No.220 油滴天目の油滴に刻まれた涙痕  (戦国の世を駆け抜けた女) その22

このお話はフィクションです

小説「廻る糸車 ~ 伝説の美女 西施像奇 ~」刊行のお知らせ
著者である弊社顧問 種田稔一による、長年に渡り積み重ねてきた見識と豊かな創造力が凝縮された一冊です。 時空を超えて描かれる壮大な歴史ロマンを是非お楽しみください。
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その22の1

善導尼に拾われて、三年くらい、経ったある日、私(美貴)は、師匠、善導尼の導きで、得度し、照道尼と言う法名をいただき、仏の弟子の一人に加えて頂けることになりました。
お師匠様は「お前が、未だに、背負っている何かを、探して、もがき苦しんでいる所から、お前を仏の弟子の一人として、今の時点で、加えても良いかどうか、随分悩んだんだよ。
だが、お前が、わしの所へ来てからもう三年、
お前の過去がどうであろうと、今のお前が阿弥陀如来を信じ、この憂き世に在って助けを求めている人々に対し、阿弥陀如来による救いの教えへ、導こうと
して。懸命に努力してきたお前の姿に、嘘はないと思える。
だから、先の事は先の事として、今のお前を信じ、仏の弟子の一人に加え、人々を導く役目の一端を荷って(になって)もらおうと思う」とおっしゃって、私を得度してくださることになりました。
でも私としては、記憶が無くなる前の私が、何をしていたか分からないだけに、不安で、御仏に仕える身となって良いのかどうか、決心がつきませんでした。
「もし記憶が甦り、私の過去が明らかにりました際、万一、私の過去が、仏様や世間に、顔向けできないような暮らしをしていたらと考えますと、今はまだ仏様の弟子になるには、早すぎるような気がいたします」といって、最初は、尻込みをしました。
そんな私に対し、お師匠様は
「そんなことを、心配する必要なんか、露ほどもないんだよ。
お前も知っての通り、私どもの教祖、親鸞聖人様は、「前非を悔いて、阿弥陀如来の御慈悲に縋る(すがる)者であれば、誰でも、御仏の下へと、救いあげて頂ける」とおっしゃっているのですからね。
まして今のお前は、この三年間、私の下に在って、精進に努め、お聖人様の教えを、一人でも多くの人に知ってもらい、阿弥陀如来の救いの道へ導こうと懸命に努力してきたではないか。
それで充分だよ。
だいたい、おまえが気にしている、過去のお前がしてきた事なんか、過去の記憶を全くもっていない、今のお前には、全く関係ない事なんだからね」
「しかしお師匠様、万一記憶が戻り、私がしなければならないと思っている事とか、会わなくてはならないと思っている人といった、現在、心に引っかかっていたものが、失われた記憶と一緒に戻ってきた時、私が、果たして、仏への道を人に説くに値する人間でありうるか、心配でならないのでございます。
記憶が戻って、しなければならない事柄が、はっきりした形をとった時、例えそれが、復讐のような、仏の道に背くような行為であったとしましても、この執着している念の強さから考えます時、私、その執念を振り切って、仏の道に留まっておられる自信がないのでございます。
もしそのようになった時、大恩あるお師匠様を裏切る事になるばかりか、お師匠様が世間から、非難の的になるんではないかと思うと、心配でならないのでございます」
「万一、そんな時が来たとしても、その時はその時だよ。
お前にとっては、記憶を失くした後の、今の生は、仮の世で授けられている、仮の生でしかないのだからね。
もし、お前の記憶が戻って、この仮の世での、お前が産声を上げた時の生に戻り、そちらで生きる事を、優先したとしても、それがお前の宿命なんだから、誰もそれを責める事は出来ないと思うよ。
だから、例えその為に、私が非難の的になったとしても、それは私への試練として。受け止めていくつもりだ。だから、お前が気にする必要は、全くないんだからね」
「それにね、この3年間お前を見ていたものとして思うのだが、お前の性は、もともと善そのものであるとみている。
だから記憶を失う前の生だって、お前が心配しているような事はなかったと思うよ。
また仮に、記憶が戻った為に、記憶を失う前の人生を生きる事を選んだとしても、お前に本来備わっている性から考えるとき、一時的に信仰の道から外れる(はずれる)ようなことがあったとしても、お前が心配しているような、非道に走るようになることはないと思う。
またもしそれ故に、一時的に阿弥陀如来信仰の道から逸れる事があったとしても、阿弥陀如来の懐の温かさと安らぎを知ってしまったお前だもの、それをまったく捨て、忘れ去ってしまうなんて事は、ありえないと信じている。

