<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?>
<rss version="2.0">
   <channel>
      <title>画廊店主のひとり言</title>
      <link>http://column.oida-art.com/</link>
      <description>・・・・・ アートを知り尽くそう！ ・・・・</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
      <lastBuildDate>Mon, 14 May 2012 15:07:39 +0900</lastBuildDate>
      <generator>http://www.sixapart.com/movabletype/?v=3.2-ja-2</generator>
      <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs> 

            <item>
         <title>No.147　虎穴に入っては獲たものは？　その６</title>
         <description>このお話はフィクションです。実在の人物、実際にあった事件とは全く関係ありません

その１９

ご主人が出て行っておられる間に、私は、あちらこちらの知人に電話をして、どうしたら良いかについての、助言を求めました。
しかし、皆いろいろ言ってくれるので、かえって分からなくなってしまいました。
最後に親しくしている、弁護士の意見を、聞いてみました所、彼は、
「Ｃさん、そんな奇特な人がいるなら、そりゃー、売っておいた方が良いのでは。
確かに、その話には、なにか裏がありそうです。
だから、気分的には、納得できないでしょうね。
しかし考えてごらんなさい。
感情的になって、その話、打ち切ったとして、それで、お宅の損害、少なくなりますか。ならないでしょ。
それじゃー、釈然としないからと言って、そのお店のご主人を警察に告発出来ますか。何の証拠もないのに、泥棒とグルかもしれないなんて告発しようものなら、それこそ、名誉棄損で、こちらが、損害賠償の対象になってしまいかねませんよ。
まあ、何の証拠もない、推察だけでの告発では、警察も受け付けてはくれませんけどね。
悪い事は言いませんから、お金を出してくれると言うなら、それ貰っておきなさい。
どうせ、裁判をしたとしても、１００パーセントお金が戻ってくる事はありませんから。過失割合をどう見るかにもよるでしょうが、私の見る所では、相手の出した条件は、良い所をついてますよ。こちらが断り難いように」
「そこが怪しいと言えば怪しいし、上手い事、企んだ（たくらんだ）なと言えば、そう言えないこともありませんが、何しろ何の証拠もありませんからねー。
でも、そうだからといって、裁判なんかにもっていっても、手間と、裁判費用を損するだけだと思いますよ。
やはりここらで手を打つべきじゃないですか。
貴方も商売人でしょ。
ここは、下手に感情的にならないで、金銭的な損得だけで行動を決められた方が良いと思いますよ。なにしろ正義心は飯のタネになりませんからね」
と言います。
それでも、決心が付きかねた私は、一度は、このまま、家に帰って、一晩、じっくり考えようかともおもいました。
しかし、一度家に帰ってしまった場合、もし相手が本当に善意の人であったら、何の関係もないのに、同情だけで、他人の損の一部を肩代わりしてやろうなどと言う気持ちなんか、一晩もしたら、なくなってしまうに違いありません。
もし悪い企みがあったとしても、仲間に分け前を支払ったり、作品を買い戻したりするのにお金も掛かるでしょうから、それを考えて、気が変わってしまう可能性も否定できません。
明日になって私から電話が掛かってきたという事がわかれば、相手は、「盗まれた作品の所有権を譲ります」と言ってきたに違いないと、すぐに推察できます。
そうなりますと、相手は、足元を見て、「あの時は同情し過ぎて、つい３００万と言ってしまいましたが、後で考えてみたら、それはやはり無理です。だから、５分くらいで勘弁してくださいよ」などと言われかねません。
ましてその時は、電話でお話をしているわけですから、顔を見ていませんので、相手としては、言いたい事を遠慮なく言えます。ですから、なおさらです。
結局いろいろ考えた末、私は、涙をのんで、相手の言うとおり、お金と引き替えに、盗まれた作品が出てきた場合の作品の所有権はCに譲ることにしました。
私が決心を固めた時を、見計っておられたかのように、ちょうどその時、用事を終えたご主人が（用事を終えたふりをしたかもしれませんが）戻ってこられました。
私の決心を聞かれると、早速、「これらの作品が、万一見つかった場合、その作品の所有権は既に○○○○に譲渡済みで、その所有権はすべて、○○○○（御主人の名前）に属するものである事を互いに確認し、今後これらの絵に関する所有権については、異議を申し立てない事とする」という言う意味の覚書を準備されました。
私はそれに署名、捺印し、その書類並びに３００万円の領収書と引き替えに、お金を払って貰うことで決着しました。
しかしそれがまた奇妙な事に、予めこうなる事を予想しておられたかのように、手提げカバンの中から、きっちりその金額のお金を鷲掴みにとり出して、支払ってくれたのです。
それも支払銀行の帯封のついてないお金で支払ってくれたのです。
その金、何時の間に、そしてどこからもってこられたのかも不思議でした。
お金をだされた、その手提げカバンって、店からでて行かれた時は、たしかペシャンコだったはず。変でしたねー。不思議でしたねー。こうなる事を、予め予想していたような段取りの付け方ですから。
今回のお話、始めから終りまで、こんな調子でした。
だから、後になって思い返してみますと、怪しいと言えば、怪しい事ばかりでした。だったら途中で引き返せばよかったのですが、怪しい、おかしいと思う所があっても、所々に、いやー、そんな事はないと思わせる所が散りばめられているものですから、欲にかられて、ズルズルと、相手のペースに引き込まれてしまったのです、あげくこのありさま、ざま－（有様をあざけって言う語）ありません。（※ざまない：情けないありさまのこと）
用心しながら、破滅へ、破滅へと、引き込まれて行った様子は、関係のない他人の目から見たら、まるで、アリ地獄に落ちていく、蟻といった体たらく（ていたらく：ありさま、ざま）だったでしょうね。
何とも悔しくて、情けない話です。
でもこの話、部分、部分をとり上げてみると、どこまでが本当で、どこからが怪しげな所だったのかと言う所か、どうもよくわかりません。
妖しいと言えば、どの段階も怪しいし。怪しくないと思えば、最終段階以外はどの段階も、まあこんな事もあるわという程度の話ですからね。
もしかしたら、私のものの見方がねじ曲がっているだけで、この窃盗事件は、偶然に起きた事であり、このご主人、本当に、善意の人だったのかもしれないと思わせる所もあります。
でも、最悪の人の場合は、騙しの、いろいろやりかたが、段階的に、綿密に計算して、たてられていて、ここで駄目なら、ここで、ここでも駄目なら、ここで嵌めて（はめて）やろうという風になっていた可能性も、否定できません。
或いはまた、最初から、仲間の泥棒に盗って行かせるのが目的だったのかもしれないとも思えます。
だって、盗って言った奴が、もって行った先から、うまく買い戻せば、高価な超一流の絵、それも、すぐにでも換金出来るような、今人気の作品が、この事件にかかわった奴への手数料や、買い戻しのお金などといった費用を見越しても、半額より、はるか下の価格で買えたのですから。
しかもあとくされなく、法的にも問題なく、きちんと所有権まで自分のものとできたわけですから、こんな旨い話、滅多にないですからね。
只もしそうだったとしたら、それまでの駆け引きが、お芝居にしてはあまりに真に迫りすぎていました。
私ああいう世界の人の感覚が良く分かりませんから、一概には言えないかもしれませんが、純然たる騙し目的にしては、少ないながらも、お金を払ってくれた点も、なんだか釈然としないところです。
盗られた自分への自己慰めかもしれませんが
「そんな人の良い詐欺師、この世にいるのかしら」と思えてなりません。
そこが、あのご主人の事を、今でも、怪しい奴と、決めつけきれない所です。
「エッ、盗って行った犯人が万一捕まった場合はヤバイ？」
「そんなの、もしこのご主人がグルだったとしたら、これほど緻密に計画した奴だもの、自分が罪を被らないように、抜け目なくやってあるに、決まっていますよ。そんな事心配してやらなくても。
どちらにしても、馬鹿みたいな話でしょ。こんなみっともない話、人に話せます？あなただって、人に知られたら嫌でしょう？
だから、貴方も、あんまり人には、話さないでよね。頼むわ。
それにしても、長い事やっているけど、こんな目に遭ったのは始めて。いい年をして、良い教訓を得させてもらいましたわ。」
まさしく
「助平心は身の破滅」であり
「虎児を得んとして、虎穴にはいるなんて、（凡人の場合は）もってのほか。今回は狐に遭ったかな程度の損害で済んだけど、下手をすると、命だって落としかねないところでしたから」といわれたところで、Ｃさんの話はおわりました。

終わり

</description>
         <link>http://column.oida-art.com/archives/2012/05/#001265</link>
         <guid>http://column.oida-art.com/archives/2012/05/#001265</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Mon, 14 May 2012 15:07:39 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>No.146　虎穴に入っては獲たものは？　その５</title>
         <description>このお話はフィクションです。実際の事件、実在の人物とは関係ありません

その１７

押し問答をしていても埒（らち：ものごとのくぎり）があきません。やむなく親しくしている弁護士に電話して聞いてみました。
『こう言った場合は、「心配ないからここに置いておきなさい」といった、お店の方にも、責任があるとおもうのですが、幾許（いくばく：ある程度）かは、弁償金を支払って貰うというわけにはいかないでしょうか」と。
すると弁護士は「言った、言わないが絡んできた話ですから、なかなか難しいでしょうね。でもお話を聞く限り、盗られた絵の代金を１００パーセントとれるかどうかは疑問ですが、置いておくように言ったお店の方に、幾分かの責任がある事は認められるかもしれません。
しかし、もし裁判に勝ったとして、その人から、本当にお金がとれます？
そのお店の状態では、借金だらけ、貴方に見せてくれた家だって、抵当に入っている事だってありますよ。見せてくれたのは、最悪、人の家だったと言う事だってありますしね。でしたら、くたびれ儲けで、裁判の費用が余分に掛かっただけということにもなりかねませんけど」と言う返事です。
私も必死でした。私達は、何度も何度も、「もし何かあったら、何とかしてやる」と、言った、言わないで、押し問答を繰り返しました。
私としては、裁判も辞さないと言う事まで言って、責任をとってくれるように迫りました。
一時間近くも、押し問答を繰り返していたでしょうか。
店のご主人は、「私としては、お店の責任を認めて弁償をする訳にはまいりません。でもこれ以上押し問答を繰り返していてもどうにもなる問題でありません。
私も裁判ともなりますと、これから震災後の復興で忙しくなっていくだろうという時期ですから、私にとっては大変な負担です。
それじゃー、盗られた絵の権利を私が買ってあげるという格好で話をつけませんか。
念を押しておきますが、これは私が責任を認めて提案しているわけではありませんよ。
福島くんだりまで、来てもらったのに、損をさせることになってしまって、お気の毒だから、お宅の損害の一部を持ってあげましょうと言う意味だけですからね。
そうは申しましても、うまい具合に盗られた絵が見つかった場合は、無論、私の所に、所有権はある事になるわけですが」と言い出されました。
「それで、いくらで買って下さるおつもりですか」と聞きますと
「そうだねー。今の所何もない物を買ってあげるわけですから、売値の、五分（ごぶ＝５パーセント）でも、良いとこではないですか。」とご主人。
「エッ、そんな馬鹿な。幾ら今、何もないからと言って、そんな程度のお金で売るくらいなら、損金として処理した方が、よほど気分的にすっきりするから、もう良いです。
そうすれば、万一盗まれた作品が出てきた場合には、買い戻す権利が残りますし、それによって、犯人検挙の手掛かりを掴む事だって出来るかもしれませんからね。
私達もこの道で食べている以上、こういった盗品を、探し出してくれる人も、まんざら知らないわけでもありませんし。
また、従来の判例からみて、今回のケースのような場合の、お宅から支払ってもらえる可能性のある金額によっては、裁判と言う事も考えていますし」とはったり（こけおどしの意）も混じえて（まじえて）、思い切って、強く出てみました。
すると相手はしばらく考えておられましたが、やがて「そうかね。納得できんかね。それじゃ七分と言う事で、どうかね」と言います。
黙って首を横に振る私。
「それでも納得出来んかね。それじゃー、思い切って１割弱，３００万円出して上げましょう。
これが私の、貴方に見せる事の出来る、精一杯の誠意です。
これ以上は、何をおっしゃっても、びた一文だって出す気はありませんからね」とご主人。
「３００万、たったの３００万円、１割弱じゃーなー」となおも渋っていますと
「あなたね。もともと盗られて時点で、一円も戻ってこないのですよ。１割ちかくものお金が戻ってくるだけでも、ありがたいと思ってもらわなきゃー。私だって、こんな時期じゃなけりゃー、裁判に応じていますよ」
でも裁判ともなると、煩わしいし、こちらだって、どうせ弁護士費用だとか、自分が出廷する時の費用とかいろいろかかるでしょ。
だから、弁償と言う訳にはまいりませんが、お見舞いと言う形で、痛みを分かち合ってあげましょうといっているのです。どうせ今度、持っていらっしゃった絵だって、売値には、相当利益がみてあったでしょう。
だったら、売値の１割もの価格で、盗られてしまった作品の権利、もう今では何の形も残っていない空にすぎないものの権利を、買ってあげようといているのですよ。こんな良い話はないと思いますよ。もっと感謝して貰えていいんじゃないかな」とご主人。
そうはいわれましても、こちらは３０００万余の損害です。それを３００万ポッチのお金で、おいそれと引き下がるのは、なんとも悔しい思いです。
それに、商売人の間で、自分の所には、責任がないというのに、偶々、第三者の行為によって商売の相手方が損を蒙ってしまった時、損を蒙った相手が、気の毒だからと言って、それも全く見知らぬ一見の相手だった時、損の一部を肩代わりしてくれたなどという、そんな奇特な人がいるなんて話、今まで、聞いた事があません。
なんだか、話が出来過ぎています。からくりは想像もつきませんが、親切そうな、こんなお話には、何か裏があるのではと、勘ぐられてなりません。
しかし、眉唾だからと言いましても、もしこれを蹴ってしまえば、私の所は、全くの丸損の道しか残っていません。
何しろ先ほどは、口から出まかせに、はったりを、かましましたが、本当は故買（こばい：盗品を買うこと）の道に詳しい人なんか知るはずもありません。
そうかと言って、相手の言うとおりに、盗られた絵が、万一見つかった場合の絵の所有権を、この人に売ってやると言うのも、なんだか釈然としません。
そんな事、相手に知られたら、何の証拠もない話ですから、大変な事になりますから、大きな声では言えませんが、なんだか泥棒に追い銭をしてやるような気がするのです。相手の仕組んだストーリーに、うまうまと乗せられて、ただ同然で相手に渡してしまったような気がしてならないのです。

その１８

私は少しでも損害を低くする為に、もう少し色をつけてもらえないかと、できる限りねばりました。
それが駄目なら、その金額しか出せないというのでしたら、もし作品が出てきた場合の所有権を、二分の一くらいは、私に残しておいてもらえないかと頼んでも見ました。
しかし、頑として、それ以上に出そうと、してくれませんし、盗られた作品の所有権を、二分の一づつにしておくという提案にも、
「私は善意で言っているだけです。だから、それが嫌でしたら止めてください」と言って、乗ってくれませんでした。
こうしたやり取りをしているうちに、イライラしだしたご主人は、「こんな事、いつまで言い合っていたって埒明かんわ（らちがあかない：物事の区切りがつかない）。
俺、まだ、他に用事があって、待たせてある人がおるで、この辺で引き取ってもらえんかね。
この提案が気にいらんというのなら、もう、訴訟でも何でも好きなようにしてくれたらいいがねん。
でも、もう少し考えさせてくれというのなら、できるだけ早う戻ってくるで、しばらくここで待っとってくれや」と言うと、私の返事も待たずに、さっさと出て行ってしまいました。
なんだか先ほどから、言葉遣いも変わって、乱雑で突き放すような口調と変わっております。
私も馬鹿ですねー。我ながら人が良すぎて呆れます。
こんな時に、「アレッ、もし私がこのまま帰ったら、ここの戸締りはどうするつもりなんだろ」と、どうでもいい事を、とっさに心配したんですから。
しかし、その時、私も、未だ迷っていて、当分ここにいる事になるだろうと、とっさに心の底で思ったようで、呼びとめる事をしませんでした。

次回へ続く

</description>
         <link>http://column.oida-art.com/archives/2012/04/#001202</link>
         <guid>http://column.oida-art.com/archives/2012/04/#001202</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Mon, 16 Apr 2012 15:03:16 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>No.145　虎穴に入っては獲た（えた）ものは？その４</title>
         <description>このお話はフィクションです。似たような所があっても、偶然の一致で、実際の事件、事物、人物とは関係ありません。

その１３

ご主人のお店に置いてきた絵が心配で、なるべく早く、戻ってくる心算でしたが、御主人の熱心さと、その家のあまりの立派さに、思わぬ時間が取られてしまい、一時間半近い時が過ぎてしまいました。
あの店に、大金が置いてあるとは思えなかった私は、車に乗るとすぐ、「もしお買い上げいただけるのでしたら、現金決済にして頂きたいのですが、よろしいでしょうか」ともう一度、念を押しました。
ご主人は「分かってる」と不愉快そうにおっしゃっただけで、それ以上何も言われないままに、急に黙ってしまわれました。
無論、価格をいくらにして欲しいなどと言う話もありませんでした。
急に寡黙に（かもく：言葉少なの意）なられ不愉快そうな主人の態度に私は、
支払いの事を再度、念を押したので、御機嫌を損じたかな、と思いました。
しかし私としては、この取引には気になる点があまりに多いものですから、この時点で、多少相手の御機嫌を損ねたとしても、こちらの言い分は通そう、そうでなければ、この取引は止めて、作品は持って帰ろうと決心していました。
従って、お客様が多少御機嫌が悪くされていてもかまわず、強いて話しかけて御機嫌をとるような事もしませんでした。
気になったのは、先ほど申した事のほかにもいろいろありました。
例えば、家が、略（ほぼ）、完成してきているのに、外構工事には、手をつけられた形跡さえない事です。
家の建築資材や造りについては、あれほど詳しく、饒舌だったご主人が、外構については、何の話もされません。
外回りは未だ手付かずで、敷地はむき出しの土のまま放置されており、隣の家との境界は、相手側のフェンスで仕切られているだけでした。
道路から家の敷地への、取りつけ通路については、コンクリートの下地にアスファルト舗装をされるつもりのようで、２５センチほどの深さに掘り下げられてはおりましたが、それも、それ以降は工事途中で中断されている様子であることも気になりました。
また、庭もありません。あの立派なリビングから見下ろせる、家の南側の敷地も放置されたままです。もう間もなく入居と言う状態になっているのでしたら、普通なら、造園の方もある程度は進んでいるはずです。少なくともそれについても何らかの話があっても良いはずです
にもかかわらず、あちらこちらが放置されたまま、庭や、外構工事は手つかずと言うのは、この不景気で、急に金繰り（かねぐり：資金の調達）が悪くなって工事が中断しているという可能性だって否定できません。
こういった点から考えると、これ以上無理して買ってもらおうとしない方が良いのではないかと思えました。

その１４

彼のお店についた時、そこには、胃袋が裏返って、口から飛び出してくるのではないかと思うほどの驚きが待っておりました。
お店の扉は、開け放たれ、応接セットのテーブルの上に置いておいた絵は全て消え失せてしまっていました。
「泥棒」と思った瞬間、一瞬目の前が真っ暗になりました。全身の力が抜けてしまいました。震えが止まらず、立っているのが辛いほどです。
車から降りてこられたご主人も、「エーッ、ほんとに、こんな事って、あるんかいな―」
「ここら辺りで、こんな話、あんまり聞いた事ないぜ」
と大変、驚いておられる様子です。
家の中に飛びこんだ私は、慌てて、辺りを見回しました。
しかし、やはり絵は何処にも見当たりません。
家の中はさほど荒らされた様子はないのに、ただ絵だけが無くなっておりました。
「誰かお知り合いの人が訪ねて見えたのと違いますか。
例えば奥さんのような。
それでご主人がお買いになったものと勘違いして、こんな所に置いておいては物騒だと思われて、何処かにお片付けになったのと違いますか」と私。
「いや、そんなはずはないと思う。女房や子供は、滅多にこんな所に来ないから。
でも、そう言われるなら、念のために聞いてみますわ」とご主人。
２，３ヶ所、電話をされたご主人は、「やはり、家の者は誰も知らんみたい。他に、私の知っている奴で、ここにおいてある物を、黙って持って行くような奴の心当たりはないから、これはやはり泥棒にやられたんと違うか。
直ぐに警察に届けたら」と言われます。

