No.225 油滴天目の油滴に刻まれた涙痕  (戦国の世を駆け抜けた女) その27

このお話はフィクションです。

その27の1

「そうかなー。
わっちらのような無学なもんには、難しい理屈は、さっぱり分からんけど、
そう言われてみりゃー、わっちらが餓鬼(註:この場合は、子供をいやしんでいう称)やった頃に、わっちらの所へ来てくんさっとった、あのお坊様も今では、貞観寺の住職になっとりんさるけど、あの頃のお方とは思えんくらい、変わってしまやーしたなー。
あのお坊様、とても偉いお人になりんさったいう事やけど、わっちらにとっては、昔の親切で気さくなお人、わっちらのような家へも訪ねて来てくれ、一晩中でも、有難い阿弥陀如来のお話を聞かせてくんさとった、あの頃のあの方の方が、ずっと良いがね。
あの方が、あの頃のまんまやったら、あの大震災で死んだもん達だって、もっと早う浮かばれとったと思うんやわ、わっち。
だって、あの頃のあのお坊様やったら、すぐに飛んできてくんさって、供養もしてくんさったに違いないと思うんやわ。
だけど実際には、大震災があってから、もう一年以上も経っとるというのに、この村へは、未だに、一人も坊さんが来てくんさらへん。
だから、震災後、この村で死んだ門徒衆は、誰一人として、お坊様による、供養をしてもらっとらへん」
「それはいけませんでしたね-。
それでは、この村の門徒衆の家で、亡くなられた方が出た場合、お葬式はどうなさってましたの?」
「お坊様が来てくんさらんのやから、わっちら門徒衆だけが集まって、一緒にお念仏を、お唱えする事で、済ませとりましたがね。
わっちら、字を知らんもん(者)ばっかやろ。
だもんで、お経なんか、誰も読め-せん。
そのため、お葬式といったって、皆が集まって、お称名を、お唱えしながらお通夜をし、お称名を唱えながら野辺送りをするだけの、簡単なもんやったわ。
だから死んだもんの魂が、まんだ成仏できんと、この世を、彷徨っとりんさるんやないかと、心配でたまらんのやがな」
「皆さんで、ご称号をお唱えなさって、亡くなられた方のご冥福を、(阿弥陀如来に)、お願いなさったのでしたら、ご供養としては、それで、十分ですよ」
「そうやろか。
でもそれだけやったら、死んだもんの魂が、浮かばれとらんような気がしてならんのやけど」
「平生から、お天道様に恥じないような生き方を心がけておられ、日々お念仏をお唱えしながら、暮らしておられたお方でしたら、
皆さんで、称名念仏をお唱え下さっただけで十分です。
間違いなく、極楽浄土へと。旅立っていかれてますからね」
「そうやろか。
でも、そういわれても、わっちらみたいな、その日暮らしの貧乏人には、お天道様に恥じんような生き方というのが、これがまた難しゅーて。
朝はそういう風に生きなあかんなーと思って、起きるんやけど、夕方になると、反省しなあかんことばっかしたり、考えたりしとった、自分が、そこにおるんやわ」
「それでも大丈夫ですよ。
日々の生活の中にあって、絶えず煩悩に惑わされたり、妄執に取り付かれたりして、時々道を迷ったり、踏み外したりする者、それが、私たちのような凡夫(ぼんぷ)なんですから。
でも、そういった生活の中にあっても、南無阿弥陀仏のお念仏を、忘れることなく、お唱えしている方でしたら、
例え、一時的に迷って、道から外れるような事がおありになったとしても、阿弥陀如来が、直ぐに正しい道、お天道様に恥じることのない生き方のできる道をお示し下さいます。常日頃からそのことに気付いて、正しい道を歩もうと心がけておられた方でしたら、僧侶による供養をしてもらわれなくても、あなた方のお念仏による、野辺送りだけで、成仏なさっているはずです」
「そうかなー。
でも門徒衆の中には、いろんなやつがおって、そういう生活とは縁のない、極道な生活を毎日を送ってきたもんも、たんと(たくさんに)おるんやわ。
それでも、わしらにとっては、そういったもんも身内は、身内やがね。そういったもんやからといって、どうなっても、構わんと、放っておくわけにもいかんのやわ。
わっちらとしては、そういったもんでも、やはり、冥福を(死後の幸せ)祈ってやりたいと思うのが、人情なんやから。
しかし、そういったもんの場合でも、わっちらのような、お経もようあげんようなもんによる、念仏唱和での、野辺送りだけで、成仏できるんやろか?
どうもそこんとこが心配なんやけど。
そこで庵主さんに、お願いなんやけど、あの大震災とその後に、この村の門徒衆の家で亡くなったもん達の為に、追善供養をしてもらいたいんやけど、駄目やろか」
「それとも、ろくなお布施もよう出せんような、こんなわっちらのような貧乏人のお願いでは、聞いてもらえんのやろか」
「そんなことはありませんよ。
無論、お頼みとあれば、お引き受けしますよ。
そもそも、あなたが今気にしていらっしゃる、お布施などというものは、僧侶である、私たちを通して、困っている人々を救う為だとか、仏様の教えを広めるのに使うために、頂戴するものであって、僧侶個人の懐に入る、お金ではないんです。
だから先ほども申しましたように、僧侶が、お布施の多寡を問題にすべきではないのです。
それ故に、先ほどから申していますように、私としましては,夫々のお志だけで充分です。
私。お布施の多寡によって、追善供養のお経を、手加減するようなことは決していたしませんから、安心しておまかせください。
ただ、ご供養させてもらうに当たって、貴方たちに、お願いしておきたいことがございます」
「何やね」
「それは、こういった供養による死んだ人の魂の救いは、施主にあたるあなた方の、阿弥陀如来への信仰心の深さと、救って欲しいと願う、熱意にかかっているという事を、知っておいて欲しいのです。
貴方達は、私の読経に合わせて、心を無にして、一心不乱に、称名念仏をお唱え下さって阿弥陀如来にお縋り(すがる)下さい。
そうすることによって、貴方方の、阿弥陀如来を信ずる心に、一点の曇りも無くなったとき,その時点で、貴方達が救ってほしいと、願っている人の魂は、数われます。