その22の2

私、照道尼が、師に拾われてから、はや十年余、師、善導尼様も、既に還暦をお過ぎになり、最近では、お年のせいもあってか、遠方までお出かけになるのは、億劫がられるようになってしまわれました。
その為、月命日だとか、年忌法要等といった檀家の仏事は、私(照道尼)にお任せになる事が多くなりました。
かくいう私(照道尼)も、もう五十に近く、色気のイの字も感じられない、染みだらけ、皺だらけのお婆さんとなっています。
僧侶としては、まだまだ修行が足りない、半人前でしかありませんが、お師匠様について歩いて、学んできたお陰で、門前の小僧ではありませんが、真宗の法典はほとんど、諳んじられる(そらんじられる)ようになり、大方の佛事も、無難にこなせるようになっております。
ただ悲しい事に、門徒衆を前にしての、念仏講での法話をするのは、今も苦手です。
その為なるべく、お師匠様にお願いして、出てもらうようしております。
五十近くになった今では、私も、もう男達から、好色の目を向けられる事も殆どなくなりましたし、仏の弟子として、沢山の男の人達と、お話をさせて頂いてきたお陰で、男達の中にも、卑しい人だとか、悪い人ばかりではなく、中には、礼儀正しく、立派なお人も、沢山いらっしゃる事も知りました。
だから、本当なら、もういい加減、男への恐怖心から、解き放されても良さそうに思うのでございますが、悲しい事に、男の人達の前に出ますと、特に法話のように、沢山の男性に、見つめられる場合は、身体が震えてきて、言葉を忘れてしまうことが、ままあるのでございます。
それともう一つは、私、私なりに、自分の学んできた事を、一生懸命にお話させていただいているつもりでございますが、記憶を失う前の自分の生き方に、自信がないせいか、あるいは、潜在意識が、それに(記憶を失う以前の私の生き方への不安に)拘っている為か、「上っ面の話ばかりで、心がこもってなくて、説得力がない」とか、「話に身が入ってないようで、有難味がない」とか、陰口を叩かれている事を知っていたからです。
そういった訳で、その日は、かなり大きな集まりでの法話の依頼でしたから、
少し遠方からの依頼で、お師匠様にお願いするのは、申し訳ないとは思ったのですが、「体調がすぐれない」と言っておられたにもかかわらず、無理にお願して、檀家衆の集まりに出てい頂いたのでございます。
法話は何事もなく、無事に終わっての帰り道の事でございました。
お師匠様は、とてもお疲れになったご様子で、あまりお口を、お利きになりませんでした。
辺り一面が、ぼんやり薄黄色に霞み、まるで海の底を歩いているような、月夜の道を、私ども二人は、ただ黙々と、歩いていました。
師、善導尼様の法話に感激し、顔を紅潮させて、歩いていた私の頬を、花の香りを含んだ春風が、撫でていくのが、とても心地よく、私もまた、口を開くこともなく、夢見心地で、歩いておりました。
しばらく歩いていたときの事でした。
「のー、照道尼や、まだ、以前の事、何にも思いだせんかのー」並んで歩いていた善導尼様が突然話しかけてこられました。
「えー、まだ何も。
ただ最近は、何だか、いろいろな人の顔が、ふっと浮かんでくる事がございます。
でもそれは、ほんの一瞬の事で、しかも、ぼんやりしておりまして、それが誰だったか、どうしても思い出せないのでございます。
ただ、それを見た後は、どういうわけか、もの悲しさのあまり、胸が潰れそうになるのでございます」
「そうか、そういうのを見るようになったか。
もしかしたら、それは、記憶の戻る時が、近づいている印(しるし)かもしれんなー」
「そうでしょうか。
でも、それって、はたして、喜んでいいことなのでしょうか。
何だか、表に出てはいけない過去の私が、白日の下に曝されてしまうような気がして、恐ろしゅうてなりません」
「どうして、そんなに悪い方へ、悪い方へと考えるのだ。
人と言うのはなー、表がどのように変わろうと、その人が生まれながらにして持っている本性まで、そう簡単には変わるものではないのだよ。
前にも言ったように、お前と住むようになったこの年月、お前を見ていて思うに、お前の本生は、善そのものなんだよ。
だから、もしこの後、記憶が戻ったとしても、お前が案じているような、醜いお前が、顔を出してくる様な事は、絶対ないと思うよ」
「本当でございますか。
それを聞いて少し心が安らぎました。
それにしても、私が最近見るようになりました顔は、女の顔で、どの顔も、皆、皆、とても悲しそうな顔をしておりました。
どうしてで、ございましょうか」
「そうか、そうか、悲しそうな顔であって、恨めしそうな顔ではなかったのか。
そうだとすると、それはな、未だに成仏できない魂が、お前を頼って、お前に何かをしてもらいたいと訴えているんだろうと思うぞ。
この戦国の世、そんなに大勢の人間が、か弱い女のお前を頼って、して欲しがっている事って何だと思う?」
「さあ、以前、女達に、何かを頼まれたような気はするのですが、昔の事を記憶していない今の私には、皆目、見当が付かないのでございます」
「どう考えたって、その者達が、か弱いお前に託そうと思う事って、その者達が、誰かを、それは、お前の頭の中に浮かんでくる者その者自身かもしれんし、
その者達の身内の者かも知れんが、いずれにしても、その者達を供養してほしい、後世の冥福を祈って欲しいと願っている事しか、考えられないんじゃないの?
そんなに大勢の人間の顔が、次々、浮かんでくると言う事は、お前の肩には、さぞ沢山の霊が、お前を頼って、ぶら下がっているんだろうなー」
「さようでございましょうか。
もしそうでございましたら、お師匠様の下で、修行させてもらっている、今の私には、ぴったりな仕事でございますね。
もし本当にそうでございましたら、嬉しいのですが」
「そう考えると、私が偶然お前に会った事も、お前が私の弟子になったのも、阿弥陀如来のお導きによるものに相違ない。。
一日も早く、お前の記憶が戻って、私の後を継いでくれ、今、お前の肩にぶら下がっている人達だけではなく、苦しんだり、悩んだり、恨んだり、悲しんだりしながら亡くなり、未だに成仏する事が出来ないで、この世を彷徨っている人達の魂を、一点の曇りもない心で、阿弥陀如来の下へと導いてやれるようになる日が、一日も早くやって来る事を、(私は)待っているぞよ」
「そうそう、そう言えば、今まで言いだし難かった(にくい)から、訊かなかったが、お前、照(てる)という字の入っている名前に心当たりはないか」
「さあ、とても懐かしさを感じる、響きではありますが、今の所、思いあたりません」
「そうか、それなら、今のところは、仕方がないなー。
でも、その字はなー、お前を拾ってきた時、寝言で、さかんに照、照(てる)と呼んでいた時期が、あった事から考えるに、お前にとっては、とても大切な、人の名前の、一部だったんじゃないかと思うんだよ。
お前の法名、照道尼の照は、冥途への道を照らす僧侶になって欲しいという、わしの願いを込めて付けたものではあるが、それと同時に、照という字が、お前の記憶を戻す、便(よすが:ここではたよりの意)になってくれたらという、思いも、籠っているんだからね」

