No.217 油滴天目の油滴に刻まれた涙痕  (戦国の世を駆け抜けた女) その19

このお話はフィクションです

小説「廻る糸車 ~ 伝説の美女 西施像奇 ~」刊行のお知らせ
著者である弊社顧問 種田稔一による、長年に渡り積み重ねてきた見識と豊かな創造力が凝縮された一冊です。 時空を超えて描かれる壮大な歴史ロマンを是非お楽しみください。
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その19の1

翌年、如月の月も、もう間もなく終わろうとしていたある朝のことでした。
(註:旧暦ですから、今で言いますと間もなく4月になろうとする頃となります)
家の内外から聞こえる、いつもと違う、騒がしい物音に、私は目を覚ましました。
見回すと、いつも私どもを見張っていた侍の姿も、私どもの世話をしてくれていた男衆や、女衆の姿もありません。
家の内外からは、ガチャガチャ、だとかカチンカチンと言う武具の擦れ合う音だとか、絶えず屋敷に出入りする人々の気配、部屋の中を、小走りに歩き回る人々の足音、そして玄関からの、大小さまざまな人声、などなどといった、いつもとは違うざわめきが聞こえてまいります。
家の中は、針で突いただけでも、破裂しそうなほどに、張り詰めた空気が満ち溢れているように感じられました。
「お父さん、お父さん、起きてる?
いつもとなんか違うみたい。
なんかおかしいんだけど。
そう思わない」
「思う、思う、確かに変。
こりゃー、いよいよその時が来たかも知れんなー」
「その時って」
「ほら、この前言っていただろ、この地での戦」
「と言う事は、織田連合軍が、いよいよこの地へ攻め入ってきたと言う事?」
「そう、綱重の自宅の、このあわただしさと、緊迫感は、敵がすぐそこ迄、迫っている証拠だよ。
きゃつら、あの城に籠城する心算だな。
こりゃー、わしらにも、いよいよお別れの時がきたようだ。
おそらく今日が、今生の別れとなるだろう。
世話になった。いろいろありがとうな」
「いやよ、そんなこと言わないで」
「あんたはなー、前、前から言っていたように、チャンスがあったら、わしに構わず逃げるんだよ。
わしが仮に、目の前で殺されるような事に、なったとしても、泣いてなんかいないで、隙を見て、逃げなさい。」
「・・・・・・」 

その19の2

お父様は、間もなくやってきた侍に連れられて、自分の荷物を背中にくくりつけられ、手鎖をかけられた姿で、城へと引きたてられて行きました。
その時お父様は大切にしている、この湯滴天目茶碗を、一緒に持って行いかせて欲しいと頼みました。
所が、お父様の護送役の侍の一人は、「お前さんは、そんな物まで、持って行こうとするなんて、何を、考えているんだ。
今の我等は、生きるか死ぬかの瀬戸際におるんですぞ。
ましてお前さんの命なんか、風前の灯、今この瞬間だって、どうなるか分からんような状況なんですぞ。
今更、そんな物持って行ったって、余計な荷物になるだけだわ」といらいらした口調で言うなり、それをひったくるや、思い切り、床にぶっつけて(ぶつける:物に当てるの意)、割ってしまいました。
それを見たお父様は、もう何も言いませんでした。
お父様は、後ろを振り向く事もなく、肩をいからせながら去っていきました。
その後姿からは、死を覚悟している男の美学みたいなものが伝わってきて、見送っていた私の目からは、涙が止まらなくなってしまいました。
お父様の姿が、視界から消えるか消えないかの時、私もまた、やってきた、武将達の奥方だとか、侍女、下女といった女達に混じって、お城へと連れていかれることになりました。
私はあわてて、あの茶碗の欠片をかき集めると、門の脇に生えている、大欅の下に祀られていた、地神様の石造りの祠の中にそれを隠し、皆の後に従いました。