その27の2

早朝から、準備にかかったにもかかわらず、私の噂を聞きつけて、自分の身内も一緒に供養して欲しいだとか、
私の話を聞きたい、私に自分の話を聞いてほしいなどなど言って訪ねてくる人が後を断たず、それやこれやで時間をとられ、結局、上苫保村での合同供養を済ませて、芥見にある自分の庵に帰り着いた時には、もう日はとっぷり暮れて、辺りは真っ暗となっていました。
帰って来た私は、びっくりしました。
庵の前には、焚火が煌々と燃えていて、狭い境内は人で溢れておりました。
「何がありましたの」と尋ねる私に対し、
目ざとく私の姿を見つけた一人が
「アッ、庵主様だ、庵主様がお帰りになったぞ。
おーい、無事にお帰りだぞー」と叫びます。
集まっていた人々は、皆一斉に私の周りに集まると
「お帰りなさい」
「お帰りなさい」
「ようこそ、ご無事で」
「ご無事でよかった」
「お怪我だとか、お加減の悪いところなどございませんか」
などなどと口々に尋ねます。
「どこも悪くありませんよ。
それにしても、どうしてこんなに沢山?」
「どこも、悪くないそうよ」
「本当、本当なの。よかった、よかった。
お帰りなさいませ」
「無事でよかった。
わしら皆、あまりにお帰りが遅いもんで、心配しとったんですよ。
本当に、どっこも悪いところはございませんね?」
「それにしても、一体全体、こんな遅くまで、何処で、何をなさっていたんですか?
心配をさせて」
などなどと、あちらこちらから、一斉に、話かけてまいりました。
「ちょっと、ちょっと、一体どういう事なの。
何がありましたの?」と私。
「どういう事も、こういう事もないでしょう。
昨日の朝早く、川辺の郷へ行くといって出かけられたまんま、今日のこんな時間になっても、帰って来んさらんもんやから、
皆が心配して、集まってくれたんやがね」
「そりゃ、そりゃ、済まなかったね。
私、昨日の早朝、出がけに、重兵衛さん、貴方の所に立ち寄ってお伝えしておきましたでしょ。
『今日はこれから、例の件で、川辺の郷まで行ってきますよ』って」
重兵衛さんというのは、ずっと以前。先代の庵主にして、私のお師匠でもあった、善導尼様の時代から、この庵の門徒代表をしてくださっているお人です。
「そう、確かに聞きましたよ。
でも泊まってこられるなんてことは聞いていませんがね。
まして翌日の、こんな遅い時間になるなんてことは、全く聞いていませんよ」
「皆さん、ごめんなさいねー。
私だって、明くる日になるなんて、思ってもみませんでしたし、こんな遅い時間になるなんて、夢にも思わなかったもんですから」
「まあ無事で何よりでしたが、
皆心配して、これから探しにいこかといって、相談しいたとこだったんですよ。
それにしても、こんな時間まで、どこで、なにしてりゃーたの?」
「それがね、昨日は、川辺の郷で、あの地で亡くなられたお方のご供養をさせて頂いたのですが、あそこにはまだ、成仏していない魂がうようよしていましてね、その為、その方々のご供養に思わぬ時間をとられてしまいましたの」
「へー、それで、追善供養のほうは無事終わったんかいの?
「えー、なんとかね」
「そりゃーよかったなも。
でもそれだけやったら、昨日のうちに。帰ってこられたんと違うんか?」
「それから後、折角ここに来たのですから、父の形見でも見つからんものかと思って、あちらこちら探しまわっていたもので」
「あんな、山津波で、何もかも埋まっとるような所で、そんなもん探すのなんて、どだいど無理な話やわ」