その22の3

その年も暮れ近く、霜月(十一月)二十九日の夜半の事でした。
註:旧暦による日付です
この年、この地方では、年初めから、とても地震が多く、
文月(七月)五日の大きな揺れに始まり、その後、小さな揺れが頻繁に続いていましたが。、霜月十一日になると、再び、大きな揺れに見舞われ、それ以降は、余震とは言いきれないような、大きな揺れを交えた、様々な揺れが、頻繁に続くようになっていました。
その為世間では、何かよからぬ事がやってくる、前兆ではないかと、世間では皆、不安に慄いて(おののく)おりました。
その日私(照道尼)は、朝から、とても忙しく、てんてこ舞いをしておりました。
体調が悪いとおっしゃって、勤行も、お休みしたいとおっしゃる、お師匠(善導尼)に代わっての、朝の勤行に始まって、お師匠様のお食事の準備、
檀家での法要や門徒報恩講(檀家お取り越し、檀家お引上)の営みなどなどで、休む間もなく、飛び歩いておりました。
その為、私が庵に戻って来られたのは、夜四つ(9時から11時の間)過ぎでした。
しかし仕事はそれで終わりではなく、庵に帰ってからも、夕の勤行、お師匠様への夕餉のお支度、湯浴みの手助け、洗濯などの仕事が待っていて、それらの仕事を全部を終わった時には、夜九つ(零時)を回っておりました。
疲れきった私は、厨(くりや:台所)のある小屋の、床の上に横たわると、ちょっと休むだけの心算でしたが、いつの間にかそのまま、ぐっすり眠入ってしまいました。
しかしほどなく突然、身体が三尺ちかくも飛び上がる程の、ものすごい大揺れと、それに続いての、身体が家ごと跳びはねているような激しい断続的な揺れ、そしてそれに合わせて立てる、床や天井板、柱などの、激しい軋音に、目を覚ましました。
壁際に積み重ねたり、立て掛けたりしてあった、箪笥、食器棚、柳行李(柳行李:衣装などを入れておく入れ物)、座布団、食卓膳などと共に、土壁や、柱、天井板などが一斉に私に、襲いかかってまいりました。
そして気が付くと私は、真っ暗な闇の中、倒れてきた柱や、家具、落ちてきた天上板に挟まれて、身動きも出来ずに、もがいておりました。
長い、長い地震でした。
激しい揺れは、しばらくの間、間断なく続きました。
圧し掛かかってきている(のしかかる)、柱や家具の揺れに伴って、それらの固い角が、容赦なく、断続的に、私を、打ち据えます。
その痛みと、死への恐怖に耐えていた時、突然私の失われていた記憶が戻ってまいりました。
あの忌まわしい、大勢の男達に、よってたかって凌辱され時の記憶、男どもに押さえつけられ、激しく甚振られていた(いたぶる:激しく揺り動かす、いじめる)時の記憶が、その時の、痛みや恐怖と一緒に戻ってまいりました。
そしてそれを引き金として、まるで、それまで視界を遮っていた、厚い幕が切って落とされたかのように、
隠されていた過去の世界が、一挙に甦ってまいりました。

