No.23 赤ゲットさん頑張って(その2 さてその結末は)

 それから3日後の事です。夕方少し過ぎたくらいの時間に彼女から 電話。
「でどうだった」「ふ、ふ、ふ、まあまあだったかな」「で謝ってくれたの」「こちらの人がそんな事をする筈がないでしょ」「だったらどうしたと言うの。なんだか少し浮き浮きしていない」「どうも怪しい。その浮きつきようは 何か良い事が有ったに違いない。何があったか、早く白状しなさいよ。」「これから話すから、そんなに急かせないでよ」

 以下、彼女のお話です。

 貴方にいわれたとおりに 朝起きるとすぐ 先ず身なりを整えたの。お化粧もいつもより念入りに時間をかけ 洋服も ブランド物のスーツで決め、指輪だとかバッグといった小物に至るまできちんと神経を使って、それこそ上から下まで 一分の隙も無いように気を使ったわ。でも自慢じゃないけど、そういう格好をすると私だってまんざらじゃないわよ。
 あなたには悪いけど捨てたもんじゃなかったわよ。「そりゃ馬子にも衣装って言うからね」と私。「好きな事言ってな」「あんまり茶々入れると、もうこの後話さないわよ」と彼女。「ごめんごめん。それで」と先を急かします。
 ここで彼女の名誉の為にちょっと一言入れておきますと、彼女は元々は美人でスタイルも良くお化粧をすると、とても見栄えのする人なのですが平素は化粧気も無く、洋服などにもあまり気を使わないものですからそれほど目立たないだけなのです。
従って本当におしゃれをした時には 見違えるように知的で美しく、エレガントでいかにも良家の子女と言った雰囲気を持っている人です。「それでね、フロントに電話して『000号室の○○ですが、マネージャーに手がお隙になったら000号室まで来ていただくようご伝言ください』と澄ました声で言ったの」
「へー、ガラッパチのあなたが。そんな声どこから出したのよ」と私「なにをおっしゃる。あんたじゃあるまいし。7つの声を持つ女といわれている私の実力を知らないな」「ふーん、わかったわかった。それでその先は」と促します。
それからしばらくしたら、ドアをノックする音がしてマネージャーがやってきました。何事が起こったかといったちょっと心配げで緊張した顔で入ってきたの。「これが結構渋くて良い男なのよ。年格好は40歳半ばといった感じで背も高く、すらっとしていて髭剃り後がまたとてもセクシーなの」 「わかった、それでウキウキしているのね。その人となんかあったでしょう」「別 に、たいした事無かったわよ。ただ一緒に行ってもらって、その後 お茶をご馳走になって少し街の中を案内してもらっただけよ」
 それはまた後にして、入ってきたそのマネーシャーさんに昨日起こった事を話したわ。そして私に対するホール側の応対が、はるばる日本からこの音楽祭を楽しむ為だけに来ているのに、それにしてはあまりにも失礼でないかと思う事や、 チケットは確かに持っていたのにそれを探す時間も無いうちにあたかもスリかかっぱらいにでも対するようにつまみ出してしまった事はどうしても許せないと言う事を話し、「これから抗議に行きたいのですが、助けていただけないか」と頼んだの。「こちらはドイツ語圏だから 私のつたない言葉では意志が伝わり難いようですし、その上こちらの人はどうも私たちのように何の後ろ盾も持っていない庶民には冷たいような気がするものですから」とお願いしたの。
 そうしたらここのマネージャーさん顔だけでなく本当に良い人だったのね。「折角いらして下さったのに、それはいけませんでしたね」「この国も今後は観光でやっていこうとしているところなのに、これから沢山来ていただきたいと思っている日本のお客さまに不愉快な思いをさせたのは 本当に申し訳ない事です。無論一緒に行って交渉してみましょう」と言ってくれたの。
「さては又いつもの手をつかったでしょう」「嫌な事言うわね。別 にいつだって何もしてないわよ。ただ本当に悔しくて、悲しかったからちょっと涙声にはなったかもしれないけど」「まあ良いか。それで」
