No.54 マネキンをガイドにタイムトラベラーした、ある画家の物語(前編)

ある日のことでした。

私が親しくさせていただいている先生(画家)とお話していましたときの事です。どうもいつものような元気がありません。この先生相当のお年にもかかわらず(卒寿くらい)、いつもとても若々しく、こちらが圧倒されてしまうような気と色気を感じさせられる先生なのですが、その日はどう見ても、あの迫ってくるようなパワーが感じられません。
なんだか少し小さく縮んでしまっているように感じられます。「先生どうかされました。なんだかいつもと違うみたいですけど」と聞きました所、「解りますか、イヤー、このところずっとあの子に会うためにだけ、銀座へ通っていたのですよ。先日もね、無性に会いたくなったものですから、H百貨店の扉が開くのを待つようにして入っていったのです。」
ところが、にも拘らず、それがいなくなってしまっていたのです。がっかりしましてね。今は胸が張り裂けそうですよ。あの子をじっと眺めていますと、昔の事、ほら、私がパリにいっていた頃の事が走馬灯のように浮かんできて、懐かしさに涙がでそうになるのです。あの子に会っての帰り、その面影を偲びながら、キャンバスに向いますと、あの頃の懐かしい街並みや、そこにたむろしていた人々の面影が、昨日のことのように次々に現れてきて、キャンバスの中から語りかけてくれます。そう、良い絵を、人の心を掴んで離さないような絵を描きたいと、唯々一生懸命だったあの時代に戻っていくのです。夢に描いていたパリの風景が、夢の中以上の感動を伴って眼前に展開した時の、あの新鮮な喜びが、狭くて小汚かったダゲール長屋、しかし皆生き生きとして、未来に野心と夢を持って生活していた懐かしい人々の面影が、薄い霧の中から蜃気楼のように現れては消え、消えては現れます。希望と野心、空腹と不安に苛まれながら歩いた、懐かしいパリの街並が、モデルになってくれたいろいろな女性達の姿が、幻のように甦ってまいります。童話に出てくるような素敵なきこりの木を伐る音や、ボートの上の恋人同士の語らい、ブローニューの森のお洒落な貴婦人の散歩するすました足音、薄汚れたホテルの一室で描いたモデルの鼻歌、サン・ドニ通りで鴨になってくれそうな男達を待っている女達の嬌声、街角の喧騒などなどが、キャンパスの中に甦り、息づいてまいります。未来に夢と希望を抱いて、精一杯に生きていた頃のあの一時が、魔法のように舞い戻ってきて、懐かしの世界が甦ってくるのです。

