No.82 赤頭巾ちゃん気をつけて 画商もどきと贋物絵画の氾濫
この文章は最近見聞きしたことを元に創作されたフィクションです。似ている部分がありましても、偶然の一致で、実際の事件、人物とは関係ありません。
その1
以前でしたら、怪しげな話というのは、業界内で問題ありと噂のある業者さんから、もちこまれるものが殆どでした。ところが最近では、この業界とは全く関係のない、全くの素人さんからも、そういった話がよく持ち込まれるようになっております。
先日も、絹谷幸二先生の4号の作品を買ってもらえないかというお話がありました。売りにいらっしゃったのは、年は50歳代も後半、きちんとした服装をしていらっしゃって、礼儀正しく、一見したところでは、人が良さそうな男性で、とても悪い人には見えませんでした。「まだ、買っていただけるかどうか分かりませんので、今日は、作品の写真のコピーだけを持ってまいりました。今百貨店で,600万円位しているそうですが、急いでいますので、直ぐお金がいただけるのであれば、200万円で結構です。どうでしょうか。」とおっしゃいます。この絵、写真のコピーで見る限り、現在、交換会でも400万円位はすると思われる作品です。もし本当にその価格で手にはいるのであれば、とてもうまい話です。価格設定も、ついつい、助兵衛根性が動いてしまうような数字です。しかし何しろ、画像しか、もっていらっしゃってなかったので、ともかく一度、実物をみせていただくということで、帰っていただきました。それから1時間半も経った時でしょうか。その人から電話があり、「最近、町まで、あまり出ていなかったので、今日、出かけて行っただけで、くたびれてしまいました。申し訳ありませんが、池袋まで持っていきますから、そこまで、来ていただけないでしょうか。」といって来られました。その口ぶりからは、自宅には、来て欲しくなさそうな様子が窺えます。こういった場合は、普通、家に来てくださいといわれるのが普通なのに、わざわざ、池袋までも、出ていらっしゃるというのも変です。おかしいなと思いながら、それでも、やはり欲に惑わされていますから、「実物を見て考えればいいことだから。」ということにして、出かけることにしました。そしてお金の準備をさせていた時の事でした。知り合いの業者さんから電話があり、「最近、変な話が多いとおもいませんか。お宅にはそういう話は持ちこまれてきていないですか。うちなんか、いろいろあるのですよ。つい最近も、絹谷幸二先生の作品を売りたいといって、人の良さそうな小父さんが来たことがあったのですが、これが、調べてみたら、つい最近Yオークションで落札されたばかりの作品だったのですよ。しかもよく見てみると、あれってどう考えても、本物とは思えなかったですからねー。ひどい話ですよね。」と言われました。思い当たる所が多々ありましたので、早速インターネットのYオークション記録を調べてみました。すると、今日「売りたい。」といって、持ってこられた作品と全く同じものが、ごく最近、たったの30万円で、落札されていたではありませんか。下手に助平根性を出して、買おう物なら、酷い目に遭うところでした。無論、直ぐに断りましたが、この話、どう考えても、人の助平心に付け込んで、一儲けを企んでいるものとしか、思えません。しかし、このような話は、最近ではごろごろしております。価格設定も、はっきりコピーと分かるような価格設定でなく、このお話のように、人の助平根性をくすぐる、微妙な値段になっております。額装は超一流、鑑定書が付き、だれだれ先生から直接貰ってきたとか、一流の画廊から昔、買ったものだなどといった、お膳立てが揃えてあるものも少なくありません。本当に油断のならない時代です。
その2
こんな事もありました。これもごく最近のお話ですが、おいだ美術ホームページの買い取り希望欄へ、熊谷守一先生の、裸婦(デッサン)を売りたいといってこられた方がいらっしゃいました。そこで早速画像を送っていただきましたところ、その作品の画像を見た従業員の一人が、「社長、今日、画像を送ってきました作品、例のYオークションで, 現在オークションに掛けられている作品とおなじだと思うのですが、違いますか。」と言ってきました。早速、私も調べてみますと、10万円くらいで売りに出ている作品と、全く同一の作品でした。直ぐに、丁重にお断りさせていただきましたが、これなどは、私どもが、知らないと思って、私どもが購入するといったら、自分で落札しておいて、それを私どもへ売りつけ、一儲けしようと、企まれたのだと思います。