 それから二人で祝祭劇場の支配人の所に行ったの。そして出てきたチケットを見せながら、昨日の非礼を詫びて欲しいと交渉したの。しかし向こうの支配人と言えば、「見せて下さいと言った時チケットを即座に出さなかったのが悪い」の一点張りで、頑として謝らないのよ。だからこちらもチケットを買った領収書も持っており、あそこの座席に座っていたと座席の番号も示しており、又最初にチケットで入場した事は確かなのだから、そういった場合は少なくともその座席に座っている人に先ず番号違いでないか確かめるとか、チケット売り場に領収書の番号から売ったチケットの番号を確認するなどをすべきではないのかと言う事。更にはもしそれが困難と言うのなら、領収書も持っていることですしホールの片隅にでも案内して「申し訳ありませんがここでまず聴いていて下さい。そして次の休憩までの間にチケットを見つけておいて下さい」と言うのがはるばる遠い日本から音楽祭を楽しみにやってきた賓客に対するエチケットでないですか。大体貴方達は私たちアジア人を馬鹿にしているところはないですか。もしそんな態度を取り続けられるのでしたら、“日本人がこの音楽祭にきても不愉快な目に会うばかりですよ。と友達に言いふらすのは勿論の事、私が関係しているタウン情報誌にも取り上げてもらおうと思っています”と言ってもらったの。ホテルのマネージャーさんはその他にもいろいろ口添えしてくれ、間に立ってくれたわ。それで結局その祝祭劇場のマネージャーは2日後のモーツァルト劇場のチケット(前回より高い値段のチケット)を出して「これを代わりに聴いていって下さい。それで良いでしょう」というの。
 でも決して自分の所が悪いとは言わないのよね。だから納得できなくてどうしようかとも思ったけれど、ホテルのマネージャーさんが「こちらの人はこれで精一杯なのだからもう此れで我慢しましょう」と言ったものだから、そのチケットを貰って引き上げてきたの。その後、彼が私を慰めながら街のあちらこちらを案内してくれたわ。その上にチップなど頂いて申し訳ないと、代わりに素晴らしいお食事をご馳走してくれちゃったの。彼ったら語り口もソフトでやさしく、とても紳士的で二人でいた時間は虹の国の出来事みたいだったわ。但し残念ながら 妻子持ちだったのよね。
でもその時の彼の話しでは、こちらの国はまだまだ厳然たる階級社会で主要なポストは10大ファミリーによって占められており、その人達の言葉は発音から違っていて、それ以外の一般 の人は一段と低い階層の人として差別されていると言うの。そしてそのファミリーからの口利きで働いている人達はそちらの方に顔を向けていれば安泰な訳ですから、 一般庶民に対するサービス精神などは欠けていると言っていたわ。
 これは彼の意見ではなく私の感想なのだけど「だから下手な英語を使って、その上服装も貧弱だった私たちのような東洋人はこんな所に来るのは場違いだといわんばかりに、いいかげんにあつかわれたのかもしれないのね。でもちょっと悔しいわね」と彼女。
「何を言っているの。虹の国の王女さまのような経験をしてきたくせに。私こそちょっと羨ましいわ」と私。
 海外旅行は相変わらず盛んで、連休の時などそれこそエアポートは人で満ち溢れています。しかしツアーのように一定のコースをガイドさんに引率されながら回るような日本人だけの旅行は、国内旅行と同じでただたまたま居る場所が国外と言うだけですから、別 に対した問題も起こりません。(せいぜい迷子、引ったくり、スリ、詐欺の被害に遭うくらいでしょう)
しかし一人旅と言う事になると、やはり外国では彼女の場合のように色々な事が起こり得ます。

その理由を考えてみますと、1番目は先ず国民性の違いです。国によってはサービス精神が無いというか、官僚的というかともかく日本のようにきめ細かく臨機応変にお客さまのことを考えてするというのでなく指示されているどおりの事、自分の役割を果 たせばいいのであって余分のことになるべく係りたくないという傾向が強いという事。

