No.231 狂い花 (ある名もなきコレクションへのレクイエム(鎮魂のミサ曲))(1)

このお話はフィクションです。似たような名前、事柄がでてきましても、偶然の一致で、
実際にあった事柄や、実在の人物とは関係ありません

1.はじまり
 このコレクションの持ち主は?

その1

「お父さん、今度香港へ一緒に行かない?」
「いやだよ。
買い物したい物があるじゃなし。美味しいものが食べたいじゃなし、あんなところへ
何しに行くの」
「この五月の、サザーラン・香港オークションに、とても質の良いもので、手頃な価格のものが、沢山出ているんだわ」
「へー、良いものって、誰の作品が出ているの」
「いまちょっと思いつくだけでも、シャガールだとか、ルノアール、ユトリロ、藤田、ローランサン、ルオー、ピカソ、ダリ、パスキン、ロートレックなどなど、日本人好みの欧米有名画家の作品がザクザク出ているのよ」
「フーン、でもそういうのってさー、よほど有名なコレクターの持ち物でもない限り、名前だけの駄作が多いんじゃないの」
「それがね、今度のオークションに出ている物の場合、そうでもないみたい。
ねー、これ今度のオークション出品作品のカタログなんだけど、見て、見て、
このオークション・カタログで見る限り、それぞれの作品、そのほとんどが、とても質が高く、小品ではあっても、売り絵にて候といった、描きなぐったり、売り絵として自分の作品を模写したりしたような作品ではない事がわかるでしょ。
それなりに、描いた作家の思いが伝わってくる、名品ばかりだと思うんだけど、そうは思わない」
「ウーン、これで見た限りでは、小品ではあっても、質の高い作品ばかりで、確かに心が動くね。」でもそうなると高くなりすぎて、われわれじゃとても手が出ないんじゃないの」
「そうかもしれない。だから、遊びがてら見にいかない?と言っているのよ。
いま中国の市場では、こういった資産価値のありそうな作品は、買い漁られているそうだから、お父さんの言う通り高くて、手がでないかもしれない。
でもさー、あちらの美術業界の状況を知るにはとてもいい機会だと思うの。
それにさー、そうはいってもオークションって水ものだから、思わぬ拾いものが,買えるかもしれないし」

その2

「所で,これらの作品って、いろいろなところから掻き集めてきたものなの」
「違う、違う、一人のコレクターのものだそうよ」
「へー、そうなんだ。でそれって何処の国の人」
「それがさー、驚いたことにこれらの作品のコレクターは日本人なんだって。日本人のコレクターが、若い時から、こつこつ集めてきたものなんだって。だからかなあ、このコレクションにはこれらを蒐集した時の、コレクターの思いがこもっていて、これらの作品群を一つのまとまった塊りとしてみたとき、このコレクション自身に命が吹き込まれているように私には思えるんだけどそうは思えない?」
「そう言われると、そうだねー。だったら、オークションなんかで、売るんじゃなく、まとめて買ってくれる人を探すべきじゃーなかったのかなー」
「それがそうはいかなかったみたい。一刻も早くそして少しでも多くのお金に手にしたいという売り主の強い希望があるようなの」
 「ふーん、そうなんだ。それならせめて、冠○○氏コレクション・オークションといったふうに、そのコレクターの名前くらいつけてやっても、よかったんじゃないの。
なんといったって、個人で、これだけ質の高い作品を集めた人のオークションなんだから」
「それがさー、これらの作品のコレクターって、この業界では、全く無名の人でしょ。
そうなると、わざわざこのオークションに、コレクターの名前を冠付けしたって、このオークションの箔付けには、役立ちそうもないの。だからオークション会社がそんなことしてくれっこありませんよ」
「という事は?」
「こういったオークションでは、一般的に、世界的に著名なコレクターだとか、歴史上の有名人物、名の知られた政治家、大金持ち、名のある芸術家といった有名人の持ち物だった場合は、それだけで、皆の注目をあび、付加価値がついて、落札価格が高くなる可能性が強いでしょ。
だから、オークション会社としてはそうするでしょうね。でもこの人のように全く無名の人のコレクションでは、質の高い作品が多く含まれていても、世間的に認められていないわけですから、例え○○氏コレクションと冠名をつけたとしても、誰の関心も惹きっこないのよ。だからオークション会社が、そんなことしてくれっこないわよ」
「でもそれじゃー、これらの作品をお集めになったコレクターが、あまりに気の毒過ぎると思わない。
作品の一枚一枚に、アマチュアながらとてもよく勉強されているのが滲み出ていて、大変に質の高いコレクションになっていると思うのに。このコレクションを見て、私が勝手に作り上げた物語かもしれないけど、お金持ちの道楽で、画商を介して金に飽かして集めたコレクションと違って、このコレクションには一点一点吟味しながら、コツコツ集められてきた、コレクターの愛情と、汗、そして生命が吹き込まれているのが、感じられるの。それを今回は手放されるわけでしょ。だったら、それに敬意を払って、このオークションに、冠名くらいつけてあげても良かったんじゃないのかなー。
それが、今回のオークションによって、バラバラにされ、ある一人の人間のコレクションとしての生命を失うことになるこのコレクションへ贈る、せめてものレクイエムとなるというのにね」
「言われてみれば、そうだよねー。集めるにあたってのコレクター意図や意志が詰まり、塊としての生命を持つに至っているこのコレクションが、何の敬意も払ってもらえず、バラバラに解体され、一点一点、競りにかけられ、芸術的価値よりも金銭的価値により重きを置く輩共(やからども)の許に引きとられていく姿なんて、このコレクションのコレクターとしては、見るに忍びないだろうなあ」
「でもねー、お父さん。このコレクションの場合は、その点については大丈夫みたいなのが、一つの救いよ」
「エッ、どうして」
「だってさー、この作品の元々の持ち主は、もうお亡くなりになって、この世にいらっしゃらないんだもの」
「ということは、出品者は、ご遺族ということなの」
「出品者は、ご遺族の債権者である金融業者みたい。だから、オークション会社の人の話では、出品者が関心を持っているのは、いくらになるのかという事だけで、このコレクションそのものには何の関心も愛着も、持っていらっしゃらないんだって」
「へー、そうなんだ」
「そうそう、たまたま身内という事で、相続されただけのお方と、その人の債権者なんだって」
「フーン、じゃー、このコレクションの本来の持ち主だった人は可哀想だねー。
もし魂というものが実際に存在しているんだったら、天国からそれを見て、泣いていらっしゃる事だろうね」

続く