その19の3

城の回りは、城を守っていた武将達の他、退却してきた武将や兵士、仲間、戦いを避けて避難してきた領民や、武将や兵士の家族達などで、ごった返しておりました。
戦はかなり激しかった様子で、兵士たちは、その殆どが、深浅さまざまな切り傷や、刺し傷、矢傷、弾傷などを負っていて、よくぞここまでやって来られたと言ったほど、酷い有様でした。
彼らは、横たわったり、蹲ったりしながら、治療の順番がくるのを待っていました
私達女組は、お城に到着すると直ぐ、負傷者の手当てをする班、食べ物や、飲み物を準備したり、それを皆に届けに行ったりする班、
雑用をこなす班とに分けられました。
私は、若い私の監視がかりの侍女と組まされ、食べ物や、飲み物を配布する班に組み入れられました。
私達は、まず遠方から退却してきた人達、特に負傷している人達から、飲み物や食べ物を配る事にしました。
「大変でしたね。ご苦労さまでございました」とか、
「痛みます?大丈夫ですか?」
「えらいですか?
苦しいですか?
直ぐに手当ての者がまいりますから、もうちょっとの間、頑張ってくださいね」
などなどと声をかけながら、お握りと、竹筒に入ったお茶や、お水を配って歩きました。
しかし、中にはもう、それを受け取る力もない人や、渡された食べ物や、飲み物を、口にすることもなく、それらを、握りしめたまま、事切れていく人も、少なくありませんでした。
私と組まされた侍女は、綱重の、有力武将の娘で、父親は、綱重の本拠地、
郡上篠山城の守りについていたとのことでした。
その為、城の守りについている父親や、篠山の城下町に住まっている、母親や弟妹達の事が心配で、私を監視しているどころではないといった有様でした。
彼女は、食べ物や、飲み物を配りながら、話が出来そうな兵士や武将達を捉まえては「私、片山直人乃助の娘ですが、父を御存じありませんか。
城下町にいる母や、弟や妹達がどうなったか、ご存じの方いませんか」などと聞いてまわっておりました。
しかしどの人も「さあ」と首をかしげるだけで、彼女の父親の事も、母親や弟妹の消息についても、知る者は、出てきませんでした。
所が、そうして聞き歩いているうちに、比較的軽い傷で済んでいた、一人の武将が、その服装や、身につけている鎧兜から察するに、かなり地位の高そうな武将のようでしたが、その人が
「おお―、そなた、片山殿のお嬢さんか?
お父上の事、さぞ心配でござろうな。
でもな、お嬢さん、わしらが守っていた篠山の城はな、郡上八幡の遠藤、飛騨下原の森影の兵士たちだけでなく、加治田の城主、佐藤紀龍を大将とする、織田軍までもが加わった、今まで見たこともないような大軍を前にして、どうする事も出来ず、城は落ちてしまったんだわ。
だからと言って、わしらだって、おめおめ城を明け渡してきたんじゃないんですよ。
皆、命がけで戦ったんですぞ。
だけど、残念ながら、多勢に無勢、結局この体たらくというわけ。
負け戦と言うものは、惨めなもんでしてな。
皆、夫々、命からがら、てんでんばらばらで、この城めがけて逃げてきたもんだから、誰がどうなったかなんか、今の所、ここにいる誰もが、分からんのと違うか。
城を枕に死んでいったもんも仰山おるし、ここまで来る途中、敵の待ち伏せに遭って討たれてしまったもんも、ちょっとやそっとの数じゃない。
だから、皆、自分がここに来るだけで精一杯で、城下の家族の事なんか気遣っている余裕がなかったんだよ。
だから誰も知らんのじゃないかなー。
皆、家族を気遣う気持ちは持っておったんだろうけど、どうしようもなかったんだわ。
もしあんな状況で、家族の事を気遣って、城下へ戻った奴がいたとしたら、それは、死にに、いったようなもんだったんだからな。」
彼女は言葉を失いました。
天を仰いで涙を堪えながら、無言で、お握りと、お茶を差し出すと、逃げるようにその場を離れ、しばらくの間、物陰に佇んで、懸命に涙を堪えておりました。
それっきり彼女は口をきかなくなってしまいました。
無言で、休みをとることもなく、身体を虐めつけているかのように、黙々と働き続けました。