「誰が考えてもそうですわねー。
でもあそこで、父を失った私としては、あそこまで行きますと、もしかして、とつい思ってしまったんです」
「そうかもしれんわなー。
で、なんか見つかりんさった?」
「そう、それがね、奇跡としか言いようがないんですが、見つかったのですの。
お父様のお導きによるものか、あるいは、阿弥陀如来のお助けによるものか解りませんけど,人知では計り知れないような、奇跡がおこったんですの。
もう見つかりっこないと思って、諦めて帰ろうと思った矢先、なんと、偶然躓いた(つまずいた)物の中に。お父様の愛用なさっていた、お茶碗の欠片(かけら)が入っていたんんです」
「へー、そういうこともあるんですねー。見つかって、本当によかったなも」
「そういったことで、ずいぶん時間をとられてしまったでしょ。
それでとうとう昨日は、家に帰る事が出来なくなって、以前、川辺の郷のあった場所から、少し山を下ったところにある、下苫保という村の、農家に泊めて頂きましたの。
ところが、そこの村では、あの大災害以降、まだお坊様に一度も、来てもらえてないというんですよ。
あれからもう一年以上も経っているというのにね。
その為、震災以降お亡くなりになられた方々のご供養が、まだ全く、済んでないというんです」
「それで、その人達の、ご供養を、お引き受けになったというわけ?
でもそれだけじゃないんじゃないですか?
とても草臥れとりんさるようですけど、まさか、頼まれんさった家、一軒一軒回って、供養なさってきたんじゃーないわなも」
「いくらなんでも、そこまではしてませんよ。
私としては、そうして差し上げたかったのですが、向こうの方々が遠慮なさって、震災でお亡くなりになられた方々の、お身内に、お集まりを願い、その方たちの、合同慰霊祭をするということで、お許し頂いたんです」
それなら、どうしてそんなにやつれたお顔を、しとりんさるの?
真っ青なお顔で、まるで半病人みたいなお顔なんやけど?」
「大丈夫よ。
ただ、草臥れているいるせいか、立っているのも辛くて、一時でも早く、横になりたいとは思っていますけどね」
「エーッ、それは大変。
それで,何処が、どんな風にお悪いのです?」
「それがねー、つい先程、胸の中で、ずきんと突き上げるような、痛みが走ったと思ったら、その後、息が苦しくて、今では、もうどこでもいいから、横になりたい気分ですの」
「ただそれだけだから心配しなくて大丈夫よ。
一晩休ませてもらえば、元のように元気になると思いますから。」
「そらまた。そんな無茶してきんさって。
庵主様も、もうお年ですから、いい加減になさらんと。
それにしても、下苫保村の奴らも、気が利かんなー、こちらまで送ってきてくれても、罰は当たらんと思うんやけど」
「そうでないのよ。
あの人たち、『馬で、家まで送らせてもらう』と言って下さったんですよ。
でもね、家まで送ってもらいますと、送ってくださった人の帰りが、夜になってしまうでしょ。
見坂峠越えの道は、地震で壊れている所が、あちらこちらに在って、夜道はとても危なそうでしたの。
だから、上有知(こうずち・・今の美濃)迄送ってもらうだけで、それから先は、こちらが遠慮しましたの」
「そうでしたんか。それじゃー、上有知から歩いて帰ってこられたんやねー。
そりゃー大変。
草臥れんさっとるのも、当たり前やわ。
これから後の事は、わっちが、うまい事やっときますから、庵主様は、今はなにもお考えにならんで、一刻も早く、お休みになっておくんなさい」と重兵衛。