画商も舐められたものです。無論熊谷先生のそういった種類の作品が、そんな価格で、手に入るはずもなく、贋物か複製品としか思えません。一般に私ども画商が、作品を買い入れる場合は、真贋の鑑定、作品の状態の判定を慎重に行っております。もし私どもから「これこれの価格でなら、買わせていただきます。」と申したとしましても、それはその作品が、あくまで本物で、作品の状態が完全であることを前提としています。実際に買い入れる際は、その作品の実物を見て、真贋、作品の状態を、慎重に見てから、決めさせていただいております。従って、もしその方が、本当にオークションで買って、持ってこられたとしましても、必ずしも、私どもが、買うとは限りません。むしろそういった怪しげな作品は、先ほども申しましたように、本物でない可能性が強く、折角持ってきていただいても、買えなかったという事になる可能性が強いと思います。そうなりますと、せいぜい1,2万円の物を、10万円で購入してしまわれたことになりますから、大損です。業者も、そういった種類の人々が考えているほどに甘くはありません。昔紳士服のアオキか、青山かどちらかの業者が、マーケットに進出し始めた頃、そこのお店で、一着1000円の紳士服を買って、質屋さんに持っていったところ、3000円も借りることが出来たというので、話題になった記憶がありますが、それと同じで、最初一回くらいは成功する人がいたとしましても、それを聞いた業者も、直ぐに自衛しますから、次からそんなうまくはいきません。多分真似した人は皆さん、その背広を抱えて、損をしてしまっただろうと思います。今回の事も、それと同じことです。情報獲得時間の差と、欲の勘違いで、最初は例え騙される業者さんがいらっしゃったとしましても、次には必ず自衛します。くれぐれもそういったことに手をだされないことを、お勧めします。
その3
ネット社会は、その利便性と、情報の伝わりの速さと、広がりの大きさによって、一般消費者に大いなる恩恵をもたらしました。美術品の価格形成にしても、以前は、売るにしても、買うにしても、業者が一方的に決めてきた価格で決まってしまい、消費者はそれに従うしかありませんでしたが、ネットでの情報が普及し、価格情報も一般化した今日では、ごく普通の人でも、価格情報を手に入れることができるようになりましたから、価格決定に際しても、業者が泣かされるほど、有利になっています。しかし反面、インターネットは、人々に悪魔の手も授けてしまいました。利用の仕方によっては、ごく普通の人間も、容易に悪事に加担させてしまうようになってしまいました。特に、人々の道徳心の希薄化が叫ばれる今日では、あまり罪悪感なく、ゲーム感覚で、それに参加できるという、非常に危険な道具となってしまっております。ノークレーム、ノーリターンを標榜している、ネットオークションなどは、もっとも危険な場所で、悪の巣窟とも言える状態となっており、贋物だとか、コピー作品が氾濫しております。そしてごく一般の人が、何の罪の意識もなく、それの売買に参画している現状は、非常に憂える状態だと思います。先ほどは、オークションで買った素人が、業者さんの所にその作品を持ち込まれたお話をしましたが、その逆に、業者からはっきり贋物と言われた作品が、オークションに出ている場合も、再々認められます。
これなど、つい先日あった話ですが、田崎広助先生の油絵を売りに持ってこられた人がいました。確かに良く出来た作品で、しかも田崎陽之助氏(田崎美術館館長、田崎広助先生作品鑑定人)の本物の鑑定書が付いております。しかしよくみれば、鑑定は本物ですが、作品そのものは、贋物でした。念のため、鑑定人に問い合わせましたところ、やはり間違いなく違っているという返事でした。そこで当然理由を言って、お断りしました。所が、それからしばらくしたところで、それが、例のYオークションに出てきているではありませんか。この作品を出した人が、私の画廊へ作品を持ちこんできた人と同じか、それとも、その人から更に買った人が出品しているのか、分かりませんが、出品した人が、もし贋物と知って、出品されているとしたら、本物のシールをつけている以上明らかに、それは詐欺です。もしシールを剥ぎ取って、真贋不明として出されていたとしても、今度は無断でコピー製品の販売をなさる事は、著作権違反です。すくなくともその幇助ないしは共犯に当たる可能性があります。こういった作品の売買には、知らないうちに、犯罪に手を貸し、自分も共犯者になっている可能性があることをくれぐれも、肝に銘じておいて自粛していただきたいと思います。