その１５

電話をした後、思ったより早く、警察の方は来て下さいました。
やってこられたのは４人ほどで、一人は事情聴取を、他の方々は、あちらこちらを調べ、犯人逮捕の手がかりになるものはないかと、店の中のあちらこちらを調べ、写真を撮ったり、指紋をとったりしていかれました、念のためにというので、私達の指紋も採っていかれました。
彼らの話しぶりでは、鍵は合いカギかピンのようなもので開けられていて、その手口の鮮やかさから、相当手なれたプロの仕業であろうとの事でした。
何でも震災後、関西方面から、プロの窃盗団が入り込んできているようで、こういった空き巣狙いとか、車上荒らしが横行して困っているとも言ってらっしゃいました。
こういった窃盗事件の場合、結局、被害届を出しただけで終わりです。
警察だってこんな窃盗のような小さな事件だけに関わっているわけにはまいりませんから、積極的に捜査し、泥棒を捕まえようとしてはくれないのが普通です。
良くやってくれて、せいぜい近所に目撃者がいないか聞き込みをしてくれるくらいです。
でも、ほとんどの店が閉じられ、人通りも少ない、この寂れた商店街で、目撃者が現れるとは思えません。
後は、運が良く、偶々（たまたま）捕まった泥棒が、余罪として、ここでの窃盗を白状してくれる場合を待っているだけです。
しかし、その頃には、絵はもう第三者に渡ってしまっているのが普通です。
だから盗られたら最後、戻ってくる可能性は殆どないと覚悟する必要があります。
もし見つかったとしても、善意の第三者に渡っている場合、その人の買った値段で買い戻さなければなりませんから、それはそれでかなりの物入り（費用）です。

その１６

背に腹は替えられません。
ここまでくれば、お客様だからと言って、遠慮ばかりしてはおられません。
私は「ご主人、貴方、先ほど、『もしなんかあったら、そんなもん位、私がなんとかしたる』とおっしゃってくださいましたよね。
私それを信じて、作品をここに預けておいたのですから、当然責任をとってくださるのでしょうね」　と申しました。
所が「エッ、そんな事言いましたっけ。そんな記憶ないなー。
でももし、私が何かを言ったにしろ、あなたの所の作品でしょ。
誰かの意見に惑わされることなく、自分で万全の処置をしておくべきだったのではないですか」と“しれっと”した（動ぜず平然としたさま）顔で言われます。
「そんな事はないでしょう。貴方が大丈夫と言われたから、信用してここに置いたのです。ですから、その時点で、貴方のところで預かった事になるのではないですか。
私としては、貴方には、弁償する義務があると思いますが」私が言いますと
「そんな事出来ませんよ。未だ買ってもいない物を。そう言えば、あなたのお店では、動産保険に入ってらっしゃらないのですか。もし入ってらっしゃるのでしたら、そこから払ってもらえば良いのでは」とご主人。
私も、もしかしたらと思って、私の入っている、保険会社に届け出がてら様子を話して、聞いてみました。
すると、「今お聞きした状態では、お支払いは無理かと思います。
一般に、こういったケースでは、
置いてあったお店の責任か、それとも絵画の持ち主である、画商さんのほうの責任かと言う事になりますが、
聞いている限りでは、置いても大丈夫と言われた以上、お店が預かった訳ですから、そのお店の方に主たる責任があるように思われます。従って、私どもの保険でのお支払いは無理かと思います。
それに犯行そのものからして、ガラス窓が壊されていたとか、犯行の目撃証人がいたとかといった、泥棒に盗られたと言うはっきりした証拠もありません。
ただお宅と、絵画を置いておいたその店のご主人との二人だけのお話でしょ。
そちらの方から考えても、保険金は出難いと思いますよ。
確かに盗られたと証明するものが、ほとんどありませんもの。
警察の聞き込み捜査によって、新たに犯行の目撃証人でも見つかれば、話は別ですが」と言う返事でした。
その旨、御主人に言いましたが、「そうですか、そりゃーお気の毒ですなー」とまるで他人事です。
弁償してくれそうな雰囲気は、全く感じられません。

次回へ続く　　</description>
         <link>http://column.oida-art.com/archives/2012/03/#001191</link>
         <guid>http://column.oida-art.com/archives/2012/03/#001191</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Thu, 29 Mar 2012 19:32:44 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>No.144　虎穴に入っては獲た（えた）ものは？その３</title>
         <description>このお話はフィクションです。万一、似たようなところがありましても、偶然の一致で実在の人物、実在の建物、実際にあった事件とは全く関係ありません。

その９

「中古自動車を扱っていらっしゃる業者さんの、店舗が、バラック建てのような例は何処にもある事です。だから別にそれをもって、不審に思う事は無いのですが、高額の美術品を、沢山買って下さるであろうお方のお店にしては、あまりに活気がなさすぎます。
更に、店の造りにも、置いてある備品にも、それらの配備の仕方にも、美的センスがなさすぎます。あまりに雑然と散らばっております。
店のこの様子に、本当に現在もこの店で営業されているのだろうかとか、本当に高額な品物を買うだけのお金を、持っておられるのだろうかと心配になってしまいました。
御主人は大変話し好きと見え、家の中に入った瞬間から、次から次へと、話題を見つけて、話しかけてこられます。
お店の状態から、俄か（にわか）に心配になった私の耳には、御主人の言葉は、風の鳴るように耳の傍を通り過ぎていくばかりで、意味をなさなくなっておりました。
そこで私は「ところで、景気はどうですか。この街もあちらこちらがお店を閉めてしまっていらっしゃるようですが」
と話の腰を折って問いかけました。
すると、「そうです。この通りも、御覧のように、ここも、あそこも、止めたり（やめて）撤退していってしまったりされて、今ではシャッター通りですよ。
もともと中心街にお客を盗られて、寂れてきてはいましたが、震災後はそれが急により進みまして、今では、店を開けているのは数軒程度といった有様。寂しいものですよ。
皆さん、先行きが心配なんでしょうね」
「それではお宅の御商売も大変でしょう。こんな時ですから、中古外車なんかあまり売れないのでは」と私。
「ああ、この店を見てそう思われたのですか。でも大丈夫です。私の所、ここの商売は表向きだけで、実際は、建物の解体業とか、産業廃棄物処理業をやっていますから」とご主人はいわれます。
やがてご主人は、「それで、絵は持ってきてくれたの」と切り出されました。
「エー、無論持ってまいりました。で、何処で御覧になりますか。今度、新築されたと言う、そちらの家の方か、お宅の今住んでいらっしゃる家に持って行きましょうか。奥様にもご挨拶したいと思いますから」
私は、これだけの絵を買おうという人が、自分一人で決めてしまっておられ、奥様と相談されている様子がない事とか、現在住んでいらっしゃる家の事についても、全く教えようとされないご主人の態度に、はっきり言葉にならない不安を感じておりました。
だから少し探りをいれてみました。
所が、御主人は
「いや、そんな必要はありません。
それにあの家には、今の所、未だ住んでいませんから。
いろいろと、手直しが出て、未だ住めるまでにはいたってないのです」
それに、こんな時期でしょ、今は、あの家に絵を出したり入れたりする所を、あまり近所の人には、見せたくありませんしね。
ここで見せてもらえばそれで充分です」
「まずここで絵をみせてもらって、その後、今度造った家をみてもらいます。
そこに、これらの絵を飾った時、私のイメージ通り、それらが、各部屋に合うのか、それとも、私の独りよがりで、もっと別の絵の方が良いのか、専門家の意見を聞かせて欲しいのです」と話を、はぐらかしてしまわれました。

その１０

絵を、一通り見られるとご主人は直ぐに、「それでは、私が今度造った自慢の家を見てもらうことにしましょうか。
まだ、工事中ですから、車を止める所がありませんので、私の車で行くことにしましょう」とご主人。
価格についてのお話が、全くないままに、立ちあがってしまわれます。
慌たて私が、「支払い条件や、価格については、先般申し上げた通りでよろしいのでしょうか」と申しますと、
「それについては、また後で。何しろ、これらの絵が私の家に、本当に合っているかどうかを見てもらうのが先決ですから」とご主人。
「それでは、ひとまず、この絵、片付けさせていただきます」また家を見させてもらってから、価格については相談ということにしましょう」といってお店の壁に立てかけて置いた絵を、収め始めました。
すると御主人は、「今、私の車をとってきますから、その間に絵は片付けておいてください。
こんな場所ですし、まさかこんな所に名画があるなんて誰も思いませんから、そのまま箱にしまって置かれるだけ充分ですよ」と言われます。
「エッ、他にも駐車場があるのですか」と不審そうに聞き返した私に、
「前が狭いでしょう。だから私の車は、この家の裏のスーパーの駐車場にいつも停めさせてもらっているんですよ」という答えが返ってきました。
数分も経たないうちに、車を持ってこられたご主人は、まだモタモタと絵を片づけている私を見て、
「こんな家に、そんな高価な絵が置いてあるなんて、誰も、思いもつきませんから、箱に入れたら、そこらに積んで置かれても大丈夫ですよ」
「さあ、早速まいりましょう。私の自慢の家を、まず見てやってください」と急き立てられます。
「でも不用心ですから、せめて車の中に入れるだけでも、させてもらおうと思いますが」と申しますと、
「心配いらん、そんなもの。もし何かあったら、その時は、そんなもん位、なんとかしてやるわ」と突然不愉快そうに、ぞんざいな口調で、吐き捨てるように言われます。先ほどまでとは、打って変わっての口調と態度は、なんといえず不気味です。
しかしその時は、まだ買って頂けるものと言う一縷の希望（いちるの希望：わずかな希望）を持っていましたから、客相手の商売の悲しさ、そこまで言われると、これから何千万円もの絵を買ってくれるかもしれないと言うお客様の言葉には逆らえません。
慌てて絵を片づけると、応接セットのテーブルの上に積み上げ、後ろ髪を引かれる思いで、彼に従って家を出ました。
でも、その時閉められた、その扉のキーのあまりのチャチさに、再び、チクリとかすかな不安が胸を過ぎり（よぎり）ました。
何しろ、そのキーは、ヘアピン一本もあれば、簡単に開ける事が出来そうな、昔の安アパートの、引き戸用のドア・キーでしかありませんでしたから。

その１１

ご主人は、相変わらず饒舌で、車に乗るとすぐから、自分の今度の家が、いかに素晴らしいかと言う事について、語り続けられます。
それもあってか、その話を聞いているうちに、その時感じた不安は、直ぐに、消えてしまいました。
車で走る事約２０分、私たちは、市街地を走り抜けたところにある、新興の住宅地へとやってまいりました。
私達の行った先は、狭い敷地に、比較的小さな住宅だとか、アパートの立ち並ぶ、住宅地の一角にありました。車がやっと擦違える（すれちがえる）程度の道路脇に、建て坪４０坪ほどの平屋建てプレハブ住宅が建っていましたが、その家の裏手、道路からやや奥まった所に、目的の家は建てられておりました。
まだ工事中だとかで、その家に入る為の取り付け道路も完成していません。
やむなく私達は、道路を挟んで反対側にある２階建アパートの駐車場を一時使わせてもらって、そこに停めさせてもらいました。
建物は鉄筋２階建、入り母屋式の赤褐色の屋根と、煉瓦タイル貼りの外壁を持った、和洋折衷様式の造りで、建物の前面の敷地に立って眺めると、建物の右端にある銅がね色（あかがね色）に輝く金属製玄関ドアの色ともマッチして、どこかの博物館かと見紛う（みまがう）ばかりの重厚さです。
家の中は、一階部分は、和式の造りで、二つの広い和室、納戸、下足置き場、ルーム・イン・クローゼット、洗面、浴場、化粧室、そしてユーティリティ等の各部屋からなり、
二階部分は、洋式の造りで、２階南面の殆どを占める４０畳もあろうかと言う大きなダイニングキッチンで占められ、他は二つの子供部屋、洗面、化粧室、納戸などが造られております。
そしてそれらの部屋の内装や、備え付け家具、扉には、オニックス、イタリア産の大理石、黒曜石、花崗岩等の石材や、イタリア製のタイル、四方無節、無垢の檜材や無垢の杉板、柘植貼り合板等の木材や、高価な壁紙等が、床や、和室の天井、柱、長押、敷居、廊下、各部屋の扉、造り付け家具などに、惜しげも無くふんだんに使われており、各部屋の豪華さと素晴らしさとには、目を瞠る（みはる）ばかりです。
特に素晴らしかったのは、大きな、ダイニングキッチンでした。
天井は高く、中央に向かって弓なりにへこみ、南側全面を占めるガラス窓は、床上から、天井近くまで開口していて、とても明るく、広々としております。壁面や天井は、色違いの壁紙が夫々（それぞれ）貼られておりましたが、その壁紙はとても豪華で、白系統の地に金糸、銀糸が織り込まれた、劇場の緞帳（どんちょう：舞台にある客席から舞台を隠す為の幕）のような西陣織の布地が使われております。
そしてそれが、薄い黄土色のオニックス大理石の床とも相まって、絢爛豪華でありながら、そのくせゆったりとした、寛ぎ（くつろぎ）をあたえてくれる部屋となっております。
ご主人は建材についての知識が、とても豊富な方のようで、これらの建築材料はすべて、ご主人自身が探してきて、自分で交渉して買い入れてこられたものだとの事でした。

その１２

ご主人は、部屋を回りながら、「ここはあの絵を、ここにはこの絵を」と、とても楽しそうに語られます。
また今後とも、今後絵を買う時は、貴方の所で一括購入する心算であると、何度も何度も繰り返して言ってくださいました。しかし私は、そんな話は買う人が良く口にする言葉で、値切る為の口実ないしはリップサービスにすぎない事は、分かっておりますから、真に受ける事はありませんでした。
それどころか、家の中を見て歩き、ご主人の自慢話を聞いているうちに、商いの相手としては、とても手ごわい人で、一筋縄ではいかないだろうと思えてきて憂鬱になってまいりました。
もしかしたら、購入に当たっては、とんでもない条件を付けてこられるのではないかと思え、その時点で、半分、売るのを諦めておりました。
なにしろ、これらの建材を購入された時も、相手の金銭的な弱みに付け込んで、随分買い叩いてこられたような口ぶりでしたから。
さらに気になったのは、建物の殆どが完成しているにもかかわらず、あちらこちらに、やり残しや、未完成な所がある事でした。
御主人の話では、「気に入らない所を、やり直しをさせているのだ」との事でしたが、それにしては、どこもかしこも、綺麗に片づけられてしまっていて、どこにも、そして何も、建材も道具も置かれていませんでした。
業者との間に、何らかのトラブルがあって、工事が中断されているような感じです。
仮に、そうでなかったとしても、こんなに沢山の“直し”を平然と出されるような、気難しい方が相手では、迂闊（うかつ）に商売はできないとも思いました。
今迄の経験では、そういうお客様は、ご購入下さった後、なんやかんやとイチャモンをつけてこられて、値引きを要求してこられたり、返品してこられたり、お金を払って下さらなくてトラブルとなったりしたことが間々あったものですから。
しかし、そうだからと言って、相手の求めてきた助言に対して、いい加減の事を言ったり、したりしたわけではありません。
私は、私の感性に従って、（それは、私の独善と偏見に基づくものだったかもしれませんが、）商売を離れ、絵を扱うものとして、後から自分で自分を恥ずかしく思わなくてもよいよう、誠実に対応はしました。
例えば、リビングキッチンの大きいほうの壁面には（そこは窓の反対側の面でしたが）、そこは家族が生活する場だから、色や、絵柄が、あまりけばけばしくなく、今ご主人が思っていらっしゃるような絵をかけられるより、もっと落ち着いた感じの絵を飾るとか、書のような余白を生かした美術品を飾った方が良いのではないかとか、もしどうしても大きな絵と言う事でしたら、壁面の広さとの釣り合いから、（私の画廊では持っていないにもかかわらず）もう少し大きめ、２００号くらいの大きさの絵で、落ち着いた感じの絵を選ばれた方が良いのではないかとか、絹谷先生の絵がお好きで、どうしてもこの部屋に一枚飾りたいとおっしゃるのでしたら、その壁面とは別の、入り口側、東面の壁面スペースに、８号ほどの大きさの絹谷先生の絵をお飾りになっては、と言うように、各スペース、各部屋の大きさ、造り、飾る場所に合わせて、ご主人の好みも加味しながら、自分の所の持ち物に拘らず（かかわらず）、その場所に最も好ましいと思われる絵を推奨しました。

次回へ続く
</description>
         <link>http://column.oida-art.com/archives/2012/03/#001179</link>
         <guid>http://column.oida-art.com/archives/2012/03/#001179</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Tue, 13 Mar 2012 18:35:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>No.143　虎穴に入っては獲た（えた）ものは？その２</title>
         <description>このお話はフィクションです。万一、似たようなところがありましても、偶然の一致で実在の人物、実在の建物、実際にあった事件とは全く関係ありません。

その５

「そうかねー。それではそうする事にするか。では先ほど頼んだ絵の方だけで良いから、ひとまず持ってきて」
「こんな事、誠に申し上げ難いのですが、お支払いの方はどのようにお考えでしょうか。
私どもとしましては、お取引は、カード支払いか、現金決済と言う事になっておりますが。
「分かった。それくらいのお金は何時（いつ）でも準備してあるから、大丈夫」
「で、何時頃来てくれるの？うちの方は次の日曜日、１３日が都合がよいのだけど」
「エッ、そんな日に。急にそんなこと言われましても。その日は、私どもの休日に当たっていまして、従業員が一人もいません。
しかも従業員達は、皆、夫々（それぞれ）、予定が組んでしまってあって、その日は、どうしても出られないと言っている日でございます。
出来ましたら、別に日にしていただきたいのですが」
「そうかね、残念だね。私も忙しい身でしてねー。その日を逃すと、後は、なかなか都合が付く日がなくて。でも、そのように言われてしまいますと、お宅にも都合がおありでしょうから、まあ、仕方がないですね。ではまたこの次、機会がありましたらと言う事にして、今回は諦めますわ」と言って話を打ち切ろうとされます。

その６

これには私もまいりましたね。
この話しぶりからすれば、価格を折り合いさえすれば、絶対に買って頂けると思われました。
しかもその価格の方も、作品を見て気に入っていただきさえすれば、最初に言われたような、無茶な価格まで下げなくても、こちらの希望も入れた価格で、なんとか、折り合いをつけて下さりそうな話しぶりです。（商人（あきんど）と言うものは、とかく商いの事になると、希望的観測を持ってしまいがちなものです）
私は慌てて、
「もしもし、ちょっとお持ちください。
その日、従業員達は夫々、どうしても抜けられない用事があるとかで、どうしても出られないと申しますから、連れていくわけにはまいりませんが、私の方は、その日、空いております。ですから、私だけで伺わせていただく事にしますが、それでもよろしいでしょうか。
ただ、私一人だと、あれだけ沢山の絵を、壁にかけたり、外したりがし難いので、できましたら従業員も一緒に行ける日をと思ったのでございます」と申しました。
すると
「あなた一人で構いませんよ。家のほうが、まだ完全に出来あがっていると言う状態ではありません。ですから、私の方としましても、そんな事迄していただこうとは思っておりませんから」
「そうですか。勝手ばかり言って、申し訳ありません。それではそういう事で１３日、お伺いさせていただきます」
「で、何時頃お出でになりますか」
「車でと言う事になりますと、こちらまでは、随分とありますから、着くのは、１時半ごろになるかと思いますが」
「そうですか。残念ですね。出来ましたら、絵のお話をお聞かせいただきながら、お昼、御一緒にと楽しみにしておりましたのに」
「それは、それは、申し訳ありませんね。でも非常に距離もございますので、ちょっとお昼までに、そちらに着くのは難しいと思います。ですから一緒のお食事は、またこの次と言う事にさせていただき、今回は私、途中で簡単に済ませてから、お伺いさせていただきますので、よろしくお願いします」

その７

翌朝、念の為に、教えて下さった電話の住所に本当にお店があるかどうか、電話帳で確認すると同時に、そのお店が、その電話番号の所に、今もあるかどうかを確認するために、電話してみました。
すると２、３回の呼び出し音の後、先ほどのご主人が出られました。
「先日は済みませんでした。所で、先日、聞きそびれましたが、お土産に、東京の何か珍しいお菓子でも持って行こうと思うのですが、何かご希望でもおありですか」
「そんな心配、してもらわなくても」
「いえいえ、初めてお会いするわけですから、お近付きの印に、何かと思っております。
どうせ持って上がるのでしたら、お宅のお好きでないものを持って上がりましても、御迷惑になるばかりでしょ。ですから、どうか遠慮なくおっしゃってください」
「では、お言葉に甘えて遠慮なく言わせてもらえば，最近グーテ・デ・ロアとかというお菓子が、並ばないと買えないほどに流行っていると聞いたから、それがありがたいかな」
「かしこまりました。ではそういうことで」