その19の4

城に退却してくる兵士達の数は、夕方近くになっても減るどころか、増えるばかりでした。
午前中は郡上篠山の守りについていた兵士達が殆どでしたが、午後になりますと、中の保砦を中心にする、
南の境界の守りに付いていた兵士達が、続々とやってまいりました。
敗走してきた兵士たちは皆、朝からの激戦と、それに続いての追われながらの敗走に疲れ果て、その上、どこかここかに傷を負っていましたから、この後、まともに戦闘に加われそうなものは、殆どいない有様でした。
織田軍、侵攻の知らせが、綱重の元へ、最初に届いたのは、その日の早朝の、北側の守りに付いていた兵士からの報告によってでした。
そこで綱重は、南の境界守備兵の一部を、北方に回す事により、対応しようと考えました。
所が、その知らせの到着の直後、間をおくことなく、南の境界線の守りについていた兵士からも、織田の大軍侵攻の、知らせが届きました。
少ない兵士を南、北、そしてこの朱鷺城の三つに分かれて戦うのは不利と見た綱重は、全兵士を朱鷺城へ集め、籠城の上、三木氏の援軍を待つ戦法をとる事にしました。
所が、加守田城主佐藤を大将とする織田方の北方攻略軍と、兼山城主、森 長可(ながよし)を総大将とし、中濃地方の城主達を糾合した織田軍が、
南北両方から一挙に領内に攻め込んできたのです。
しかも、織田軍のその侵攻が、あまりにも迅速で、且つ強力でしたから、東綱重の作戦命令がまだ行き届かないうちに、郡上篠山の城は、蹂躙され、中の保砦を中心とする、南境界の防衛線も突破されてしまったのでした。
主力の防衛線が突破された綱重方の兵士達は、進軍してくる織田軍に追われながら、最後のよりどころとして、山の上にある綱重の居城、朱鷺城を目指して、途切れることなく、続々と登ってまいりました。
この為、美貴達、女軍団の者達は皆、彼らの世話に忙殺され、きちんと食事をとる時間もなく、夜中近くまで働き続けました。

その20につづく

No.216 油滴天目の油滴に刻まれた涙痕  (戦国の世を駆け抜けた女) その18

油滴天目の油滴に刻まれた涙痕  (戦国の世を駆け抜けた女) その18

このお話はフィクションです

小説「廻る糸車 ~ 伝説の美女 西施像奇 ~」刊行のお知らせ
著者である弊社顧問 種田稔一による、長年に渡り積み重ねてきた見識と豊かな創造力が凝縮された一冊です。 時空を超えて描かれる壮大な歴史ロマンを是非お楽しみください。
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その18の1

