No.27 狂乱のオークション

皆さんもご存知のように2月8日のシンワオークションでゴッホの「農婦」〈油彩 〉が6千6百万円で落札されました。
新聞の情報によりますとこの絵は1979年ロンドンのオークションで1万4千ポンド〈当時の為替レートで約700万円〉で落札された作品で、かなりの部分が修復されているため原作の雰囲気を伝えていないといわれている作品です。
しかし結果はご存知のとおりで、私ども業者から考えますとまさしく狂気としかいえないお値段での落札となりました。
競売直前に真作とわかったという事で、1万円の落札最低価格が急遽500万円の価格に変更になったと言った話題作りが絶妙の宣伝になったのか、当日のオークション会場は人にあふれ、まさしく熱気満々といったありさまです。
そしてこの熱気にあおられるかのように所有者が中川一政であるというネームバリューともあいまって、競売にかけられた品物が普通 では考えられないような高値で次々落札されていきます。

以前にテレビの魚釣りの番組で、撒き餌をされるとそれに集まってきた魚たちは、小さなものから大きなものまで、まるで気が狂ったように餌をあさりだし、このため元来はとても用心深くて針のついた餌にはなかなかひっかからないような黒鯛のような魚でも簡単に釣り上げられてしまうというのを見たことがあります。
このオークションのありさまをみていますと本当にそれとそっくりで、群集の狂乱が常識では考えられないような値段をつけてくるといった感じでした。
普段、私どもとの取引では随分渋いことを言われている方達が、想像を絶する値段まで競り上げてしまう姿を見ていますと群集の熱気といいますか、雰囲気が作り出す魔力といいますかそういったものの怖さを感じさせられます。
しかしこのゴッホの絵画などは例え色々言われているとしても、真作ではある点ではいいほうです。
この絵画の前後に競りに掛けられました作者不詳、最低落札価格1万円の2点の絵画の落札価格には驚かされました。スチーン様式の一点は950万円、ゴッホ風のもう一点の価格は1700万円での落札となっ たのです。
海のものとも山のものとも解からない作品に一千何百万円もの値がつくというのは狂気としか言いようがありません。
所有者が著名な画家であったということ、同じよ うな作者不詳とされていた作品が直前になってゴッホの真作であるということが解かった 事、有名なオークション会社での競売であることなどを背景に、人が競り上げるから自分も競る、 人が競り上げるからますますこれは価値のあるものと思い込み競り上げる、といったそんな異常な循環がこのような高値がつけてしまったのでしょうか。
しかし落札された方は落札した時の幸せな感じと勝利感をいつまで持ち続けることができる事でしょう。
夢と狂乱からさめた時、愕然とするといったことにならなければいいのですが。
もともとオ ークション会社というのは真贋を保障してくれているわけではありません。 まして今回の場合の2点のように、最初から作者不詳、最低落札価格1万円となっているような作品は、それが真作でないと解っても自己責任で買ったわけですから、文句の持って行き場がありません。
買った人が損をするだけです。買った方はどんな思惑があっ て落札されたか解かりませんが、少なくとも私どもなら絶対に手を出さない作品です。
今回の場合、結局オークション会社の作戦勝ちといったところが正解なのでしょうね。
マスコミを使っての話題つくりといい、出品作品の並べ方といい、最低評価価格のつけ方といい、やはりその道のプロはうまいと感心させられました。
これでオークション会社の名前は広く知られるところになりました。その上集まった野次馬や、スケベ根性の参加者によって、お客が会場に入りきれないほどの大盛況、 そしてその狂乱に引きずられるように高値での落札が続出、結果として、オークション会社に手数料はがっぽり入ってきますし、所有者にもまた顔が立ったというわけです。
頭のいい人たちは違いますね。踊る阿呆に見る阿呆という歌の文句もありますが、世の中には躍らせる利巧という種族もいらっしゃるというわけでしょうね。
しかし私どもの感覚から言いますと、今度の2点のように作者不詳とせざるを得なかった作品に常識外の値段がついていきそうな場合、オークション会社としては競売の途中、それに加わっている人の頭を冷やしてもらうという意味で一度注意を喚起すべきだったのではないでしょうか。
たとえば「この作品についても一応調べたのですが、真贋の決定は出来ませんでした。その点ご承知の上お値段をお付けください」 とか言った具合に。
何しろ競売に参加している人たちは一般コレクターが主体であるということを前提にしているわけですから。
こんな考えはきれい事なのでしょうか。