その28へ続く

No.224 油滴天目の油滴に刻まれた涙痕  (戦国の世を駆け抜けた女) その26

このお話はフィクションです

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著者である弊社顧問 種田稔一による、長年に渡り積み重ねてきた見識と豊かな創造力が凝縮された一冊です。 時空を超えて描かれる壮大な歴史ロマンを是非お楽しみください。
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その26の1

それやこれやで、私が山を下って下苫保村に到着した時にもう、日はどっぷり暮れ、当りは真っ暗になっていました。
来る時に通ってきた、見坂峠、樋ケ洞を越えて、上有知(こうずち:現在の美濃)に抜ける山道はもう、その時刻では危険で、通れそうにありませんでした。
私はやむなく、その夜は、下苫保村に泊まることにしました。
しかし街道から外れた場所にあるその村には、宿屋などあるはずもありません。
だからと言って、どの家も生活は楽でなさそうで、あの大震災後、既に一年余も経っているというのに、どの家もまだ壊れた所の修理が完全に終わっていない有様です。
そんな村で一夜の宿を頼むのは、いくら何でも気が引けます。
そのため私は、この夜は野宿することに決め、野宿するのに良さそうな場所を探しながら歩いておりました。
するとその時、母屋の大きな庇の下に、馬小屋が作られている農家が、目に入りました。
うまい具合に、馬小屋の前には、沢山の藁が積み上げられていて、それを使えば、夜の寒さも何とか凌げそうです。
「ごめんください。ごめんください。夜分おそくすみません。どなたかいらっしゃいませんか」
「はい、はい、どなた様で」
「こんな夜分、突然、ごめんなさい。
私、岐阜の芥見にあります、無量壽庵という、小さな尼寺のお守りをさせていただいている、照道尼と申すものでございます。
私川辺の郷におきまして、今回の地震だとか、その前の戦いによって、その地でお亡くなりなった方々のご供養をさせて頂いてきたものでございますが、只今はその帰り道でございます。
所が、あの地で、思わぬ時間をとられ、こんな時間となってしまい、とても難渋いたしております。
そこでお願いでございますが、あの馬小屋の軒先と、あそこに積んである藁少々を、お借りして、一夜の宿としたいのでございますが、駄目でしょうか」
「今、照道尼様とおっしゃいませんでした?」
「えー、そう申しましたが」
「そうですか、そうですか、お前様が、生菩薩様と噂に聞いている、照道尼様でいらっしゃいますか。
そんな立派なお方を、馬小屋の前で野宿させたとあっては、ほかの門徒宗に嘲笑われてしまいます。
狭い家の上、まんだ震災後の直しが、済んどらんもんで、家ん中は散らかっとりますが、どうか遠慮せんと、まずは家に上がって、ゆっくりしていっておくりゃーせ」
「いえいえ、もうこんなお時間ですので、お手数をおかけしては申し訳ありません。ですから軒先をお借りするだけで結構でございます。
どうかお構いなく。
それに私、生菩薩やなんて、そんな事言われるような、そんな立派な僧侶ではございません。
もしそんな人がいらっしゃるのでしたら、多分それは、同じ名前を持った、別人だと思います。
未熟者で、まだまだの私に、そんなことを言われますと、恥ずかしくて、ますますお言葉に甘えるわけにはまいらなくなってしまいます」
「何をおっしゃる。
あなた様は、芥見村、無量壽庵の照道尼様でございましょ?」
「はいさようでございますが」
「そんなら、噂のお方に違いありません。
そんなことおっしゃらんと、どうか、どうか、お上がりになってください。
それにお食事もまだでしょ?」と言った後、奥に向かって
「おっかあ。おっかあ。
どえらい尼さまが、寝るとこがないで、困っとりゃあすと。そんだもんで、家に泊まってもらう事にした。
いいやろ。
それから、なんか温かいもんでも、出してくれんか」と亭主。
「そんな事、急にいわれても、もう火も落としてしまっとることやし」とやや困惑した様子の、女の声が返ってまいりました。
「もう、本当に軒先だけで結構でございますから、どうかお構いなく。
それに、食事の方も、今日のご供養にお供えましたおにぎりが、まだ残っておりますので、それで済ませますから、本当に、本当に、ご心配なさらないでください」。
「それみー、お前さんがそんな言い方するもんやから、尼様が遠慮して、外で寝るといって、聞きゃーせんがや。
おまはんも、はよー、こっちへ来て、生菩薩様とまでいわれとりんさる有難い方のお顔を拝ませてもらいんさい。
こんな事はこんなど田舎では、今後とも二度とありゃせんことなんやから」