その22の4

翌朝速く、私達の安否を気遣って、駆けつけてくれた、重兵衛さんを始めとする檀家の男衆たちによって、私は救い出されました。
幸いな事に、打ち身と擦り傷程度で、大きな怪我はありませんでしたが、腰が抜けてしまったのか、しばらくの間、立ち上がる事ができませんでした。
私は、ペタンと地面に座りこんだまま、「お師匠様は、お師匠様はどうなされました?
ご無事でした?」と、うわ言のように尋ね続けました。
その時突然、私の頭の上から、
「照道尼、照道尼、私は大丈夫だよ」と言う懐かしい師の声が降ってまいりました。
「アッ、お師匠様、よくぞご無事で」
「それにしても、ど偉い(物凄い}地震じゃったのー。
怖かったろ-。
心細かったろ-。
良かった、良かった、よう助かってくれた。
何処も痛い所や、動かない所はないか」
「はい、幸い、掠り傷(かすりきず)か、打ち身程度で、大したことはございません。
それより、お師匠様が寝ていらっしゃった、本堂の方は大丈夫でございました?」
「おかげさんで、さすが阿弥陀如来のお住処、皆さん心をこめて、頑丈に作っておいてくれたおかげか、何ともなかった」
「それに比べると、厨(クリヤ:料理をし、食事の準備をする場所)の造りは、ちょっと、お粗末だったのかかしら。
ぺったんこですけど」
「いやー、そうじゃなくて、それくらい、昨夜の揺れは凄かったということじゃよ。
それにしても、無事でいてくれて、よかった、よかった。
お前に、もしものことがあったらと思うと、考えただけで、ぞっとする。
朝になっても、お前は顔を見せてくれないし、お前が寝ていた筈の厨は、潰れてしまっとるしで、もう心配で、心配で、居ても立ってもおれんくらいだったんだわ。
それにしても、よう無事でいてくれたのー」
「ご心配かけて済みませんでした。
それもこれも、朝一に、助けに来て下さった、重兵衛さんはじめ、門徒の皆さん方のおかげです。
本当にありがとうございました」
「なんの、なんの、ようございましたな。
ご無事でなによりでございます。
上手い具合に頭の方へは、なにも落ちて来なかったのが、幸いでございましたなー。
私どもも、ご無事なお二人の姿を見て、ほっとしております」
「あの後、余震のたびに、まだまだ、上から物が落ちてきておりましたから、皆さん方が、こんなに早く助け出しに来て下さらなかったら、
今のようなかすり傷程度では、済まん所でした。
駆けつけて下さった、門徒の皆さん方の家だって、この大地震の事、さぞ大変だったでしょうに、真っ先に駆けつけて下さって、本当にありがとうございました。
おかげさまで、命拾いさせて頂きました。
ありがとうございました。ありがとうございました。
今では、私ら二人とも、このように、何とか無事に息をさせて頂いておりますので、
皆さん方には、この後は、直ぐにお自宅の方へ、お戻り下さって、ご自宅の面倒を見てあげて下さいませ。
みなさん方の所でも、ご家族の方々が、さぞお困りでございましょうから」
「お師匠様にも、ご無事で何よりでございました。
私、お師匠様の事が心配で、心配で、お傍に付いてなかった事を、どれほど悔やんだことでしょう。
直ぐにでも駆けつけたいと、心は逸って(はやる)いたのでございますが、何しろ、あんな状態だったでしょ。
だからどうする事も出来ず、遅れまして、どうもすみませんでした」
「何を言っているのだ。
お前の無事な顔を見せてもらえただけで充分だよ。
それより、お前があんな所で寝ていたと言うのは、よほど草臥れていたんだろうなー。
こちらこそ、お前が、そんなになるまで、いろいろ頼んでしまって、悪かったのー」
「何をおっしゃいます。
そんな事、弟子ですもの、当たり前でございますよ。
そんなことぐらいで、お礼を言われますと、罰が当たりますからお止めください。
ああ、お師匠様がご無事で良かった。
もし、今、お師匠様に何かあったらと思うと、考えただけで、目の前が真っ暗になります」