その８

「福島までは遠かったねー。高速道路は思ったより空いていて、スイスイだったけど、なにしろ距離がありますでしょ。随分時間も掛かりました。
でも、期待に胸を膨らましていた私にとっては、そんな事、全く苦にはなりませんでしたけどね。
お昼も、お握りを車の中で食べるくらいにして済ませ、鼻歌気分で、只管（ひたすら）、車を走らせました。
市内の震災被害状況は、思ったより小さく、外見的には、あまり大した被害がないと言っても良いような家が殆どでした。そうはいっても、少し傾いているとか、屋根が壊れ、青い防水シートがかけられている家だとか、窓ガラス、壁などといった一部が破損している家等は、かなりありましたけどね。
お客様ご指定の場所に到着したのは、１時半ちょっと前でした。
行った先は、福島市の中心街から、少し外れた住宅街の中を走る、寂れた感じの商店街通り沿いにある、中古車販売業者の小さなお店でした。
ご主人は、私の行くのを、待ちかねていらっしゃったようで、店の前の駐車場に車を止めていると、すぐお店から出てこられました。
出迎えて下さったご主人は朴訥(ぼくとつ)そうな感じの、６０歳前後の男性です。
「お遠い所、よく来て下さいました。さぞ、お草臥れ（くたびれ）になったでしょう。まずは、中に入ってお休みください」と店の中に招き入れてくださいました。
一般には、自動車販売業者にとっての日曜日というのは、家族連れで来店される方が多い、書き入れ時です。
従ってその日を休みとされている店と言う話は、あまり聞いた事がありません。
しかし行った先のその店は、日曜日休みなのか、従業員がいらっしゃらないのか、店の中は、御主人一人きりで、他に人の姿は見当たりませんでした。
ご主人が、自ら出して下さったコーヒーは、インスタントコーヒーでした。その上コーヒーカップは、国産の、色使いや、模様がけばけばしい感じの伊万里（伊万里焼の磁器の意）で、このお店の雰囲気には、馴染まず、違和感があります。
お店は、建て坪４０坪前後の平屋建てで、前面が総ガラス張りとなっております。しかし窓枠のアルミサッシは細く、全体としてチャチな感じで、重厚さがありません。仮設店舗に毛が生えた程度といった建物です。
お店の中は、入り口を、やや入った所にカウンターがあり、それが店の半分を占めております。カウンター横には、土間が広がっていますが、カウンターの上も、カウンターの内側も外側も、段ボール箱だとか、小さな棚などといった、いろいろな物が雑然と置かれています。
入口を入った所、右手には安物の、メラミン板張り、アルミ脚の台が置かれ、その上に横幅２メートルほどの水槽が置かれておりました。
しかしその水槽の中は、緑色の藻が繁殖していて、何がいるのか分からないほど濁っていました。
もう何年もの間、手入れされていないに違いありません。
カウンター右側の、土間の片隅には、震災後配られたと見える、ポリ袋入りの飲料水が、渦高く積み上げられておりました。
またカウンター横の土間を殆ど独占するかのように、やや使い古された感じの、深紅の椅子、ガラスの天板の応接セットが並べられていました。
しかし箱だとか、シーツ、紐、物置台などといった物が、回りに雑然と置かれている真ん中に、土間に直に置かれた、その応接セットは、何ともちぐはぐで、違和感があります。
一目見た感じでは、店じまいした後の店舗のようです。本当にここで御商売をなさっているのだろうかなと疑わしい感じです。
店の前面にある駐車場も、６台置ける程度の広さです。しかしそこには、売値の表示もない２台ほどの国産自動車が停められていただけで、売りものらしい中古車の姿は見当たりません。
○○自動車と言う古ぼけた感じの建て看板がなければ、ここが中古自動車販売業者のお店だとは、到底思えないような有様です。

次回へ続く
</description>
         <link>http://column.oida-art.com/archives/2012/02/#001166</link>
         <guid>http://column.oida-art.com/archives/2012/02/#001166</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Mon, 27 Feb 2012 15:16:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>No.142　虎穴に入っては獲た（えた）ものは？その１</title>
         <description>このお話はフィクションです。万一、似たようなところがありましても、偶然の一致で実在の人物、実在の建物、実際にあった事件とは全く関係ありません。

その１　始めに

５月に入ったある朝、親しくしていただいているT画廊をお訪ねした時の事です。
ご主人、なんだか難しい顔をして、新聞に見入っていらっしゃいます。
「どうしたの、難しそうな顔をして。またなんか大事件のニュースでも載っていた？」
「いや、そんな事は無いけど。ここ、ここを見ていたんだよ、青ちゃん」と見せて下さったのが、三面記事のページ。
でもそこに載っているのは、別段目新しい所もない、日頃見慣れた、ありふれた記事ばかりです・
「どれ、何。どれの事。何処にも、そんな大して目を惹くニュースなんか、載ってないけど」
「青ちゃん。ここ、ここ、ここのところ」と指さされた所にあるのは、１段、１１列ほどの、虫眼鏡でも持って来なければ気付かないほどの、小さなベタ記事。
「震災地で、車上荒らし　宝石商盗難」の見出しも、普通の記事の活字と同じ大きさで、それがやや太くなり、そしてその活字間隔がやや空いている程度です。
記事の内容も、「２８日（金）午後２時３０分ごろ、福島市春日町の路上に駐車してあった、宝石商A氏の車の中から、宝石、貴金属装飾品入りのカバンが盗まれた。被害総額１，８００万円。なお当地方においては、類似の窃盗事件が頻発しており、捜査当局は、厳重注意を呼び掛けている」といった程度で、特に目新しい所も無く、どう考えても、紙面の空欄埋め合わせ用といった取り扱いの記事です。
「この記事に何か問題でもあるの？ただ宝石商が福島で盗難にあったと言うだけの話じゃないの？」
「それとも、このＡ氏と何か関係でもあるの？例えば身内だとか、お得意さんだったとか」
「いや、全く関係ないけど」
「只ね。私の知っているヴィラ―ジュ画廊のCが、震災後に、あの地方まで出かけていったあげく、絵を盗られたらしいという噂話を思い出してね。やはりあちらの方は物騒なんだなと思って」
「えっそうなの。でもそんな記事載っていたかしら。全然気付かなかったけど」
「新聞記事なんて、その日あった事件全部が載っている訳じゃないんだぜ。編集の時、その日、もっと載せたいと思う記事が沢山あると、画商が絵を盗られた程度の話は、よほど大きな被害でもない限り、ボツになって、載らないのが普通だよ」
「へー、で、Cさん、いくらくらいやられたの」
「それがね、何でも３,０００万円ちょっとくらい、やられたらしいんだよ」
「そりゃー大変だ。でもまさかそれだけの絵画を、何の当ても無い所へ、一人でもって行った訳じゃないでしょ」
「そう、確かに、絵を買いたいから見せてくれと言う注文があったから行ったんだよ。ただ、その日、たまたま日曜日だったものだから、従業員も連れないで、一人で行ったのがいけなかったみたい」
「Aさんにしても、Cさんにしても、馬鹿だねー。ああいう大災害の後というのは、捜査当局も手薄になっているため、盗難も多発するものなのにね。そんな時に、そんな所へ、高額の品物をもっていったなんて、それもたった一人で。
それって、泥棒に、『どうぞ、持って行って下さい』といっているようなものじゃないの」
「大体にして、今時、福島県で、絵だとか、宝石などといった不要不急の高額商品が、本当に売れると思ったのかしら？
もともと過疎化の傾向を強く受けている所へあの大災害、そしてさらにそれに追い打ちをかけるかのような原発事故でしょ。
これから以降、あの地方は、当分駄目よ。人は出て行ってしまうわ、若い人は戻ってこないわで、町だって寂れていく一方だと思うよ。
そんな所に住んでいる人が、今、絵や宝石を買おうと思うかしら。普通の感覚の人なら、先行きが心配だから、いくら金持ちだって、美術品だとか、貴金属なんかに、今は目もくれないと思わない？」
「うーん。冷静に考えれば、それはそうだけどねー。でも復興需要を当て込んでかもしれないじゃん」「そんな起こるか起こらないか分からないような景気を当てにして、今さしあたって必要もない、美術品のようなものを先買いする人って、本当にいると思う？私にはそんな人がいるとは、とても思えないけど」と言った所で、ちょうどお客様がいらっしゃったので、その日は、そこで話は打ち切りとなってしまいました。

その２

それから１０日位後、先日の話が気にかかった私は、再び、あのT画廊を訪ねました。
Tさんは５０歳代半ば、東京都心、銀座に画廊を構え、３０年余もの間、絵画の販売に携わってこられている、大ベテランの画商です。
従って、知己も多く、いろいろな経験も積んでいらっしゃいますから、この道の事は、とても詳しい方です。
話題も多く、この業界で起こっている情報にも通じていらっしゃって、いつも面白おかしくそれを伝えて下さいます。
だから私など、大フアンで、話を聞きたくて、折にふれては彼の下を訪れております。
その日も、Tさんは、私の顔を見るなり、切り出されました。
「この間、青ちゃんはさー、『こんな時に福島なんかに絵を売りに行くなんて、馬鹿と違う』と言うような事言ったでしょ」
「あれ、そんな事言いましたっけ。ごめん。でもそれ、言葉の綾で言っただけで、別にCさんの事を貶した（けなす）わけじゃないのよ。こんな事が、Cさんに知られたら大変だから、頼むね」
「分かっているよ。そんな事、人に言うはずないから、別に気にしなくても大丈夫」
「あれから私も、よく考えてみたんだけど、貴女の言う通りだと思うよ。こんな時期に、そんな所へ、高額な絵を一杯、持って行ったなんて、しかも一人でね。それって、どう考えてもおかしな話だもの。
Cって、昔から、わりと慎重な奴なんだぜ。
そのCの奴が、どういう経緯（いきさつ）で、こんな時期に、福島県まで、行く気になったのかとか、どのようにして、そんなに沢山の絵画を盗られることになったのか、不思議でしょうがないんだよね」
「この不景気でしょ。その上震災でしょ。絵も、最近ではあまり売れないから、高額な絵を買ってやろうと言う話が舞い込んできたら、それがどんな場所からの話であろうと、それに乗ってみようかなと思った所までは理解できない事は無いよ。
でもそんな場所へ、たった一人で、出かけて行った事とか、どのようにして、そんな沢山の絵を一度に盗られてしまったのかといった点がどうも分からないのだよねー」
「それでこの間、たまたま交換会（画商だけのオークションのような所）に行った時、Cが来ていたから、どうしてそのような事が起こったのか、その経緯を聞いてみたんだよ」

その３

「ああ、あの話、それ誰から聞いたの。実はその話、あんまり人に知られたくないんだけどなー」とC。
しかしCは、いかにも困ったと言う顔をしております。
「でも、そんなこといっても、もう手遅れだよ。人の不幸は蜜の味とばかり、皆、尾ひれをつけて噂をしているもの。こうなればもう、変に曲がりくねって人に伝わっていくより、きちんとした話が拡がった方がいいんじゃないの」と私が言いますと
「そうかねー。それにしてもDの奴め、口が軽いんだから。あいつに、ちらっと相談したのが間違いだったなー」
「あんたにまで伝わっていると言う事は、もうかなりの人に知られてしまっているんだろうなー。
仕方がないからあんたには話すけど、ここだけの話にして。人には、あまりいわないでくれる？」と言いながら，Ｃはしぶしぶ話し始めてくれました。

その４

画商C氏の話。
あれは震災から２か月くらい経った時のことでした。５月の連休も過ぎた、次の週の金曜日、福島市内の中古車販売業者と称する人から電話がありました。
「２年くらい前から造っていた家がやっと完成する事になりましてね。だから、各部屋に飾る絵を探しているところです。
いろいろな業者さんから、お話は来ているのですが、私としては、どうせ買うのでしたら、東京の一流画廊から、一流の作品を買いたいと思いまして。
そこであちらこちらのホームページを覗いていましたら、たまたまお宅のホームページ見付けました。
さすが銀座の画廊さんは違いますねー。
私が、かねがね手に入れたいと思っていた様な、とても素晴らしい作品ばかりをもってらっしゃいますもの。
そこで、価格次第ですが、出来たら、今度造った家に飾る絵全部を、お宅に任せようと思っている所です。
お宅に来てもらって、私の買おうと思っている絵が各部屋に合うかどうか見てもらってから、決めようとは思っています。所で、ホームページに載っている、千住博の１５０号のウォーターホール、絹谷幸二の１５０号の富士山と太陽を画いた絵、２０号の菊、富士山と、太陽が描かれている３号と４号、ベルナール・ビュッフエの１５号花、東山魁夷の白馬の森、これは版画だったとおもいますが、それらの絵、夫々（それぞれ）いくらくらいのものですか」
というお話でした。
不景気な今時、こんな良い話、滅多にありません。私、嬉しさのあまり、有頂天になってしまいました。その為、その時点で冷静な判断力を失ってしまったようです。
私は早速、「この絵はこれくらい、この絵はこれくらいの価格でお願いしたいのですが」と夫々の価格を提示しました。
すると、電話の主は、「フーン、ちょっと高過ぎだよ。もう少し何とかしてもらえないかね。こんなに沢山の絵を、一度に買うと言っているのだから」
「大体、こんな時期でしょ。絵なんかあまり売れてないんじゃないの。
あんたの所のホームページ見ていても、もう３カ月も同じ絵が並んでいますよ。この際在庫整理だと思って、思い切って勉強してよ」
「で、お宅のお心算では、いくらくらいをお望みですか」
「そうだねー。大体お宅の提示価格の半分くらいかな」
「えっ、そんな無茶な。いくらなんでもそれは無理ですよ。どんなものにも原価と言うものがあります。それを切って売っていたのでは、お店は潰れてしまいますからね。
うち、今のところ、そんなに慌てて売らなければならないほど、困っていませんし」
「所で、貴方の所の絹谷、１５０号の絵、あれって、本物？
ちょっとサインが違うとおもうんだけど」
「大丈夫です。間違いありません。買った後、先生に確かめてありますから」
「だったら、保証書か、鑑定書がつくの？」
「いいえ、絹谷先生の場合は、作家による保証書も、鑑定書もつきません。しかしあの絵は、先生がまだ若かった時、ある展覧会へ出品された、記念すべき作品だったと言う事です。
購入した時、あの絵を先生にお見せした所、先生、とても懐かしがってくださいまして、その時のお話をしてくださいました」ご心配でしたら、先生を御紹介いたしますから、直接先生に聞いていただいてもかまいませんが」
「と言う事は、先生が若い時の作と言う事？だったら、円熟した時代の作品より多少市場価値が低いのと違う？」
「必ずしもそうとばかりは言えません。しかし、あの作品の場合は、その点も考慮して、多少お勉強した価格設定にはしてありますが」
「しかしこの作品は、絹谷先生が展覧会に出された時の、記念すべき作品です。そういった意味では、コレクターによっては、若作であっても、高い価値を認める場合もあります。その場合は、思わぬ高値で取引される事もある作品です」
「フーン、そうかなー。私には、もっとお勉強してもらっても良いように思う作品だけど。まあいずれにしても、その絵か、千住のウォーターホール１５０号か、どちらかの絵を、家のリビングに飾るつもりなんだけど、それも一緒に、持ってきて。
今度の家に、どちらが合うか，貴方にも、見てもらってから決めたいと思うから」
「お客様、申し訳ありませんが、１５０号の絵ともなりますと、大き過ぎまして、簡単に車で、持ち歩くという訳にはまいりません。
今回は、他のご購入予定の作品の方をまずお持ちいたしますから、その時、お宅も拝見させていただき、やはりどちらかをご購入下さると言うことでしたら、持参させていただきたいと思うのですが、それでは駄目でしょうか。
なお、お値段の方は、お宅のおっしゃるような金額まで、下げる事はできません。出来る限り、お勉強はさせていただく心算ですが」

次回へ続く
</description>
         <link>http://column.oida-art.com/archives/2012/02/#001162</link>
         <guid>http://column.oida-art.com/archives/2012/02/#001162</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Wed, 22 Feb 2012 15:44:52 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>No.141　電気自動車って本当に経済的なの？環境に優しいの？</title>
         <description><![CDATA[閑話休題

今連載中の「虎穴に入っては・・・」の続編は、数日後に掲載させていただく積りですが、その前に、幕間として、電気自動車についてのお話を載せさせていただきましたので、一息ついてお楽しみください

１）始めに
こういうお話は、計算の基礎となる数値が、前提条件によって、異なります。
従って選択されている数値は、計算する側の人間の立場によって、恣意的に操作される可能性もあり、政府当局者だとか、電気自動車の研究、生産、販売に関わっている人達、電気自動車の普及に努力していらっしゃる方々といった人達のお話には、百パーセント信頼できないものもおみかけします。
そうは申しましても、車についての知識も持たず、化石燃料等の燃焼によって生ずる、炭酸ガス排出量についての、独自のデータも持ちあわせていない素人の私の話などに、どれほどの信憑性があるかと言われれば、これ又反論のしようがありません。
何しろ本文は、パソコンから拾ってきた、僅かなデータに、車については素人にすぎない私の、私なりの考察を加えて、値を割り出し、それをもとにして、導き出したものにすぎませんから。
従って、本文は、今現在、電気自動車の購入を考えていらっしゃる方々への、一つの参考意見の提供程度のものと考えていただいた方が無難かもしれません。
なお、本文は、電気自動車を推進する立場でも、電気自動屋に反対の立場でもない、一消費者の、中立的な立場に立っての意見ではあります。

２）電気自動車は、ガソリン車より経済的に優位か
　<strong>①１キロメートル走行するに要する電気自動車の電気料金</strong>
　　1kwh当たりの電気料金については、
　　イ：電力会社によって異なります。
ロ：利用する電気の時間帯によって異なります。
即ち深夜電力を利用するか否かによっても異なります。
　　それに、基本料金だとか、燃料調整金の加算、使用量の増加による加算等を勘案
　　する必要がありますから、一つの数字で正確に表す事は出来ません。
　　したがって、凡（おおよそ）その値しか出す事ができませんが、
以下のような数値が妥当ではないかと考えます。
（24年2月現在　　中部電力の場合）
一般従量電力利用：（深夜料金契約無）2４円～2４.5円/kwh
　　深夜料金の利用　：　　　　　　　　　9円～9.5円/kwh
註：甘めに見て、これ以降の計算には24円/kwhと 9/kwh の数字を採用してある
ハ；電気料金は原子力発電所の再稼働無しの場合、今後大幅アップの可能性がある
ニ：電池容量：、24kwh（日産リーフの場合）
ホ：一回充電時の料金=深夜料金でない場合・・24×24=576円（24円/kwhとして）
　　　　　　　　　　　深夜料金を利用時・・・9.×24=216円（9円/kwhとした時）
ヘ：一回の充電で走る事が出来る距離
走り方、スピード、道の状態にもよりますが大体100～120キロメートル
ト：<strong>従って1キロメートル走行するための費用=1.8円～2.2円（深夜料金のみ利用時）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　ないし＝4.8円～5.8円（一般従量電力使用時）</strong>
　<strong>②電池の料金</strong>
　現在の所電気自動車に使われる電池の料金は非常に高額で
　5～10万円/kwh と言われております。（最近は量産効果が出て5万円/kwh位とかなおごく最近の情報では、3万円/kwh の韓国製、製品が出てくるとも言われています。）
　なお電池の寿命は、現在の所、せいぜい　1000回から1500回といわれています。
　従ってそれも走行するのに要するコストとして計算に組み入れる必要があります。
今回の計算では、電池の代金を５万円/kwh、充電回数には、最大回数である、1500回をもちいてあります。
すると、走行距離１km当りに要する電池のコストは
（50000×24）÷（1500×100ないしは120）=8　ないし6,7円/走行距離km
<strong>③よって、電気自動車の走行1km当たりのコストは
1.8～2.2 +6.7= 8.5～8.9円（全てを、深夜料金利用時）1充電で120km走行時
ないし・・・+8＝9.8～16.9円　（同上）　　   100kmしか走行出来ない場合
4.8～5.8 +6.7= 11.5～12.5円（全て、一般従量電力利用時）120km走行時
　ないし      19.5～20.5円　　100kmしか走行しない場合</strong>
註１：ガソリン車でも、バッテリーは使っていますが、価格が定額で、走行
　　　時のコストに影響を及ぼすほどではないので省略してあります。
註2：電池以外の車体コストの走行１km当たりのコストについては、
　　　電気自動車と、ガソリン車の間に、さほど差がないものと仮定して
　　　本計算においては、省略しました。
またエンジンオイルのコストについては、ガソリン車の場合、電気自動車より余計にかかる可能性は強い。
しかしそれについてのデーターの持ち合わせがなかったので
それに代わるものとして、ガソリンの価格を実勢価格より
2～3円/Ｌ高く見積もりました。
註3：1kwh走行に要するコストは家庭に急速充電器を設置すると、非常に高くな
ります。一説には設置費用は200万円くらいかかるとも言われております。
2kwのコンセントを新設すれば充電に時間はかかるが、可能ではあるとの由につき、これも計算にいれなかった。なおその代わり、もっとも安価な深夜短時間特別割引は使えません。
註4：市中での充電については、現在普及期間中故、無料ないしは一回100円程の低料金となっております。しかし普及してくると有料となります。
その場合、政府の補助の程度がどれくらいあるかによって変わりますが、それが無かった場合は、スタンドの設備費、維持費、そしてスタンド側の利益が上乗せされますから、かなりの高額になる可能性があります。
　一説では電気料金の数倍はとらないと引き合わないとも言われております。
　　<strong>④ガソリン車が1km走行するのにかかるコスト</strong>
　　走行する場所（市内か市街か、坂道が多いか平坦か、舗装道路か否かなどなど走行の仕方（経済速度での走行か否か、アクセルとブレーキの頻用度など）によって異なります。
　　一応日産リーフと同程度のガソリン車を対象にして考えますに、
　　ガソリン1リットル当たりの走行距離は、13から15キロくらいと言われております。現在ガソリン代金は、137円～138円/L・・・エンジンオイル代金を勘案し、ここでは140円/Lとしますと（24年2月20日の価格）
<strong>　　ガソリン車が1km 走行するのに要する費用は
　140÷13～15=10.7（13km/L走行時）～9.3 円/km （15km/ガソリン1Lの走行時  ）
⑤ 以上の計算から、深夜料金のみを使った場合</strong>
イ）走行の場所、走行の仕方によっては電気自動車の方が、やや低料金
　で走行できる可能性はある。
ロ）しかし、ガソリン車においても、その経済速度での走行を行った場合、
<strong>電気自動車との差は僅かでしかない。</strong>
ハ）<strong>一般従量電力での充電を混用すると、数回それを行っただけで、
殆ど差がなくなるどころか、
場合によっては、電気自動車の方がむしろ走行距離当たりのコストは
高くなる場合も少なからずある。
何の補助もない市中の急速充電装置を使わねばならなくなった場合は、
ガソリン車より、かなり高額となる可能性もある。</strong>
註①：なお電気料金、ガソリン価格とも、現在非常に流動的で、今後かなり
上昇していくものとおもわれます
註②：蓄電池の性能、価格は今後急速に向上、低下すると思われるので
電気自動車１km 走行距離当たりのコストも急速に低下する可能性が大であ
る。その数値によっては、電気自動車の優位性は高まる。

