No.147 虎穴に入っては獲たものは? その6

このお話はフィクションです実在の人物、実際にあった事件とは全く関係ありません

 

その19

ご主人が出て行っておられる間に、私は、あちらこちらの知人に電話をして、どうしたら良いかについての、助言を求めました。
しかし、皆いろいろ言ってくれるので、かえって分からなくなってしまいました。
最後に親しくしている、弁護士の意見を、聞いてみました所、彼は、
「Cさん、そんな奇特な人がいるなら、そりゃー、売っておいた方が良いのでは。
確かに、その話には、なにか裏がありそうです。
だから、気分的には、納得できないでしょうね。
しかし考えてごらんなさい。
感情的になって、その話、打ち切ったとして、それで、お宅の損害、少なくなりますか。ならないでしょ。
それじゃー、釈然としないからと言って、そのお店のご主人を警察に告発出来ますか。何の証拠もないのに、泥棒とグルかもしれないなんて告発しようものなら、それこそ、名誉棄損で、こちらが、損害賠償の対象になってしまいかねませんよ。
まあ、何の証拠もない、推察だけでの告発では、警察も受け付けてはくれませんけどね。
悪い事は言いませんから、お金を出してくれると言うなら、それ貰っておきなさい。
どうせ、裁判をしたとしても、100パーセントお金が戻ってくる事はありませんから。過失割合をどう見るかにもよるでしょうが、私の見る所では、相手の出した条件は、良い所をついてますよ。こちらが断り難いように」
「そこが怪しいと言えば怪しいし、上手い事、企んだ(たくらんだ)なと言えば、そう言えないこともありませんが、何しろ何の証拠もありませんからねー。
でも、そうだからといって、裁判なんかにもっていっても、手間と、裁判費用を損するだけだと思いますよ。
やはりここらで手を打つべきじゃないですか。
貴方も商売人でしょ。
ここは、下手に感情的にならないで、金銭的な損得だけで行動を決められた方が良いと思いますよ。なにしろ正義心は飯のタネになりませんからね」
と言います。
それでも、決心が付きかねた私は、一度は、このまま、家に帰って、一晩、じっくり考えようかともおもいました。
しかし、一度家に帰ってしまった場合、もし相手が本当に善意の人であったら、何の関係もないのに、同情だけで、他人の損の一部を肩代わりしてやろうなどと言う気持ちなんか、一晩もしたら、なくなってしまうに違いありません。
もし悪い企みがあったとしても、仲間に分け前を支払ったり、作品を買い戻したりするのにお金も掛かるでしょうから、それを考えて、気が変わってしまう可能性も否定できません。
明日になって私から電話が掛かってきたという事がわかれば、相手は、「盗まれた作品の所有権を譲ります」と言ってきたに違いないと、すぐに推察できます。
そうなりますと、相手は、足元を見て、「あの時は同情し過ぎて、つい300万と言ってしまいましたが、後で考えてみたら、それはやはり無理です。だから、5分くらいで勘弁してくださいよ」などと言われかねません。
ましてその時は、電話でお話をしているわけですから、顔を見ていませんので、相手としては、言いたい事を遠慮なく言えます。ですから、なおさらです。
結局いろいろ考えた末、私は、涙をのんで、相手の言うとおり、お金と引き替えに、盗まれた作品が出てきた場合の作品の所有権はCに譲ることにしました。
私が決心を固めた時を、見計っておられたかのように、ちょうどその時、用事を終えたご主人が(用事を終えたふりをしたかもしれませんが)戻ってこられました。
私の決心を聞かれると、早速、「これらの作品が、万一見つかった場合、その作品の所有権は既に○○○○に譲渡済みで、その所有権はすべて、○○○○(御主人の名前)に属するものである事を互いに確認し、今後これらの絵に関する所有権については、異議を申し立てない事とする」という言う意味の覚書を準備されました。
私はそれに署名、捺印し、その書類並びに300万円の領収書と引き替えに、お金を払って貰うことで決着しました。
