NO.71 絵画の号いくらという言い方(ヴィトンの鞄をグラムいくらで買いますか?)

最近田崎先生の絵を売りたいという電話がありました。早速お邪魔しますと、お客様は美術年鑑を見せながら、「田崎広助の絵は 号○○万円位らしいですが 家のこの絵 いくらで買っていただけますか」と言われるのです。

しかし考えて見れば変な話しだと思いませんか。肉や魚や野菜でさえも そんな漠然とした値段での売買など聞いた事がありません。肉ならば最低限 特上、飛騨和牛、産地高山 ヒレ、グラムあたりいくらといった具合に表示してあります。
それをこの作家の絵は号○○円と言った具合に、先生の名前だけで 括って値段を表示するなど変な話ですね。例えば、田崎広助先生の絵の場合、赤富士は人気もあり高いでしょうが、白樺湖だとか、阿蘇山等といった図柄などは同じくらい良く出来ている作品でもやや人気が無く 、やや安くなりがちです。

一般に旧作で、まだ画風が確立していず、その作家の個性がはっきりと表れてきていない年代の作品などは安い傾向があります。また同じ画家の絵で、同じ年代、同じ画材を使った絵であっても、絵には出来、不出来もありましょうし、売りやすい図柄の絵(一般の人に人気のある絵柄)と、売りにくい図柄の絵(人気のない図柄)といった違いもあります。そしてそういった事により 値段に差がでてまいります。
その他,その絵の所有者が有名なコレクターだったとか、展覧会などの出展作かといった 絵の来歴もまた、値段に反映されてくる因子です。まして制作年代が違えば、同じようなモチーフを描いた絵でも、値段が違ってまいります。画家の画風が確立する以前の、その画家の独自性が認められない年代の作品は、比較的(市場で)値段が通りにくく、逆にはっきりした個性、即ちオリジナル性が備わり、画家の情熱、感動、主張などを強く訴えかけてくるようになってきた年代以降の作品群は、市場での評価も高く、価格も高めとなります。(例えば梅原龍三郎先生の1930年代の作品は一般に高くなっています)。
しかし当然ながら、同時代の絵画であっても、出来、不出来によっては価格に違いがでてまいります。 出来の悪い作品や、いわゆる売り絵だとか、パン絵といわれているような、生活のために、似たような図柄で多作したような手抜きの絵画、座興的、即興的に描いた絵画なども、市場の評価は低くなります。年代によって画風が幾度も変遷していった画家などの場合、市場で最も人気のある画風の年代の作品群が高価なのはいうまでもありませんが、そのほかの年代の作品でも、著名な作家の場合などでは、最盛期の作風の作品と見劣りしない市場評価を受けている作品も少なくありません。特にその作品が、その画風で描かれた年代の、代表的な作品であったり、エポックメーキングな作品であったりした場合などは、思わぬ高値がついております。

尚、誤解を生じないように申しておきますが、画家の作品の価格は作家の年齢とは関係ありません。比較的若い年代の作品が、最も高い評価をうけているといった画家も珍しくありませんし、老年になって初めて人気が出てきたという画家もいます。例え若くて、技術的には多少劣っている場合でも、それを補ってあまりある、独創的な表現力や、情熱、感動、主張などによって、より新鮮で、より強い共感を(観るものに)与えることができる作品の場合は、市場の高評価を得るからです。
以上いろいろ述べましたが、要するに絵の価格というのは、号いくらといった表現で括られるほど単純なものではないということです。
それでは号いくらといった表現は全く無意味なのでしょうか。その作家の値段の大よその目安としてとらえるのであれば、其れは其れで利用価値があります。例えば画商が作家の所から絵を貰ってくる(買ってくる)場合など、その時の買い値の目安として使われています。

又だれそれ先生の絵は現在号△△万円くらいでいただいてくるのだから(作家から売ってもらってきたものだから)此れくらいで買って下さいよと言った様な使い方はします。又画商が商売トークとして、「この先生の絵は、現在号○○万円くらいしておりますが、特別に此れくらいにしておきますがどうでしょう」といった使い方もします。しかしそれは随分漠然としたもので、業者によって基準が違い、価格も多少違いがあるものと思って下さい。
強いて言えば 号いくらというのは、現存の作家の場合は、作家から売ってもらってくる時の価格の目安であり、物故作家の場合は、画商達が 其の時点で 比較的多く取り扱っているその画家の作品での、平均的(程度的にも、作家の時代的な意味でもの)な価格と考えていただけば良いのではないでしょうか。

しかしそれは、その言い方からも推察できますように、きちんと決まった数字ではありません。画商によって作品のよしあしの見分け方の基準も違いますし、考えている平均的な値段も違っています。又絵画は商品と同じで、相場が絶えず変動しております。更に絵画の痛みの具合や修復の有無、絵画の来歴によっても差が出ます。従って画商がどれを基準にして号いくらと言っているかによって、価格に違いが出てきます。ここに絵を買う時の思わぬ落とし穴がありますから気をつけねばならない所です。