その23へ続く

No.219 油滴天目の油滴に刻まれた涙痕  (戦国の世を駆け抜けた女) その21

このお話はフィクションです

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その21の1

これを読んだ東綱重は、いかにも不快そうな顔をして
「こんなもん話にならん。直ちに焼いて捨ててしまえ」と言い放ちます。
和睦の使者が来たと言うので、前線から呼び戻された三重役の一人向田清隆が
「いかにもけしからん話でございますな。
きゃつら、私めらだけの首では承服出来んと言う事なんでしょうなー」といかにも腹立たしそうに続けます。
「そう言う事。この書状に書いてある通りよ」と少し投げやりに綱重。
「あいつらには、戦った者同士としての、敗者への労りというか、武士の情けと言うか、そういったものは、爪の垢ほども期待できないということなんでしょうか。
もうこれが最後通牒で、交渉の余地は無いと言う事でございましょうか。
せめて嫡男だけは、他家あずかりとか、または寺院預かりと言う形でも良いから、命だけは助けてもらえんもんでしょうかねー」
と未練がましげな二人目の重役狩谷喜久乃丞。
「こんなぎりぎりになって、降伏勧告書を送ってきたというのは、交渉に応ずる心算がない事を意味しているんじゃないのか」と綱重。
「そうかもしれませんなー。
それにしても、あまりに惨い(むごい)仕打ちでございますな。
男の子ばかりか、女、子供まで、他家の奴婢にされてしまうというのは。
きゃつら、我らのしてきた事を非道と非難しおるが、きゃつらのしようとしている事はどうじゃ。
あいつらのやりかたの方が、よほど、冷酷、非道じゃないの」と狩谷喜久乃丞が未練がましくぼやきます。
「きゃつら、なんやかんやと難癖を付けて、我ら東家と東家にゆかりある一族を、根絶やししてしまおうとしているんじゃないのか」
と、三人目の重役浅野総佐衛門。
「そうよ。お前の言うとおりよ。あいつら、後腐れのないように、我らを、根絶やししようとしているにきまっとるわ」と綱重。
「そうなりますと、こちらとしても、腹を括って掛からにゃーなりませんなー。
もはや我ら一同、生きながらえようなんて甘い考えは、一切捨て、敵の奴等と刺し違える覚悟で戦わねばなりませんなー」
と浅野総佐衛門。
「そうしてくれ。味方の兵士どもにも、そう伝えてくれ。
奥の女どもには、わしから皆に、覚悟を決めるよう、よく言っておく」
「この書状を持ってきた使者どもは、どうしましょう」と向田。
「城の最上階まで連れて行って、そこで、きゃつらの首を切り落としてしまえ」
「そんな事をしますと、戦場の仕来りに背く行為として、後々の世まで、非難されることになりますが」と狩谷
「かまわん。かまわん。
どうせ、わしらは、良い事なんか言われっこないんだから。
われら一同の断固たる決意を示すためにも、こ奴等の首が切り落される所を、敵の奴らに見せつけてやれ」
と綱重。
「斎木頼貞殿はどうしましょう。この書状に書かれてある通り、放免してやりますか。
あんな老いぼれ、いまさら敵方に付いたとしても、どうって事ないと思えることですし」と向田。
「何を言っとる。あの老いぼれなんかに、なんで情けなんか、かけてやらにゃーならんのだ。
あいつも、使者どもと同じように、城の最上階へ連れていって、首を落としてしまえ。
それをもって、戦いの始まる合図としようぞ」と綱重。