ところがそれがあの日以来、いなくなってしまったのです。なんだかぽっかりと胸の中に大きな穴が開いたみたいです。その穴の中をスースーと冷たい風が通り抜けていきどうしようもありません。どうしたものでしょうね」と途方にくれていらっしゃる姿は少年のように可愛く、頼りなげです。
「だから今はキャンパスに向うような心境になれないのですよ」
「エエっ、そんな素敵な事があったのですか。なんだか失恋された人みたい。ちょっとお気の毒。でその後何処に行っていらっしゃるか見当もつかないのですか」
「それがね、全く解らないのですよ。そうかと言って、こんな年寄りが事情を知りたくても、そんな事聞けないでしょ。そんな事聞いて歩いたら、痴漢か、変態と間違われてしまいそうで。」
「だって毎日行っていらっしゃったのでしょ。ヒントくらい掴んでくることが出来なかったのですか」
「Oさん、そりゃ無理ですよ。そんな事をしたら、ストーカーとして警戒され、今時、つまみだされかねませんもの」
「それにしても、お若くて羨ましいですわ。でも先生が、それほどご執心でしたら、私がそこの売り場の人に、理由を言って聞いてきて上げましょうか。その人どうされたのでしょうかって。パートの職員であれ、派遣社員であれ、直ぐにわかると思いますよ。解ったらモデルになってもらうように交渉されたらどうでしょうね。先生などのような大先生のお頼みとあれば、誰でも喜んでOKしてくれると思いますよ」
「Oさん、Oさん。違いますよ。私が会いに通っていたのは,女性じゃありませんよ。」
「えっ、女性ではないって、まさか男の人。先生ってそんなご趣味おありでしたの」
「何を勘違いしているのです。冗談もいい加減にしてください。私の言っているのは人間じゃありません」
「アラー、 御免なさい。つい親しくしていただいているものですから、冗談言ってしまって。それでは会いに行っていらっしゃっていたというのは、お人形さんですか。むろん金髪の西洋人形でしょうね」と私。 私にはその時、それ以外の事は想像もつきません。
「またまた早合点を。こんな年になっておもちゃ売り場になど、足を向けるはずがないでしょ」
「人形は人形でも、マネキンですよ。マネキン」
「そのマネキンがね、Oさん聞いてくださいよ。笑わないで聞いてくださいよ。昔、私と一緒の長屋に住んでいた女性、ほら、パリの市場の上にあるあの長屋、ダゲール長屋の住人の女性にそっくりなのですよ。スタイルといい、顔立ちといい、雰囲気といい、とても似ているのです。特にその少し愁いを帯びた目元がね。偶然売り場でそれを見かけ、その哀愁に満ちた目でみつめられた時は、一瞬、胸がずきんと痛くなりましたよ」
「それってマネキンに恋してしまったということかしら。それともその女性に恋していたのを思い出したということかしら。少し変ですねー」
「だから笑わないでといっているのです。私だっておかしいと思っていますよ。しかしあれがいなくなってからは、どうも仕事が手につかないのです」
「なんだか失われた貴重な時が、もう一度失われたような奇妙な感覚なのです」
「そのマネキンさんに似ている女性と何があったのですか。怪しいですね。こんな事言っては申し訳ないですが、当時、日本で一生懸命応援していらっしゃった奥さんが可愛そう。いけないな。いけないな」
「変なこといわないでくださいよ。そりゃ素敵な人だなとは多少は思ったかもしれませんが、特に意識したり、特別な関係を持ったりしたわけではありませんよ。何しろ私、充分にフランス語が話せなかったものですから、この人に限らず、あちらの女性達と、あまり会話をしていないのです。女性達の表情や、その姿形、雰囲気などから、その人の暮らしや環境、そして心根などなどのいろいろな事を想像し、それを写し取って描いていただけです。従ってその女性とだって下宿の階段ですれ違ったとき、チョット挨拶したり、友人と三人で、一、二度カフェでお茶をしたりした事はあったかもしれませんが、それだけで何もありませんよ。その女性の面影を通して日本に残してきた妻や長男の事を思い出して、やるせないほどのホームシックに襲われたりした事がありはしましたが、今、貴女と話しながら冷静に分析してみると、この感情は、その時の妻や子供、母親を思ってのやるせなさの変形かもしれないですね。献身的で魅力的だったあの若かりしときの元気だった妻の。そしていつも私の才能を信じて見守り続けてくれた優しかったあの母親のね。或いは、ただひたすら描くことだけに専念していたその時代への、そしてあのパリの街へのノスタルジアかもしれませんしね。」
「でも今となってはどちらでもいいことです。ただ言えることは、あのマネキンさんが懐かしく、もう一度会いたいということだけです」
「しかしその女性ってそんなに魅力的だったのですか。少し気になりますわ。どんな人でした。こんなこと聞いたら失礼かしら」
「イヤー。もう昔の事ですし、妻も亡くなっていませんし、かまいませんよ」
「ただ最近は年のせいか、記憶も霧がかかったようにぼんやりしている所がありますが。これが不思議なもので、突然に鮮明になるときもあるのですが、霧がかかったようで、どうしても思い出せなくて困ってしまう事もあります。年をとるという事は悲しいですね。言葉だって直ぐそこまで出てきているのに、栓をされてしまったようになって、そこからどうしても出てこないことが再々ですからね。従ってあまり正確な話ではないかもしれませんが、その心算で聞いてくださいね。その上彼女と特に親しくしていたわけでもありませんから、その印象も、想像の中で膨らませ、膨らみすぎたものになっているかもしれません。更に彼女の身の上についての噂話も、友人からの伝聞と、いろいろな人と、つたないフランス語で会話したときの言葉の端々のつなぎあわせでしかない上に、今ではそれもうろ覚えで、どれだけ正確に伝えることが出来るのか自信がありませんが、思い出すままにお話しましょう」