 2番目はまだまだ厳然たる身分制度的な考えが存在しているという事です。従っていわゆる低層に属する人と思われると、とんでもない目に会わされる可能性が有る訳です。
今度の件についてもホテルの支配人は例の音楽ホールのマネージャーとの交渉の際、「この女性は日本社会で音楽の仕事に関係している女性だ」と再三強調してくれたそうです。

 3番目は言葉の壁です。いくら英語が世界共通 語になってきているといっても、普通に街で働いている程度の人はやはり話せないのですよね。だからお互いチンプンカンプンで誤解が生じる事が有る訳です。

 4番目は風習の違いということです。私たちの国では日本に来ているアメリカ人の影響でホテルでも音楽界等でも、普通 の服で参加する人が少なくありませんがヨーロッパの国々では、音楽会だとかオペラなどはただ単に音楽を楽しむだけでなく、ハイソサエティな人達の社交の場でもある訳です。したがって服装などもそれ相応の服装をしていかないと、卑しめられ嫌な思いをする場合もあるという事ですね。

 5番目は残念ながらまだまだ人種差別 的な感覚が結構あるということです。イスラム圏の人、肌の色が違う人に対する蔑視感は拭うべくも無くある人が多いと思った方がいいと思います。
ヴィトンにしてもエルメスにしてもちょっとしたOLなら、何がしかを皆持っているといった比較的均質且つ平等といった日本から来て、階級社会的意識や人種的偏見の尚根強く残っているオーストリアのような国に来て本音に接しますと、映画などで感じていたヨーロッパの人達とのあまりのイメージとの違いにカルチャーショックを受けてしまうことがあります。

 皆さんはどうですか。しかしそれだったからといって理不尽なこともそのまま黙って引き下がってきてしまいますとますます嘗められます。あちらの国に行ったら自分が間違っていないと思ったらきちんと主張したほうが良いと思います。

No.22 赤ゲットさん頑張って(その1)