<strong>３）炭酸ガス排出量の比較</strong>
　①電気自動車の場合
一般に電力、単位kwh当たりの炭酸ガス排泄量は
その発電が依存するエネルギー源、すなわち、水力か、火力か（天然ガス、石炭、石油等の化石燃料）原子力か、風力か、太陽光かなどによって大きく異なります。
その為、その値は、電力会社によって大きく異なっております。
東北大震災以降、各電力会社とも、原子力発電への依存度は大きく減少しておりますから、現在、各電力会社の1kw発電当たりの炭酸ガスを排出量はかなり増加していると
思われますが、そのデータは、今の所みつかりませんでした。
なお、東北大震災前のデータによりますと、東京電力は384グラム/KWH、中部電力474グラムＫＷＨ、沖縄電力931グラムKWHでした。
この数値から推定しますに、原子力による発電が殆ど見込めない現在では、その数値は沖縄並かそれ以上の値、即ち、900gr/kwh以上となっている可能性が強いと思われます。
今後の原子力発電の幾許かの再開だとか、また風力、太陽光発電といった自然エネルギーの増加をおり込み、中部電力並の炭酸ガス排出量と仮定して（実際はおそらくもっと多くなると思われますが）計算しますに、
（註：政府のエネルギー政策の行方がわからない今日では、非常に大胆な推理によるものなので、この数値は大きく変わる可能性があります）
<strong>走行距離　1km当たりの炭酸ガス排出量は
24×474÷100～120=113.7～94.8グラム</strong>である
仮に原子力発電が殆ど利用できず、自然エネルギーの利用も殆ど進まなかった場合は、
<strong>沖縄並</strong>の930を考えざるを得ませんが、そうなりますと
<strong>電気自動車　走行距離　１km当たりの炭酸ガス排出量は
　24×930÷100～120＝223.2～186グラムとなる</strong>
②ガソリン車の場合
  ガソリン１リットル当たりの炭酸ガス排出量は2300グラム
従って<strong>ガソリン車、走行距離１km当たりの炭酸ガス排出量は
　　2300÷13～15=176.9～153.3gr/km</strong>
以上から考えられる事は、炭酸ガスの排出量に関しては、政府のエネルギー政策に関係する所が大で、非常に流動的であり、原子力発電が止められたままの、現在の段階では、電気自動車の方が必ずしも環境に優しいとは言いきれない事を表しております。
 なお、電気自動車の排気ガスが零であるかのような錯覚を起こさせるような文言を時々見聞いたしますが、そのような事はありません。
確かに、電気自動車では、走行している際、直接排気ガスを市中に撒き散らす事はありません。
しかし<strong>電気自動車においても</strong>、その動力源である電力は、それを発電する際、今の所、化石燃料に大きく依存しています。従って、<strong>排気ガスの排出が零とは言えません</strong>。
只その排出場所を、個々の自動車ではなく、発電場所に集中させているにすぎません。
　註①：窒素酸化物、硫黄酸化物といった排気ガスに含まれる有害物質について
　　　　　　これについても考慮すべきと思われる人もいらっしゃるかもしれませんが、
最近の車においては、排気ガス対策が厳重に施されております。
又火力発電所においても、公害対策が行きとどいております。したがって、
それらについては比較の対象からはずしました。　
　註②：原子力発電所の事故におる影響については、今の所、被害額だとか、起こりうる
頻度の計算データがないので、計算のしようが無く、今回は除外してあります。
しかし東北大震災によって引き起こされた、福島における原発事故の被害の大きさと悲惨さから考えたとき、それらも考慮し、さらに、廃炉に掛かる費用、核廃棄物の処理に掛かる費用迄計算に入れた場合、原子力により発電される電気の料金は、今迄考えられていたのとは、比較にならないほど高額なものとなる可能性を否定できません。
４）結論
　　今の所、経済的にも、炭酸ガス排出量から考えても、ガソリン車に比べ、電気自動車の方が優れているとは言いきれる状態ではありません。
今後、電気自動車が、環境に優しい車として、社会に認知され、市中において見かける普通の車となっていけるのか、それとも、より環境に優しく経済的な車（たとえば、燃料電池車だとか、水素だけで走る車）が出現するまでの繋ぎで終わってしまうのかは、今の所未知数だと思います。
現在行われている電気自動車発売ブームは、より環境に優しい車を生みだし、普及させていくため、一般大衆を巻き込んで行われている社会実験の一つではないでしょうか。
だから今直ちに、電気自動車を購入しようとされている方は、そのような社会実験に積極的に参加し、ブームと言う風を背に受けながら、時代の先端を走りぬけようとしている先端技術開発の手助けをしているのだと考えてください。
そこには先端技術開発に役立っているという誇りと喜びがありますが、反面、一時のブームに煽（あお）られて、高い玩具を買わされてしまったという、苦い後悔が待っている可能性だって否定できません。
電気自動車の購入を考える際は、その事を、熟知の上、購入の可否を決めていただきたいと思っております。

終わり]]></description>
         <link>http://column.oida-art.com/archives/2012/02/#001155</link>
         <guid>http://column.oida-art.com/archives/2012/02/#001155</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Wed, 22 Feb 2012 13:58:43 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>No.140　お坊さまと白尾の狐その１１</title>
         <description>このお話はフィクションです

その３７

それから３０年くらいも経った後の事でしょうか。
巷のあちらこちらに、白尾の狐を連れて托鉢をしていらっしゃる、不思議な力を持った、一人の老僧の噂が流れるようになりました。
この老僧は時間と空間を超え、地獄だとか極楽、精霊だとか妖精、幽霊だとか妖怪等々の異世界を覗いてこられた、とても偉いお方で、この老僧に御祈祷していただくと、病人の身体に取り付いて、災厄や、病を齎して（もたらす）いる妖怪変だとか、怨霊などの類を退散させてくださるだけでなく、そいつらがもたらす災厄も未然に防いで下さると言われておりました。
また、臨終に臨んで、因果の理に則っての（のっとる）老僧のお話を聴いたものは、この世への未練、死への恐怖などの全ての悩みから解放され、心安らかにあの世へ旅立っていけるとも噂されておりました。
しかしこの老僧は、自分の過去については、一切お語りになりませんでした。
この為、この方が、何処で、どのような修行をされてきたかについては、そのありがたい言動から推察した噂が流れているだけで、誰も本当の事は知りませんでした。
それでも、時間と空間を超えた異世界について御語りになる老僧のお話が、あまりにも真に迫っていて、まるで実際に見ているような臨場感があったので、皆はその噂は、絶対に本当の事に違いないと思っておりました。

その３８

また老僧がいつも連れて歩いておられる狐についても、色々な噂が立っておりました。
その中で一番もっともらしい噂は（あくまで噂ですから、事実とは違っていましたが）、この狐は、もともとは、妖怪、九尾の狐の仲間で、この老僧に会う前は、何百年もの間、その強い妖力で、次々に人間にとりついて、人間界に仇（あだ）をなしてきた存在だったのです。
この狐が、ある時、ある国のお殿様の奥様にとり付いた時の事でした。
奥方にとりついた狐は、その殿様を誑かし（たぶらかし）その国を、国ごと乗っ取ろうとしました。
この噂を聞きつけられたこの老僧は、早速この国へ出向かれました。
そして、この妖怪狐を折伏（しゃくふく：悪をくじき、悪人を屈服させること）され、妖怪狐に苦しめられている人々をお救いになりました。
その際、前非（ぜんぴ：過去に犯した過ち）を悔いて、正道に立ち返る事を誓ったその狐を、自分の弟子とされ、仏の道へと帰依させられました。
その後、この狐は、この僧侶のお伴として、この僧侶が仏道を広められる手助けをすると共に、この僧侶が異空間への旅をされる時には、その先導役をしているというものでした。
本当のところは、こんなお話は全く出鱈目でした。紅葉尼様（このお話に出ている狐）と九尾の狐とは全く関係のないお方です。
しかし、困ったことに、巷には、「九尾の狐の血を引くものの血を飲んだり、その毛皮をみにつけた人間は、その妖力を身につけ、この世の栄光と、永遠の命を手にする事が出来る」という言い伝えがあり、当時は、多くの人達が、それを真実であると信じておりました
この為、この狐の命を狙う、けしからん輩が後を絶たず、命を狙われる危険に、いつも付き纏われる事になってしまいました。

その３９　エピローグ　Ⅰ

おばあちゃんと私の会話
「それで、その狐、どうなったの。何事もなくずっと天寿を全うするまで生きている事が出来たの？それとも人間に捕まって殺されてしまったの？」
「あの狐ね。あの狐は、お坊様は無論のこと、お坊様の信者さん達も加わり、皆で、命を狙う奴等から守ってやったそうだよ。だから殺されずに済んだということです」
「フーン、でもおかしいな。その狐、神通力を持っていたんでしょ。だったら、皆に守ってもらわなくても、自分で自分の命くらい守れるんじゃないの」
「お坊さんだってそう。時間と空間を超えての旅ができるような偉いお坊さまなら、運命だって予測できたはずでしょ。
だったら、狐の命を守ってやるくらい訳なかったんじゃないの。
また、お坊様自身だって、永遠に近い命を手に入れる事だって出来るはずでしょ。
だったら、今もなお生きていらっしゃってもおかしくないのに。
でも今時、そんな偉いお坊さまがここら辺りに、いらっしゃるなんて聞いた事がないよ。おばあちゃんだって聞いてないでしょ」
「そうだね。確かに、そのお坊さま、大分前にお亡くなりになって、今はいらっしゃらないよ」
「でもね、私達がもっているこの身体というのは、魂の修行の為、現世で与えられている仮の入れ物にすぎないのだよ。
だからお坊様が、いくら時間と空間とを超越し、異空間を自由に飛びまわる事のできる身となっておられていた方であっても、肉体を持って、この世に存在されていらっしゃった以上、身体はいつかは滅び去らねばならないことになっているんだよ」
「確かにこのお坊さまは、普通の人に比べれば長生きをしてらっしゃったようです。
でもね、それは、お坊様が、この現人の世（うつせみのよ）で、仏になる為の、仕上げの修行をされていたからにすぎないのだよ。
お坊様のこの世での修行、即ち衆生済度の願力（がんりき：願かけをして目的を貫こうとする念力）の達成に、ある程度の目安がついた時点で、お坊様の魂としては、もっと自由に飛びまわって、もっと多くの人に、仏の慈悲を分け与える事が出来るようにと、肉体という、現世の仮の入れ物をお捨てにならねばならなかったんだよ」
「確かに、そのお坊様が、肉体の衣をお脱ぎ捨てなった時は、予定より多少早くなったようです。
しかしそれは、時期的に、文明開化の世の中がやってきて、日本中から、真の暗闇が亡くなっていくと同時に、日本人の心の中から、神秘的なものだとか、不思議なもの存在を信じる心が無くなってしまったからです。それはやがて、神仏を畏れ、敬い、崇める気持さえも無くしていくことになってしまいました。
心の暗闇の消失と、人の心の変化は、時間や空間を超えた存在である異世界への出入り口を閉ざす事になってしまいます。
お坊様にとっても、白尾のお狐様にとっても、それは一大事でした。その出入口が閉ざされてしまいますと、お坊さまにしても、狐の紅葉尼にしても、肉体と言う重い仮着を付けたまま、時間と空間を超えた世界へはいっていくのは、この現世からでは、不可能となります。
そうしますと、そのようになる前に、異世界へ移動して、そこから仏の世界へと旅立つことにするのか、それともこの現世に留まり、そこで、肉体と言う魂の仮の衣を脱ぎ捨てた後、仏の国へ旅立っていくのか決めなければならなくなったのです。
お坊様の方は、もはやこれまでの衆生済度の働きにより、この世での修行終了の目途（めど）がついておりました。
従って、魂の自由な移動の妨げとなる、肉体の方をこの娑婆に棄て去ることを決めておりました。
ただ気がかりは、紅葉尼さま（狐の名前）がこの行く末だけでした。
できれば今は、紅葉尼様にも一緒にこの世に留まってもらい、彼女の魂の旅立ちを見送ってから、自分の魂も旅立って行きたいものだと願っておりました。
一方、狐の紅葉尼にとっては、この僧侶の魂を、無事に修行を終えさせ、より高度な魂の世界、すなわち仏の世界へと旅立って行かれるのを見送る事が出来れば、この世での仕事が、一段階終わった事になります。
従って彼女の魂もまた、肉体と言う仮着を、この世界で脱ぎ捨て、仏の御許へと旅立って行ってもよいわけです。
しかしそう決心するには、少し躊躇いがありました。
異世界への出入口が閉じられてしまいますと、神通力の方も使えなくなってしまいます。
そうなりますと、彼女即ち白尾の狐の毛皮を手に入れようと狙っている輩の、鉄砲の餌食になってしまう可能性がとても高くなる事です。
もう一つは、彼女と同じような霊力を持った彼女の眷族（せきぞく：親族）が、全て、こちらの世界を捨てて、精霊の国へと旅立って行く事に決めている事です。そうなりますと、彼女が残った場合、眷族が誰もいないこの世に、たった一匹だけで、取り残されることです。
それはあまりにも寂し過ぎます。
だからといて彼女にとっては、お坊様をこの世に残して、自分だけが眷族と一緒に、精霊の国へと、移って行く決心もつきかねるものがありました。
さらに、娑婆において、自分がしなければならなかった一つの使命をやりとげてしまった今では、気が抜けてしまって、もうこれ以上、何もする気も起こらない事も迷っている原因の一つでした。
こんな状態で、精霊の国へ移動したとしても、そこで、ただ漫然と自分の魂の旅立つ時を、待つだけです。
無為に過ごさねばならないその時間、それはそれで、考えてみるととても辛そうでした。
何しろ、精霊の国の時間は、この現人の世（うつせみのよ）の時間よりずっと、ずっと、ゆっくり流れているのですから。
あまりにも長く、お坊さまと一緒に旅をしていて、お互い、情が絡んで離れにくくなってしまった事も、紅葉尼をして、精霊の国へ旅立つ決心をし難くさせるものの一つであり、最大の原因でした。
この紅葉尼(狐)にとっては、このお坊様が、自分が若かった時、亡くしてしまった子供の姿と重なっている事でした。
最初に、涙を出しながら眠っていた幼子の、その寝顔を見た瞬間から、彼女の母性本能が強く働き、その子に惹かれてしまいました。
彼女（きつね）にとって、その幼子が、彼女が仏の道に入るよりずっと前の事ですが、彼女（きつね）の不注意から、自分の子供を、オオカミに食い殺されてしまった事がありましたが、その時の、子供の姿と重なってしまっているのでした。
その為、彼女（紅葉尼）は、掬佐の陰となって、彼に尽し続けてきたのでした。
「それで結局そのお狐紅葉尼様はどうなされたの」
「こちらの世界に残られて、お坊さまが旅立たれるより少し前に、あの世へと旅立っていかれたそうだよ」
「大婆ちゃん（大婆ちゃん＝お婆ちゃんの、お婆ちゃんの事）が１２，３歳の頃、紅葉尼様が急に年老けて、よぼよぼとなられたのは、その頃、異世界への出入り口が、殆ど塞がってしまったからなのかしら」
「そう、そうだとおもうよ。しかしそうなると、紅葉尼さまの神通力も殆ど使えなくなってしまったでしょ。何しろ時空を超えての旅ができないのですから。だから、お坊様とその信徒たちが、懸命にその命（狐の命）を守っていたという訳」

その４０　エピローグ　Ⅱ

彩乃のその後
病床にあって危篤状態だった継母の彩乃は、この僧侶からお話を聞かれた後、その病状は奇跡的に、一時持ち直したそうです。
長年にわたって胸に痞え（つかえ）苦しんでいた、肩の荷を下ろし、気が楽になったせいか、食事も進むようになり、一時は、床を離れて普通の生活が出来るほどまでに、回復されたそうだよ。
彼女はその後さらに４年ほど生きていましたが、その間、生きている間中、今の自分の命は、阿弥陀如来様が、未だ仕残してあった使命を果たす為に、与えてくださった時間であるといって、死ぬまで仏の道の広宣流布に勤められました。
彼女は、自分が若い時に犯した罪を、包み隠さず皆に話すことによって、宇宙の真理である因果の理を説き、赦す心と、善行の大切さを教え、それの実践に励まれたそうです。
また自分の犯した罪の贖罪の為にと、掬佐が、床下を一夜の宿としたお堂、それは掬佐のご先祖様が先祖の供養と、子孫の庇護と繁栄を願ってお建てになったものでしたが、そのお堂を改築して、寺院とし、宿坊を設け、全てのものに対して、常に、その寺の門戸を開いておくようにと言う言葉を遺しました。
なお蛇足ですが、彩乃さんが、あの世に旅立たれる寸前まで、とても会いたがっておられた、あの狐を連れた僧侶が、あれ以来、この村を訪れられた事は、ありませんでした。　

終わり
</description>
         <link>http://column.oida-art.com/archives/2012/01/#001142</link>
         <guid>http://column.oida-art.com/archives/2012/01/#001142</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Fri, 27 Jan 2012 21:51:30 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>No.139　お坊さまと白尾の狐その１０</title>
         <description>このお話はフィクションです。

その３４

その為、中には、今のお前のように、こういった輪廻転生の輪の中での厳しい修行に耐え切れず、それまでの折角の修行を投げ出して、妖怪達の誘惑に惑わされて異世界、すなわち仏敵の方角へと、逸れて（それる）行こうとする者も出てまいります。
しかし、それは仏の本意ではありません。
だから、そう言った事態になるのを、できる限り防ぎたいという仏の御心によって、お前の場合は私がつかわされてきたのです。
今、お前が誘われて行こうとしているその世界は、一旦足を踏み入れたら最後、そこから抜け出す事は殆ど不可能と言っていいほど抜け出し難い所です。
一旦そちらの世界へ行った魂は、怒り、恨み、憎しみといった怨念の満ちみちた暗黒の世界で、善良な魂を堕落させて悪に染めたり、安らぎを奪いとって、不穏と喧騒の世界にぶち込んだり、幸せに過ごしているものの不幸のどん底に落としこんだりと、
少しでも善良な部分が残っている魂にとっては、とても耐えられないような仕事をさせられ続ける所です。
しかも、もしそれを怠り（なまける）、少しでも逡巡（しゅんじゅん：しりごみすること）したりした者には、地獄での責め苦なんか問題にならないくらいに辛い責め苦が待っています。
たまりかねて逃げ出そうとしても、その世界は、そこに入った魂たちの流した悔恨（かいこん：後悔して残念に思う事）の涙で出来た大海原で囲まれていて、逃げ出す事はできません。
逃げだそうとして、その海に飛び込んだものは、その暗黒の大海原を、当て所（あてど：行く先）もなく、永遠に漂い続けなければならないのです。
何とも因果な話しです。
「お前は、もっと古くさかのぼれば、もとは仏の座の最も近くにいた魂です。
さらなる修行を積んで、仏となる為に、人間界に降りてきたのです。
ここでの修行によって、衆生を済度する力（生きとし生けるものを迷いの苦界から救いだす力）を高める為に、やってきたのです。
ところが、与えられた人間界での試練は、あまりにも厳しく、お前の人としての弱い部分が曝（さら）け出されてしまうのです。
その為、それをなかなか克服できないで、何度も、何度も転生をくり返す事になってしまっているのです。
そしてそれを繰り返すうちに、悪い因果の輪の中に囚われ、固く閉じ込められて、もがき苦しんでいるというのが、現在のお前の姿です。
お前は不思議に思いませんでしたか。普通の人には見えていないらしい妖精だとか、精霊といったもの達を、お前だけが幼い時から見られた事を。
また、幼い頃から、そう言ったものたちがお前の遊び相手になってくれていた事を。それはお前が特別な魂を持った存在だったからです。
あの子達はお前を、陰で支え、修行が無事に終わるのを見守っていてくれている存在でした。
それは、お前がそれほど特殊な存在であり、仏の世界から期待されている存在であるという事を意味しているものです」

