No.86 大きな葛篭(つづら)を選んだ欲張り爺さんの運命は(大欲は大損の元)

この話はフィクションです。実際にあった事件、実在の人物とは関係ありません。

 

その1

取引の相手として危ないのは必ずしも業者さんだけとは限りません。素人の中にもずいぶん酷い事をする人もいらっしゃいますから、素人だからといって油断がなりません。贋物を売ろうとされる方、篭脱け詐欺をしようとされる方、寸借詐欺をしかけてこられる方などなど、その手口も結構いろいろで、中にはかなり悪質な方もいらっしゃいます。
以前テレビを見ていましたら、篭脱け詐欺で何億と盗られた骨董屋さんの話をやっていましたが、そのような話は、この業界にいますと別に珍しいことではないから困ります。悪質と思われる方になりますと、少しだけ払ってくれて 残金は 今お金がないから待ってくれの一点張り 結局、払ってくれないで、作品だけは、持って逃げてしまうといった方もいらっしゃいます。これなどは、払う気があったからということになりますから 詐欺罪として成り立つかどうか、微妙なところらしいのです。
こういったことをされる人の中には、経済的に切羽詰ったために、はじめて悪に 手を染めたといった人もいらっしゃいましょうが、すでに以前から、同じようなことを、繰り返しておられたといった、悪のセミプロといったような人も いらっしゃいます。また本人も知らないうちに(当然欲に釣られてという面は否定できませんが)悪に加担させられてしまったといったお方も、お見受けします。
いずれの場合でも、引っ掛けられた 画廊にとっては大変なことです。このために倒産してしまわれる画廊さんも見かけます。しかし、こういった悪事は 素人の人たちだけでは不可能です。そういった人たちを利用して、それによって、お金儲けを企む人々が、私どもの業界内ないしは、業界に近い所にいて、その人たちが、影で糸を引いているのではないかと言う、専らの噂です。

 

その2

これはある画商から聞いたお話です。ある時、 画商Aさんのところに、静岡で、木材問屋をしている店の、若主人と称する人が、3点ほどの絵を売りにこられました。身分を証明する書類も確認し、値段の交渉もまとまったので、「それではお金をお支払いしましょう」ということになり、Aさんは、奥へと、お金を取りに入りました。するとAさんを追っかけるようにして入ってきた従業員が、「社長、あの人少し怪しいですよ。領収書にサインされた時 手が震えていましたもの」と言います。そこでAさんは、お金を渡す前に「ところでこの絵、何時頃 何処で,幾ら位で、お買い上げになった絵でしょうか」と何気ない振りをして、聞いてみました。すると「何処で、幾らで買った作品であろうと、そんな事、私の勝手でしょ。そんな詮索をされてまで、貴方の所で買って貰わなくても結構です」と言って、逃げるようにして、帰っていってしまわれました。
Aさんは、相手に失礼な事をしたかもしれないとか、折角のお金儲けのチャンスを、見逃してしまったのではないかしらとか、少しの間、いろいろ考えると、心残りでした。しかし「はっきりしないままに買って、トラブルを抱え込む事になるよりは、良かったのではないかな」と、気持ちの整理をして諦めました。
ところが、それから約一ケ月後位の事でした。その絵が、ある交換会に出てきました。たまたまその会に出ていて、それを見つけた画廊Dさんが、「その絵は、つい先だって、私のところから、盗られた絵です。警察には既に、盗難届けも出してありますが、返していただきたいのですが」と申し出られたのだそうです。しかしその絵を交換会に出された画廊Bさんは「そのような事、突然に言われましても 私は、そんないわくがある絵とは知らずに、画廊Cさんから買った作品です。だから、それは勘弁してくださいよ」と突っぱねられ、返してくれません。
交渉していても、埒が明かない事に怒ったDさん(盗られた人)は 警察に通報し、警察の手で解決してもらおうとました。警察は早速、動いてくれました。
しかし売り込みに来た、若い男たちは窃盗犯として、捕まりましたが、画廊Cさん(最初にお客さんから買った画廊)のところには、書類上の何の落ち度もなかったので、警察から何のもお咎めも受けませんでした。ましてBさん(Cさんから買った画廊)にいたっては、法律上は完全な善意の第三者と言う事になり、それらの作品が、一時、盗難の証拠品として、警察に留おかれ その間、資金が寝てしまったという事や、折角安値で仕入れ、大儲けを企んでいたのに、(買いとった時の値段で、Dさんからの買戻し請求に応じなくてはならなかったので)儲け損なったという以外は、何の実質的な損害も受けませんでした。
画廊C(最初に若旦那から、絵を買い取った画廊)というのは、絵を盗られた画廊Dの目と鼻の距離にある店だったそうで,Dさんは、「あれらの絵は、時々店内に掛けていたから Cさんが、その絵が、私どもの作品であることを知らないはずがない」
「大体にして、何処かの画廊の中で、最近見かけた事のあるような作品を、相場よりも、極端に廉い値段であるにも拘らず、売っていこうとするような人を見た時、その行為の異常さに 不審を抱かない人の方が変ですよねー。Cさんも酷いことをするよな」とこぼしておられたそうです。

 

