No.22 赤ゲットさん頑張って(その1)
註1: 赤ゲットと言うのは 風習が違う異国に出掛け、そのゆえに失敗したり 恥をかいたりする事。又は田舎者と言う意味です。
夕方外から戻ると、「社長、お電話です」と言う従業員の声。
誰からかなと思って取ってみると、飛び込んできたのは 「ちょっと聞いてよ、もう癪に障るたらありゃしない。もう怒っちゃって眠れそうも無いわ」と言う大学時代からの友人のキイキイ声。
「どうしたの。大体今ごろはオーストリアに行って ルンルンだったはずじゃないの」と私。
「そうなの。ザルツブルグの音楽会にいったのだけど、途中でつまみ出されちゃったのよ」と涙交じりの声が返ってきます。
「どういう事なの。だって切符は買って入ったんでしょ」とたずねますと
「勿論買ったわよ。それが途中で休憩があったんのだけど、その時は皆劇場の外まで出てシャンペン開けたりワインを飲んだりしながらワイワイガヤガヤと談笑するの」
「さて、休憩が終ってもう一度会場に 入っていったら、私の席にもう人が座っているじゃない。で『ここ私の席ですが‥』といったのだけれど、あの国はドイツ語の国で英語で言っても理解してくれないの。こうして揉めていたらホールの人が来て、『どうしたのですか』と聞いてきたので事情を説明するのだけど何しろホールの従業員の事、英語がそれほど理解できないようで、いろいろ押し問答していたのですがチンプンカンプン。結局チケットを見せてくれと言う事になったの」
「ところが入場券を見せようと思ったら、私も気が急いているせいか、入場券がバッグのどこかに隠れてしまって探しても探してもすぐには見つからないのよ」
「しかし買った時の領収書が出てきたからそれを見せながら、買ったのは間違いない事、そして先程その券で入ってあの席に間違いなく座っていたのだからと主張したのに、何も聞いてくれないの 。まるでかっぱらいかスリにでも対するように冷たい態度でチケットを持っていないならホールから出て行けと言うの」
「だからさっきはちゃんとチケットを持っていて 入場したことではあるし、その上チケット購入を証明する領収書も持っているのだから、ともかくあの席の女の人に間違って座っているのでないか聞いて欲しいと何度も言うのだけど全く聞く耳もたずなの。そうこうしている内に警官を呼んで、まるで泥棒みたいにつまみ出させたのよ」と言うのです。
私も昔あちらの国に行って嫌な思いをした事が有りますから、ピンときて「貴方どんな服装をしていったの。まさか普段着みたいな格好で行ったのではないわね」と聞いてみますと。
「無論ジーパン姿の普段着で行ったわよ。だってこちらは物騒だと言うから、お金持ちみたいな格好をすると危険だと思ったから」と言います。
「だけど音楽会に来ている人達は皆おしゃれをしていなかった?」と聞くと
「そう言えば、皆ドレスアップして来ていたわね」との返事。
「それよ。その国はどちらかと言うと未だ身分社会の影響が色濃く残っている国だから、身分の低い人の言分はとおり難いのよ。同じドイツ語でも、ウイーン風の発音の人と そうでない人とでは 差別されるような国なのだから。まして私たちの程度の語学力では、それだけでなめられてしまうから、理不尽な目に会うのはあたり前よ」
「向こうの国の人にとっては大体アジア人など多少見下しているのに、その上そんな格好で行ったのでは音楽会に場違いな奴が入ってきたとばかり馬鹿にしたのよ」
こうして話している内に、友人の興奮も大分収まってきたようです。
「でもこのまま納めるのは悔しいわね。何とかならないの」と聞きます。
「しかし私たちの語学程度では、明日もう一度交渉に行っても多分同じことよ。誰かある程度顔の聞く人で、且つ現地の言葉で交渉できる人でなくてはね」と言いますと
「旅先の事だもの、そんな人知るはずもないしね。でも、どうしても腹に据えかねるから駄 目で元々、明日もう一度音楽ホールの支配人の所に行って交渉してみるわ」と言います。
その時ふと思い付いたことが有りましたので「ところでホテルは何処に泊っているの」とききますと「○○ホテルよ。ホテルだけは安物のホテルでは危険だからちょっと高級な所にしたの」との返事。
確かにそのホテルなら名の通っているホテルです。そこで‥
「良かったわね。そのホテルのマネージャーならきっと多少は顔も利くし、そのホテルに泊っているお客ともなればホールの方もそんな見下した態度を取らないかも知れないわよ。マネージャーに訳を話して音楽会場の支配人との交渉を助けてくれないか頼んでみたら。ただその時貴方が なんの影響力も持っていない庶民だと解ったのでは多分あまり相手にしてくれないから、貴方の社会的な地位 を強調し『オーストリアと言う国でこんないやな 理不尽な目に有った』と言う事を知人や友達に言いふらそうと思っている事。自分の影響力は小さくないと言う事などをほのめかしながら頼んでみたら。無論服装には重々気をつけてね。ともかく良い所の家の娘と言った顔をしているのよ」
「それから面倒な事を頼む時は充分なチップもね」と言いますと。
「解った。明日やってみる」と言って電話が切れました。
註2:ザルツブルグ音楽祭と言うのは1920年以降、毎年夏の時期になるとこの街のさまざまな場所で(教会とか大小さまざまなホール等)クラシック音楽会が開かれるようになりましたが、この街をあげての一大イベントをさしております。そして今回私の友人が つまみ出されたホールは祝祭劇場と言って、世界中のお金持ちやクラシック音楽フアン等が有名なオペラや、オーケストラを聞く為に集い、社交を繰り広げると言う特別 な意味を持った音楽ホールです。
さて結果はどうなったでしょう。早く知りたいですか。でもちょっと長くなりましたのでそれは次回のお楽しみと言う事にしましょう。