その３５

「僕、これ以上恐ろしい事や、苦しい目に遭うの、もう嫌だよ｡仏になんかならなくてよいから次郎吉（腹違いの弟）みたいに、何の苦労もないそんな生活の方が良いよ」
「確かにこんな幼いうちから、こんな試練に出遭うことになって、お前は大変だったろうね｡でもね、これは過去から続いてきた因縁によるものだから、避ける事は出来ないのだよ。お前は次郎吉の事を羨むけど、次郎吉だって，今生（こんじょう：今の人生の意）では、ぬくぬくした、とても良い生活をしているみたいに見えるけれど、前世では色々苦労をしてきているんだよ。
その上、あの子は、お前より、まだまだ下の段階での修行の最中の魂です。だから、これから先、あの子の生き方次第では、今後どんな過酷な試練が待ち受けているかわからないのだよ。もし今世において、仏の教えに背くような事をすれば、死んだ後待っているのは地獄の釜の口。その魂が本格的な修行の場に戻れるまでには、そこでの過酷で長い、責め苦による贖罪の期間を経なくてはならない所まで逆戻りする事だってありうる魂なのだよ」
「でもね、昨夜僕に付きまとったあの黒い奴ら、あれって悪魔というの？
あいつらがいうには、あいつらの所では、『修行なんか必要ない』ということだったよ。
『恨みだとか、憎しみ、怒り、妬み等といった感情を持ってさえすれば、自分の思うまま、面白おかしくやっていける』という話しだったけど」
「そういう、うまい話をしては、修行中の魂を誘惑して、妖怪の世界へと引っ張り込んで行くというのが、あいつらの常套手段だよ」
「でもね、あいつらの言葉を真に受けてはいけないよ。
あいつらの世界に真実だとか、誠実等といった言葉はないのだから。
嘘をつくのだって、騙すのだって、平気だよ。
なにしろそういう言葉の観念すらない世界に生きている奴らなんだからね。
妖怪だとか悪魔なんて、そういう奴らなんだよ」
「もしお前が、あいつらの言う事を真に受けて、あちらの世界へ行くというのなら、その意思を止める力は私にはないよ。
でも、その世界に入ろうものなら、お前に待ちうけているのは、先ほども言ったように、これまでしてきたお前の娑婆での修行以上に過酷な状況が待っている事を覚悟しなければなりませんよ。
それでも行きたいというのでしたら、それはお前の意思にまかせるよりしかたがありません。
でもね、憐れみだとか、同情、善意等という感情を一切捨て去る事が、お前の性格で本当にできると思いますか？
憤怒、怨恨、憎悪、妬みなどといった感情しかない、安らぎの全くない苦の世界で、お前は、生きていけると思いますか。
そんな事は無理と思ったら、絶対にあいつらに近寄っては駄目だよ。
よく考えて決めなさいね」
「お前のような、仏になる寸前の魂を、その修行中に、自分達の世界へ引っ張り込もうと悪魔たちが暗躍するのは、お前の場合だけではないんだよ。
なにしろあいつらにとって、衆生済度を志す仏が、新たに誕生してくるくらい、嫌な事はないのだからね。
あいつら、畏れ多い事に、お釈迦さまの修行中にでさえ、ちょっかいを出した奴らなんだからね。
だから、仏の座まで、もう一歩というお前たちみたいな娑婆での修行者に、それを阻止しようと色々誘惑してくるのはあたりまえの事なんだよ。
それも、修行中の試練の一つなんだから、うまい言葉に騙されて、誘惑に乗らないようにしなくちゃ。
それを乗り切った先にこそ、仏への道がひらけてくるのですから。
お前は修行の辛さを嘆き、何もしないでも、楽しい生涯を送れそうな弟の事を羨みます。しかしお前が修行の為、これまでに使ってきた時間なんか、悠久の時の流れ、即ち仏の時間の中では、そんなのは、ほんの一瞬でしかないのだよ。
だから、今迄の苦労だって、お前の魂が、衆生済度の大願を果たし、阿弥陀如来と一体化した後に訪れる、満足と、安らぎの永遠なる時間に比べれば、星の瞬く間の出来事にも当たらないのだからね」
「目先の修行の辛さを厭って（いとって）、ここに残り、悪魔や妖怪の苦の世界に飛びこむのか、永遠なる安らぎを求め、更なる修行の道へと歩み出そうとするのか、さあ、もういい加減決めておくれ。
それはお前の問題なのだから。
しかしそれを決めるのは，今しかないのだよ。
何故なら、お前を新たな修行の場に移動させる為の道の、閉ざされる時間が迫っているのだからね」
と狐が言います。
やがて、狐の銀白色の尻尾が、燐光（りんこう：青白い光）を放ちながら点滅を始めました。
それが出発の時間が近づいている合図である事はなんとなくわかりました。
掬佐が「ここに残る」と言えば、狐は、彼をここに於いて、自分だけで旅立っていくつもりの様子です

その３６

「終わったよ。さあ目をお開け」と頭の中に直接話しかけてくる（テレパシー）、狐の声なき声。
目を開けた掬佐が目にしたのは、全く見知らぬ光景でした。
大きな木々のそびえる深い森、その森を背景に立っているお寺の建物の数々、掬佐はその大きな建物群に圧倒され、しばらくの間、声もなくみつめておりました。
どうしてこんなところに連れてこられたのか、意味が分かりませんでした。
「今日からここで修行するのだよ」と狐の声。
そんな事を言われても、子供の自分を受け入れてくれるところがあるとはとても思えません。
こんな大きなお寺で、何の伝手（つて）もない自分が
「お坊さんになりたいから弟子にしてほしい」と頼んだとしても、
相手にされるとは到底思えません。
うろうろしていたら、乞食と間違えられて、追い出されるのが落ちだろうと思いました。
「いや、お前が弟子入りするのは、この大きなお寺のじゃない。
こういう大きなお寺というのはね、それを維持して行く為に、朝廷だとか、大名、土地の有力者の庇護をうけるでしょ。
だからどうしても、形式主義、権威主義的になりがちです。
よって、こういう所に入ったとしても、お前が必要としている修行はできないだろうね。お前のような何の伝手もないものは、お前の思っているとおり、無論、入れてもくれないけどね。
このお寺の裏側に、小さな庵（いおり）を結んで、国中を行脚しながら衆生済度をしていらっしゃるお聖人（しょうにん）様がいらっしゃいます。
その方こそ、輪廻転生する、宇宙の真理を説き明かし、お前を仏の座へと導いて下さるお方です」
「でも、僕のようなこんな小さなもんが、一人で訪ねて行っても、その方、お弟子にして下さるだろうか。その方、今言われたように、全国を歩いて回られているというのでしたら、僕なんかがいれば、足手纏い（あしでまとい）になるでしょ。
貴女は一緒に来てくれないの。一緒に行って、頼んで下さらないの」
「一人で行ったとしても大丈夫よ。あの方はそんなお方ではないから。あの方のように本当の修行を積んでこられた方は、何事も、一目見ただけで、本質をお見抜きになる力を持っていらっしゃるからね。
だから一人でお行きなさい、それも一つの修行です。
元来修行というのは孤独なものです。
例えお前が、あのお方のお弟子になったとしても、あの方は道をお示しくださるかもしれないけど、後はお前一人で歩んでいかなければなりません。
私の役目は、今の所ここまでです。
この後は、お前が悟りを開き聖人になられた時、またやってまいります。
私の本来の役目は、悟りを開かれた貴方にお仕えする事です。貴方が衆生済度の旅に出られる際は、貴方のお伴をさせていただき、お手伝いさせていただくつもりです。
では、お行きなさい。
何時になるか分かりませんが、貴方が悟りを開いて帰ってこられる日をお待ちしています」
というと狐の紅葉尼は、暗闇の中に溶け込むように消えていきました。
彩乃の夢の映像も、そこではたと終りました。後は、何も見えない真っ暗な闇の世界が広がっているだけとなりました。
彼女はそのまま、何もみられない、深い、深い眠りの世界へと落ちていきました。

次回へ続く

次回は１月末を予定しております。

</description>
         <link>http://column.oida-art.com/archives/2012/01/#001132</link>
         <guid>http://column.oida-art.com/archives/2012/01/#001132</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Mon, 16 Jan 2012 18:48:08 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>No.138　お坊さまと白尾の狐　その９</title>
         <description>このお話はフィクションです

その２９

どちらとも決めかねたまま、よろめき、よろめき歩いているうちに、掬佐は村の外れにある、別れ道の所までやってきてしまいました。
そこまで来ますと、この先、二つの道の内、どちらの道を進むか、いよいよ、決めなければなりません。
一つの道は、妖怪達が引っ張りこもうと画策している道で、
それは、お嫁入りしてきて間もない女が、姑のいじめと、夫の不実に耐えかねて、身を投げて死んだといわれている、井戸に通じている道です。
その井戸のあった家は、その事件以後、一家死に絶えてしまって、いまでは誰も住んでいません。
従って、屋敷は荒れるにまかされ、家は壊れ、土台の石が残っているだけです。
女が入水した井戸も、今では半分壊れ、生い茂った灌木と、草の中に埋もれてしまっていて、外からは分かり難くなっています。
もう一方の道は、妖精たちが勧める道で、掬佐は知りませんでしたが、
そこは、掬佐のご先祖さまが、自分のご先祖様の供養と、子孫の繁栄を願って建てられた、お堂のある場所の方向です。
幼い子供の足取りで、しかも、足を引き摺り（ひきずり）、引き摺り歩いてきた道程です。
掬佐がこの分かれ道の所まできた頃には、東の空が、もう微かな（かすかな）白みを帯び始めておりました。
夜しか活躍出来ない黒い妖怪達にとっては、自分達の場所へ戻るべき時間が迫ってきていました。
しかし掬佐の心はまだ定まりませんでした。
何としても、自分達の仲間として引っ張り込みたい妖怪達は、力ずくで、掬佐を妖怪世界への入り口がある、その古井戸の方向へと引っ張っていこうとし始めました。
妖怪達の説得の言葉は、益々熱を帯び、掬佐の周りを飛び回る妖怪達の翅（はね）の音はより高く、井戸に通じる道の方へ押し出そうとして、背中に突き当たって来る力も強くなってまいりました。
妖精達も妖怪達のする事を、大人しく指をくわえて見ていたわけではありません。
そうはさせまいと、妖精達もまた身を呈して、掬佐が妖怪達に連れ去られるのを防ごうとします。
明け始めた冬空の下、妖精達と妖怪達との激しい争いが、しばらくの間、その場所で続きました。
妖精達の青白い光は、彼等の興奮によって益々強くなり、応援に駆け付けた妖精達によって、その数も又どんどん増え、掬佐の身体が、青白い光の玉の中に包み込まれてしまったような形になりました。
掬佐を妖怪達から守ろうとする、妖精達が発する声は、一段と強く、且つ高く、妖怪達のあの気味の悪い音をかき消してしまうほどでした。
昼も夜も関係のなく活躍できる妖精達にとっては、この一時を凌げば、掬佐を妖怪達の誘惑の手から守り切る事が出来ます。
妖精たちはここを先途（せんど：運命の大事な分かれ目のこと）と、掬佐の回りを二重三重にとり囲み、掬佐が間違った道を選択するのを防ごうとしました。
そうこうしているうちに、東の空はどんどん明るみを増し、朝日が今にも顔を覗かせようとする時刻となってまいりました。
もはや妖怪達の時間は終わりです。
妖怪達は悔しそうな顔を残して、古井戸のある方向へと飛び去って行きました。

その３０

妖怪達が去っていくのと同時に、継母に対する恨みや憎しみの感情が次第にかき消されていきました。
そしてそれと比例するかのように、安らぎの心が戻ってまいりました。
怒り、憎しみ、恨みといった、一時の興奮が収まってゆくにつれ、
猛烈な眠気が再び戻ってまいりました。
立っている事が出来ないほどの眠気でした。
もうどこでもよいから、横になって休みたいと思うようになりました。
ちょうどその時、妖怪達が去っていったのと反対側の道の先に、小さなお堂が建っているのが掬佐の目に入ってまいりました。
そのお堂の屋根の上には、この勝負の行方を心配そうに見守っていた精霊達も加わり、盛んに手招きしております。
妖精達の翅からは、青白い色はすっかり消え失せ、元の半透明な存在へと変わっていきました。
従って彩乃としての目を通しての光景の中には、彼らの姿は全くみえなくなってしまいました。
しかし、掬佐の心を通して見た光景の中には、彼らの姿が、はっきり映っているのを感じました。
掬佐はそのお堂の下に潜り込むと、すぐさま泥のように眠り込みました。
※泥のように眠り込む：正体もなく眠り込む様のこと。

その３１

その日の夕刻近くになって、掬佐は目覚めました。
いつの間にか、藁布団の上に寝ていました。
眠りから覚めたばかりで、まだぼんやりしている頭には、昨晩以来何が起こったのか、きちんと理解できていません。彼は戸惑っていました。
自分の家にいた時と同じように、藁の布団の上で寝ているのには変わりありませんが、その感触は違っていました。
その寝床は明らかに使い古されていて柔らかく、何か他の動物が使っていたと想われる異臭がします。
不思議な事に、お尻の腫れはすっかり消え失せ、痛みも殆ど感じられなくなっていました。
不思議に思って触ったお尻から、誰かがそこに貼ってくれたと思われる、噛み砕かれた青い葉屑がぼろぼろと落ちてきました。
何者かが手当てをしてくれたに違いありません。
あらためて辺りを見回してみますと、天井は低く、掬佐のように小さな子でも、立って歩く事は出来ない高さです。
辺り一円薄暗く、夕陽の薄明かりの下、目に入ってくるのは、土の床の上に、規則正しく配置されている石と、その上に建てられている柱群だけです。
それ以外、何もありません。
どうも何かの建物の床下のようです。
「そう言えば、夕べ、お堂のような建物の床下に潜り込んだのだった」
辺りを見回しているうちに、掬佐は思い出してきました。
だだ広い（だだっぴろい）床下の、その真ん中あたりには、ちょうど人、一人が入るくらいの広さの、浅く窪んでいる所が作られています。
そしてそこに、藁が敷かれておりました。
掬佐には記憶が定かではありませんでしたが、いつの間にかそこで夜を過ごしたようでした。
そばには、「どうかお食べください」と言わんばかりに、栗の実だとか、柿、椎の実等が並べられておりました。
誰の為のものか分かりませんが、そういうものがある以上、この寝床は、何物かの寝所であったに違いありません。
この寝床の本来の持ち主である、怖い獣が、今にも怒って襲いかかってくるのではないかと思うと、恐ろしさがこみあげてまいりました。
でも、その時はまだ、頭がぼんやりしていて、昨夜来の出来事が、現実のものであるという事を十分理解出来てはいませんでした。
なんだか悪い夢の続きの中にいるような感じでした。
しかし、次第に目が覚めてくるにつれ、それが現実に起こっている事柄である事を認識せざるを得なくなってきました。
昨夜、継母に怒られ、家を追い出されてしまった事も、思い出されてまいりました。
急に心細くてたまらなくなりました。でもどうしたら良いか見当がつきません。ただ途方にくれているだけでした。
「今夜から、何処に寝たらよいのだろう。これからどうやって食べていったらよいのだろう」
「この場所だって、いつ本当の持ち主が現れるか分かったものじゃないから、早く出ていかなければならないだろうし」
彼はぐずぐずと思い悩んでおりました
今後の事を思うにつれ、昨夜来の継母の仕打ちに対する強い憤りが、再び、戻ってまいりました。このままでは済まされないという思いが頭を擡げて（もたげて）来て、頭の中から離れなくなってまいりました。
昨晩来、何も入っていない胃袋は「グー、グー」と鳴って、食べ物を催促して止みません。それが一層母親に対する憎しみの心を煽り（あおり）ます。
妖怪達の誘いにのって、あいつらの世界へ行った方が良いのだろうか。
あいつらの言ったとおり、継母だとか、使用人達などなど、自分に冷たかった連中を、酷い目にあわせてやれたら、どんなに気持ちいいだろうという思いが、再び、頭を擡げてきました。
しかし未だ寝足りなかった上に、弱っている身体が、彼がそう言った行動に直ぐに走る事を赦しませんでした。
彼は再び眠りに落ちていきました。

その３２

掬佐は夢を見ておりました。
誰かに、抱きかかえられている夢でした。
抱きしめてくれている腕はとても温く、母親というものを知らない掬佐でしたが、なんだか母親の腕の中に抱かれ、厚い布団にくるまって寝ているように感じられました。
とても心地の良い眠りでした。
なんだか遠い、遠い昔、自分がまだ母親のお腹の中にいた時に戻ったように思われる、懐かしい安らかさでした。
「お母さん」掬佐は夢の中で呼びかけました。すると、そのものが、一瞬、抱きしめてくれている腕に力を加えてくれたように感じました。
急に、理由もなく、掬佐の目から涙がこぼれ始めました。
それ迄、泣くという事を知らなかった掬佐でしたが、彼の目からは、それまで止めていた、涙腺の堤防が決壊してしまったかのように、次から次へと、涙がとめどもなく流れ落ちました。
彼は、「お母さん、お母さん」と泣き声で呼びかけながら、自分を抱きしめてくれているものに、しがみ付いて行きました。
そのものは、そんな掬佐の姿を、何とも言えない悲しげな表情を浮かべながらしばらく眺めていましたが、やがて、流れ出る涙を、熱心に舐めてくれ始めました。
それはとても心地よく、その一舐め一舐めが、彼の荒んだ心の傷を癒していきました。
とんがった心は安らかさを取り戻していきました。
継母に対する憎しみや、恨みも、冷たかった世間の目に対する憤りも、全てが春の雪のように解け去っていくように感じられました。
彼はもう一度、深い眠りの中に陥って（おちいって）いきました。
空腹を忘れ、夢も見ないほどの深い、深い眠りの中に落ちていきました。

その３３

「さあ、もう出かける時間だよ。目をお覚まし」掬佐は、頭の中に直接働きかけてきたこの言葉に目を覚ましました。
気付いてみると、何か犬のような動物に抱かれて寝ていました。頭の方からは、芳しい、御飯の薫り（かおり）が漂って（ただよって）まいります。
眠気眼（ねむけまなこ）をこすり、こすり眺めた掬佐の目に、
紙の上に並べられた、お握りと、油揚げが入ってきました。
「さあ早くそれをお食べ。それを食べてお腹が満ちたら、すぐ出発するからね」とそのものが言います。
起こされたばかりで、まだ目が覚めきっていなかった掬佐には、何が、どうなっているのか、すぐには理解できてはいませんでした。
しかしお腹が空いていましたから、勧められるままに、ともかくお握りにかぶりつきました。
しかし食べながら、「こいつ一体、何者なんだろう。
昨夜、抱いて温めていてくれていたのは、こいつだったのだろうか。
だったらこんな獣（けだもの）が、どうして自分にこんなに親切にしてくれるのだろう。さっき旅立つと言っていたけど、どこへ連れて行こうとしているんだろう。何処かへ連れて行って、そこで自分を食ってしまおうというのではないだろうか」などなど思い巡らせました。
すると掬佐の、その心を見透かしているかのように、そのものが、彼の頭の中に、直接語りかけてきました。（註：テレパシーでの会話）
「心配しなくてもいいのよ。お前をどうこうしようなんて考えてはいませんからね。
私は狐。
でも普通の狐じゃないのよ。私はね、ここからずっと、ずっと東、豊川という所にある妙厳寺というお寺の境内に祀られている、鎮守の神、荼枳尼真天（ダキニシンテン）様にお仕えしていた、白狐の子孫、紅葉尼（こうように）と申すものです。
私もまた、仏の教えを広め、この世の苦の中で苦しんでいる人々を救いあげようとしている仏の弟子達にお仕えする者です。
お前のように、この現世での修行を重ねているうちに、その修行の厳しさから、つい迷いの道へ、道を逸れよう（それる）としている者が出てきた時、その魂が、正しい道へと進んでいけるように、手助けする仕事をしています。
お前にしても、お前の継母の彩乃にしても、輪廻転生を繰り返しての娑婆における、これまでの修行によって、魂の浄化は殆ど終わっているのです。
所があまりに強い悪縁によって結ばれている為に、仏の世界に入る前の最後の修行の場として与えられた現世において、二人はまた出会ってしまったのです。
そして前世で遺して（のこして）きた怨念に突き動かされて、ぶつかり、傷つけあい、苦しめ合うことになってしまったのです。」

何とも因果な話です。　　　

続く

次回１月中旬を予定しています
</description>
         <link>http://column.oida-art.com/archives/2011/12/#001108</link>
         <guid>http://column.oida-art.com/archives/2011/12/#001108</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Wed, 28 Dec 2011 14:49:07 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>No.137　お坊さまと白尾の狐　その８</title>
         <description>このお話はフィクションです