その3

これも聞いたお話ですが、東京の業者さん(Eさん)が京都の書道具を扱っている老舗のところへ、絵を売りにいっていた時のお話です。最初は、もって行った絵の中から、2~3点選んで買ってくれる程度でした。そしてその頃は、次に訪ねていった際には、前回納めた作品代金の半分程度は、必ず払ってくれていました。
ところが、こうして何度も訪ねていくうちに「良い作品ですね。最近は、私の好みをきちんと把握して持って来ていただけるようで、とてもありがたく思っています」
「気にいりましたから、全部置いていって下さい」と言ってくれるようになりました。
Eさんは「とうとう、素晴らしい金脈を堀り当てる事が出来た」と大喜び、Eさんは、良い作品が見つけると、真っ先に京都へと運んでいっていました。Eさんは、品物を買ってくれる相手が、老舗のご主人ということもあり、全く疑っていませんでした。従って、最後の方は、お金を、殆ど払ってもらってなかったにも関わらず、何の心配もしていませんでした。
こうして約2ヶ月、そのお店への売掛金が、数億円にまで上がってきた時の事でした。突然そのお店が、倒産してしまいました。ある時、いつものように、そのお店を、訪ねたEさんが見たものは、店の入り口に貼ってある 倒産お知らせの貼り紙でした。
どんな大きな業者でも、自分の所の作品だけで、商いをしている訳ではありません。納めた作品の中には、自分の所の作品だけでは間に合わず、他の業者さんから借りてきた品物も、少なからず、含まれています。Eさんの場合も、納めた作品のかなりの数が、借り物でした。
しかしそれらが、騙し盗られたからといって、作品を借りてきた先の業者が その支払いを、許してくれるというほど、この業界、甘くはありません。Eさんが、この業界内で、今後とも、商いを続けていく為には、どんな事をしてでも、借りてきた作品の代金は、支払って行く必要があります。
真っ青になったEさんは、すぐに警察に駆け込みました。しかし警察は、いつも言っていますように、こういう時、被害届けを受け付けてはくれますが、それ以上に、何もしてくれませんでした。民事と紛らわしい事件には、よほどの事がないと、介入したがらないのです。Eさんにとっては死活問題でした。だから、あらゆる手段をつかって その主人の行方を探しました。行方をつきとめて、納品した作品を、少しでも、とり返そうと思ったからです。ところが、やっと見つけた書道具屋は、「作品は、もう他の業者(F)に売ってしまいましたから、自分の手元には、何も残っていません」といいます。
Eさん(作品を盗られた画廊の店主)は、直ちにF(書道具屋の主人より買い取った画廊)のところに出かけ、書道具屋の主人から買った作品は、自分の家の作品だから、直ぐに返してくれるようにと、頼みました。幸か不幸か、品物の大半は、売られないで、まだFのところに、残っていました。しかしFは「それらの作品は、書道具屋のご主人から、まともな商取引で買ったものですから、お返しする事は、出来ません」と言って、交渉に応じてくれませんでした。
とても自分の手に負えないと思ったEさんは、弁護士へ、その後の交渉を、依頼することにしました。弁護士さんとの交渉がどのように行われたかは、話していただけなかったので、分かりませんが、
最後は「F(書道具屋から買い取っていた画廊)が、書道具屋から買い取ってきた値段(当時の相場の1~2割の値段だったそうですが)に、少し色をつけたくらいのお値段で、Eさんが全作品を買い取る)ということで、決着したそうです。
交渉の席で、どのようなお話し合いが行われたかも、分かりません。その弁護士さんが少しだけ 漏らされた所によりますと、Eさんが京都の書道具屋へ作品を売りに持って行っていた時、Fは既に、別室で待っていて、書道具屋が(Eさんから)買ってくると、その後すぐに、(Fは)それらの作品を引き取っていたのだそうです。
私たちの業界では、お客さんを信用して 何億円もの売掛金を作る場合も 別に珍しいことではありません。作品をどんどん買って下さっている時に、お金のことを口に出すことによって、お客様の気分を害してしまって、それきり、取引を中止されては困ると思いますから、どうしても、弱気になり、言いそびれてしまうからです。しかしこういった取引の中には、そうこうしているうちに、経済情勢に変化が起きたりして、お客様の懐具合が急に、悪くなり、回収に非常に苦労する場合が出てまいります。
こういった不安定な時代のことです。どんな取引先でも、何時までも安全確実とは言い切れない時代です。従って、本来は、一定以上の売掛金が生じた場合は、まずそこで、売掛金の回収を図るべきです。それが言い難い場合は、失礼かもしれませんが、少なくとも、売り先の信用調査くらいはしておくべきなのでしょうね。人間、欲や情が絡んでまいりますと、そういった配慮が吹っ飛んでしまって、ついつい、何の根拠もなく信用してしまいがちです。長い事取引をしていると、多少支払いが遅れがちになっていても、あそこなら大丈夫だろうと、ついつい「ナアナア」にしがちです。しかし、そうした事によってこれまでも、随分痛い目にあわされてきました。やはりこれをもって、「他山の石」とすべきなのでしょうね。

 

その4

それにしても、こういったFのような業者は、何とかならないものでしょうか。状況的にみれば、贓物故買(ぞうぶつこばい・・盗品の類)としか思われないような、このような場合でも、法的に、何のお咎めを受ける事もなく、のうのうと、この社会を闊歩しておられますが、こう言った業者のお噂は、他にもよく耳にします。そういった業者に対して現状では、苦々しさを噛み閉める以外に、私達は、なんの方策も持っていません。思うと、自分達の無力さが、悲しくなります。時代劇に出てくるように、「ズバッと正義が勝つ」と言うわけにはまいらないものでしょうかねー。