その26の2

「それで今日は川辺の郷のほうで、この震災や、その前のいろんな戦で亡くなりんさったお方のご供養を、してきてくださったという話やけど、どうやった?
皆、うまい具合に、成仏していきんさった?」
「ありがたいことに、皆さん、阿弥陀如来のお助けによって、成仏されたようでした。
突然、身に降りかかった不慮の死のために恨みだとか、憎しみ、悲しみ、心残りなどの為に、成仏することができず、これまで霊となってあの地を彷徨っていらっしゃった人々のお顔には、どのお顔にも、とても穏やかな表情が浮かんでまいりまして、西の空の彼方へ飛び去っていかれましたからね」
「そうでしたか、そうでしたか。そりゃあよかったなも。
あの地の戦争だとか地震によって、思いもかけない突然の死を迎えなければならなくなった人達の霊も、皆、さぞ喜んどりゃーす事やろな。羨ましいこちゃ」
「またどうして?」
「だって、わっちらの村で死んだもんときたら、お寺から遠い上に、門徒もまんだこの村では少ないもんで、ろくな回向も(回向・・仏事を営んで、死者の成仏を祈る事)受け取りゃせんのだわ。こんなこといっちゃあなんやけど、この村の門徒ときたら、貧乏人ばっかりやもんで、お布施もたんと(沢山)はようださんのやわ。だもんでか、あの大震災以後、一度もお坊さんが、この村へは来てくれえせんがね」
「そうですか。それはさぞお困りでしょう。何時もは、どこのお寺に、お願いしていらっしゃるんですか?」
「関の貞観寺さんに頼んどったんやけど」
「あそこは大きくて門徒さんも沢山いらっしゃいますから、今度の大震災のように、あちらこちらでお亡くなりになった場合は、ここのような遠い所までは、なかなか手が回わらなかっただけなんではないでしょうかね。
「そうやろか、ほんとに遠いからだけやと思やあす?
でもさあ、偉いお人だとか、大地主、大金持ちなんかの所へは、遠かろうとせっせと通っとりゃあすという噂やけど。
地獄の沙汰も金次第と言われとりんさるように、この世の中、お寺さんだって結局は、金、金、金の、金が物を言う世界になっとるんと違うか?。
だもんで、わっちらのような貧乏人の所は、何かにつけて、後回しにされているんやないやろか」
「そうでしょうか。貞観寺のお坊様方だって、一日も早くこちらへも、来なくてはと、気は急いて(せいて)いらっしゃるのではないかと思いますよ。
でもあの寺は、門徒さんも沢山いらっしゃるでしょ。
だから今度の大震災のように、一度に、沢山の人がお亡くなりになったような場合は、ご供養しなければならない人がああまりに多過ぎて、ここのような遠い所までは、なかなか手が回らないだけではないでしょうかね」
「そうやろか、今度の大震災以後、わっち、お寺やとか、お坊様のおっしゃる事を、あんまり信じられんのやけど。
わっち、つくづく思うんやけど、どれほど一生懸命、阿弥陀如来にお縋りしたって、結局お金の払えんようなわっちらみたいな貧乏人は、供養もろくにしてもらえんのやから、極楽浄土へは行けん事になっとるんやないやろか」
「そんな事は、絶対ありませんよ。お金だとか、宝物、権力などといった、この世において、世俗の人間どもが手に入れるために、血眼(ちまなこ)になっているようなものなんか、所詮、仮の世であるこの現世においてのみ価値があるものであって、死後の世界、すなわち来世においては、なんの価値もないものなんですからね。
この世に在るもので、あの世へ行っても尚、価値あるもというのはね、この世に生きている間に行った、善行と、深い信仰心だけなんですよ。
沢山のお金や、強い権力に物をいわせて、お坊様に大切にしてもらったり、優先的に沢山のお経をあげてもらったりされたからと言って、その人や、その人の縁者達が優先的に救われるわけでは、決してありませんからね。
