しばらく寄り道をしましたがご好評いただきましたので、私の父親の骨董収集の失敗談の続きをいたしましょう。
中国陶器の収集をはじめたばかりの昔々の話です。
女房と二人、台湾の骨董屋さんの店先を覗いていますと、そこの主人が寄ってきて、「中国陶器をお探しですか、ここに置いてあるのものではありませんが、実に素晴らしいものを持っておられる先生がいらっしゃるのですが、そこに行ってみませんか。」と話すのです。
そこの主人の話しでは、「その先生は大陸から蒋介石と一緒に台湾に渡って来た偉い人で、台湾へ敗走してきた時、元から自分の家に持っていた物や故宮博物館にあった品をこっそり持ってきたが、これらの品を生活費のために時々内緒で売られているんですよ。」「内緒で売られるんですから、日本人のように、後で売ったことが人に知れないような方に売りたいそうです。」との話しでした。
なんにしても野次馬気分の強い私達の事、早速お願いしてそこに連れいってもらいました。案内された先はマンションの屋上の部屋で、部屋数は多く、部屋の外には立派な屋上庭園もあります。
「本宅の方にご案内したいのですが、本宅では後で素性が知れると立場上拙いですから、この別宅でと話されています。」と骨董屋。
部屋を見渡しますと、立派な中国製の絨毯の上に古い家具が置かれ、部屋には香が焚き込められており、いかにも身分の高そうな人の部屋です。
しばらく待つうちにやがて長い顎鬚をはやした品の良いおじいさんが出てこられ中国語で挨拶します。女の人が茶道具を捧げ持ってきて、お茶を入れてくれるのですが、これが又素晴らしくよいお茶です。そのおじいさんが召使らしい男の人に、何やら言っては色々な物を見せてくれるのです。
唐三彩の人物、駱駝馬、宗代や明代の書画、陶磁器、元の染め付け、清の陶磁器等々、本当に色々です。それこそ本物なら美術館に入るものばかりです。中でも私が引かれたのは元の染め付けの盤(大きな皿の事)で、もし本物を日本で買ったらそれこそ億はする代物です。
何しろ偉い人だと思ってますから、こちらは口を聞くのも恐れ多いと気後れしています。従って見せてくれるものは何でも良い物に見えてしまいます。まして少し薄暗いところで見せてもらうのですから余計そうです。お話は偉いおじいさんから直接でなく、骨董屋さんを通して話してくれるのですが、その値段は確か800万円くらいだったと思います。でも旅先の事、そんなお金は持っていません。相手は日本での受け渡しで良いと言うのですがどうも今ひとつ気が乗りません。今までの経験からお膳立ての立派過ぎる売り買いは、どちらかと言うと損をすることが多かったものですから、元の染め付けの盤はパスする事にしました。
しかし何も買わずに帰るのもなんとなく恐れ多いような気がしましたので、一番安かった清の煎茶器と称する物を買って帰りました。
さて日本に帰ってから、たまたまやって来た骨董屋さんに見せましたところ、面白くてたまらないといった顔で「先生これどこで買ってこられましたか。」と聞きます。「台湾のこれこれこういう所で買ってきたのですが。」と言いますと、「この陶器の糸底の所をご覧になりました。」「この印は瀬戸のある窯の窯印なのですがご存知なかったですか。」「台湾まで行ってとても素晴らしい物を買ってこられましたね」と冷やかされてしまいました。
その骨董屋さんの話では、当時そのように日本人が騙された話はとても沢山あったようです。元の染め付けも100パーセント贋物だったでしょうと言うのです。
やはりお膳立てのあまり仰々しい話は注意しなければなりませんね。ましてそれが外国といった場合は欲は禁物で、素人には君子危うきに近寄らずと言ったところが無難なところかもしれません。