註1: 赤ゲットと言うのは 風習が違う異国に出掛け、そのゆえに失敗したり 恥をかいたりする事。又は田舎者と言う意味です。

 夕方外から戻ると、「社長、お電話です」と言う従業員の声。
 誰からかなと思って取ってみると、飛び込んできたのは 「ちょっと聞いてよ、もう癪に障るたらありゃしない。もう怒っちゃって眠れそうも無いわ」と言う大学時代からの友人のキイキイ声。
「どうしたの。大体今ごろはオーストリアに行って ルンルンだったはずじゃないの」と私。
「そうなの。ザルツブルグの音楽会にいったのだけど、途中でつまみ出されちゃったのよ」と涙交じりの声が返ってきます。
「どういう事なの。だって切符は買って入ったんでしょ」とたずねますと
「勿論買ったわよ。それが途中で休憩があったんのだけど、その時は皆劇場の外まで出てシャンペン開けたりワインを飲んだりしながらワイワイガヤガヤと談笑するの」
「さて、休憩が終ってもう一度会場に 入っていったら、私の席にもう人が座っているじゃない。で『ここ私の席ですが‥』といったのだけれど、あの国はドイツ語の国で英語で言っても理解してくれないの。こうして揉めていたらホールの人が来て、『どうしたのですか』と聞いてきたので事情を説明するのだけど何しろホールの従業員の事、英語がそれほど理解できないようで、いろいろ押し問答していたのですがチンプンカンプン。結局チケットを見せてくれと言う事になったの」
「ところが入場券を見せようと思ったら、私も気が急いているせいか、入場券がバッグのどこかに隠れてしまって探しても探してもすぐには見つからないのよ」
「しかし買った時の領収書が出てきたからそれを見せながら、買ったのは間違いない事、そして先程その券で入ってあの席に間違いなく座っていたのだからと主張したのに、何も聞いてくれないの 。まるでかっぱらいかスリにでも対するように冷たい態度でチケットを持っていないならホールから出て行けと言うの」
「だからさっきはちゃんとチケットを持っていて 入場したことではあるし、その上チケット購入を証明する領収書も持っているのだから、ともかくあの席の女の人に間違って座っているのでないか聞いて欲しいと何度も言うのだけど全く聞く耳もたずなの。そうこうしている内に警官を呼んで、まるで泥棒みたいにつまみ出させたのよ」と言うのです。
私も昔あちらの国に行って嫌な思いをした事が有りますから、ピンときて「貴方どんな服装をしていったの。まさか普段着みたいな格好で行ったのではないわね」と聞いてみますと。
「無論ジーパン姿の普段着で行ったわよ。だってこちらは物騒だと言うから、お金持ちみたいな格好をすると危険だと思ったから」と言います。
「だけど音楽会に来ている人達は皆おしゃれをしていなかった?」と聞くと
「そう言えば、皆ドレスアップして来ていたわね」との返事。
「それよ。その国はどちらかと言うと未だ身分社会の影響が色濃く残っている国だから、身分の低い人の言分はとおり難いのよ。同じドイツ語でも、ウイーン風の発音の人と そうでない人とでは 差別されるような国なのだから。まして私たちの程度の語学力では、それだけでなめられてしまうから、理不尽な目に会うのはあたり前よ」
「向こうの国の人にとっては大体アジア人など多少見下しているのに、その上そんな格好で行ったのでは音楽会に場違いな奴が入ってきたとばかり馬鹿にしたのよ」
こうして話している内に、友人の興奮も大分収まってきたようです。
「でもこのまま納めるのは悔しいわね。何とかならないの」と聞きます。
「しかし私たちの語学程度では、明日もう一度交渉に行っても多分同じことよ。誰かある程度顔の聞く人で、且つ現地の言葉で交渉できる人でなくてはね」と言いますと
「旅先の事だもの、そんな人知るはずもないしね。でも、どうしても腹に据えかねるから駄 目で元々、明日もう一度音楽ホールの支配人の所に行って交渉してみるわ」と言います。
その時ふと思い付いたことが有りましたので「ところでホテルは何処に泊っているの」とききますと「○○ホテルよ。ホテルだけは安物のホテルでは危険だからちょっと高級な所にしたの」との返事。
 確かにそのホテルなら名の通っているホテルです。そこで‥
「良かったわね。そのホテルのマネージャーならきっと多少は顔も利くし、そのホテルに泊っているお客ともなればホールの方もそんな見下した態度を取らないかも知れないわよ。マネージャーに訳を話して音楽会場の支配人との交渉を助けてくれないか頼んでみたら。ただその時貴方が なんの影響力も持っていない庶民だと解ったのでは多分あまり相手にしてくれないから、貴方の社会的な地位 を強調し『オーストリアと言う国でこんないやな 理不尽な目に有った』と言う事を知人や友達に言いふらそうと思っている事。自分の影響力は小さくないと言う事などをほのめかしながら頼んでみたら。無論服装には重々気をつけてね。ともかく良い所の家の娘と言った顔をしているのよ」
「それから面倒な事を頼む時は充分なチップもね」と言いますと。
「解った。明日やってみる」と言って電話が切れました。
註2:ザルツブルグ音楽祭と言うのは1920年以降、毎年夏の時期になるとこの街のさまざまな場所で(教会とか大小さまざまなホール等)クラシック音楽会が開かれるようになりましたが、この街をあげての一大イベントをさしております。そして今回私の友人が つまみ出されたホールは祝祭劇場と言って、世界中のお金持ちやクラシック音楽フアン等が有名なオペラや、オーケストラを聞く為に集い、社交を繰り広げると言う特別 な意味を持った音楽ホールです。

 さて結果はどうなったでしょう。早く知りたいですか。でもちょっと長くなりましたのでそれは次回のお楽しみと言う事にしましょう。