No.58 困ったものです

先日、絵を買って欲しいとの電話があり、ある地方の町まで行ってきました。出迎えてくださったのは古い農家作りの家のご主人夫妻で 年の頃は60歳前後、いかにも朴訥な感じの方々です。大きな土間のある入り口を通り、暗い通路を横切って案内された部屋は十畳ほどの広さ、部屋の中は絵画の入ったダンボール箱でぎっしりと埋まっております。ほとんどの箱は業者さんから買ってきた時のままで、まだ包装も解いてありません。

「全部で何点くらいになりますでしょうか」と聞きますと、
「ざっと60点ちょっとになると思いますが、なにしろ私が買ってきたのではないので」とのこと。事情を聞いてみますと、全部息子さんが買われた物で、そのローンの支払だけさせられてきたとのこと。そして、これまでに支払ってきた金額の総額は1千万円近くにもなるとのことでした。
「それでは」と中身を見せてもらうことにしましたが、開いても、開いても出てくるのは名前もあまり聞いたことのない地方在住と思われる画家の絵ばかりです。全て見終わっても、流通経路に乗せることができると思われた作品は結局十数点だけ、後は現時点では交換会(業者のオークションのようなもの)に出しても、恐らく一纏めにして、二束三文にしかならないと思われるような絵ばかりです。
「失礼ですが、どうしてこんな作品ばかり集められたのでしょうね」と聞いてみますと
「この作家はとても将来性がありますよ、と勧められるとついその気になって買ってしまうようで、息子はこれだけで将来は大金持ちに成れると信じているのですよ」とのこと。

こういう例をみるといつも思うのですが、素人の方がお金儲けを考えて絵画をお買いになるのは、おやめになったほうが無難です。絵画は投資や投機の対象ではないからです。生活の質を高めるためのものだからです。愛して楽しんで持っているうちに、結果において、大変な値上がりをする絵も確かに存在します。また、評価の決まっている作家の絵画は現在のように極端に値下がりしている時に買っておかれれば 、長いタームで考えて、大変な値上がりも楽しめる可能性が強いとは思いますが、それらはあくまで副次的なことで、本来の目的はやはり買った絵を楽しんでいただくという事にあるべきだからです。
絵でのお金儲けは、プロであってもしばしば損をしているのです。バブルの時に借金をして絵を買い、それが在庫の山となってこの世界から消えていった画商さん、今もその後遺症に苦しんでいらっしゃる画商さんも決して少なくありません。また、良い作品と思って交換会で買ったものの、思惑が外れ、結局また交換会で損して売られるという場合も多々見かけます。

それからもう一つ、絵画は生活の質を高めるために買うものなのですから、次々に無理なローンを組み、生活を破壊してしまうような買い方は絶対に止めるべきです。ましてこの方のように、思惑だけで、部屋に積んでおくだけの絵をローンで買うなどというのはもってのほかです。私ども画廊としましても、買われた絵が粗末にされるというのはとても悲しいことです。連れ合いを貰われたように、一生愛でて頂けるような絵をご提供出来ればといつも願っています。
次回「何のために絵を買うのですか」と併せてお読み下さい。

 

— この話は創作された物で、実際にあった事件、人物とは関係ありません —