例えば画商さんから 250万円である作家の10号の絵を買ったとします。本で調べたり、色々な画商さんに値段を当ってみたりした所では、現在 この作家の作品の価格は 号30万とか40万円位となっていたとします。すると 随分得をした様な気分になります。しかし出来の良くない作品だとか、その図柄が、現在のところ、市場であまり人気の無い作品であったり(市場の人気は永久不変ではありません。
同じモチーフを描いた作品であっても、時代によって評価が変動する場合も少なくありません)、旧作で、その作家の作品の個性がまだうまく発揮されてきていない年代の作品であったり、即興的に画かれた作品であったりした場合は、必ずしもお得な買い物をしたとは言えません。

また傷みや修復の跡などがある場合も同じです。(古い年代の作品などで、手に入れるのが難しい作品のような場合、多少の修復や損傷の跡などは、問題にされない場合もあります。後述)号の大きい大作は同じ程度の号数の小さい作品に比較して号あたりの価格は、多少安くなる傾向があります(但し賞を貰った作品とか、展覧会出品作品といったメモリアルな作品は、別です)。ここらに画商のマジック、即ち画商のトークがはいって来る余地があります。
それでは、絵を買う人はどう自衛したらいいのでしょう。壁の華として、装飾絵画を買われる人や、純粋にその作家のその絵に惚れて買われるとか、その作家の全時代の作品を収集するというのであれば 其れは其れで、自分の感覚に忠実に価値付けして買われていけば良いとおもいます。

しかし財産的価値も気にして買われる方のばあいは、その画家について研究し、どの年代の絵が市場の評価が高いかとか、どういうモチーフを取り扱った作品に人気があるのかといった事について ある程度知識を持たれてから買い始められるほうが無難です。
最後にまとめてみますと、同じ作家の作品でも、以下の点によって値段に差がでてきます。

先ず作成の方法の違いからいいますと、一点物の油絵とか、日本画といった物が最も高い事はいうまでもありません。次にグァッシュと水彩、最後に版画の順序です。版画といってもオリジナルの版画か、板上サインの作品か、エスタンプかなどによって違いがでてまいります。又刷られている図柄の人気によっても 全く違ってきます。刷った枚数が多いものは一般には安くなります。(人気のある図柄の場合は、刷り数が多くても、値が通っている場合もあります。)

次は作品の善し悪しによる場合ですが、当然その作家の最盛期と言われている年代の作品は高くなります。その作家の好みのモチーフを取り扱った作品とか、画商間や市場で人気のある図柄の作品も高くなります。無論芸術性が高いと広く認められている作品の場合は高くなりますし,作家の思いいれとか、画風が良く反映している絵も高くなります。

其れに対して、壁に掛けておきにくいモチーフの作品とか、気持ちが悪い図柄の作品といったものは、収集する人が限られてきますからどちらかというと安くなりがちです。又、若くて、画風が確定していない年代の作品、個性が充分に発揮されるに至っていない年代の作品は、市場での評価は低くなっております。パン絵とか即興的に描かれた類の作品も 安くなります。

歳を取ってからの作品の値段は代表的な作品を発表されていた時代の作品より価格下がっているのが一般的ですが 、その程度は作家によってかなり異なります。画壇での活動を止めてしまわれている先生や、若い時の名声に乗っかっているだけといった力の無い絵しか画いていらっしゃらない画家の場合や、画風があまりにも変わってしまい、ファンが離れていってしまった画家の場合などは随分下がっています。
しかし、画壇や、社会で現在も活躍されている場合や、更には芸術家会員になられたとか、勲章を貰われたとか、人間国宝になられたといった場合には、下がっていません。むしろ一時的には高くなっています。老年になって始めて人気が出てきた作家とか、老いても変わらず、それどころか、ますます人気が出てきている作家などの例もあります。

従って一般論に頼ることなく、画集などで良く勉強し、その先生の作品についての知識を予め蓄えておいてから、自分の目で、自分の価値判断で買い始められるのが理想です。又有名なコレクターから出て来た絵とか、有名人が所蔵していた絵、展覧会などでの受賞作品などには付加価値として、やはり高くなると思ってください。一般に傷みがある作品は価格が下がります。

しかし古い時代の絵は結構汚れとか、ひび割れ、破損といった傷みや修復の跡がある事が少なくありません。従って傷みの程度、部分範囲、場所、種類、によっても違いますが、古く稀少な物では、多少の傷みや修復の跡があっても( 他に買える作品が無い訳ですから)、その傷みの程度や場所、範囲によっては、 値段が普通に通っています(通常の取引価格に近い値段で取引されるといいう意味)。故に売買に際しては希少性、作品の貴重度についても 考慮する必要があるという事です。