No.48 女郎買いの糠味噌汁(粗末な食事のこと)はダメダメよ

絵画にしても、骨董にしても、美術品を集めると言う事は大変に贅沢なお金がかかる趣味です。集めだしますと、次から次ぎにと欲しい物が出てまいります。
そしてどうしてもそちらにお金を使ってしまい、日常生活に使うお金はけちる事になりがちです。

以前に良い美術品を集めるためには、生活も豊かにして、良い感性を養う事が大切だと聞いた事がありますが、実際に物を集めだしてみると、其れどころでない事が分かります。欲しい物は次から次ぎにと出てまいりますから、ちょっとでも余裕ができますと、お金は全部そちらの方に回してしまい、余程の大金持ちででも無い限り、実生活はつましくするということになりがちです。

私の知っているあるお医者さんなどはその良い例でして、かなり流行っている内科の先生なのですが、実生活はとても倹しく(つつましく)、車は古い国産車、お食事などもスーパーの7時過ぎの半額セールで買ってき、献立などもその買ってきた物に併せてたてておられるといった生活です。自宅はと言います診療所の二階の小さなお家でして、其れも収集品で埋まり、実際にそれらしく使われておられるのはお勝手だけ、後は子供部屋(お子さんはもう成長され他所にお住まいでしたが)、寝室、書斎、ダイニングルーム共に美術品であふれ、物置なのか何なのか解らないと言ったありさまです。ここのお宅は御主人が絵画収集、奥さんは骨董好きとどちらも趣味人でして、この為いつもピーピーいっておられます。どうも聞いているとお金に余裕が出来ると買うのではなく、欲しい物が出てくると、次に入ってくる予定の金を当てにして、借金までして買ってしまわれ、このためどうしても生活を切りつめるという事になってしまっているようです。こんな風に物を集め出した時の実生活の倹しくなるお話は収集家には珍しい事ではありません。其れこそ着る物も、食べる物も切りつめ、ぼろぼろの家に住み、着古した服を着、収集品の山の中に埋まっていらっしゃると言った話もたまに聞きます。
こんな話を父にしたら、「お父さんなんかもそんな時があったよ。物を集めだすとどうしてもそういう風になって生活に余裕が無くなってしまうんだよな」「でもそもそも美術品を集めるというのは、精神生活を豊かにするために集めるのだから、其れで貧しく(実生活の事だけでなく、精神的にも)そしてけちけちして味もそつ気も無いような生活にするくらいなら、本末転倒かもしれないね。その上集めるだけでしまっておくという人も多いけれど、 そういう人は単なるコレクトマニアでしかないのであって、其れを使ってどのように毎日の精神生活を充実させ、いかにして優雅な生活をするかが大切だと思うよ」と言います。所で 今お話したお家はそのような単なるコレクトマニアとも違っていまして、確かに着ている物も質素で、車はぼろぼろ、生活していらっしゃる所も狭いのですが、何となく生活態度は優雅で、生活には余裕が感じられるのです。
例えばいつ行っても玄関にはちょっとした お花が飾ってあります。部屋は物があふれているのですがきちんと整理されており、壁には季節に応じた名画がかかっております。お食事なども時にごちそうして下さるのですが、明の古染め付けのお茶碗、お椀は輪島塗り、皿は古伊万里と言ったような物を使って食事を出して下さり、こちらが恐縮してしまうこともしばしばです。

「お金が無いけどお茶の贅沢だけは止められないの」といってあっけらかんとしながら出してくださるお茶は、とても美味しく お茶碗又古い京焼の素晴らしいものだったりするのです。美術品が生活の中で息づいていると言った感じなのです。「宅は貧しいのよ」といわれますが、心貧しくないのです。とても優雅なのです。

良い絵画を買っても、素晴らしい美術品を手にいれても 、其れを大切に仕舞い込んでしまって、壁には倣製品を掛けていらっしゃる人を良くお見掛けしますが、美術品も買われても、買うだけで 其れを楽しまないなら、其れは人生の大損になるのでではないかとおもいます。生活を切りつめ 見たもの乞食で、次から次ぎへと美術品を買い込み 、其れをただ仕舞い込んでおくだけで、自分の日常生活は貧しくしてしまうような「女郎買いの糠味噌汁」のようなコレクターをしばしばお見かけします。確かに、これも人生の一つの選択でしょうから、端からとやかく言うような事ではないかもしれませんが、私たちの美術商の立場から言わせていただきますと、美術品は愛され、大切にされ、日常的な生活の質を高めるために利用されてこそ生きてくるものだと思います。したがって死蔵されるのではなく、日常生活のなかで利用され、愛されて欲しいものだと願ってやみません。
今日もそう願いながら、一つ一つの作品を送りだしております。

註:女郎買いの糠味噌汁(ぬかみそしる)というのは、無駄な金を使う者が、必要なお金を惜しむ例え