No.59 何のために絵を買うのですか

皆さんが絵を買われる目的は何ですか。将来の値上がりを見込んでですか? それとも趣味としてでしょうか? 或いは趣味と実益を兼ねてとお考えですか? 皆さんが美術品をお買いになる動機としてはいろいろあると思います。

1.絵が好きで、自分の好みに合った絵画を一定の意図に従って集めている人。

2.コレクトマニアの一種で、その対象がたまたま絵画を含めての美術品だった人。

3.部屋のインテリアとして飾るために買う人。

4.心を癒すための道具として買う人。

5.ある程度の社会的地位ができてきた人が、地位に相応した美術品で家の中を飾るために美術品を買う人。

6.たまたまお金持ちになった人が、お金を持っているだけでなく、趣味人として、高い知的生活をしていることを社会的に認知してもらいたくて、あるいはそのような生活に浸りたくて買う人。

7.独占欲の一変形として、人の持ってない物、皆が欲しがる物を独占する満足感を満たすために買う人。

8.お金ができたから、おらが家のお宝として美術品でも買っておくかと買う人。

9.将来、美術館を作る夢を持っていて集めている人。

10.単なる利殖の目的で買う人。

11.利殖の一つとして、インフレが来る前に資産を美術品にしておこうとする人。

12.義理や口車に乗せられて買わされる人。

13.贈り物にするために買う人。

などいろいろあるとおもいます。

無論、実際にはこのような単純なものではなく、これらが複雑に混ざりあった動機で買われている方々も多いと思いますが、皆さんはどれに当りますか。このような動機の内、趣味性が強い場合や、生活の質を高めるために買われようとする人の場合は、自分の好きな物を買っていかれても構わないと思います。しかしその場合はよほどの見る眼がない限り、一つ間違えると集めたものが、いざ売りに出してみたら、二束三文だったということにもなり兼ねませんから、その点では覚悟も必要です。できれば展覧会などに行ってよく勉強し、良い画廊のアドバイスを受けながら、画廊と二人三脚で集めていかれることをお勧めします。
買った後の値段の変化が気になる人や、趣味と実益をかねてと思って買われる方はただ単に好き嫌いで選ぶのではなく、いろいろの面から吟味して買っていただいたほうが良いのではないかと思います。私の画廊に絵をお売りになりたいと言ってこられる方のなかには、お値段を提示しますと、怒ってしまわれる方がいらっしゃいます。私どもとしましては精一杯のお値段を提示しているのですがなかなかご納得いただけないのが現実です。
その大きな原因は一つには絵画の値段がその時の経済状態や流行によって左右される、とても投機性の強い商品だということです。バブルの最中に比べて十分の一以下に暴落している絵画も決して珍しくありません。また一時、流行に乗って暴騰した作家の絵画も十数年経ってみると殆ど値もつかないというようなこともしばしばあります。
そしてもう一つの要因は絵画の質の問題です。ピカソや梅原といった超一流の画家といわゆる流行作家、そして地方的な作家で中央では全く無名といった作家などの違いのように、作家によって、買う時と売る時とで価値に違いが出て来る場合もあります(お買いになってから、一定期間が経ってから売った時の話ですが)。同じ作家の作品でも傑作か駄作かによっても違います。また、作者が意欲的に取りくんだ、その作者の代表作か、売り絵として描かれたものかによっても違ってまいります。同じ売り絵といっても、出来の良し悪しもありますし、描いた時代によっても値が違ってきます。油絵、水彩、スケッチ、ガッシュ、版画等の表現方法の違いによっても異なります。版画といってもオリジナル版画かエスタンプかによっても違いますし、出ている部数によっても違うのです。