綱重からの夜伽勤めの為の呼び出しは、それから毎晩、毎晩、一カ月あまりも続きました。
長年憧れていた私を、念願かなってやっと手に入れた綱重めは、最初のうちこそ、有頂天で、自分が楽しむのに精一杯でしたから、私の反応など全く気に掛けませんでした。
しかし日が経ち、私の身体を知り尽くし、余裕ができるに連れ、どんなに技巧を尽くして責めたてても、まったく無反応である私の身体に飽きてしまいました。
「お前を(注:いつの間にか呼び名が、そなたから、お前に変わってしまっていました)抱いていると、まるで木偶人形を抱いているみたいだ。
信光めは、ようもお前みたいな女で満足していたもんだな」
「この不感症女め、こんな女に、長年憧れていたかと思うと、我ながら情けないわ」
などと、セックスをする度に、ブツブツと悪態を突くようになりました。
でも私は、表情も変えず、冷めた目を見開いたまま、聞き流し、彼を受け入れ続けました。
でも心の中で、
「・・・・フン、何とでも言ってろ。
感じないのは、相手が、お前だからだろ。
心を許してもいない奴の相手をしたって、感じるはずがないわさ」と悪たれを呟いておりました。
綱重から、夜伽に呼び出される間隔は、次第に長くなっていきました。
そして、ちょうどその頃から、隣国とのいざこざ(紛争)が、あちらこちらで勃発した事とも重なって、やがて綱重からのお呼びが、全くかからなくなってしまいました。
私は再び、一日中、牢獄の中の父の傍で、過ごせるようになりました。
お父様は、老齢の身での長い禁固生活によって、脚が萎えてしまい、一人での日常生活に不自由を感じるようになっておりました。
にもかかわらず、何もかにも、自分一人でしようとされるお父様に、見かねた私が
「お父様、困ったことがあったら、私がするから、何でも言いつけてよ」と言うのですが、
「ウン、ウン」とは言っても、不自由な身体を押して、相変わらず、なんでも一人でしようとして、私に頼もうとしてくれませんでした。
そんなお父様の姿を見ていますと、雑事は人任せで、箸以外は持ったこともなかった、お殿様時代のお父様の姿を知っているだけに、あまりにも哀れで、ついつい涙ぐんでしまいます。
なんとか、そんなお父様を元気づけたいと思い、
ある日私が
「お父様、何か欲しい物ある。
して欲しい事でもいいけど、なにかない?
今の私なら、ある程度の事なら、なんとかなるんだけど」と聞いてみました。
すると、それまで、殆ど口を利かず、顔にも、彫像のようにまったく表情のなかったお父様の顔に、僅かばかりですが生気が甦ったように感じられました。
そして「うーん、もう一遍、あの油滴天目茶碗を使って、お茶を喫したいもんだなー」と如何にも懐かしそうに、遠くを見ているような目をしながら申されました。
そして、「でも、こんな所に閉じ込められている身では、もうあの茶碗を拝む事さえも無理だろうけどなー」と続けられました
「天目茶碗って、すり鉢を小型にしたような形の黒い茶碗のこと?
一面にかかっている黒い釉の中に、天の川みたいに無数の星が光っている」
「そうそう、それ、それ」
「どうしてそんなに、あのお茶碗でお茶を飲む事にお拘りになるの。
こんなこと言っちゃ―、失礼かもしれないけど、
お殿様だった頃を思い出したいため?
それとも、滅多に手に入らないような貴重なお茶碗で贅沢な気分を味わいたい為なの?」、
「そんな事のためじゃないよ。
あの茶碗はなー、今から200年以上も前、京の斎国寺(さいこくじ)を創建なさった、宋奎(そうけい)老師が、
明国からお持ち帰りになった物で、その寺の代々の管長が、とても大切に使ってこられたものなんだよ。
だからね、あれでお茶を喫すると、代々の管長の、悟りの境地の一端に触れることができるといわれている、とても貴重な茶碗なんだよ。
だからね、わしも、あれを使う事によって、ざわめき騒ぐ、今の心に、安寧を齎し(もたらす)たいと願うからなんだわ」
「あの茶碗ってそんなに価値のあるものだったの?
でもあれって確か、積善寺増築の折、それに力を尽くしたお礼にと、その時の和尚、宋善さんから頂戴したものだったんじゃないの?
そんな貴重なお茶碗が、どうして積善寺のような、こんなど田舎のお寺にあったの?」
「今から100年ほど前だったかな、足利善政殿の後継者争いに絡んで、幕府の管領職だった細川勝元一派と山名宗全一派との間に、戦が起こり、京の町が灰燼に帰してしまった事件があってね、(後の世ではそれを、応仁の乱とよんでいます)あのお茶碗があった斎国寺も、その時、巻き添えを喰って、焼け落ちてしまったんだよ、
しかしその時の管長で、後に、あの積善寺を創建されることになる、宋雲老師の気転によって、あの茶碗は危うく焼失を免れることができたんだよ。
でも、斎国寺の消失によって、戻るべき場所を失ってしまったその茶碗は、諸国行脚に出られた老師に伴われて、諸国を巡り歩いた末、この地に留まる事を決意なさった、老師と共に、あの茶碗もまたこの地に留まることになったんだわ。
「フーン、そんな貴重な品物なら、あの強欲、淫乱親爺の綱重めが、その価値を知ったが最後、渡してくれっこないわね」
「そうだろうな。
だから、わしが、もう一度、あの茶碗を手にするなんて事は、夢物語にすぎん事は、よう解っとる。
一縷の望(いちるののぞみ:ごくわずかな望み)があるとすれば、頼正めが、(叛乱を起こし、)わしを襲ってきた、あの時は、あのお茶碗で、朝食後のお茶を楽しんでいた時だったから、わしはとっさに、手にあったあの茶碗を、食卓膳箱の中に、隠したんだが、あの膳箱の中に、まだそのまま、あの茶碗が入っているかもしれんことだよ」
「そうだったの、他人の膳箱なんか,開けるもん、そんなにいないから、それなら、今ならまだ見つかるかもしれないわね。
なるべく早く、台所へ行って、探して見るわね」

その18の2

「お父様、ありました、ありました。
お父様の膳箱の中に、まだお父様がお入れになった時のまま、入れられて、膳箱ぐるみ、棚の隅っこに、放り込まれていましたよ。
万一、貴重なものだと疑われて、綱重に聞きに行かれたりすると、面倒な事になると思いましたから、
『父が、慣れた食器で食事をしたいと言いますので、父が使い慣れた、この食卓膳箱、貰って行きたいんだけど、いいかしら』と
何気ない顔をして聞いてみました。
すると、お茶碗の価値についてなんか、全く関心のない女中頭が、
『どうせ、他人様の食卓膳箱なんか、気持ちが悪いと言って、誰も使いたがりませんでしたから、
近いうちに捨てにいこうと思っていたところでした。どうぞ、どうぞ』と言ってくれましたの。
よかったわねー
これで、昔の元気さを、取戻せるといいんだけど」