その２５

お坊さまが部屋にお入りになられてから、随分と時間が経ちました。
部屋の外にあって、心配しながら中の様子を窺って（うかがって）いた者たちは、ぼそぼそとした話し声が途切れ，部屋の灯りが消えたのに気付くと、それを待ちかねていたかのように口々に、
「もう御祈祷は終わりましたでしょうか」
と言いながら、彩乃の部屋へと入っていきました。
いくら彩乃の言い付けであったとはいえ、
部屋の中を、狐を引き連れた怪しげな僧侶と二人きりにしてしまった事が心配でたまらなかったからです。
しかし入ってみると、部屋の中には、あの僧侶の姿も、狐の姿も、もうありませんでした。
そこにみたのは、安らかな顔をして、すやすやと眠っている彩乃の姿だけでした。
僧侶と狐は、立ち去って行った形跡もないのに、まるで煙のように消え去っていました。
安らかな彩乃の寝顔に
「やはりあいつらは“あやかし”（妖怪変化の事）だったに違いない。大奥様のこのお顔は、あやかしに魂を抜きとられてしまったせいではないだろうか」
と多くの人達は思いました。
だけど一方には
「何を心配しているの。
大奥様のあの安らかな寝顔をごらんなさい。とても安らかな顔をしていらっしゃるじゃないの。
あれは、あのお坊さまが、大奥様の長年の苦悩を取り除いてくださったおかげに違いないのに。
あのお方たちこそ、大奥様の長年の信仰に報いて、
その魂を救う為に、阿弥陀如来様がお遣わしくださった、偉いお坊さまだったに違いありませんよ。
ほんにありがたい事で、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
という人達もいました。
彼らは、しばらく小声で言い争っていました。しかし、この場でそれについてどれほど言い争ったとしても、直ぐに埒（らち）があく（かたがつく）話しでない事は、どちらの主張をしている方々もよく分かっております。
ただ、顔色が少し良くなり、安らかな寝息を立てるようになった彩乃の様子をみて、見舞いに来た人達は皆、これなら今夜直ぐにどうこうなるという事はなさそうだと思うようになり、ひとまず、それぞれの家へと引き取って行きました。

その２６

お坊様が帰られた後、彩乃は夢を見ました。
長い、長い夢でした。
まず最初に出てきたのは、自分の家の門の前にたたずんでいる掬佐の姿でした。
その姿を見たとたん、彩乃の意識の中に、その時の掬佐が入りこんできて彼女の意識の上に乗っかりました。
掬佐の心の動きも、掬佐の感じる感覚も、そのまま彩乃の意識の中に投影されてくるようになりました。家から出て行った日の掬佐の行動は映画のスクリーンに映し出される場面のように、そのまま彩乃の意識に投影され、そこでの掬佐の思いは、彩乃の思いと重なり、掬佐の苦痛は彩乃の苦痛に、掬佐の悲しみは彩乃の悲しみとして感じるようになりました。
「お継母さん、私が悪うございました。もうしませんから、どうかお赦し下さい」彩乃は何度も何度も門をたたきながら哀願している掬佐を感じました。
しかし門は閉じられたままで、家の方からは何の音も聞こえてきませんでした。
とても寒さの厳しい日でした。容赦なく吹き付ける北の風によって、体温は奪われ、手足は凍え、千切れそうに痛く、身体は冷え切って、今にも、凍ってしまいそうでした。
意識は次第に薄れ、次々と襲ってくる強い眠気によって、立っているのも辛いほどです。
時々身体が地面に崩れ落ちそうになります。
しかし、先ほど継母にぶたれたお尻の痛みが、掬佐を眠らせてはくれませんでした。
身体を動かす度に起こってくる飛び上がるほどの痛みが、掬佐が、眠りの国へと入って行くのを妨いでいました。
身体が地面に崩れ落ち、眠り込んでしまうのを防いでくれました。
しかしそれも長くは続きませんでした。時間と共に、意識はますます遠ざかり、最後は、寒さも、冷たさもあまり感じなくなってきてしまいました。
動く度に痛さを増しては、眠り込むのを防いでいてくれていたお尻の痛みも、
次第に薄れていく意識に連れて、眠り込むのを防ぐ事は出来なくなっていきました。
瞼は意思とは無関係に垂れ下り、身体は、今にも地面に崩れ落ち、眠り込んでしまいそうになってきました。
その時でした。
掬佐は、頭の上や、顔の回りを、４、５匹の黒い奇妙な形をした生きものが、キーキー音を立てながら回っているのを感じました。
目を凝らして見ると、その生き物は、暗い闇よりももっと黒く、ハエのように透き通った翅（はね）を持ち、三角形の顔には、青白い光を放つ、細く釣り上った目と、暗闇でもはっきり見える、顔の後ろまで引き裂かれたような、真っ赤で、大きな口、そして頭の上にまで飛び出している、とんがった大きな三角形の耳を持っておりました。
一尺（約３０センチ）にも満たないような黒くて細い身体は、お腹だけが異常に膨れ、そのお尻からは、短い豚の尻尾のようなしっぽがぶら下がっております。
空中を飛びながら細かく震わす手足は、まるで網にかかった獲物にとびかかっていく蜘蛛の足のようです。
掬佐は、前からその生き物を感じ、知っていた様子で、
そいつらが現れたからと言って特に驚きもしなければ、気味悪がるような様子もありませんでした。
しかし初めて見た掬佐の意識と同調している彩乃にとっては、それは驚きであり、ぞっとするほど気味の悪い存在でした。
そいつらは掬佐の回りを、くるくる回りながら、掬佐の耳元近くに来ると、
例のガラス板を、釘の頭でこする時のような音で、
口々に歌うように節をつけながら、囁いていきます。
「眠っちゃ駄目。眠っちゃ駄目。こんなところで眠っちゃー、だーめ」
「眠ったら最後、お前を待つのは地獄のお釜。眠っちゃ駄目、駄目、だーめ、駄目」
「お前をこんな酷い目に、遭わせたやつは誰なんだ」
「そいつは継母、継母だ」
「お前が悪かったからだろか」
「違う、違う悪くない、お前はちっとも悪くない」
「お尻が、こんなになるほどに、ぶたれるほどの罪だったろか」
「違う、違うそんな事ない。お腹がすいて、たまらなくなりゃー、飯を盗んで、何故悪い。お前が謝る事はない」
「悪いのは、あいつ。あいつだ、あいつ、継母だ。
飯をケチった、あいつが悪い」
「そんなの赦して良いのだろか」
「駄目、駄目、だーめ、許しちゃー。仕返し、しなくちゃー駄目でしょう」
「怒れ、呪え、もっと怒れ。呪いの炎で、焼きつくせ」
「お前を、こんな寒い目に、遭わせているやつだーれだ」
「そいつは継母、継母だ。ろくな着る物くれなんだ」
「それでもお前は赦せるか。そんなの赦して良いだろか」
「駄目、駄目、だ―め。そんな奴、赦しちゃー駄目だ、憎まなきゃー」
「憎め、憎め、もっと憎め。あいつの心が凍てついて（いてついて）、恐怖の氷のその中に、閉じ込められてしまうほど」
「そもそもお前は、あの家の、一体全体なんだろう」
「そうだよ。お前は嫡男（ちゃくなん）（あとつぎ）だ、あそこの家の嫡男だ。大事な、大事な跡取り息子」
「それがどうしておまえだけ、藁の布団で、寝なきゃならん。他の皆は、絹布団。そこでぬくぬく寝てるのに」
「そりゃあんまりだ、おかしいぞ」
「誰だ、誰だ、そんな風に、お前に差別をしたやつは」
「そいつもやっぱり、継母だ」
「恨め、恨め、もっと恨め。お前の恨みであの女、
奈落の底の地獄まで、落としてしまえ。永遠に。地獄の業火（ごうか：罪人を苦しめる猛火）で焼き尽くせ」
「やれ行け、それ行け、歩きだせ。ここにおったら凍り死に」
「さもなきゃ、おっか（継母）に殺される。
最後に見せた、おっかの鬼の形相思い出せ」
「それでも良けりゃ、此処で寝な。
そんな意気地のないやつは、これから生きてく価値がない」
「思いだしなよ、あの時の、おっかの顔と、その言葉。
『出ていけ。戻るな。お前なんか。二度と見たくはないんだから』とほざいたあいつのその言葉」
「それでもお前は、この場所で、
おっか（継母）の赦しを、乞い続けるか」
「逃げろ、逃げろ、歩きだせ。少しも早くこの場から、離れて、難をのがれなよ」
「さあ、さあ行こうよ、歩こうぜ。
我らの仲間になる為に。怒り、恨み、憎しみの、悪意渦巻くその世界、それは我らの天国だ。そこを根城（ねじろ：本拠とする城）に暴れよう。この世の奴らを懲らしめて、恐怖に凍り付くほどに」

その２７

奇妙な生き物たちの囁いていく声を聞いているうちに、掬佐の心に変化が生じてきました。それまで、それほどでなかった、継母に対する憎しみや、怒りが、もくもくと湧き起こってまいりました。
教えられて見れば、あまりにも不条理な仕打ちの数々。
幼心にも、それはあまりにも理不尽で、酷過ぎる（むごすぎる）仕打ちだったとしか思えませんでした。
動けないほどに腫れあがったお尻の痛みが、彼の恨みを一層強めました。
奇妙な生き物のささやきが惹（ひ）き起した、恨みや、怒り、憎しみ、そして恐怖といった、いろいろな感情の複合は、それまで防ぎようのないほどに強かった眠りへの誘惑を、どこかへふっ飛ばしてしまいました。
眠気が吹っ飛ぶと同時に、自分を追い出した時の継母の、あの権幕（けんまく：怒って興奮している様子）とあの形相が、はっきり浮かんでまいりました。
思いだすとそれはゾッとするほど惨忍な顔です。
こんなところでぐずぐずしていたら、今度は殺されるに違いないと思えました。
「なにはともあれ、ともかくここから逃げなければ」
と思った掬佐は、お尻の痛みを堪えながら、足を引きずるようにして歩き始めました。
奇妙な生きもの達も、彼の動きに合わせて、彼の回りを、前に後ろにと飛び交いながら進んでいきます。
掬佐はそれらに導かれるかのように、よろよろと、よろめきながら、ゆっくり、ゆっくり門から離れていきました。

その２８

それからどれほど時間が立った事でしょう。掬佐はやっと自分の家が見えないところまでたどり着くことができました。
所がその頃になると、彼の回りを飛んでいるのは、黒い奇妙な生き物だけではなくなりました。
どこからか，青白く光る沢山の光の玉が、彼の回りを包み込むようにして飛んでいるようになりました。
よくみるとそれは、背丈が、５寸（１５センチ）ほどの、人間の子供のような姿をした小人達です。
その背中には蝶々のような翅を持ち、軽やかに、そしてすばやく飛び回っております。
身体も翅も半透明の彼らは、普段は、回りの環境の中に溶け込んでしまっていて、特別な人以外には、殆ど気づかれないような存在です。
しかしその夜の彼らは違っていました。
全身から、彼らが興奮した時に発する青白色の光を放ち、銀の鈴が鳴るような声を張り上げ、掬佐に訴えるような口調で、盛んに話しかけながら飛び交っていました。
彩乃にとってのそれは、始めて見る姿でしたから、最初は驚きました。しかしその可愛いらしい姿とその愛苦しい仕草に、心が休まり、次第に憎しみや怒りの心が薄らいでいきました。
掬佐にとっての彼らは、生まれて間もないころから自分の所へ訪れてくれていた、妖精の仲間達である事が分かっていましたから、別に驚きもしませんでした。
彩乃には銀の鈴の鳴るように聞こえるその音も、掬佐の意識を通して聴くと、盛んに話しかけているのがわかります。
「あいつらに、ついていっては、だ―め、駄目」
「ついていったら、貴方には、妖怪達の住むという、真っ暗な闇の世界しか、
待っていません。待ってません。
入ったら最後その世界、未来永劫抜け出せない。そこから抜け出す道はない。
仲間は同時に敵である、怒り、憎しみ、悲しみと、悪意に満ちたその世界、
たった一人で、永遠に、彷徨い（さまよい）続ける事になる」
「それでもよいの、いやでしょう」
「怒り、恨み、憎しみの悪意は貴方をあいつらより、もっと醜い姿にします。
それでもやはりあいつらに、ついて、あちらへ行きますか」
「駄目、駄目、駄目です、お止めなさい。あちらへ行ってはなりません。
貴方を待つのは別の道。貴方が歩んでいく先は、もっと光に満ちた国」
「今は修行のど真ん中、因果の世界で作られた、過去の因縁打ちこわし、仏になる道、選びましょう。
この世の苦行乗り越えて、始めて入れる仏道（ほとけみち）」
「あなたが行くのは仏道、仏の道への先達を、勤める事こそ貴方の使命」
「怒りや、恨み、憎しみの、一時の感情に打ち負けて、道を誤る事なかれ」
「後の後悔、先に立たず。決して誤ってはなりません」
「貴方を待つのは仏道。仏の道のその先の、仏の座へと座る人。
貴方は力を持った人。
道を誤り妖怪の、世界へ入れば（はいれば）、人の世に、不幸もたらし、生き地獄、この世に再現出来る人。
罪咎（ざいきゅう：罪科）もない人々を、不幸蠢く（うごめく）闇の世に、突き落としても良いだろか。
それで貴方は満足か、後々（のちのち）苦しむ事ないか」
「貴方は、もともと善の人。人を不幸のどん底に、落として嬉しいはずがない」
「決して決して妖怪の、甘い言葉に乗るなかれ。乗れば苦しい悔恨の、渦潮の中、永遠に、もがき続ける事になる。
一緒に歩もう私等と。
光り輝くこの道を。
途中の修行は厳しくも、先に待ってる仏の座。それを見据えて私等の、勧める善なるこの道を、どうか選んでくださいな」
しばらくの間、よろめき、よろめき歩いていく掬佐を中心に、妖精達の張り上げる鈴の音を鳴らすような澄んだ声と、聞いているだけで気分が悪くなりそうな、妖怪達の出すキーキー声とが、
そして妖精たちの発する青白い光と、妖怪達の作る闇より黒い影とが、入り乱れ、もつれ合いながら、道を進んでいきました。
掬佐の心はまだ揺れ動いておりました。
妖怪達の声が耳に入ってくる時は、きゃつら（あいつら）の唆し（そそのかす）にのって、酷い（ひどい）継母や、冷たかった世間の奴らになんとか仕返しをしてやりたいと思い、妖怪の世界へと心が傾きます。
しかし妖精たちの諭す言葉や、呼びかける声が、耳を占めるようになった時は、恨みや、憎しみといった一時的な感情に駆られて、復讐に走る事の虚しさが理解でき、妖精たちの勧める明るい光の世界へと心が傾きます。
妖怪達の世界に引きずり込まれたら最後、生まれて間もなくから親しくしてくれていた妖精さんたちと、永遠にお別れしなければならなくなる事も、妖怪の世界の方へ、足を向けることを躊躇わせる（ためらわせる）ものでありました。

次回年末号へ続く

</description>
         <link>http://column.oida-art.com/archives/2011/12/#001096</link>
         <guid>http://column.oida-art.com/archives/2011/12/#001096</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Tue, 13 Dec 2011 14:18:57 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>No.136　お坊さまと白尾の狐　その７</title>
         <description>このお話はフィクションです。

その２３

部屋の外に出された人々は、部屋の中で何が行われるか興味津々（きょうみしんしん）、知りたくて仕方がありませんでした。
中には、襖に耳を当て、懸命に中の様子を探ろうとする者もいました。
しかし中からは、ありがたい経を、あげておられるとか、特殊な祈祷を行っておられるといった特別な行がおこなわれているといった気配は伝わってまいりませんでした。
ただ僧侶と彩乃が会話を交わしていらっしゃる声が、ぼそぼそと切れ切れに漏れくるだけでした。
人々が部屋の外に出ていくと、それを待ちかねたように、
「もしや、お坊様は、掬佐さんではございませんか」と彩乃。
軽くうなずいた僧侶の姿に
「よくぞご無事で。ああ、よかった、あの時は本当に申し訳ありませんでした。幼い貴方様にあんな酷い事をしてしまって」
「それで、あれからどうしていらっしゃったのですか」
と、掬佐の答えも待たず、たたみかけるように、彩乃は問いかけました。
「さよう、おっしゃる通り、拙僧の幼児期の俗名は掬佐と申します。
でも先ほども申しましたように、拙僧はもう、この世との縁を絶ち切った僧籍の身、
俗世で起きた、私自身の事柄については、今では、何の感情も、興味も持っておりません。
それゆえ、本来なら、貴女様の事をお義母さま（おかあさま）とお呼びすべきでございましょうが、
そうすることなく、貴女様とお呼びする失礼、なにとぞお許しください」
「いえ、いえ、私は、もう義母（はは）と呼ばれるような資格のない、犬畜生にも及ばない身でございます。
なんなりと、自由にお呼びくださって結構でございます。
それにしても生きていて下さって良かった。
本当に嬉しゅうございます。
ありがとうございます、ありがとうございます。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
しかし、そうだからと言って、若い時に、私のねじ曲がった根性が、しでかしてしまった罪、すなわち、幼かった御坊様をいびり殺しかねない事を、平気でしてしまった罪、そして、この家を長男である御坊様をさしおいて、次男である私の息子に継がせ、家を乗っ取ってしまった罪などが、消えたとは思っておりません。
どう償わせていただいたらよいか、どうかお教えください」
「これまでにも、どれほど懺悔したいと願いました事か。しかし、なかなかその勇気がなくて。
『一人で生きていけそうもないほど幼かった掬佐さんを、折檻したあげく、追い出してしまった。
もしかしたら野垂れ死にさせてしまったかもしれない』
などという事は、未だに、誰にも言っておりません」
「告白した場合の、回りの人達の反応が怖くて、どうしても口にできなかったのでございます。
だからいくら善根を積んだからと言っても、貴方様がおっしゃるような『仏の赦し』を受けられるとは、到底思えないのでございます。
ほんとうに罪深いこの私。
もう今更どうにもならないのでございましょうか」
「頭をおあげなされ。
先ほど来、申しておりますように、拙僧はもう僧籍にある身、今の拙僧には、俗世の物欲はありません。誰が財産を相続されていようと、何の関心も、未練もありません。
また俗世に起きた出来事についても、その全てが、私にとっては、唯、流れ去って行った川の流れのような存在でしかありません。
それらについて、恨みだとか、悲しみなどといった何の感情も、持ち合わせておりません。
ただ、因果の流れに身をゆだねていかなければならない人の運命というものの悪戯（いたずら）に対しての、感傷があるのみでございます。
そうは申しましても、貴女様にとっては、それはとても大切なことのようでございましょう。
お見受けしたところ、それが引っ掛って、とても成仏できそうもないと思っておられるようでございます。
よってここで、あなた様と私との間に何世代にもわたって横たわっていた悪縁についてのお話をする事に致しましょう。
その話をお聞きなれば、貴女様が、若い時、犯してしまわれた過ちの数々も、全てが、前世からの因縁によって、必然的に引き起こされたものであった事がお分かりになりましょうぞ。
従って、貴女様が、昔掬佐にした悪事を悔いられ、その償いのために、千にも上がる善根を積み、その因縁の輪を断ち切きってしまわれました今となりますと、今更、誰かに告白して許しを乞う事が、必ずしも、必要でない事がお分かりになりましょう。
全てが悪縁によって生じた事象にすぎないのですから」