貧者の一灯という言葉、ご存じでしょ。
百俵のお米を持った人から、寄贈された一斗のお米より、一升の米しか持っていない人がお出しになった、一握りにも満たないような僅かなお米の方に、仏さまは、より高い価値をお認めくださるのですからね。
貧しい人は、貧しければ、貧しいなりに、自分がその時できる精一杯のこと、自分の欲望を少し抑えなければならなくなる程度、すなわち、貴方方が、「これを他の人や、仏さまの為に差し出すのは、惜しいなあ。これがあったらもっとましな生活をすることができるのになあと思える程度の物や金を、困っている人や、仏の教えを広めるのに役立てようと、ご寄進になれば、それで十分で、とても大きな功徳を積まれたことになるんですよ。
仏様にはそれで充分解っていただけ、喜んで頂けるんですからね。
だから貧しいからと言って、極楽へ行けないなんて事は絶対にありませんよ。
そんな寂しい言葉は、二度と口にしないでください」
「そうやろか。
庵主様が、そのようにおっしゃるんやったら、そうなんやろうけど、わっちらが頼んどる寺の坊さんたちは、ちょっと違うように見えてしょうがないんやけど」
「貞観寺の住職さんだって、そんなことは百もご存じだとは思うんですよ。
でも悲しいことに、あそこのように大きくなってしまわれますと、信者を獲得して、教えを広め、そしてそれを維持していくためには、とても沢山のお金が要りますでしょ。
だから、本末転倒、傍から見てるもんには、金、金主義で、お金持ちや、権力者の方ばかりへ、顔を向けているように見えがちになっているんじゃないでしょうかね」
「こんなことを私が言いますと、あんたも、『同門だから庇っていやあがる。
所詮あんたも、真宗のお坊さん、同じ穴の貉(むじな)なんだなー』と思われるかもしれません。
でもね、誤解しないで聞いてほしいんですが、私、寺を経営していくために、そうせざるを得なくなっている、貞観寺さんの立場を、理解し、同情もしてるんですよ。
しかし、だからといって私、そのやり方が、正しい事だとは決して思っていませんからね。
ただ、一般的な話としてお話しますと、宗教というのはね、これは、私たちの信じている真宗に限った事ではなく、どの宗教にも当てはまる事なんですけどね。
宗教というのは、その教えに共鳴し、それを信ずる人が増えてくるにつれ、組織化が必要になってまいります。
組織化する事によって、布教活動がスムーズに行われるようになり、信者さんはどんどん増えていきます。
しかし一方、それに伴って、その組織を維持し運営していくために必要な人やお金も、どんどん増えてきます。
更に、信者をより増やし、より信仰心を高めてもらう為のお膳立てとして、荘厳な建物や、中に祀る金ピカの仏像、仏具(仏教の場合はですが)、そしてそれを広めるための荘厳な宗教行事の執行などが必要となります。
またそれらを執り行う為の僧侶を始めとするいろいろな仕事をする人手も必要です
そうなりますと、その為のお金もまた、更に必要となりますよね。
こうして、宗教というものは、信じる者の数が増え、大きくなっていくに連れ、信者の増加と、それによって必要となるお金とが、鼬ごっこに増えていくことになるものなんです。
この為、貧しい信者さんたちから集める浄財だけでは足りなくなり、どうしても、お金持ちや、権力者に頼らざるをえなくなっていくのです。
そして、宗教というのは、悲しい事に、最初にその宗教を始められた、宗祖だとか、教祖の理念とは、全く違った形のものへと変容してしまいがちなものなんです。」

その27へ続く