その21の2

間もなく、各部所、部隊へは「今回の和睦協議は、敵方のあまりにも非礼にして、過大なる要求故に、応じる訳に行かず、決裂した。
故に、各自、速やかに、決められている部所に戻り、戦闘態勢に付くべし」と言う命令が届きました。
美貴の属する女部隊にも、その命令は届けられました。
「もしかしたら」といった淡い期待が裏切られた女達は、内心随分がっかりしたと思われますが、それを表に出す者はいませんでした。
女たちは、一斉にたすきをかけ、鉢巻をしめなおすと、各自、家から準備してきた武具、それは長刀の女もあれば、短刀の女もあり、槍の女もあれば、竹やりの女もありと、皆バラバラでしたが、それらの武器を振り上げながら、
班長役の女の音頭に唱和して、
「憎い織田の奴等なんかに負けないぞー」
「負けないぞー」、
「死んだって、あいつらなんかに、この城は渡さんぞー」
「渡さんぞー」
「エイ、エイ、オー」
「エイ、エイ、オー」と一斉に、鬨の声を上げた後、それぞれの持ち場へと散っていきました。
武器も持たされていず、戦闘用の服装の準備もしてない美貴は、どうしてよいか分からないまま、一緒に組まされている若い侍女の後を追って、
ひとまず、彼女の持ち場の方へ行こうとしました。
その時でした。
「美貴お嬢さま、ちょっとお待ち下さい」と班長役の女に呼び止められました。
何を言われるのかと「ドキッ」として
振り向いた美貴を、その女は、物影まで引っ張っていき、「お嬢さまが、ここで私どもと一緒に、戦わねばならない義理はありません。
貴女様には、これから、城の崖側を守っている兵士達の所へ、補助要員として、行ってもらうことにしますが、
隙を見て、この城からお逃げ下さい。
お嬢様なら、ご存じかと存じますが、あちら側は、自然の要塞となっていますから、守りの兵士も手薄になっているはずです。
本当の事を言いますと、一緒に働いていた私達は皆、口にこそ出しませんでしたが、貴方様に同情していたんですよ。
いろいろ大変でしたでしょう。
ご苦労様でした。
このお金は、僅かばかりですが、私たち女一同から集めたお金でございます。
もう、私等が持っていても、何の役にも立たないお金でございますから、遠慮なく受けとって下さい。
お嬢様が、ここから無事脱出なさった場合は、きっとお役に立つと思います。
それと、余計なお節介かもしれませんが、戦場では、あまり小綺麗にしておられますと、兵士たちに狙われますから、逃げる前に、髪はぼさぼさにお切りなり、衣服もボロボロにされたほうがいいと思いますよ。
それからお金は直接身につけて持ちなさいね。
では、もうお会いする事はないと思いますが、ご無事を祈っています。
また、もし生きて脱出に成功なさった場合は、私達のあの世での幸せを祈ってやってくださいまし」と言うと、
私からのお礼の言葉を聞く事もなく、自分の持ち場の方へと駆けていってしまいました。

その21の3

それから約一カ月後、
岐阜の街より、長良川を少し上った所、芥見村のはずれた所にある、小さな浄土真宗の尼寺。無量壽庵(むりょうじゅあん)に、彼女の姿がありました。
「庵主さま(あんじゅ;庵の主・・主として小さな尼寺の住職のことをさす)またまた変なお人を、拾っておいでやーしたなも。
あの人、私が訪ねてきた時、誰か解らなかったからかも知れんけど、私の顔を見ても、挨拶もしないで、全く知らん顔してござったんやけど。
普通なら、お寺を訪ねてきゃーした人には、知っておっても、知らんでも、挨拶くらいは、するもんやと思うんやけど」。
「そうかね。それは悪かったわねー」
「どことなく、普通じゃないという印象を受けたもんで、あいつの仕事ぶりを、物陰から、そっと観ていたんやわ。
すると要領が悪くて、あれじゃー、仕事にならんのと違うか。
あいつ、今まで、何をやっとった人なんやろ?
別に、サボってござったわけではないんやけど、仕事がはかどらんといった感じなんやけど」
「見取るうちに、わっち、たまらんようになってまったもんで、一声、声をかけてみたんやわ、『こんにちは』ってね
そしたら、とんでもなく、驚きんさって、慌てて、木陰に隠れてしまい、それっきり顔も見せんようになってしまいんさったんやけど、
あれじゃ、あいつ、無駄飯ぐらいの、役立たずと違うか」と野菜を持って訪ねてきた男が、言います。
この人、年は四十歳前後、名前は田島重兵衛と言って、この無量壽庵の世話役の一人です。
この地の代々の地主で、自作地の他に、かなりの小作地も持ち、比較的裕福な暮らしぶりをしている、この地の有力者の一人です。
ただ気の毒な事に、4年ほど前の流行病(はやりやまい)で、両親と、奥さんを亡くし、今では男の子、三人を抱えての、寡男(やもお)暮らしです。
そう言った不幸に遭っているせいもあってか、とても信心深く、最近では、この寺(=庵)の世話役を、殆ど一人で、引き受けているといっても、いいほど熱心に、何かと世話をしてくれています。
「所で今日は、なんでした」
「別に大事な用があって来たわけやないんやけど、山で、山菜を摘んできたもんで、ちょっとばかりやけど、お裾分けをと思ってなも」
「ありがとう、ありがとう。いつも悪いわね」
「所で、今、貴方がおっしゃっていた、あの子の事ですが。
あの子、関からの帰り道で、拾ってきた子なんです。
なにやら、いろんなめに遭ってきたみたいで、今では、自分の名前も、自分がどこに生まれ、何処に住んでいて、何をやっていたかも、全く分からない、とても可哀想な子でしてね」
「エッ、自分の名前さえも分からんというの?
それって一口に言うと、ボケとりんさると言う事?
それとも、狂っとりんさるの?」