その２４

旅の僧の話
「さて何からお話し申しましょう。
あまり長話になりますと、お身体に障りましょうから、要点だけかいつまんでお話しすることにしましょう。
まず拙僧と貴女様との因縁でございますが、前世において貴女様は、私の家の飼われていた犬でございました。
所が、前世においては、私の方が、とんでもない酷い飼い主でございまして、飼い犬であった貴女様を虐待し、気に入らないと叩いたり、けったりするのは日常の事でした。その為、貴女様は、生傷が絶えませんでした。
その上ケチな飼い主で、餌も満足に食わせないで、荷車の引き犬として酷使しておったのでございます。
その為、いつもひもじくて仕方がなかった貴女様は、仕事のない時は野原へ出かけ、野ウサギだとか、野ネズミ、蛙等といったものを捕まえては、飢えをしのいでいたのでございます。
所が冬になりますと、そういうものは少なくなります。なかなか捕えられません。
腹が減って堪らなかった貴女様は、
やむなく、お隣の家の鶏を襲うようになったのでございます。
しかし、そんな事が長続きするはずがございません。
直ぐに見つかってしまいました。
結局、そう言う事が重なって、最後貴女様は、（前世にあって、主人であった）私によって叩き殺されてしまわれたのでございます。
無論、虐待された貴女様は、私の事を、恨み、憎んで死んでいかれました。
その時の恨み、憎しみが、まだ残ったままに、この世に生まれてこられましたから、今生（こんじょう：今生きているこの世）において、私を見ると憎くてたまらず、ついつい虐待してしまわれたのでございますから、それは当然と言えば当然だったのでございます。
私と貴女様との、この憎しみ合わなければならない因果関係というものは、前世において始まったものではございませんでした。
前前世、さらに遡って前前前世にまで及ぶ根深いものでございました。
このままいけば、また次の世でも貴女様と私とが、逆の立場になって、それは貴女様に返っていくべき因縁だったのでございます。
貴女様は前前世に於いて、仏の教えを信じ、かなりの善根をお積みになられました。
よって前世のあの苦難の修行に耐えることができていましたなら、今頃は仏の足元に呼ばれ、心安らかなあの世での生活を満喫しておられた事でございましょう。
しかし悲しい事に、最後のテストとして遣わされた、私の下での苦行に耐える事が出来ませんでした。
貴方は深い恨みを遺したまま、お亡くなりになられました。
その為に、拙僧との悪縁は断ち切られることなく、今生にまで及んだのでございます。だからその因縁によって、今世において私をお苛め（いじめ）になったわけでございます。
幸いにも、今生の貴女様は、早めに罪をお気付きになりました。それを悔いられ、仏にお縋り（すがり）になり、千にも及ぶ善根をお積みになられました。
私は私でまた、ここにいらっしゃるお狐様、即ち、もみじ尼様の御導きによって、全ての恨み、憎しみを棄て去る道に入る事が出来ました。
よってここに私ども二人の間にありました、長く、長く続いた、悪い因果関係の輪は完全に断ち切られたのでございます。
貴女様の、この世での修行はもう終わりました。
仏の試練に耐えられた貴女様は、もう大丈夫でございます。
何も恐れる事はありません。
お迎えが来た時は、安心してあの世に、旅立ちなされ。
もうすでに、仏の台（うてな：仏様の座っていらっしゃる台座）のお傍に貴女様の座がしつらえられておりますぞ」
それを聞いて彩乃は少し安心しました。安心すると同時に、深い眠気が襲ってまいりました。
「眠くてたまらなくなられたようでございますね」
「長い話で、お疲れになりましたでしょう。少しお休みなされ」
と言いながら僧侶は立ちあがられました。
立ち去られようとする僧侶に向かって彩乃は、
「あっ、お坊様、貴方様の事について、まだお聞かせいただいておりません。私が掬佐さんだったお坊さまを追い出してしまった後の貴方様の事を」
「あの後貴方様が、どのようにされたのかとか、どこでどのように修行なされたのかなどについてもお聞かせ頂かない事には、気が休まりません。それについても、どうか、どうか」と眠気を堪え（こらえ）ながら、彩乃は言いました。
「貴女様の状態では、今夜、これ以上、お話を聞き続けられるのは御無理かとお見受けします。
さればと言って、先ほど来、部屋の外では、拙僧の事を、怪しんでいる者も少なくないようでございます。
その為私がこの家に顔を出すのは今回で最後にしたいと思います。
そのかわり、貴女様が知りたがっておられることについては、言葉を通さないで、貴方様の頭の中へ、直接働きかけ、お伝え申す事に致します（註：今風に言うとテレパシーのことでしょうね）。
故に今は、ゆっくりお休みなされ。
明け方を迎える頃までには、家を出されてからその後の拙僧の事についても、すっかりお知りになり、すっきりされていることでございましょう」
と言って、立ちあがられると、部屋の片隅の暗闇の中へ、溶け込むようにして、消え去ってしまわれました。
その後に襲ってきた猛烈な眠気によって、彩乃はそのまま深い眠りにおちいりました。
従ってその夜の事については、何処からが夢で、何処からが実際にあったことであるのか、彩乃にもはっきりしません。
ただ、その夜見た、この家を追い出された後の掬佐さんの身の上に起こった出来事についての夢は、
実際に在った事を、あの坊さまが、念を通して伝えてくれたもの〈いわゆる、テレパシーと言われているもの〉であると、信じて疑いませんでした。

次回へ続く
</description>
         <link>http://column.oida-art.com/archives/2011/11/#001084</link>
         <guid>http://column.oida-art.com/archives/2011/11/#001084</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Mon, 28 Nov 2011 15:12:25 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>No.135　お坊さまと白尾の狐　その６</title>
         <description>このお話はフィクションです。実際の事件人物とは関係ありません

その１７

夫に先立たれ、自分も老いを感じるようになるにつけ、その思いは益々、強くなっていきました。
彼女は贖罪（しょくざい：犠牲や代償を捧げる事によって、罪を償う事）の意味も兼ねて、弱い立場の物には、できる限り親切にし、これを助けるよう心掛けました。
身寄りのない子供は、自分の家に引き取り、自立できるようになるまで世話をし、物乞いには出来る限り施しをおこない、不作の年には、貧しい小作の所にお米を配り、医者にかかる事も出来ない小作の家には、自分のお金で、医者を頼んでやりしました。
僧侶には特に親切にしました。檀那寺の和尚には言うまでもなく、門辺（かどべ）に立つ托鉢僧にも、惜しまず喜捨（きしゃ：進んで自社に寄進したり、貧しい人に施しをする事）をいたしました。また彼らに一夜の宿を供する事も厭いませんでした。
しかしどれほど仏の教えを聞いても、どれほど善行を行っても、彼女の淀んだ心がすっきりと晴れる事はありませんでした。

その１８

その年、例年より早くやってきた冬は厳しく、１１月も半ば過ぎると、肌を刺すような寒い気候が続く日が多くなっておりました。
７０歳過ぎた彩乃には、その寒さは堪えたようで、ちょっとした風邪がもとで、床に就いたまま、起き上がる事が出来なくなってしまいました。（この頃は平均寿命が５０歳くらいの時代です）
何処かが、痛いとか、辛いという訳でもないのですが、ともかく食事が進みません。力が出なくて、起き上がる事ができません。
当時はまだ、医学もそれほど進歩してなかった時代です。お医者様も、はっきりした原因を掴む事が出来ないようで、ただ首を傾げるばかりです。
「もう、お歳ですから」とか、「せめてお食事を、きちんとお摂りになるようになりさえすれば、」などと、半分諦めているような口調で言います。
日に日に弱って食も細くなっていく自分を見て、彩乃はいよいよ「お迎え」の時が近づいたと、自分なりにひそかに覚悟を決めておりました。
跡を継いだ次郎佐衛門夫婦が、家は立派に取り仕切ってくれるようになった今では、この世の事についてはもう殆ど思い残す事もありません。
彼女にとって、心配な事と言えばただ一つ、あの世（＝来世：死んだ後の世界）の事だけです。罪を償いきっていないのに、あの世に旅立って行かなければならない事です。
「こんな罪深いままの私の事、今死んだとすると、待っているのは地獄の口しかないだろうなー。
どんな責め苦の待つ地獄へ落ちるのかしら。
そこで罪を償ったとして、その後、何に生まれ替わらせてもらえるのかしら。
ウサギや小鳥達みたいに、いつも何かに狙われ、追いかけられ、びくびくして生きていかなければならない存在かしら。
それとも馬や牛のように、生涯人間に鞭打たれ、こき使われ続けなければならない生き物かしら。
或いはまた人間に戻してもらう事が出来るのかしら。
でも仮にもう一度人間にしてもらう事が出来たとしても、幸せな人生であるはずがない。
あんな事をしでかしてしまった上、まだきちんと告白しての懺悔も済んでない以上、閻魔（えんま）様の裁きで、その報いを受けるに違いない」
「どんな裁きであれ、自分が犯した罪であるから、受けなければならないと分かってはいるが、それでも、考えれば考えるほどに恐ろしい。
南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。阿弥陀如来様どうか、この罪深い私をお救いください」と一心に念仏を唱え、心の中で、懺悔（ざんげ）しながら、お迎えのやってくるのを待つ日々を送っておりました。

その１９

そんなある日の夕方の事でした。
もう今夜あたり、いよいよ危ないのではというので、身寄りの者は言うまでもなく、彼女のお世話になった近所の小作人達までもが見舞いにやってきて、部屋の中は、見舞の人でごったがえしておりました。
沢山の人々によって発せられるざわめきと、北風を伴う霙（みぞれ）混じりの雨の、雨戸を叩く音、木々の梢の擦れ合う音、吹き過ぎていく北風の、窓辺を揺らす音などにかき消されて、家の中からは、外の様子は殆ど分りません。
所が、ここ数日来、起きているのか、眠っているのか、分からないような状態で、一日中うつらうつらしているだけだった彩乃が、突然、目を開き、
「誰か、誰かいないか」と人を呼びます。
何事かと、慌てて顔を覗き込んだ人々に向かって、「門の所にたっていらっしゃるお坊様を、ここへお連れしてきておくれ」と彩乃。
「こんな日に」と誰もが思いました。
てっきり夢か何かを見て騒いでいらっしゃるのだと思いました。
だから誰も彼女の声に応じて、立って行こうとしませんでした。
「お母様。外は大荒れの天気です。とても人が訪ねてこられるような状況じゃございません。
夢でもご覧になったんじゃありません？」と次郎佐衛門の妻、お清が申します。
「いんにゃ、夢じゃない。本当にお坊様が来ていらっしゃるはず。現に今だって、私の耳には、托鉢のお坊様が鳴らしていらっしゃる鈴の音がちゃんと聞こえているもの」
「グズグズ言ってないで、見るだけでいいから、見てきておくれ。
そこにお坊様がいらっしゃっていたら、ここへお招きしてくるんだよ」
と彼女は真剣な顔で確信ありげに言います。
死期の近づいている義母のたっての願いです。放っておくわけにもまいりません。
お清は立ちあがると、身支度を整え、外へと出ていきました。
家の外は、風雨が強く、まるで嵐のようです。冷たいみぞれ混じりの雨が、顔に叩きつけるように吹きつけ、目も開けておられません。
「おーさむ、寒。
こんな日に、托鉢に歩いておられるお坊さまなんか、いるものですか。
外へ出るのさえ、億劫（おっくう）なのに」と口の中で呟きながら、お清は門の所までやってまいりました。

その２０

所が、お清が門に近づくと、門の外から、ちりん、ちりんと托鉢僧の鳴らす鈴の音が、微か（かすか）ながら確実に聞こえてまいりました。
強い風と激しい雨音によってかき消され、切れ切れに聞こえてくるだけですが、確かに聞こえてまいります。
それに混じって読経のような声も聞こえてまいります。
急いで門扉を開けたお清の目に、最初に飛び込んできたのは、犬のような動物の黒い影でした。
そしてその後ろには、塀にへばりつくようにして風雨を避けながら、鈴を鳴らし、読経していらっしゃる、托鉢僧らしい編み傘姿の人の影がありました。
「まあ、まあ、こんなお寒い日に、ありがとうございます。
義母が是非お会いしたいと申しておりますので、ご迷惑かもしれませんが、お上がりいただけないでしょうか。
義母は長患いで、今では、今日か明日かという命となっております。
これも何かのご縁でございましょうから、今晩は、私どもの宅にお泊まり下さって、お坊様のありがたいお経と、お言葉でもって、義母を極楽浄土へと、送り出してやっていただけないでしょうか」とお清。
すると旅の僧侶は、「いやー、ありがとうございます。お言葉に甘えて、お世話になることにしますので、よろしゅう頼みます。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
とおっしゃりながら、家の中にと入ってこられました。

その２１

足洗いの水桶を持ってやってきたお清は、玄関の上り框（かまち）に腰を掛けて、草鞋の（わらじ）の紐を解いでいらっしゃる旅僧の姿を見てびっくりしました。彼の後ろには、何時の間に入ってきたのか、大きな狐が座っておるではありませんか。先ほど犬かと思ったあの影の動物に違いありません。
「キャー」お清は思わず悲鳴をあげました。
あまりの驚きに、お清は手に持っていた水桶を落とし、その場にしゃがみ込んでしまいました。
その悲鳴をきいて、その日、彩乃のお見舞いにきていた人々は、一斉に玄関の所へやってきました。
彼らもまたそこに、立派な銀白色の尻尾を持った大狐の姿を見て驚きました。
彼らは僧侶の影のように後ろに従っている狐の姿を見て、僧侶そのものが、狐で、後ろにいた狐は，化け狐のその影だと誤解しました。
彼らはてんでに、傍らにあった、得物になりそうなものを掴むと、
「このど狐め、こんな人家の中にまで、平気で上がりこんでくるなんて。しかもこんな日にやってくるとは」
「いくらお前が、うまく化けたつもりでいても、もうお前が狐だということは、影を見りゃー、バレバレだよ。
はよ―、正体を現して、ここから出ていけ」
「ぐずぐずしとったら、とっ捕まえて、毛皮にしてしまうぞ。
そんなに毛皮にされたいのか」などなどと口々に叫びながら、
一斉に僧侶に向かってとびかかってまいりました。
「待ちなされ、皆の衆。誤解じゃ。誤解。拙僧は間違いなく人間で、ここにいるのは拙僧の連れのお狐様じゃ」
「断りもなくお狐様を連れ込んで、皆の衆を驚かして済まなんだ。しかしこのお狐様はなー、わしのお師匠さんとも言える、大切な、大切なお方故、一緒にいる事を許したってもらえんじゃろか」
と僧侶の野太い澄んだ声。
今にも捉えんばかりの勢いで人々が迫ってきたというのに、僧侶は、悠揚迫らぬ態度（ゆうようせまらぬたいど：ゆったりとしてこせつかないさま））で申されます。
その騒ぎを聞きつけた彩乃が
「何を騒いでいるの。早く、お坊様を私の部屋へ。
なに、お連れ様が狐。構わぬ。
お坊様がお連れとおっしゃっているのなら、その狐も私の大切なお客様じゃ。構わぬから、一緒に案内しておくれ」と言います。

その２２

枕元に座った僧侶の姿を見て、彩乃の顔色が変わりました。
「もしや貴方様は」といったまま絶句して言葉が続きません。
彼女は気力を振り絞って、なんとか自力で床の上に起き上がろうとしました。
しかし長患いで体力の弱っている身体は、一人で起き上がる事を許しませんでした。見かねた付添の女中と、お清の助けで、やっと身体を起こし、布団に凭れ（もたれ）かからせてもらった彼女は、
頭を深々と下げたまま、僧侶の手を掴んでぽろぽろと涙をこぼし始めました。
「お許しください。お許しください。貴方様はもしや」
と苦しい息の下から、何か重大な事を話しだそうとする様子です。
すると僧侶は
「いやいや、拙僧はもうこの俗世とは縁を切った僧籍の身、この世で起こった事については、全て忘れ申した。
今では何の未練も、恨みも持っておりません。
だから安心して成仏なさい。貴女様が悔い改め、一念発起して善行を始められてからもう既に３０と余年。
その間に、貴女様が善根をおつみになった数は、積り積って九百と九十九、拙僧達でちょうど、千にあたります。
これで貴女様と私との間にありました古くからの因縁によって起こされた、貴女様の過去の過ちは全て綺麗に清算されたことになります。
貴方様は、間違いなく仏様の身元に召されて行く事が出来ますから、安心して、あの世に旅立っていきなされ」
と申されました。
「それでは私の気持ちが」となおも続けようとする彩乃に
「シーッ」言うように自分の唇にと人差し指を持って行った僧侶は、
「それでは貴女様が心安らかにあの世に旅立っていけるよう、秘義を行いましょう」
「ただこのままの姿勢では、秘義の途中で身体がまいってしまう恐れがありますので、
どうか、かまいませんから横になってお受け下さい。
なおこれはあくまで秘儀でございますから、人に見せたり、聞かせたりするわけにはまいりません。
恐れ入りますが、お人払いをお願いします」と申されます。

次回へ続く
</description>
         <link>http://column.oida-art.com/archives/2011/11/#001074</link>
         <guid>http://column.oida-art.com/archives/2011/11/#001074</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Mon, 14 Nov 2011 12:55:26 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title> No.134　お坊さまと白尾の狐　その５　おばあちゃんの昔話より</title>
         <description>このお話はフィクションです。

その１４

寝床に入ったものの彩乃は目が冴えてなかなか寝付けません。怒りが収まり、冷静さが戻ってくるのと歩調を合わせるように「やりすぎた」と思う、後悔の念が湧きあがってまいりました。
掬佐を叩いた時の右手の腫れと痛みが、今度はちくちくと彼女の心に突き刺ささり、良心を責め立てます。

怒りが完全に収まらず、その時の興奮がまだ残っていた間は、（怒りの方が自分を責める心より勝っておりましたから）それほどでもありませんでしたが、怒っていた時の興奮が収まっていくに連れ、後悔の念と掬佐を外に放り出したまま、長時間、放っておいた事への不安が強くなってまいりました。

「あんな小さな子に、あれほど叩いて可哀そうな事をしてしまった。後、大丈夫だったろうか」
「気を失って、ぶっ倒れているようなことはないだろうか」とか
「こんな寒空の下、寒さで凍え死んでしまっているような事はないだろうか」という不安がよぎります。

まんじりともせず転々として夜を明かした彩乃は、空が白み始める前に、お加代を起こしました。
そして、「もうそろそろあいつを、家の中に入れておやり」
「きっと、寒さで震えているだろうから、温かいお粥でも持っていって飲ませてやりなさい。その時、着替えをさせて、傷の方の手当てもしてやっておくれ。
後々、傷口が悪化すると面倒だからね。
しっかり手当をしてやるんだよ」と言いつけました。

夜中に起こされた揚句、盗み食い騒動の、後片付けまでさせられて、やっと寝付いた所を起こされたお加代は、眠い目をこすり、こすり、
「こんなに朝早くから、もう、堪らないな（たまらない）、
奥さまは本当に人使いが荒いんだから。
あんな子いてもいなくても誰も気にも留めないんだから、放っておけば良いのに」とぶつぶつ不平を言いながら、門の所へやって来ました。

しかし開けた門の外側には、誰もいませんでした。
「アレッ」と思ったお加代は、家の回りを探し回ってみましたが、掬佐の姿は、何処にも見当たりませんでした。
もしかしたらと思って覗いた、掬佐がいつも寝ている小屋の中にも、掬佐はいません。

急に目が覚めてしまったお加代は、慌てて彩乃の所に戻り、彩乃の部屋の襖（ふすま）を揺すって（ゆする）叫びました。お加代はもう半泣き状態です。
「奥様、奥様、大変でございます。
起きて下さい。
掬佐坊ちゃまのお姿が、何処にも見当たりません」

「朝早くから、そんな大声をだして騒がないでちょうだい。
あんな幼い子供が、何処にも行くはずないでしょう。
ちゃんと見てきたの」
昨晩、殆ど眠る事の出来なかった彩乃は布団の上に起き上がりながら、不機嫌そうに返しました。

しかし、すぐに立ち上がろうとはしませんでした。

両即頭部を親指で押さえながら、お布団の上に座ったままでじっとしています。

もともと頭痛持ちで寝起きが悪い彼女です。
それが、作夜の騒動で、まったく眠る事が出来なかった為に、その朝は特にひどく痛み、すぐに立ちあがる気になりません。
昨夜の不眠と、それによる頭痛で、ぼんやりしていた頭では、事の重大性をすぐに理解することができないようでした。

そんな彩乃の状態にお構いなく、加代の切羽詰まったキンキン声が、遠慮なく部屋にと、入ってまいります。
「奥様、奥様、早く起きて下さい。本当なんでございます。
無論、ご近所は言うまでもなく、坊ちゃまが何時もお休みになっていらっしゃる小屋を始め、おられそうだと思われる場所は全てあたってみました。
しかし何処にも見当たらなかったのでございます。どうしたらよいでしょう」

彩乃は、はっきり目覚めました。

驚いた為でしょうか、先ほどまでの頭の痛みが、どこかにとんでいってしまいました。
「本当なの。本当に何処にもいないの」
と念を押すように言いながら、彩乃は身支度を整え，慌てて部屋から出てまいりました。
そこに、お加代の緊張した半泣きの顔を認めると、事態が容易ならない事になっている事がわかりました。

『あんな小さな子が、あんな身体で何処へ行ったというの。
何処かの家の軒先で寝ているんじゃないの。本当に人騒がせな。
あんな幼い子の事だもの。そんなに遠くへ行っているはずがないわ。
ともかくご近所から探してみましょう。
どこかの家の物置か、軒先で寝ているにきまっているんだから。
もしご近所の人に先に見つけられでもしたら、厄介だから（どんな噂をたてられるか分からないから）、なるべくそっと探しなさいね。
くれぐれもご近所の人に分からないよう気をつけてね。もしご近所の人に会っても、
「掬佐を探し歩いている」と言っては駄目よ」
「タマ（その時飼っていた猫の名前）がいなくなって」くらいにしておきなさいね」』と言いつけると、二人は手分けして、ご近所中を探しあるきました。
しかし掬佐の姿は何処にも見あたりませんでした。
彩乃はあわてました。
「もし昨晩の事がみんなに知れ渡ったら」と思うと、いてもたってもおられません。
あんな状態の掬佐を、御近所の人に先にみつけられでもしたら、大事（おおごと）です。もともと「掬佐の扱いかたが酷い（むごい）」と陰口を叩かれている彩乃です。
そこへ、今回の、「お尻が裂けるほど叩いたあげくに、家の外に放り出した」などという残酷な事をした事が、しれようものなら大変です。

そんな事が御主人は言うまでもなく、ご近所の人や、使用人達に知られたら、この家に住み難く（にくく）なる事は想像に難くありません。

「もしご近所の人に先に見つけられたら、どんな非難をうけるか分からないから、しっかり頼んだわよ」
とお加代を督促しながら、探す範囲を更に広げました。

しかし、かなり遠く離れたところまで探しても、やはり掬佐の姿をみつけることはできませんでした。

その１５

夜はすっかり明けてしまいました。

そろそろ、野良仕事に出かける人々の姿が見かけられ始める時間です。
二人は掬佐の捜索を諦め、家に帰る事にしました。

こうなりますと、先ほどまで感じていた良心の痛みは何処かにとんでいってしまいました。彩乃の頭の中を占めているのは、何をおいても、まず自分の身を守る事でした。
彩乃は家に帰りがけ、お加代に向かって、「最初に掬佐を柱に括り付けたのはお前だし、屋敷の外へと閉めだしたのもお前だからね。
もし今夜の事が皆に知れたら、困った立場にならなければならないのは、お前も同じだからね」と、まず脅し、続いて
「だから昨晩あった事は、誰にも言ってはだめよ。
絶対に二人だけの秘密だからね」
「その代わり、お前には昨晩来、随分迷惑をかけたから、来月からお給金をすこし上げてやるからね。
少しだけど、ここにもっているこの金もあげるから、何だったら、そのお金で、ご両親の好きな物でも買って送っておあげ」
と言って固く口止めをしました。