こうして考えると、投資として美術品を買うことがいかに難しいかお解りいただけたかと思います。もし必ず儲かる、値上がりするといった話法で商いをされてる人を見たら、まず眉に唾をつけた方が良いと思います。私は美術品と言うものは、元来そのような金儲けを目的として買う物ではないと思っています。美術品の収集によってより楽しく、より文化的で充実した生活をしていく、生活の質を高めていくということが大切であって、投資を目的としては買うべきでないと思っているのです。
とはいっても、自分の買った物の世間的な評価、すなわち金銭的価値が気になるのもまた人情です。そういった方もまず、長いタームで考えて下さい。自分の好みに合っている作品を選ぶことが第一ですが、それに加うるに、評価の定まった作者の、しかも出来の良い作品を買っておいて下さい。無論本物をね。もしそうされたなら、十分楽しんだ上に、ある時気がついたら大変な価値があったということもあり得ます。特に昨今のように絵画の相場が暴落している時はその可能性が充分あり得ると思います。しかしそのためには一枚の絵を買うにもかなりの投下資金が必要ですし、勉強も必要です。適切なアドバイスをしてくれるよき画廊も大切です。インテリア版画や、エスタンプを買われるお方は、着物や、シャネルの洋服、高級自動車等を買ったようなものだと思ってください。それは毎日飾って楽しむことによって元を取っていくものだと割り切って考えて下さい。45万円の絵を三年間飾って楽しんだとすると、もしも次に売る時、仮に値がつかなかったとしても、1日あたり410円で楽しめたわけです。
既に中央である程度の価値が認められ始めている作家の作品を蒐集した場合は、結果において、後から思わぬ価値が出てくる可能性は高くなります。ただ好きだからといって、あまり中央で名の通っていない作家の作品を、自分の感性だけで買うのはよほど絵について勉強した人か、オピニオンリーダー的な人、またはよほど感性の優れた人でない限り、非常に冒険的なことです。市場価値では二束三文のコレクションとなっている可能性が高いと思います。一般の方が名も無い新進作家の作品や、今まで価値を認められていない作家の作品を好きだからというだけの理由で集められる場合は、将来の金銭的な価値は考えられないことです。それは金銭的な価値ではなく、集めた人の心の中の価値なのですから。
もしそのような作品を将来の値上がりだけを楽しみにして買われるとしたら(買わされたとしてもですが)、普通の人にとっては、万に一つ当るか当らぬかの大博打をうっている様なものです。ある作家の絵画の価格は作家の巧拙だけでなく、取り扱い画商の経済力とか販売力、その作家に付くコレクターの有無とその付いたコレクターの財力、描く絵画の時代性などが大きく影響しますから、私ども画商にとっても、作家の将来性を予測する事は困難です。金銭的な価値も気になさる方の場合は、その種の作品が欲しくなった場合、最小限度のお支払額に止めておかれるのが無難です。

No.58 困ったものです

先日、絵を買って欲しいとの電話があり、ある地方の町まで行ってきました。出迎えてくださったのは古い農家作りの家のご主人夫妻で 年の頃は60歳前後、いかにも朴訥な感じの方々です。大きな土間のある入り口を通り、暗い通路を横切って案内された部屋は十畳ほどの広さ、部屋の中は絵画の入ったダンボール箱でぎっしりと埋まっております。ほとんどの箱は業者さんから買ってきた時のままで、まだ包装も解いてありません。

「全部で何点くらいになりますでしょうか」と聞きますと、
「ざっと60点ちょっとになると思いますが、なにしろ私が買ってきたのではないので」とのこと。事情を聞いてみますと、全部息子さんが買われた物で、そのローンの支払だけさせられてきたとのこと。そして、これまでに支払ってきた金額の総額は1千万円近くにもなるとのことでした。
「それでは」と中身を見せてもらうことにしましたが、開いても、開いても出てくるのは名前もあまり聞いたことのない地方在住と思われる画家の絵ばかりです。全て見終わっても、流通経路に乗せることができると思われた作品は結局十数点だけ、後は現時点では交換会(業者のオークションのようなもの)に出しても、恐らく一纏めにして、二束三文にしかならないと思われるような絵ばかりです。
「失礼ですが、どうしてこんな作品ばかり集められたのでしょうね」と聞いてみますと
「この作家はとても将来性がありますよ、と勧められるとついその気になって買ってしまうようで、息子はこれだけで将来は大金持ちに成れると信じているのですよ」とのこと。

こういう例をみるといつも思うのですが、素人の方がお金儲けを考えて絵画をお買いになるのは、おやめになったほうが無難です。絵画は投資や投機の対象ではないからです。生活の質を高めるためのものだからです。愛して楽しんで持っているうちに、結果において、大変な値上がりをする絵も確かに存在します。また、評価の決まっている作家の絵画は現在のように極端に値下がりしている時に買っておかれれば 、長いタームで考えて、大変な値上がりも楽しめる可能性が強いとは思いますが、それらはあくまで副次的なことで、本来の目的はやはり買った絵を楽しんでいただくという事にあるべきだからです。
絵でのお金儲けは、プロであってもしばしば損をしているのです。バブルの時に借金をして絵を買い、それが在庫の山となってこの世界から消えていった画商さん、今もその後遺症に苦しんでいらっしゃる画商さんも決して少なくありません。また、良い作品と思って交換会で買ったものの、思惑が外れ、結局また交換会で損して売られるという場合も多々見かけます。

それからもう一つ、絵画は生活の質を高めるために買うものなのですから、次々に無理なローンを組み、生活を破壊してしまうような買い方は絶対に止めるべきです。ましてこの方のように、思惑だけで、部屋に積んでおくだけの絵をローンで買うなどというのはもってのほかです。私ども画廊としましても、買われた絵が粗末にされるというのはとても悲しいことです。連れ合いを貰われたように、一生愛でて頂けるような絵をご提供出来ればといつも願っています。
次回「何のために絵を買うのですか」と併せてお読み下さい。

 

— この話は創作された物で、実際にあった事件、人物とは関係ありません —