(註:差別用語かもしれませんが、当時の言葉としてお許し下さい)

「違う、違う、そうじゃないのよ。
薬師(くすし)の診立てでは、『体はどこにも悪いところはない。
何らかの精神的衝撃を受けた事による、一時的な、記憶喪失だろう』ということなんよ」
「へー、本当なの?。
話には聞いた事あるけど、実際に見るのは初めて。
それにしても、ちょっと見には、頭がおかしいとは、とても思えんかったけどなー」
「そうでしょ。でも、人に会った時の対応が、さっき貴方がお会いになった時。見られた通り、まともじゃないのよ。
特に男の人と会った時は酷いの」
「そんな風になるなんて、なんか、よっぽど、とんでもない目に遭いんさったからなんやろか」
「そうみたいよ。
あの子の行動や、話しぶりから推察しますに、前は、可成り良い所の家の、お人だったんじゃないかしら」。
あの子を拾った時、着ている物は、ボロボロでしたが、その生地は、結構良い物が使ってありましたし。
それに、あんなふうだけど、立ち居振る舞いだとか、食事の仕方に、何処となく品があるんですよ。
お仕事だって、今、何にも出来ないのは、今まで、なにもかも、人にやってもらえて、自分では、何もしなくてよかったせいだとしか思えないところがあるのよ。
その証拠に、教えてやりさえすれば、洗濯だって、食事の支度だって、一遍に覚えてしまうんですからね。
そしてそれから後は、私が、何も言わなくても、一人で、とても上手に、いや工夫して、私以上に、要領よくやるようになるんですからね」
「そうですか。
でも、それにしては、あの庭掃除のやり方は、酷過ぎでしたぜ」
「それがね、酷かったのは、無理もないんですの。
庭の掃除を頼んだのは、今日が初めてだったんですから。
あの子がここへきてから、日が経ってないものですから、そこまで教えている時間がなかったせいなんですのよ」
「ふーん、それではあの子、やっぱり、そういう下々の仕事をやったことがないほど、良いとこの家の子やったいうわけ?
もしそうだったとしたら、こんな世の中やから、庵主さんに拾ってもらうまでには、とんでもない辛い目に、遇ってきんさったやろね。
特に、あれほど、人を、特に男を、怖がりんさる所から察するに、よっぽど、男に、酷い目に、遭わされんさったと、いうことなんやろか」
「私もね、そうではないかと思っていますの。
あの日、家へ連れてきて、湯あみさせたついでに、下着も洗ってやったんやけど、男の精液のような、変な臭いのするものが、腰巻が、ごわごわになっているほど、べったりついていましたからね。
これって、わたしには、たくさんの男達に、廻された(輪姦される)せいとしか、思えないのよ」
「男を擁護するみたいで悪いけど、それだけでは、そうだったとは一概に、言えんのやないやろか?
この節、食物の為に、春を鬻ぐ(はるをひさぐ:売春する)女なんて、珍しくないんやから」
「そうかもしれないわねー。
でもねー、あの誇りの高さと、潔癖さからすると、それはないと思いますわ。
それにさーあの子、人間、とくに男の人への警戒心と恐怖心は、並じゃないのよ。
これってさー、先ほど、貴方もおっしゃっていたけど、男に、とんでもない目に遭わされた為と考える方が、一番、妥当じゃないのかしら」
「私があの子を拾ったのは、お地蔵さんのお供え物を、盗んだと言うんで、子供達に追っかけられていた時で、
その時の彼女は、ひもじくてたまらない時でしたわ。
でもね、事情を知らなかった私が、
『どんなにひもじくても、他所の物を盗ったら駄目でしょ』と注意しますと、
あの子ったら『仏様のお供えですから、お下がりとして、誰が、いただいても、良いのではと思ったものですから、つい』