お加代としては、お金を貰えたのはうれしいことでしたが、代わりに、大きな秘密を、背負わされてしまったので、不安でなりません。

お加代は、まだ若いというより子供と言っていいほどの年でしかありませんでしたから、こういった秘密を背負わされるのには慣れておりません。
露見した時の事が心配で、怖くてたまりませんでした。
そこで、「でも奥様、こんな事、秘密にしておいて、大丈夫でございましょうか。
お坊ちゃまが、いなくなった事なんか、すぐに分かってしまうのではないでしょうか。
そうなりますと、今、黙っていますと、その時、困るのではないでしょうか」といいます。

しかし彩乃は平気な顔をして

「大丈夫よ。昨夜の事なんか、誰も知らないんだから。
私かお前が話さない限り、誰にも分かりっこないんだから。
第一、掬佐なんか、まだ、言葉もはっきりしてないのよ。もし誰かが見つけてくれたとしても、昨晩起こった事を、人様に分かるように、きちんと話せると思う。
話せっこないでしょ。
だから、もし他の人にみつけられたとしても、誰がやったかわかりゃしないわよ。
そんなこと心配しなくても良いから、ともかく黙っていらっしゃい。
この家の人達だって、あの子の事、注意している人がいると思う？
誰もいないでしょ。
だから、例えいなくなっていたとしても、数日の事なら誰も気付きゃしないわよ」

「数日たっても戻ってこないし、何処からも、あの子の消息を伝えてこなかったら、その時始めていなくなった事を気付いた事にしたらよいのよ。
きっとみんなは、神隠しでもあったと思うわよ」と言います。

「だからね、私がもう良いというまでは、掬佐への食事はお前が運んでおくれ。
いうまでもないことだけど、その間は、食器はちゃんと空にして返しておくのよ」と命じました。

加代には平然とした顔を見せていましたが、彩乃は実際には、気が気でありませんでした。家にいても、全く落ち着きません。
誰かが呼びに来るたびに「ドキッ」として胸が破裂しそうに弾みます。「奥様」と呼ぶ声が聞こえてきますと、「ビクッ」として、今にも心臓が咽から飛び出してきそうです。
声を掛けられる度に、掬佐を助けてくれた人が、掬佐から事情を聞いて、自分を責めにきたのではないかとか、無残にお尻が腫れあがっている掬佐の遺体が見つかったという知らせがきたのではないかと思い、今か今かと、一日中ビクビクして、一時も気が休まりませんでした。

しかし幸いなことに（彩乃にとってはですが）、その日、一日が終わっても、掬佐についての情報は何も入ってきませんでした。
家の中も、彩乃の予想通り、掬佐の事なんか、もともと誰も気にしなくなっていましたから、かれが実際に家からいなくなったにもかかわらず、誰も気づきませんでした。

共犯に仕立て上げられたお加代は、彩乃に言われた通り、掬佐の所に食事を運んだ後、食べられずにそのままになっている食物は、そっと処分して、空の食器だけを、何食わぬ顔をして返しておきました。

２日経っても、３日経っても、掬佐の消息がないままに、４日目の朝を迎えました。
その間、掬佐の事が、使用人達の口に上がる事もありませんでした。

彩乃の心配は、一日経つごとに薄れていきました。

これだけ経っても何も消息がないという事は、迷い迷って、自分一人では帰る事の出来ないような遠い所まで行ってしまったか、人攫いに（ひとさらい）連れていかれていかれたか、あるいは、何処かで野たれ死んでしまっているとしか考えられません。
（註１：当時は幼い子供の行方不明になる事件が時々ありました。そう言った場合、人々は、神隠しにあったとか、人攫いに攫われたといって噂したものです）
（註２：本当かどうかわかりませんが、人攫いによって、生き肝（いきぎも）だけが抜き取られ、後はオオカミの餌にされてしまうといった噂もありました）

もうこれなら、これから後、掬佐が帰ってきたとしても、なんとでも言い逃れができると思えるようになりました。

彩乃は、ほっと溜息をつきました。

万一遺体で見つかったとしても、これだけ日が経ちますと、からすやオオカミ等に食い荒らされたり、腐乱したりしていますから、自分が折檻した事なんか、遺体から暴露することはないと思えました。

安心した彩乃は、お加代に「もう掬佐の食器は、そのままにしておおき」「食事を持っていくのも、後１日か２日したら、手のすいた者にさせなさい」と命じました。

それからさらに数日後、いつものように食事を運んで行った女中の一人が、口を付けた後もない掬佐の食器の山を見つけて、始めて大騒ぎになりました。
厄介もので、家の中での捨て子でしかなかった掬佐でしたが、一応は嫡男（ちゃくなん：正妻から生まれた長男）です。
体面的にも放っておくわけにはまいりません。

ご主人の指揮のもと、一家、ご近所総出での、大捜索が行われました。
しかし掬佐はどこからも見つかりませんでした。
もしかしたら、迷ったあげく、水に溺れて死んだのかもしれないということになり、部落じゅうの舟をかき集めて、池という池、川という川の、殆どを浚い（さらう）ましたが、遺体どころか、何の手がかりもみつける事が出来ませんでした。
捜索は一週間にも及びましたが、結局、何の成果もないままに終りました。
近所の人も、使用人達も、仕事が滞って（とどこおる）しまって、これ以上は、続けるわけにはまいりませんでした。

本当の事を知らない皆は、「これだけ探しても何の手がかりもないというのは、神隠しにあったか、天狗様にさらわれたに違いない。
あな、恐ろしや、恐ろしや。ほんに可哀そうなことじゃったなー」といい合いましたが、それも数日の事でしかありませんでした。

後は人の口に上がる事もなく、いつの間にか忘れさられてしまいました。

その１６

掬佐の消息はその後何十年もの間、杳として（ようとして：はっきり分からない様）分かりませんでした。
若い間は、自分の身を守ることに懸命で、掬佐の事なんか、何も考えもしなかった彩乃でしたが、年数が経つうちに、次第に自分のしてきた事の罪の深さを悔いるようになりました。
自分のしたことの重大さが分かるようになるに連れ、自分のしでかした事を悔やみ、わびる気持ちも強くなってまいりました。
年をとり、子育ての経験を積み、多方面からいろいろな物の見方が出来るようになるにつれ、その気持ちは、ますます深く且つ強くなっていくばかりでした。

「あの子の事を、どうしてああも忌み嫌い、憎んだのだろう。
別に私に害を加えようとしたわけでもなかったのに。
考えてみれば、あの子が家に戻ってきた最初から、私が、あの子の事を嫌っていたから、あの子の方も、それを敏感に感じ取って、私に懐かなかっただけかもしれない。
或いはそんな私だから、怖がって避けていただけだったかもしれない」
「あの追い出した日の事だって、私が十分に食事を与えてなかったから、あの子としては、腹が減ってしょうがなかったから、ああいう事をしただけだったのに。

幼くて知恵足らずの子供のしたことで、その上たった飯櫃一杯の御飯が無駄になっただけなのに、それを理由に、あの子に、あんな酷い仕打ちをしてしまって、本当に悪い事をしたわ」

「あの子今、どうしているのかしら。もし亡くなっているのなら、さぞかし私の事を恨んで死んでいった事だろうな－。また、もしまだ生きているとしたら、きっと私の事を憎んでいる事だろうなー」
「あの時、怒りにまかせて、家の外に放り出してしまったけど、あんな知恵遅れの幼い子が、叱られている最中に色々考えるはずもなかったのに。
それを誤解し、叱られた事に反抗して、睨みつけたと思って家から追い出してしまったけど、今から思うと、あれは怖くてたまらない時の顔だったんだわ。
あの子が睨みつけたと思った事も、私の顔色を窺っていただけの顔だったような気がする」
「そう言えば、あの目、あの子が睨んだと思った目だってそう。今思い出してみると、じっとこちらの心の動きを見ていた、常日頃見慣れたあの子の目と同じで、特別の意味はなかったような気がする」
「あんな知恵遅れの幼子の事、一人で生きていく事が出来ない事なんか分かっているのに、
家から放り出したあげく、その子がいなくなった事を知った時だって、私は自分を守る事に精いっぱいで、あの子の事なんか、露ほども考えてやらなかった。
もしあの子がいなくなった朝、皆を総動員して探してやっていれば、きっと見つかっただろうに」
「私というのは何という罪深い女だろう。当時の私は、自分の事ばかり考えている、人間の皮を被った獣（けだもの）のような存在だったんだわ。
それどころか、犬畜生の方が私より、よほどましだったかもしれない」
「こんな罪深い私にも、救われる道があるのかしら。もうなにをしても、死んだら地獄へ行くより仕方がないのかもしれない」
などなどと思い悩むのでした。

次回へ続く


</description>
         <link>http://column.oida-art.com/archives/2011/10/#001064</link>
         <guid>http://column.oida-art.com/archives/2011/10/#001064</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Fri, 28 Oct 2011 18:50:24 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>No.133　お坊さまと白尾の狐　その４</title>
         <description>このお話はフィクションです。似たような所がありましても、実際に起こった事件、実在の人物とは、全く関係ありません。


その１０

その夜、台所近くの部屋で寝ていた若い女中は、夜中に扉が開く音に、目を覚ましました。
様子が分からぬままに彼女は、布団の中で身を固くして、耳をたてました。
するとその音に続いて、何者かが忍び込んできたように感じられます。
「泥棒？」と思った瞬間、身が竦んで（すくんで）声も出ません。彼女は身を固くしたまま、お布団の中で震えておりました。
しかし忍び込んできたものは、その後、一向にそれ以上進んでくる様子がありません。
足音もしません。
ただ一回、台所でバタンと何かが、何かが落ちた音がしただけです。
「さては悪戯狸（いたずらたぬき）めが、またやって来たな」と思った彼女は、寝床から立ち上がると、傍にあった箒を掴み、忍び足で台所に向かおうとしました。
その時です。何かに噎せた（むせた）ように激しく咳き込む子供の声が響いてまいりました。
「あっ、あの厄介息子だ」と咄嗟に察した彼女は、あわてて台所へと駆けつけました。
するとそこには思った通り、掬佐が真っ赤な顔をして、今にも息が止まりそうなほどに咳き込んでおりました。彼女は慌てて駆け寄ると、掬佐の背中をトントンと叩きながら、水を少しずつ与えました。やっと咳が収まってきたので、ホッとした彼女が辺りを見回しますと、台所は、大変な事になっているではありませんか。
掬佐の回りには、噎せた時に噴き出した飯粒が、まわり一杯に散らばっております。
手には手掴みした時の飯粒が、口の回りには慌てて押し込んだ時の飯粒がくっ付いております。
噴き出した時に散らばったご飯粒は、蓋を開けたままになっている飯櫃の中にも入ったに違いありません。
彼女は、それ以上掬佐が、何かをしでかさないように柱に括り（くくる）つけると、その足で、奥様を呼びにと奥へ入っていきました。

その１１

間もなく不機嫌そうな顔をした継母の彩乃がやって来ました。
夜遅くまで、帳簿仕事をしていて、やっと寝入ったばかりの時に起こされたのですから、気分の良いはずがありません。
もともと頭痛持ちの彼女は、しかめた顔を少し傾け、両手で、側頭部を挟むように抑えながらやってまいりました。
すると目に入ってきたのは、このあり様です。彼女は激怒しました。
もともと自分に全く懐かないばかりか、赤ん坊の時から、自分に敵意に近い感情をむき出しにする知恵足らずの（当時は皆から、そういう風にみられていました）掬佐に対し、憎悪に近い嫌悪感を持っていました。
その掬佐が、大胆にも台所に忍び込んで飯泥棒を働いたばかりか、お櫃（おひつ）にあったご飯を全部駄目にしてしまったのです。
台所の上り框（かまち）一杯に散乱している飯粒、その真ん中に置かれた、蓋の開いたお櫃（ひつ）、そして部屋一杯にたちこめる悪臭、その様子を見た瞬間、彩乃は「カーッ」と頭に血が頭に上って、我を忘れてしまいました。
「もう、お前という子は。どうしてこういう事をするの。
御飯を与えてなかったわけでもないに。
今日と言う今日は、もう許さないんだから。お前なんかもうこうしてやる」
というやいなや、彩乃は柱にくくりつけられ、不安げに、上目遣いで自分を眺めている掬佐の頬を、思い切りぶっ叩きました。
それまでも随分嫌っておりました。
しかし人目もありますから、さすが手をあげるような事はしませんせんでした。
しかしこの時の彼女は、もはや理性を失ってしまっていました。
叩かれて、反抗的な目をして、じっと自分を睨みつけてくる掬佐の目が、余計に彼女の感情を逆なでします。
いつもでしたら、自分のそばに近寄ってくるのさえも疎ましく（うとましい）思っていた掬佐の身体を、横抱きに抱き抱えると、お尻をむき出しにして、思いっきり叩きはじめました。
痛みと恐怖に顔を歪ませ、苦痛から逃れようと、身体をよじらせながら呻き（うめき）もがく掬佐も見ているうちに、彼女の心はより一層残忍になっていきました。
掬佐のお尻はもう真っ赤に腫れあがって、所々血が滲み出始めてさえおりましたが、それでも構わず、彼女は思いっきり叩き続けました。
それまで外聞を恐れて、掬佐に対する感情を抑えていただけに、それが一挙に爆発しました。
彼女の心には、叩けば叩くほど、掬佐が苦痛の呻き声を上げればあげるほど、一種の残忍な、快感すら沸き起こって来るようになっておりました。
叩いても、叩いても、泣きもしなければ、謝ろうともしない、そんな掬佐の態度は、彼女の逆上した心に油をそそぎ、一層残忍にします。
お尻からは血が飛び散り、ぐったりとなってしまっていても尚、彼女は思い切り叩き続けました。
彼女自身の手が腫れあがり，掬佐のお尻から流れ出る血と、失禁した糞尿で、汚れてしまったのも気にすることなく、気が狂ったように叩きつづけました。
掬佐にあまり好意を持っていなかった女中のお加代でしたが、さすが、幼い子供が、そこまでされているのを見るのは、忍びなくなってまいりました。
「奥様、もうその辺でどうぞ。
これ以上されますと、坊ちゃまが、死んでしまわれます。それに奥様のお着物も、汚れてしまいますし」と言って袖を掴んで止めに入ります。
女中の言葉に我に返った彩乃は、お尻が真っ赤に腫れあがって、そこから血が噴き出し、気を失ったようにぐったりとし、尿ばかりか、大便まで漏らしている掬佐の姿を見てあわてました。
すぐに、お加代に言いつけて冷たい水を汲んでこさせると、それを口に含ませました。
同時に、手ぬぐいを水に浸して、お尻の血を拭き取り、汚れを拭ってから（ぬぐう）濡れ手ぬぐいを当てて冷やしながら、横にしました。
しばらく横になったまま唸っていた掬佐でしたが、やがて意識を取り戻してきた掬佐の態度は、彩乃には、前より一層憎々しげに映りました。
もう自分に対して、何の恐れも抱いていない様にみえました。
ゆっくり起き上がった掬佐は、何も言わず、悪びれた様子もなく、彩乃に向かって、睨みつけるような一瞥を加えると、そんまま、よろめくような足取りで外に出ていこうとします。
彩乃には、その姿は７歳やそこらの子供とは思えないほどふてぶてしく映りました。
再び逆上した彼女は、
「泥棒猫め。お前なんか、もう家の子供じゃない。どこにでも好きな所にお行き」というと、
お加代に言いつけて、門の外へと放り出し、閉め出してしまいました。

その１２

門の外に放りだされた掬佐は、しばらくの間、門扉（もんぴ）を叩きながら、「中に入れてください」と哀願（あいがん）し続けました。
しかし、家の方からは、何の音も返って来ませんでした。
彼はしばらくの間、門扉を叩きつづけました。しかし家の中から何の反応もありません。
物置小屋以外の世界を殆ど知らないで育った幼い掬佐にとっては、突然夜中に、外に放り出されて、この後、どうしたら良いのか見当もつきません。
掬佐は、本当の所は、継母の彩乃が思っているほど、ふてぶてしくしていたわけではありませんでした。まだ７歳の幼い男の子です。
悪い事をした所を見つかって、ただ動転して、どうしたら良いかわからず、固まってしまっていただけでした。
見つかった時は、「しまった」と思いましたし、いけない事をしたとも思いました。
ただ、不幸な事に、人の心を感じる事のできる彼は、彩乃の姿を見た瞬間、彼女の憤怒が並々ならぬものである事を感じ取り、
「もうどうにもならない」と観念してしまったのでした。
それで彩乃の出方を、目を見開いたまま、窺がって（うかがう）いたにすぎません。
「お前なんか、もう家の子じゃない。出ていけ」と怒鳴られた時だって、
意識がぼんやりしている掬佐には、それ迄、何があったのか、何が起こったのか、まだはっきり理解できませんでした。
ただ「出ていけ」と言われたから、その場から、出ていこうとしただけです。
そしてその時、「もう終わったのかしら」と何気なく継母の顔色をチラッと窺っただけでした。
それを、心に後ろめたい所のある彩乃が、誤解し、全て悪い方に悪い方にととり、ふてぶてしい顔で睨んだと取ったに過ぎません。
それまで、彼は、それほど継母の事を恨んでいたわけでもなければ、憎んでいたわけでもありませんでした。
自分を嫌い、憎んでいるらしい感情が伝わってまいりますから、怖い人と思って、なるべくそばに、近寄らないようにはしていましたが、ただそれだけです。
だから、泣きも喚き（わめき）もしなかったのは、「泣いても喚いても（わめく）、許しを請うたとしても、もうどうにもならない」と観念してしまったからにすぎません。だから、されるままになっていたのでした。
なにしろまだ７歳の子供の事です。大人に怒られている最中に、いろいろ考える等と言う、大それた事をしている余裕なんかあるはずがありません。怒られている時は、ただ痛かったし、怖かっただけでした。

その１３

冬の夜の外の世界は、風は冷たく、全てのものが、瞬く間に凍りつくほどでした。鼻をつままれても分からないほどに暗い、その暗闇には、得体の知れない何かが、潜んでいて、今にも襲いかかってくるかのような不気味さがありました。
絶え間なく襲ってくる寒さと恐怖に震えながら、「お義母さん（おかあさん）、お義母さん、もうしません。もう二度としませんから、お許しください。どうか、どうかお願いします」と門扉を叩いて哀願しました。
しかし彼を放り出した女中のお加代は、彼を追い出すと直ぐに、家の中へと戻ってしまったようです。
どれほど頼んでも門の内側には、人の気配はなく、何の物音も返ってきませんでした。
冷たい北の風は、容赦なく掬佐に吹き付け、薄着のままに放り出された彼の身体からは、容赦なく（ようしゃ；ゆるすこと）体温を奪っていきます。
寒さが次第に彼の意識を奪いとっていきました。門扉を叩く音は次第に弱くなり、時々襲ってくる眠気の為に、中に呼びかける声も途切れがちになっていきました。
頭が下がり、身体が今にも地面に崩れ落ちそうになります。
しかし崩れ落ちることはありませんでした。そうなる寸前に、突然顔をゆがめ、飛び上がっては目を覚まします。
身体を動かすと強くなるお尻の痛みが，眠り込んでしまうのを妨げているようでした。
しかし、そのころになると、彼にはもう、門扉を叩いたり、声をあげたりする力は残っていませんでした。
目を覚ましたといっても、壁に凭れた（もたれた）まま、目を見開き、首を横に振るだけです。
そしてそれほど間をおく事もなく、やがて、瞼（まぶた）は再びトロンと下がって、今にも眠りこみそうになっていきます。
誰も見ている人はいませんでしたが、もしその時、彼を見ている人がいたとしたら、そんな彼の回りを、いくつかの、何か黒い影のようなものが飛び回り始めたのが見えたはずです。
その黒い影は、頭の上や、顔の回りをぐるぐる回りながら、耳元の所を通るたびごとに、キーキーという、金属棒で硝子をこする時のような不愉快な音を立てます。
それに応じてうなずいたり、首を振ったりしている掬佐の様子から、やつらが掬佐に、何かを話しかけ、嗾けている（けしかけている）ように感じられます。
やがて掬佐は、黒い影に誘われ、導かれているように、その黒い影に従って歩き始めました。
彼の顔からは、先ほどまでの、おどおどした、頼りなげな感じはすっかり消え失せていました。代わりにその表情からは、憎しみと憤りの感情が噴き出しておるようになっていました。
彼は足を引き摺り、引き摺り、一足ごとに襲ってくる、お尻の痛みに顔を歪めながら、ゆっくりゆっくり家から離れていきました。
その歩みはとてもゆっくりで、姿が彼の家から見えなくなるまでには、かなりの時間がありました。

次回へ続く
</description>
         <link>http://column.oida-art.com/archives/2011/10/#001056</link>
         <guid>http://column.oida-art.com/archives/2011/10/#001056</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Thu, 13 Oct 2011 13:54:13 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
</rss>