その18の3
私達は毎晩、見張りの兵士が床に付いた頃を見計らっては、あのお茶碗で立てたお茶を頂くようになりました。
お父様は、このお茶碗で立てたお茶を、喫するようになってから、この国を治めておられた時ほどでは無いにしても、以前よりは、ずっと元気になられました。
まだ僅かですが、顔には表情が現れるようになり、生気も戻ってまいりました。
また、「あー」とか「うん」しか口を利かれなかったのが、気が向くとボツリ、ボツりと、お話もなされるようにもなりました。
「良かったわー、お元気になられて。
でも不思議、あの茶碗に、こんな力が籠っていたなんて」
「あのお茶碗で、お茶を飲む事によって、歴代の管長さん達の悟りの境地の一端に触れる事が出来たからじゃーないのかなー。
あれでお茶を飲むようになってから、自分の世界に閉じこもったまま、苦しんだり、悩んだりしている自分が、ばからしくなったんだよ。
いくら己に降り掛かる悪運に、耳を塞ぎ、目を閉じて、逃げていたって、所詮宿命に生きる身、それを、振り払うことも、避ける事も出来ないことが解ったんだよ。
だったらその全てを、しっかり受け止め、その中で、自分が悔いる事なく、生きる道を探し、おのれの生を、その時々、最も輝かしいものにして、全うしようと思えるようになれたんだよ」
「そこでだ、今わしが、しておかなければならない事は何かと考えてみたんだが、それは親として、お前の人生を守ってやる事だと気付いたんだ。
わしが思うに、綱重がこの国を治めている期間は、それほど長くはないと思う」
「えっ、そうなの。またどうして」
「今はもう織田殿の時代だよ、この国の回りをみたって、殆どが織田の勢力下に入ってしまっているはずだ。
にもかかわらず、おっちょこちょいで、業突く張りの綱重めは、三木の後ろ盾を頼みに、いまだに近隣の諸国にちょっかいを出し続けているみたいなんだわ。
しかし綱重が頼りにしている三木(みつき)は、もう今では、織田に対抗できるほどの力もないし、人柄的にも、それほど人望もない。
なかでも、中の保以南の、元わしの部下で、今は織田方の一員となっている連中の怒りはとても強いと思う。
従って、それほど遠くない将来、織田とそれらの連中との連合軍とが、この地に攻め込んでくるに違いない」
「その場合、今の白鷺城では、持ちこたえる事なんか出来っこないと思う。
そうなると、綱重は、降伏するか、討ち死にするしかないだろうな」
「因果応報よ。良い気味。
早くその日が、くりゃー良いのよ」
「まて、まて、そうなった時は、わしらの命も危なくなると言う事なんだよ。
そこでこの際、言っておこうと思ったのは、『万一、そんな時が来た場合は、隙を見て、お前は逃げなさい』ということだよ。
負けいくさで、混雑している戦場には、必ずどこかに隙ができるものだ。
だから、その時がきたら、私に構わず逃げなさい」
「嫌よ、お父様を放っていくなんて。
私、何が何でもお父様と一緒に逃げるんだから」
「子供みたいに、聞きわけの悪い事、言うんじゃないの。
わしはこの体たらく。今のわしを連れて逃げようものなら、足手纏いになるだけだわ。
それになー、わしは、わしの愚かさ故に、沢山の家来達を死なせてしまった男だよ。
それにもかかわらず、のうのうと生き残っている己の身が、恥ずかしゅうてたまらんのだわ。
だから、万一、そのときがきたとしても、よい死に場所が出来たと、喜んでもらいたいくらいのもんだと思っとる。
でもお前は違う。
お前は、あの負け戦に、何の責任もない。
だからなー、お前は生きなさい。
いな、絶対に生き残らないかん。
生き抜いていくという事は、死ぬより辛いことになるだろうな、多分。
だが、何が何でも生き抜いておくれ。
そして我が血筋の最後の生き残りである、康継の行く末を、見守ってほしい。それが、わしの願いであり、お前に課せられた務めでもあるからな。
くれぐれも、それを忘れんように。
頼んだぞ」

続く