しかしそれがまた奇妙な事に、予めこうなる事を予想しておられたかのように、手提げカバンの中から、きっちりその金額のお金を鷲掴みにとり出して、支払ってくれたのです。
それも支払銀行の帯封のついてないお金で支払ってくれたのです。
その金、何時の間に、そしてどこからもってこられたのかも不思議でした。
お金をだされた、その手提げカバンって、店からでて行かれた時は、たしかペシャンコだったはず。変でしたねー。不思議でしたねー。こうなる事を、予め予想していたような段取りの付け方ですから。
今回のお話、始めから終りまで、こんな調子でした。
だから、後になって思い返してみますと、怪しいと言えば、怪しい事ばかりでした。だったら途中で引き返せばよかったのですが、怪しい、おかしいと思う所があっても、所々に、いやー、そんな事はないと思わせる所が散りばめられているものですから、欲にかられて、ズルズルと、相手のペースに引き込まれてしまったのです、あげくこのありさま、ざま-(有様をあざけって言う語)ありません。(※ざまない:情けないありさまのこと)
用心しながら、破滅へ、破滅へと、引き込まれて行った様子は、関係のない他人の目から見たら、まるで、アリ地獄に落ちていく、蟻といった体たらく(ていたらく:ありさま、ざま)だったでしょうね。
何とも悔しくて、情けない話です。
でもこの話、部分、部分をとり上げてみると、どこまでが本当で、どこからが怪しげな所だったのかと言う所か、どうもよくわかりません。
妖しいと言えば、どの段階も怪しいし。怪しくないと思えば、最終段階以外はどの段階も、まあこんな事もあるわという程度の話ですからね。
もしかしたら、私のものの見方がねじ曲がっているだけで、この窃盗事件は、偶然に起きた事であり、このご主人、本当に、善意の人だったのかもしれないと思わせる所もあります。
でも、最悪の人の場合は、騙しの、いろいろやりかたが、段階的に、綿密に計算して、たてられていて、ここで駄目なら、ここで、ここでも駄目なら、ここで嵌めて(はめて)やろうという風になっていた可能性も、否定できません。
或いはまた、最初から、仲間の泥棒に盗って行かせるのが目的だったのかもしれないとも思えます。
だって、盗って言った奴が、もって行った先から、うまく買い戻せば、高価な超一流の絵、それも、すぐにでも換金出来るような、今人気の作品が、この事件にかかわった奴への手数料や、買い戻しのお金などといった費用を見越しても、半額より、はるか下の価格で買えたのですから。
しかもあとくされなく、法的にも問題なく、きちんと所有権まで自分のものとできたわけですから、こんな旨い話、滅多にないですからね。
只もしそうだったとしたら、それまでの駆け引きが、お芝居にしてはあまりに真に迫りすぎていました。
私ああいう世界の人の感覚が良く分かりませんから、一概には言えないかもしれませんが、純然たる騙し目的にしては、少ないながらも、お金を払ってくれた点も、なんだか釈然としないところです。
盗られた自分への自己慰めかもしれませんが
「そんな人の良い詐欺師、この世にいるのかしら」と思えてなりません。
そこが、あのご主人の事を、今でも、怪しい奴と、決めつけきれない所です。
「エッ、盗って行った犯人が万一捕まった場合はヤバイ?」
「そんなの、もしこのご主人がグルだったとしたら、これほど緻密に計画した奴だもの、自分が罪を被らないように、抜け目なくやってあるに、決まっていますよ。そんな事心配してやらなくても。
どちらにしても、馬鹿みたいな話でしょ。こんなみっともない話、人に話せます?あなただって、人に知られたら嫌でしょう?
だから、貴方も、あんまり人には、話さないでよね。頼むわ。
それにしても、長い事やっているけど、こんな目に遭ったのは始めて。いい年をして、良い教訓を得させてもらいましたわ。」
まさしく
「助平心は身の破滅」であり
「虎児を得んとして、虎穴にはいるなんて、(凡人の場合は)もってのほか。今回は狐に遭ったかな程度の損害で済んだけど、下手をすると、命だって落としかねないところでしたから」といわれたところで、Cさんの話はおわりました。

終わり