なお、最近、東郷青児、、熊谷守一、向井潤吉、棟方志功、田崎広助、などの各先生方の贋作が多く出回っているとの噂を聞いております。もしこういった先生の作品のご購入を考慮されていらっしゃる場合は、くれぐれもご注意ください。
一般に、ノークレーム、ノーリターンを標榜しているオークションなどから買うのは非常に危険です。殆どがコピーか、贋物と思っていただいたほうが、無難だと思います。だって例えば、現在市場で、2000万円以上もしているような、小磯良平の油絵が、たった200万円で出品されておりましたが、この情報化時代、そんな価格で買えるはずがないと思いませんか。一般に今日では、社会的な風潮として、コピー製品に対する目は非常に厳しくなってきております。それにもかかわらず、ネットで絵画などの芸術作品をとり扱っている分野においては、今なお、贋物ないしはコピー製品が、野放図にのさばっている場合が多いようですが、これをこのまま放置しておくのは、非常に問題ではないでしょうか。警察当局もそろそろ、ネット社会における、こういった行為を、取り締まりの対象にしていただかないと、贋物ないしはコピー作品天国の中国を笑えないのではないかと思います。
その4
益田鈍翁のように、大金持ちで、金に糸目をつけずに、良い物だけを買い集められるなどといった趣味人は別として、ごく普通の、市井の美術品コレクターなどというのは、昔から、ケチで、結構助兵衛根性が強いところがあります。いい美術品(主として骨董の時のお話ですが)を、すこしでも廉く手に入れるために、労をいとわずいろいろなことをします。例えば、旅先で、骨董屋さんに足をのばしたり、青空骨董市を覗いたりして、掘り出し物を、手にいれようとします。また、知人、友人から、そのコレクションだとかその家の伝来品と称されていた愛蔵美術品を、無理して、譲ってもらった(買った本人は、あまり価格を知らない人から、商人を通さずに直取引で買ったから、随分得したと思っております。ほとんど贋物ですが)という話なども、しばしば耳にするところです。こうした一般的なコレクターにとっては、そうすることによって、思わぬ掘り出し物を手に入れた時の快感もまた、コレクションの楽しみの一つとなっているところがあります。このような掘り出し物の楽しみが、昔のコレクターのように、自分だけの楽しみとして、その人の元だけに止めておかれるうちは、そのような怪しげな所から、怪しげな作品を、仮に買われたとしても、個人の問題として、何の問題もないでしょう。しかし、先程の人々のように、それを、買って直ぐに売りに出されるということを、繰り返されるということになりますと、いろいろ問題が起きてまいります。(註1:こういった行為を繰り返されるという事になりますと、それは業としてなされている事になりますから、古物商の鑑札が必要となる場合もでてまいります。注2:贋物に偽の鑑定書をつけて売るなどというのは、問題外で、明らかに詐欺罪に当たります。それを仲介された場合は、例え知らなかったと主張されても、その責任の一端は免れません。少なくとも民事的な責任を問われる可能性があります。)贋物に本物のシールをつけて、本物として売られたのであれば、それを(すでに何処かで、贋物といわれていて、)贋物と知っていて売られたのであれば、詐欺にあたる可能性があります。仮に、贋物である事を知らなくて、本物と信じて売られたのであっても、買主に重大な過失がなければ、それが、贋物であった場合は、贋物と分かった時点で、その代金の返済義務を免れることはできません。その返済義務には時効はないとも聞いています。従って、いつ何時、お金を返して下さいといってこられるかわかりませんから、一生、ヒヤヒヤしながら、生活をしていかなければならないことになります。又例え真筆保証をされなかったとしましても、それがコピーであった場合は、その作家が亡くなられてから、50年以内の場合は、著作権違反で問題にされる可能性がでてまいります。従って、自分一人でこっそり楽しむために買われる以外は、掘り出し物だからといって、怪しげな所の、怪しげな物に、安易に飛びつかれない事です。(註:作家の死後、50年以上経っている、骨董のような美術品は別です)物には相場があります。極端に安価な場合は、何処かに問題があると思ったほうが無難です。贋作専門業者という狼は、助平根性の強い初心な赤頭巾ちゃんを狙っております。くれぐれも、生半可な知識で、片手間に、画商の真似事を、しようなどという、大それた野望は、持たないで下さい。