『しかしお坊様、私ねー、今まで、ひもじくて(ひもじい:お腹がすいてたまらない様子)、死にそうだった時だって、泥棒のような、人様の物に手をつける様な真似だけは、してこなかった心算です。
仏様や、神様に顔を向けられないような事だけは、死んでもすまいと(するまい)、心に決めてきましたから。
そうはいいましても私、今は頭がおかしくなってますから、自分では良いと思ってしてきた事の中に、他人様(ひとさま)からみたら、そうでないような事を、しているのでしょうか?
もしそうでしたら、私、私自身を許せません。
そうなら、こんな身体、この世の中から、消し去った方がいいのかもしれませんわね。
本当の事を申しますと私、今までも、こんな苦しい生き方をしなければならないのなら、いっそ、死んだ方がましと、何度も思ったんですのよ』」
「所がその度に、『お前には、会わねばならない者がいるだろう』とか、『まだ、お前がこの世で、しなければならない事が残っているだろう』
と強く引き留める声が、耳にこびりついていて、どうしても、死ねませんでしたの」
「それが何か、はっきりさせたいと思うのですが、そうすればするほど、頭の中がこんがらがって、さっぱりわけが解らなくなってしまうのでございます。
こういうのって、単なる、この世への未練のなせる業(わざ)なんでしょうか?
それとも、御仏が、『私に課せられた、この世の仕事が、まだ残っているぞ』と、おっしゃっているためなのでしょうかね」、と言ったんですよ。
あの子、その時はもう、がりがりにやせていて、今にも飢え死にしそうな様子だったのにですよ。
にも拘らずそんな事を言えるなんて、えらいと言うか、悲しいというか、聞いてる私の方が、辛くなってしまったんですの」
「その言葉を聞いた途端、私、この子は、このまま、放っておくわけにはまいらないと思ったんです。
家へ連れてきて、あり合わせの粥を、食べさせてやった時だってそうでした。
しゃぶしゃぶの、水ばっかりの粟粥だというのに、如何にも美味しそうに、何杯も何杯もおかわりをしたのですが、そんなに腹が減っていたというのに、ガツガツじゃなくて、何ともいえない上品な仕草で、それを食べたんですよ。
その上、そんな時でも、私の食べる分が、後に残っているかどうかまで、気遣ってくれていたんですから、これは並の女子ではないなと、思いましたわ」
「可哀そうになー。
庵主さんは、良い事をされたんかもしれませんなー。
こんな危ない時代なのに、あの女子、これまで、どのようにして生きて来たんやろ?
きっと、人には言えんような、いろいろな苦労を背負ってきんさったんやろな」
「これは、私の想像でしかありませんが、あの子、どこか良いところ武家の落人(おちうど)じゃないかと思いますの。
戦場から逃げてくる途中、落人がりの男どもに捕まり、さんざん玩具にされた挙句、有り金残らず取り上げられて放り出されたんじゃないでしょうかね。
それも一人や二人の男に凌辱さたんではなく、沢山の男どもに、寄って集って(たかって)凌辱されたんじゃないかと思うの」
「フーン、じゃー、その衝撃(=ショック)で記憶喪失になりんさったというわけ?」
「いろいろ考え併せると、そうとしか思えないんですよ」
「それで、あんなに、人、特に男を、怖がりんさるやろか。
それなら、その後、何を食って、命を繋いできんさったんやろ?」
「あのように強い、人への警戒心と恐怖心では、まともなもんは、口にしてなかったんじゃーないでしょうか」
「可哀想になー」
それを聞くと、なんとかしてやらにゃーと、わっちでさえも思うんやから、
庵主さまが、この子は、放っておけないと、思いんさったのは、当たり前やわなー。
わっちも、この後、出来るだけの事は、させてもらう心算やけど、庵主様も、あの子の記憶が戻ってくるまで、あんじょう(方言・・よろしく、うまい具合にの意)頼みます」

その22に続く