に、歴史の評価に耐えてきており
②世界の市場に通用するような作家の作品で
③しかもなるべく出来の良い作品、(その作家の傑作であれば最高ですが)それでいて
④コレクションする人の感覚に合い、その人がその美術品を持っていて喜びと満足を感じるような作品を、お選びになる事をお勧めします」
「そうは言っても外国の絵画などは分からないから、あまり欲しくない。やはり日本人の絵画の方が感覚に合うから、それが欲しいとおっしゃる方は
⑤今まで日本のマーケットで既に高い価値が認められている作家の作品(こういう既に市場で高く認められている作家の作品は、歴史的な評価にも耐えてきた作品と考えてもそれほど間違いではありません)をお勧めします。私はどうしても現代美術が欲しいとおっしゃる方の場合は
⑥自分の美的センスを信じ、自分の持っていたいと思う作品を購入しておかれるべきです。
⑦ただしこの場合は、歴史の評価が決まる以前の作品が殆どですから、このバブル以前のマーケット価格は参考になりません。金銭的な価値から言うと、ある程度博打的な要素が強いと考えてお買いください。何年か後に、買っておいてよかったと思うような高値になっている事もあれば、流行が変わって、殆ど市場で価格がつかないといった状態になっている場合もありうる事は覚悟すべきです」
その5
「現代美術が好きで、この機会にぜひ買っておきたいと思っているけれど、自分の独断だけで買うには、選ぶ自信がない。出来たら大損はしたくないから、買う上で、何か素人コレクターの参考になるような目安はないでしょうか」とおっしゃるお客様も時々いらっしゃいます。しかし正直言って私らのような画商でも、現代美術の場合、次にどの作家の作品に、あるいはどのような傾向の作品に、この後人気が出てくるかは読めません。ただ文化は、一般的に言って、その時代、国力の強い国の文化がより、グローバルになっていく傾向がありますから、
⑧美術品の場合も、国力の強くなっていくような国の作品で
⑨しかもその作家についている画廊(契約画廊)や評論家に、マーケット影響力の強い画廊や評論家がついている場合、比較的将来性があるものが多いと考えられます。
⑩同じような意味で、有力コレクター(金銭的にも、鑑賞眼の上でも、市場で一目置かれているようなコレクター)がついた場合も、その作家の作品はかなり将来性がでてきたと考えて良いと思います。
従ってそのような作家の作品で、自分の気に入った作品を見つけた場合、それを買っておかれれば、かなりの確率で、ご要望に応えられると思います。